119.オメガ細胞
コマンダーの話を聞いて、私達は納得せざるを得ない。コマンダーもオートマタという種を守る為にリスクを冒せない為、ギリギリまで守護者を出し渋ったのは理解できる。
だけど、ケイジがこんな状態になってしまった事だけは許せなかった。ただ、それは私達が弱いからこうなってしまったのだ。決してコマンダーのせいではない。
「ミスターコマンダー。ケイジのこれは大丈夫なの?」
黒く変色した右肩の件をコマンダーに確認すると、彼は首を横に振った。
『非常に危険な状態だ。推測だが、オメガ因子に影響を受けた細胞が変異している。今後「オメガ細胞」と呼称するが、これが全身に回ったその時、彼は人ではなくなるだろう』
『オメガ細胞』。そもそも私達が気軽に取り込んでいるオメガ因子だって、危険なものなのだ。突然変異してオメガになってしまう可能性は、私達にだってある。
「そんな・・・」
メイシャがその言葉に膝から崩れ落ちそうになるが、イザベラが受け止める。
「シャキッとしな。坊やはそんなヤワじゃないさ」
それは私とクーナが一番理解している。どんなに危機的な状態でも、いつもケイジは生還してきた。だから今回だって、そうなる事を信じている。
「他に影響はないのでしょうか? 体だけではなくて精神面や考え方とか」
ルカ君が問う。確かに肉体以外の影響を考えていなかった。もしかしたら私達に抱いている愛情を、オメガに向けてしまう可能性があるかもしれない。ケイジがペットを飼いたいと言ってトウテツやバステトを拾ってきたら、なんて言えばいいのか分からない。
『その可能性は十分考えられるが、既に影響を受けている可能性の方が高い。彼が痛みに強かったり、自身の遺伝子を残そうと多くの女性を求めるのもその影響だろう。動物的な本能、ライオンに近いと言えば分かりやすいだろう』
・・・ケイジがイザベラにも気があるのは1年前から気が付いていた。けど、それがオメガ因子による影響だとは思いもしなかった。正直良い思いはしなかったけど、決して彼女の誘惑に負けない彼を重んじてイザベラとの交際を許可した。メイシャも一緒に抱いたのは予想外だったけど。
「それじゃあ、坊やは私達以外にもお手付きする可能性があるって事かい?」
「私達・・・?」
イザベラとメイシャもケイジとそういう関係になっているのを知らないクララが、むすっとした表情で聞き返す。アンジェリカも驚いた表情を隠せないでいる。
「そうだ。嬢ちゃんとクーナだけじゃなくて、坊やはアタシとメイにもメロメロなのさ」
勝ち誇った表情でクララを挑発するイザベラ。隠していたのは事実だけど、それはオープンにする話ではないのは自覚しているからだ。
私は大統領の娘で、クーナは一種族の姫という立場がある。もし世間に知られれば、ケイジやパパが炎上してしまう可能性が高い。
世間体を気にするせいで、みんなには内緒にしてしまっていたが、それを知ったクララが頬を膨らませていた。
「ベラはともかく、新参者のメイシャに先を越されるなんて・・・不覚」
そして項垂れていた。クララは会った時からケイジを兄の様に慕っているのと同時に、多分そういった感情も抱いているのは気が付いていた。だから彼女の前ではなるべくケイジにベタベタしない様に注意していたが、もうこの際クララとアンジェリカも巻き込んでしまおうかと考えてしまう。
ケイジ本人が女好きという訳ではなく、オメガ因子のせいで本能が書き換えられてしまっているのならば、抑制しない方が良いのかもしれない。もちろん、ケイジが他の女の子に手当たり次第に手を出すのであれば許せないけれども、私達が問題ないと判断した相手なら受け入れるのもやぶさかではない。
実際にイザベラとメイシャを受け入れた後も、私達の生活に大きな変化はなかったからだ。いや、逆に質が良くなった気がする。良い意味で刺激を受けたおかげで。2年以上ほぼ同棲に近い生活をしていたからか、マンネリ化していなかったと言えば嘘になるから。
私達は新しい刺激を得られるし、クララもアンジェリカも幸せになれる。まさにウィンウィンだ。後はケイジ次第だけど。
でも、やっぱり目を覚ましてしばらくは独占したいから、彼女達を加えるのはもう少し後になるかも。だから早く目を覚ましてほしい。
ケイジが眠るポッドに優しく手を当て、そんな計画を企んでいると、イザベラがケイジの怪我を眺めながら呟いた。
「坊やの怪我・・・どれだけ痛かったんだろうかね」
今回の怪我は、いつもより酷い。その痛みは想像もつかないレベルだ。
『体験してみるか?』
それに対してコマンダーが応えた。痛みの体験。実際に同じ怪我を負うのではなく、おそらく脳に直接痛みの信号を送って再現するのだろうが、耐えられる自信はない。
「・・・はっ。やってやろうじゃないか」
そうして、強がったイザベラがケイジが負った怪我の痛みだけを体験する事になった。
やり方は簡単だ。電気信号を脳に直接送る形で痛みを再現するのだ。コードが繋がったパッドをこめかみに貼るだけ。倒れない様に、イザベラは椅子に座った状態で開始する事に。
『痛みによるショック死防止の為、問題が発生した瞬間中止する』
「随分お優しいこって。いいから早くやりな」
『了解だ。最もダメージを受けた前蹴りの痛みを再現する』
カメラ越しで見ていたが、マスクを割られた直後に食らってしまった前蹴り。そのせいでケイジが吐血したのを鮮明に覚えている。
『では、開始だ』
コマンダーが電気信号を送ったその瞬間――
「ぐぁあああああああっ!」
イザベラの悲鳴が響いた。すぐにコマンダーが機械を止めるが、イザベラは椅子から落ち、四つん這いのまま嘔吐し、気絶して意識を失ってしまった。
「イザベラ!」
メイシャがすぐに彼女を起こしてその頬を叩くと、意識を取り戻した。
「アタシは・・・。ちっ。気ぃ失っちまったのかい。情けない」
舌打ちしながらイザベラは自分が吐き出した吐しゃ物を見る。その瞳はどこか悲しそうだった。
「坊やはこんなのに耐えていたのかい・・・」
改めて、ケイジがどれだけの痛みと苦しみを味わったのかを認識した。あのイザベラですら一瞬で気を失ってしまう程の痛み。それを一度だけではなく、何度も経験しながらあのオメガに立ち向かったのだ。
その勇気は尊敬に値する一方、同時にもっと自分を労わって欲しいと怒りと悲しみの感情も覚えてしまう。私達を想うのであれば、自分自身も大切にしてほしいからだ。ケイジのいない世界なんて、私には耐えられるはずもない。
だから、私のそばからいなくならないで――




