117.竜の爪
ヤツとの戦闘を避けてほしいというオレの思いをとは裏腹に、彼女達は先手を仕掛ける。
まず初めに離れた位置にいるミカエラがサイコキネシスでヤツを持ち上げようとする。
「くぅ。重い・・・!」
だが、そう簡単に持ち上がる程ヤツは軽くはない。ただミカエラのサイコキネシスのおかげでヤツの動きが止まる。ヤツが持ち上がらない以上、何かをぶつけるぐらいしか攻撃手段がないかもしれないが、周りにある岩を当てた所で大したダメージは与えられないだろう。
ヤツに苦戦するミカエラをサポートする為、イザベラが動きの止まった的に対して射撃する。
「オラオラオラァッ!」
改良され、弾の種類も自由に切り替えられる様になったバトルライフルは、本体だけではなく弾丸自体も威力が増している。それでもヤツの鎧を貫く事は出来ない。ただ砂煙を上げるだけに終わってしまう。
とはいえ無意味だった訳ではない。砂煙に紛れて、クーナさんが調和魔法を発動していたのだ。地中から伸びた木の根が、ヤツの四肢を掴んで持ち上げる。
「クララッ!」
クーナさんがクララの名前を呼ぶと同時に、ヤツの周囲にある空間が黒く歪んでいく。
「潰れちゃえ」
クララのその一言で空間が完全に歪む。しかし、それでもその鎧の防御力を上回る事は出来ない。騎士団の中で最も攻撃力のあるのは、間違いなくクララの空間歪曲だ。それすらも物ともしないあの防御力に、もはや打つ手はない。
「堅い・・・」
それでも諦めずに空間を曲げ続けるが、四肢を拘束していた木の根ごと力尽くで引き千切って脱出される。さすがにそれらの攻撃はダメージこそはなかったが、煩わしかったのだろう。
ヤツは地に足を付けると同時に駆けだし、クーナさんとイザベラに向かって肉薄する。それに対してクーナさんはユグドラシルの枝を持って迎撃。突き出された拳を屈んで避け、脇に細剣を突き刺すが、弾かれてしまう。
その隙にイザベラがバトルライフルの銃身をヤツの足に叩き付けるが、これも全くダメージを与えられない。
「チッ」
舌打ちをしつつ、薙ぎ払われた腕をなんとか避ける。そのまま接近戦を続けたら間違いなく危険だが、それを理解しているミカエラがイザベラの体をサイコキネシスで持ち上げて後方に引っ張りる。
「悪いね、嬢ちゃん」
「構わないわ。それにしても強いわね、アレ」
今もクーナさんがヤツの攻撃を躱しつつ関節を反撃しているが、かすり傷一つ付けられずにいる。そしてヤツの背後には、無音で差し迫っていたメイシャが隙だらけの首に剣を突き刺すが、これも意味を成さずに終わってしまう。
メイシャの剣もアダマンタイトとコーティングされているが、それでも通用していない。一方で、もうアダマンタイトを吸収する事はなく、メイシャの剣はオレの時とは違って欠ける事はなかった。
2人に翻弄され、スピードで勝てないと悟った鎧オメガが次に取った行動は、あまりにも暴虐的だった。最も攻撃力の高かった一撃を放ったクララに対して、突進を始めたのだ。その途中で繰り出された全ての攻撃を無視して。
「クララ!」
咄嗟にルカがヤツの前に立ちはだかり、クララを守ろうとする。このままではルカもクララもただでは済まないだろう。全員でそれを阻止しようと、全力で攻撃を仕掛けるが、止まる気配は全くない。
それもそのはずだ。ヤツにとって、みんなの攻撃は煩わしいだけで防ぐ意味すらないのだから。
徐々に迫るヤツに恐怖を覚える双子。前にもこんな事があったな、とふと思い出す。
あの時とは違い、今回はユグドラシルが助けてくれる気配はない。なら自分で何とかするしかない。
オレは全てのオメガ因子を活性化させる。今まで度も試した事のない試みだ。何が起こるのか分からないけど、ルカとクララを救う為ならば副作用なんて気にしている場合ではない。
全身が熱を帯びていくのを感じながら、アンジェの腕を振り解いて立ち上がる。既に吐血は治まっており、右腕の傷口ももうじき治るだろう。
「安静にしないとダメであります!」
アンジェが心配してくれるが、残った左手でアンジェの頭を軽く撫でる。年上だけど、妹の様な存在の彼女にはいつも苦労を掛けていた。これからもっとそうなってしまうだろう。何故なら、今のオレには2人を救う事しか頭にないから。
胸の奥、心臓に宿るヴォーティガンの因子が強く反応し、活性化させた全ての因子が共鳴してより強くオレの体を蝕んでいく。不意に左腕を誰かに掴まれた気がして、そちらに視線を向けるとユグドラシルがいた。
『暁の子よ。まだその時ではない』
どんな考えでそんな発言をしたのかは分からない。だが、いかなる理由であろうとあの子達を見捨てる様な真似は絶対にしない。
「黙れ!」
ユグドラシルの腕をも振り解き、オメガ因子に身を委ねる。再生の力も強まっているのか、失った右腕の再生が始まる。触手の様に伸びた肉が段々と形を成し、腕に変わる。が、それは人間の腕ではなかった。赤い鱗を纏い、黒く鋭い爪が伸びている。
まるでドラゴンの腕だ。指は5本ではなく、3本の鉤爪と親指の4本。それはヴォーティガンと全く同じ形状だった。サイズは人間の腕と変わらないが、間違いない。
「騎士団長殿・・・?」
「アンジェ、ルカとクララを頼んだ」
自分が自分で無くなっていくのを感じる。自分の中にある『何か』が消えていく。長引けば、取返しのつかない事になるだろう。オレがオレでいられる内に、決着を付けなくては。
いつもより力を込めて大地を蹴る。その速度は今までとは比較にならない。クララを救おうと、ヤツを追いかけているみんなを追い越す。そして背後から鎧オメガの背中目掛けて鉤爪を突き出す。
ギャリッ、と音を立てて強固な鎧を貫く。アダマンタイトの鎧すら貫くこの腕が内包している力はオレが思っているよりも凄まじいのかもしれない。
声帯が無い為か、ヤツは悲鳴を上げる事すらできず、オレの手から逃れようとする。だが、ヤツの脊髄やその他の何か分からない物をガッシリと掴んでいるこの手からは逃れられない。
時間はそう長く残されていない。ただえさえ大量に出血したのだ。この状態で動けているのが不思議なくらいに。だからこそ、このまま一瞬で終わらせる。
オレはヤツに腕を突き刺したまま、サイコキネシスでヤツの体ごと空中に持ち上げる。
「ケイジッ! これ以上無茶しないで!」
ミカエラの声が聞こえるが、それを無視して右腕に全てのエネルギーを集中させる。すると、段々と赤い鱗を纏っていた右腕が赤い光を放つ。
――もし生き残ったら、みんなにどやされるだろうなぁ。
それはそれで死ぬよりおっかない事になるかも。けど、みんなを守れるのなら、この命なんて安いものだ。右腕の光が一際大きくなり、最期の瞬間を悟る。以前にもこの光を見た事がある。香港で、初めてオケアノスを『自爆』させてしまった時と同じだ。
今、この腕にはアダマンタイトをも超えるエネルギーが宿っている。それが爆発したらどれだけの威力になるのかは想像もつかない。つまり、生き残れる可能性は皆無だという事。
「ありがとう、みんな」
――愛してる。
刹那、閃光が辺り一帯を白く染める。




