ユメノハザマ -彼女は桜の夢を見る-【3】
「…………夢の中で人に会う時はそうしているんだよ。俺の仕事は、人と信頼を短時間で築かないといけないから、多少強引でも距離を詰めれるように、名前、特に下の名前で呼ぶようにして、敬語は使わないようにしてるんだ」
「そうかぁ。そういうことか……」
どこか残念そうに言っている自分に、自分で驚いた。
圭吾を見ると、彼も不審そうに桜を見ている。
「……何か、あった?」
「あ、ううん。大丈夫」
桜は、自分の思考もごまかすように首を大きく振った。
「もしそれに抵抗感があるなら直すけど……」
「いいえ、大丈夫よ。……その代わり、私もあなたのことを下の名前で呼ぶわ。圭吾君って」
桜は、挑戦的に下から圭吾を見上げるように視線を送った。
この不思議な少年のことを知るには、気持ちで負けてはいられない。
動揺していることを知られるのを、桜は嫌っていた。
だから、それがわからないような態度を取った。
圭吾は、一瞬桜を見て固まったが、すぐに視線をそらした。
体の向きも変え、曲げた膝に顔をうずめて、ため息を吐いた。
「ご自由にどうぞ。もとからそういう風にしてもらっているし」
ぶっきらぼうで、どこか突き放すような言い方だった。
何か気に障ることをしただろうか、と桜は少し不安になる。
「……圭吾君のお家は、なぜこういうことをするようになったの?」
話題を変えて、圭吾に寄り添うように顔を寄せて聞いた。
なるべく声も、優しく落としながら。
圭吾は、その声に顔を上げた。
「さぁ……俺は父親から小さい時にこの能力を受け継いだだけで、そこまで詳しいことは聞いていないよ。この役目から逃げれるわけでもないし、特に興味もなかったから」
「そうなの? 私は、圭吾君はこの仕事に対して真摯に向き合っているように見えたのだけど……」
「そうしないと、俺が夢に取り込まれて一生目覚めなくなるからね。さすがにそれはごめんだからさ」
自嘲気味な笑みを、圭吾は浮かべた。
桜は、その笑みの前にそれ以上何も言うことができなくなった。
彼の背負っているものは、自分の想像以上に重いのだろう。
何も知らない自分が、これ以上何か言っても彼にはきっと響かない。そう感じた。
「ねぇ……」
ただ、桜はどうしても聞きたかった。
このつながりを、何だかなくしたくないと思ったのだ。
こうして圭吾のことを覚えていることに、どこか運命的なものを感じているのかもしれない。
「どうしても、夢の中以外で話すことはだめなの? 例えば、私が夢に囚われる原因がなくなった後とか……」
桜が、敬語を窺うように視線を控えめに送る。
圭吾は、その桜の視線から目線をそらし、何もない空間をしばらく見つめる。
その表情に色はなく、何を考えているのかは察せられない。
「……話そうか」
「え?」
つぶやくように言われて聞き逃した桜は、圭吾に近づいて聞き返す。
しかし圭吾は、桜が近づいた分だけ距離を開けた。
「……夢のことが終わって、それでもまだ俺と話したいと思ってくれるなら……その時は、現実でも話をしようか」
圭吾の声は淡々としていて、そこにどのような思いがこめられているのかはわからなかった。
自分と話をすることに、圭吾は何の興味もないのだろうか。
それを感じるのを、桜はとてもつらいと思った。
そんな相手と、また話す約束をしても意味がないのではないか。
そうも考えたが、桜はその考えは押し込めた。
なぜか、桜はそこに手放したくないものを感じていたからだ。
これを手放したら、もう二度と手に入らない気がする。
それは圭吾自身ではなく、圭吾からもたらされる何か。
その何かを知りたくもあった。
桜は、揺れた心を表情に出さないように、圭吾に微笑む。
「そっか。楽しみ」
桜は、つい嬉しさが顔に出て目を細めた。
圭吾は、山型にして座っていた膝に顔をつけていた。
圭吾の行動の理由がわからず、桜が不安げに見つめていると、突然圭吾は顔を上げた。
「桜さん、どうやら目覚めないといけない時間らしい」
「え、目覚めるって……起きてるけど……どうやって……」
圭吾の目覚める時間、というのはわかる。ここは夢の世界だから、現実の世界へ戻るということだ。
だが、今この夢の世界で自分は覚醒しているのに、どうやってまた覚醒するというのか。
桜は戸惑って、さらに不安の色を顔ににじませた。
「大丈夫、桜さん。この世界で眠れば、それは向こうで覚醒するということだから。眠るだけでいいんだよ」
圭吾は桜の両肩に手を置き、子守歌を歌うように優しく語りかけた。
その声を聞いただけで、桜は瞼が重くなってきた。
「……圭吾君……また……会おうね……」
意識がうつろう中、桜はそれだけ何とか口にした。
別れの挨拶がないのは、何だか悲しかったから。
圭吾の返事は聞こえずに、桜は深く落ちた。




