ユメノハザマ -彼女は桜の夢を見る-【2】
またその日の夜のこと。
ここは夢の中だ。
桜はそれを自覚していた。
この夢ということは。
桜がある。
満開の花びらをつけた、大きな桜が。
風にそよいで、ざわざわと枝や花がこすれる音がする。
そして、次に。
「桜さん」
あぁ、来てくれた。
「こんばんは、ケイゴ」
桜は声のした方へ、顔を向けた。
その顔は、思わずほころんでいた。
ケイゴも微笑み返してくれていたが、どこかその表情には苦さが含まれていた。
その表情に、桜も緊張した。
ケイゴは、桜の横に腰を下ろした。
「……昼間は、ごめん。俺も驚いてしまって、つい手荒なことをしちゃったんだ」
話し方は、昨日会ったケイゴのままだった。
やわらかで、落ち着く優しい声だ。
「ううん。私も、あんな場所で突然ごめんなさい」
そのケイゴだから、桜も穏やかに返せた。
「だけど」
ケイゴの表情が、突然鋭く変わった。
「もう学校では話しかけないで」
それは、桜の口を押さえた時の、必死の形相をした圭吾の目と一緒だった。
あぁ、やはりこのケイゴはあの里見圭吾なのだと、桜は思った。
「どうして……?」
桜は、単純に疑問だった。
そして、色々なことを聞きたかった。
なぜ夢の中で、このようにはっきりと話ができるのか。
なぜ夢の中と現実では、別人のような対応をするのか。
現実で話せないのなら、今夢の中にいる時に話すしかない。
桜は、圭吾の表情に少し恐れを抱いたものの、知りたいという欲求の方が強かった。
桜の言葉に、圭吾の表情は全く揺らがなかった。
じっと桜を見据えている。その目は何を見ようとしているのか。
それを考えると、動き出そうとしていた心が凍り付きそうだったから、考えないようにした。
圭吾は、桜からそっと目をそらし、桜と反対の方向を向いて座り直した。
「……俺は、夢の世界に囚われそうな人の夢に入って、その人を現実の世界へ戻す役目を持っているんだ。そういう家系なんだよ」
語りだす圭吾の口調は、静かであった。
桜は、黙って圭吾を見ていた。
ちらりと、桜に圭吾は視線を向けたが、すぐにまた視線をはずす。
「だいたい人は夢のことを忘れるから、夢の中でどんなことがあったとしても俺との関わりも忘れる。忘れることを前提として、この役割は成り立っている。だから、桜さんとも今夢以外の場所で関りを持つわけにはいかないんだ」
「私は、夢のことを、あなたのことを忘れなかったわよ?」
桜の言葉に、圭吾ののどがぐっと鳴るのが聞こえた。
「…………それは、俺もよくわからない。あの時桜さんに声をかけられたのは、本当に驚いたんだ。だからあんな風に……」
圭吾は気まずげに、桜の周りに視線をさまよわせる。
「とにかく、これ以上現実世界で関りを持つと何が起こるかわからない。そうなると、俺は責任が持てない。桜さんの身も危ないんだ。お互いのために、協力してほしい」
気を取り直すように、圭吾は言った。今度は桜をちゃんと見て。
だんだんと圭吾の雰囲気が崩れてきた。少し鋭さがやわらいだ。
優しげにも、気弱そうにも見える表情をしていた。
あの図書館で声をかけた彼と、夢の中で話をしている彼と、どちらの表情ものぞかせる彼を見て、どちらが本当の彼なのか、桜は混乱しそうになった。
「……圭吾君の言いたいことはわかったわ。協力する」
とりあえず、その返答だけはした。
彼はそれを聞くと、心底安心したようにその緊張がとけたのが見てわかった。
彼が緊張した空気だけは、先にときたかった。
「……ところで、夢の中では私のことを名前で呼ぶし、口調が違うように感じるんだけど、それはなぜかしら?」
また圭吾の表情が歪んだ。
しかし、今度は別に怒っているなどの空気が張り詰めた感じはなく、単純に気まずく感じているだけのようなので、桜も臆さなかった。
少しの沈黙の後、圭吾はそろそろと口を開く。




