010.勝利の余韻
オレ達は配置につき、森の奥から接近してくるオメガに備えていた。森までの距離はおよそ2キロメートル。背後のユグドラシルまでは5キロメートル程。
森の中は視界が悪く不意打ちされる可能性がある為、開けた平原で迎撃する事なった。ユグドラシルの近くでの戦闘になってしまうというリスクを抱えてしまうことになるが、致し方あるまい。
本来であれば森に侵入される前に迎撃できれば良かったのだが、宇宙から突如として現れ、大気圏の外から輸送型オメガ クラーケンが卵型の輸送ポッドを射出してオメガを投下してくるのだ。
いくらオートマタと言えど事前に察知する事は可能だが、広大な宇宙を全て監視できる訳がないので、もはや防ぎようがない。
それに敵を発見してから移動までの時間も掛かる。後手には回ってしまうが、防衛網を築き上げる事ができた点でいえば、今回も前回も完全に後れを取った訳ではない。
間も無く戦闘が始まる。暑くはないが、緊張のせいで噴き出してきた汗が額を流れる。そして――
『敵影確認。射撃開始!』
森から出てきたトウテツを確認したオレ達は、一斉に射撃を開始する。オレの撃った弾丸がトウテツの顔の横を通り過ぎ、左の肩に突き刺さる。前回の銃であれば、そのまま少量の出血をさせるだけで終わっていたが、今回はそのまま左肩を貫き、ダメージを与える事に成功する。
これならいける! そう思いひたすら引き金を引き続ける。
前回とは異なり、第二十中隊までの出撃なので人数は4000人と少ないが、それでも前回の時よりも圧倒的な早さで敵を殲滅していく。敵の接近を許す事なく、およそ数十分でトウテツ2万体の殲滅に成功する。
「やった! 勝った!」
トウテツが全滅させた事で、隣にいた橘が喜ぶ。が、まだベヒーモスの姿を見ていない。飛び跳ねようとする橘の肩を掴んで押さえ、辺りを警戒する。
『総員警戒態勢を維持せよ。まだ5体のベヒーモスが確認できていない』
中隊長からの通信を聞いて、橘がハッと我に返る。オレ達が再び警戒態勢に入ったタイミングで、森の奥で木々が倒れていくのが見えた。そしてベヒーモスがその姿を現す。
トウテツ同様の四足歩行。だが、トウテツとは全く異なる。まずはサイズ、トウテツが自動車の半分ぐらいのサイズに対して、ベヒーモスは大型トラック4台分程のサイズと、戦車型と呼ばれるにふさわしい巨大さだ。そして百トン以上の重量も誇る。
そして外皮は灰色の岩の様なもので出来ており、それが全身を覆っている。つまり鎧を着た巨大なサイの様なものだ。いや、角がないからどちらかと言えばカバに近いかもしれない。
そんな固く、重たい戦車の様なオメガが戦車型ベヒーモス。離れていてもその名に恥じない圧を感じる。
『撃てぇ!』
その声に皆がベヒーモスに向かって発砲するも、全く通じず、弾丸は装甲の前に弾かれてしまう。こんな豆鉄砲では意味がない、そう判断したのか、射撃中止の指示が出る。
『射撃中止。奴らはアールヴ部隊に排除してもらう』
適材適所と言えば聞こえはいいが、あの怪物はオレ達人間には手が負えない存在だ。オレ達の後方にいたアールヴおよそ100人が前方に出る。
「初めてアールヴ見た」
そんな声がちらほらと聞こえる中、クーナさんがこちらを見ている事に気が付く。彼女はオレに対してウィンクしてから、ベヒーモスに両手を向ける。そしてオートマタの技術を用いてもなお、翻訳される事の無いアールヴの詠唱が響く。
数秒の詠唱を終えた後、50人のアールヴによる魔法が行使される。どこからともなく木の根が地面から現れ、ベヒーモスの突進を止めつつ、その重厚感あふれる体をいとも容易く持ち上げたのだ。
そして別の詠唱をしていたもう50人のアールヴの魔法が発動すると、地面から出てきた木の根が束になり、螺旋状に絡まる。最終的に5本の巨大なドリルの様に先端が鋭い形状になった後、それはベヒーモスに向かって射出される。
持ち上げられた事で、露わになったベヒーモスの腹部目掛けて着弾する。外皮が薄いのか、おそらく腹部が弱点なのだろう。アールヴはそれを熟知していた。
そして全てのドリルはベヒーモスの体に先端が少し刺さった後で停止する。が、ドリルはそのまま回転運動を始め、ベヒーモスの腹部を抉りながら仕留めたのだった。
ベヒーモスの肉片と黒い血液が辺りに飛び散る。その惨い殺し方に橘は吐き気を催したのか、口を押えてしゃがみ込む。
アールヴ達も一仕事終えたと言わんばかりに、ユグドラシルのもとへ足を運ぶ。
「また後でな。ケイジ」
その際にクーナがオレの肩をポンと叩いてから通るのを忘れない。
「今回は誰も死なずに済んだ・・・」
その結果に安堵したオレは、強く息を吐きだす。撤退の指示が出て、各々が輸送船に向かって歩くのに続いてオレも足を動かす。
「ちょっと置いていかないでよぉ、ケイジ君」
いまだにしゃがみ込んでいる橘を無視していたが、名指しされたので振り返る。
「早く来いよ。置いてい・・・」
橘の方に視線を向けると、彼女の近くに見慣れないものが浮かんでいた。直径1メートル程の脳みそが宙に浮いている。その右脳と左脳に1つずつ目玉が付いている。人間でいう脊髄にあたる位置からミミズの様な体が生えているだけの奇妙な生物がそこにいた。
一瞬、ユグドラシルの精霊かと思ったが、こんなグロテスクの塊みたいな精霊なんているはずがないと我に返る。それにこんなオメガがいるなんて情報は聞かされていない。
オレはすぐさまライフルをその生命体に向ける。
「ケ、ケイジ君!? すぐ立つから銃向けないでよぉ!」
「バカ! 早く逃げろ!」
オレの声でようやく橘は自身の背後に何かがいる事に気が付き、そちらに目を向ける。怪物と目が合った瞬間、彼女の体は委縮する。
「ひぃ!? ケ、ケイジ君た、助けべぐじぃあ”あ”あ”あ”ああああ」
とても人の声とは思えない彼女の断末魔が耳を貫く。目を疑いたくなる事が起きたのだ。彼女がいた空間が歪み、雑巾を絞る様に捻じれたのだ。もちろんそこにあった彼女の体も同じ様に歪んでゆく。
手足がありえない方向に曲がったと思えば、捻じれ、千切れる。そして胴体は裂け、腸が飛び出す。最後に首から上が何度も回転し、骨が折れ、肉が裂け、皮膚が千切れ、コロンと落ちて転がる。
落ちた頭と目があう。
その瞳には、涙が滲んでいた。




