009.アールヴヘイム
まともに呼吸が出来ず、段々と苦しさが増す。視界の端が黒く染まり、手足の感覚もなくなっている。そんな中、何度か感じた事のある温もりが全身を包む。
「大丈夫だケイジ。不安にならなくていい。私が付いているからな」
そのままオレを抱きしめ、背中をさする彼女のおかげでオレはなんとか呼吸を整える事が出来た。不意に、彼女特有の花の様な甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「・・・ありがとうございます、クーナさん。おかけで落ち着きました」
「そうか、なら良かった」
何故ここにいるのかは分からないが、クーナさんにお礼を言う。彼女はそっとオレから離れ、今度は彼女は両手でオレの頬を挟み、目を瞑りながらオレの額に自分の額を当ててくる。アールヴが家族や友人に対して行う行為だと知る前は、キスされるんじゃないかと焦った・・・。
初めて彼女と会ったあの日以降、何度か彼女から会いに来ては何かと世話を焼いてくれていたのだ。彼女のおかげでオレは正気のままでいる事が出来た。
「これから私の故郷に行くんだ。遅れるんじゃないぞ」
「は、はい。分かりました」
満足したのか、彼女はオレから離れ、輸送船のある発着場に向かって歩き出した。オレの心拍数が跳ね上がっているのを感じる。顔を少しでも上げればキスできる距離に、心臓が跳ねてしまうのは無理もない。つい先程まで過呼吸で苦しんでいたのが嘘の様だ。
「あ、あの人ってアールヴ人だよね? なんでケイジ君の事知っているの? というよりなんであんなに仲良さそうなの?」
お姉ちゃん枠は私だと思っていたのに~と叫ぶ橘を横目に、オレは発着場に向かう。
更衣室でスーツを着て、ハーフヘルメットを被る。今回行くアールヴヘイムは地球人でも問題なく生活できる環境なので、呼吸に困る事はない。そして武器保管庫で新しい銃を受け取る。
オートマタの技術で作られた、小型レールガン。先端が二股に分かれた白い銃は、秒速2千メートルの弾丸を射出する事が出来る。
現代の銃とは比べ物にならない程性能が上がり、トウテツに対して有効なダメージを与えられる様になったらしい。上手く当てれば離れた距離からでも致命傷を与えられると聞いている。
パルスグレネードは携帯せず、代わりにその分多くのマガジンを持つ。あれは使い物にならないと判断。前回の戦場で経験済みだからだ。
不安でガチガチに固まっている橘の背を押し、オレ達は輸送船に搭乗する。間も無くして、輸送船が離陸し、中隊長の通信から戦地の情報が入る。
『アールヴヘイムにいるオメガは斥候型のトウテツ2万および戦車型のベヒーモスが5体確認されている。我々の任務はユグドラシルの防衛だ。何としてでもユグドラシルのもとに敵を近付けるな』
クーナさんの故郷、アールヴヘイム。
そこは世界樹ユグドラシルを中心とした世界で、自然と調和が完全に保たれている。アールヴは女性しかおらず、ユグドラシルから新たな命が生まれるという特殊な種族だ。
その為、ユグドラシルを破壊されるという事はアールヴの絶滅にも直結してしまう。また、アールヴの魔法の根源もユグドラシルの加護がある為なので、ユグドラシルの防衛は絶対。
それと今回はトウテツだけではなく、ベヒーモスも確認されている。前回の戦場に比べて敵の数は少ないが、生き残れるだろうかという不安の思いが心の中を漂う。
「私達生き残れるよね?」
隣に座る橘の不安な声が聞こえる。
「どうだろうな」
なんせ、前回の線損率は1%。ごく少数しか生き残れなかったのだから。
「もう! そこはオレが守ってやるからな、って言うところでしょ!」
また橘に脇腹を肘で小突かれる。不安を拭ってやりたい気持ちもあるが、真実を知っているからこそ、安易に答えてあげられない。
「心配すんなって。オメガなんてオレが全部ぶっ殺してやるからよ」
いつの間にか近くに座っていた金髪が言うが、それに対して橘は虫を見るよう様な視線を向ける。
「さっきケイジ君にやられて泣いてたクセに。アンタこそ弱っちぃんだから後ろに下がってなよ」
その言葉で顔を真っ赤にする金髪。そしてそれを聞いていた連中が回りでクスクスと笑う。緊張感が和らいだ事を喜ぶべきか、気を引き締めろと注意すべきか悩むところだが、ガチガチに緊張するよりはいいだろうと、今回は放っておく事にした。
――今回もおよそ10分程で異世界であるアールヴヘイムに到着する。
輸送船のハッチが開くと、マイナスイオンが溢れているのか空気が綺麗なのか、透き通った空気が肺の中を満たす。輸送船を降りると、視界いっぱいに広がる自然が映る。
花が咲き乱れた平原。その奥には巨大な森が見える。そして森とは反対のはるか後方にはスカイツリーをはるかに超え、雲をも突き抜ける神々しい大木が目に映る。その高さは50キロメートルを超えており、最上部は視認出来ない程だ。
「あれが・・・世界樹ユグドラシル・・・」
思わずその名を口に出してしまう。ユグドラシルは淡い光を放っており、それがより神秘さを増している。ゲームや物語にしか存在しないと思っていた空想上の存在が実在しており、目の前にあるというのは非常に言葉にしづらい高揚感の様なものが込み上げてくる。
「わぁ~。おっきな木だねぇ」
と横で橘が呟く。あれをただの大きな木で済ますお前の感性が残念だよ。オレの感動を返せ、とそう言いたくなるも我慢する。
『全隊に告げる。我々は今回、オメガがユグドラシルに到達する前に仕留めるのが任務だ。アールヴの援護もある。無闇に前進して突出する必要はない。あくまで後方での射撃に徹するんだ』
と中隊長から通信が入る。今回はアールヴも戦闘に加わるという情報は、オレに安心感を与えてくれた。おそらく今回の犠牲者は少なくて済むだろう、とその時のオレは慢心していた。




