06 靭性を求めて
ドワーフの自治領に到着する。そこには高い山が有り、その麓に街がつくられている。その山こそがドワーフたちが鍛冶につかう鉱石を産出するのだ。そして、そこに邪竜が住み着いているというのはゲーム知識で知っている。が、それをドワーフたちに言うと怪しまれそうなので、別の理由でこの街にやってきたという事にしなければならない。
「かち……、お嬢様どちらの工房をご覧になりますか?」
外では課長と言うなときつく言っておいたのに、旅の間ずっと課長と言っていたせいで、今回もまた課長といいそうになる本田。本当に同じミスを何度も繰り返すわね。再発防止対策書を書かせないと治らないかしら。ジト目で見てから本田の質問に答える。
「そうね、一番大きなところがいいと思うの。たくさんの種類を見てみたいから」
「かしこまりました。ちょっと聞いてきます」
そう言って本田は人間の行商人らしき人達に話を聞きに行く。本田の背中を少しだけ見てから、視線を街に移すが、そこには活気が感じられなかった。鉄を打つ音もまばらだし、商品の調達に来ている商人達の姿もまばらである。鉱石の調達に支障が出ているから、当然商品の質も数も落ちるというわけだろう。昼間から往来で酒を飲んでいるドワーフも見かけられるが、仕事が無いから今はこうしているのか、普段からあんな感じなのかは不明だ。ただ、前世でも駅で見かけた昼から地面に座ってカップ酒をあおっている人みたいな雰囲気は出ているから後者だと思う。
カラッと晴れた天気とは違いない、街にはどんよりとした空気が流れているのがわかった。まるで、ゆっくりと死んでいくのを待っているようにしか思えない。これじゃあ、この窮地を救ってくれた南十字星の乙女たちに神器ともいえる精霊王の剣を渡すのも納得だ。
「お嬢様、この街で一番評判の良い工房を聞いてきました。領主の兄が経営している工房だそうです」
「わかったわ、そこに行ってみましょう」
そういえば、ゲームでも自治領の領主の兄が剣を打つんだったわね。本当は兄が領主を継ぐはずだったけど、鍛冶職人として生きていきたいという理由で弟に押し付けている。そして、その後自治領がこんな大きな問題を抱えることになってしまい、弟に負い目があるので仕事を引き受けてくれるって流れだったはず。
そんなことを思い出しながら歩いていると、直ぐにその工房にたどり着いた。周囲の工房よりも大きな建物となっており、中に入ると疎らながらもいくつかの武器が置いてあった。
「何をお探しですか?」
店員である女のドワーフがそうたずねてきた。待ってましたとばかりに、今まで考えてきた設定を話す。
「私が今度騎士団に入団するための試験を受けるの。それで、その試験に使う剣を買いに来たの。どれがいいかわからないんだけど、試してみてもいいかしら?」
「ええ、お客さんが使うんですか?」
私の返答を聞いて目を丸くするドワーフの店員。見た目は貴族のお嬢様で腕は細い。レイピアみたいなものは扱えると判断してくれそうだけど、それは店内にはないので店員も対応に困るだろう。
「ちょっと親方を呼んできます」
困って親方を呼びに行くと言い、この場から離れた。親方というのは領主の兄である工房主で間違いないだろう。その到着を待っていると、立派な髭のドワーフの男性がやってきた。彼は私を値踏みするようにジロジロとみてくる。
「ここにあるのはおもちゃじゃねんんだ。帰りな」
無愛想にそう言って工房に戻ろうとする。私の身体を見れば、重たい剣を振るえるとは思わないのも当然。たんなる冷やかしか、世間知らずの貴族令嬢とでも思ったのだろう。タイミングはここね。悪い笑みが出そうになるのを必死でこらえて、敢えて相手を挑発するようにこちらも
「あら、おもちゃ程度の出来栄えだったから、まともなのを出して貰おうとおもったんだけど。まさかこの程度の出来とばれる前に追い返したいのかしら?」
と言ってやった。視界の端で本田がオロオロするのが見えた。事前打ち合わせをしていないから、かなり焦っているようね。でも、本田にはこういう駆け引きは無理でしょうから、素でオロオロしてくれた方が相手を騙しやすいと思うの。なので、今の焦り具合はいい感じよ。
「わしの打った剣がおもちゃだと」
足を止めてこちらを振り返るドワーフ。その目には怒りの色が見えた。でも、そんなものには臆さない。私は身近にあるロングソードを手に取ると、片手で持ったままそれを思いっきり素振りしてみせた。
バキンという金属が破断する音が店内に響き、その後ガチャンという音がして剣身が床に落ちた。私の素振りに耐え切れずに、剣身と柄の境目で剣が折れたのだ。
全員が驚いて固まったのをみて、一気に主導権を取りに行く。
「素振りにも耐えられないなんて、靭性が足りないんじゃないの?焼き入れのミスか素材の不純物が取り除けていないのかわからないけど、こんなものに命は預けられないわ。この街一番の工房と聞いて来てみたけどがっかりね。行きましょうか、ルイス」
踵を返して店のドアに手をかけようとすると、背中から声が聞こえた。
「待ってくれ。素振りの威力もそうだが、そこまで折れた原因がわかるとは思わなかった。こちらの非礼は詫びる。だから、依頼を頼まれてくれないか」
ここで足を止めて、再び店内の方へと振り返る。
「依頼?」
「ああ、靭性が足りないのは質の悪い鉱石を使っているからだ」
「それなら質の良いものを使えばいいじゃない。それと依頼に何の関係があるの?」
「実は鉱山に邪竜が住み着いて、奴のねぐらが一番いい鉱石が取れる坑道なんだ。あんたの実力を見込んでその邪竜を追い払ってはくれないだろうか。武器ならこんなもんしかないが、店に並べてあるものを好きに持って行ってもらって構わない。無茶なお願いだとはわかっちゃいるが、邪竜退治なんて国が軍を動かしてくれないとどうにもならないような相手だ。ところが王国との約束で自治領には国軍を入れないってことになっているから、それを理由に断られている。傭兵たちも邪竜相手だと尻込みして受けてはくれないんだ」
ゲームと同じ理由で邪竜討伐が出来なくて困っていた。ゲームでは主人公たちが個人的に依頼を受けて邪竜を討伐する訳だが、彼等に先んじて私がその依頼を受ける事が出来た。ただ、ゲームの依頼主は領主であり、今回は領主の兄という差はあるけど。
さて、これでアイテム入手のフラグは立てられた。だけど、嬉しさをおくびにも出さずに神妙な顔で
「わかったわ。騎士になるためにはどうしても質のいい武器が欲しいの。利害は一致したから依頼を受けましょう。この辺のやつを二、三本貰っていくわね」
「本当か。本当に受けてくれるのか」
「なによ、自分で依頼を切り出しておいて、受けると言ったら驚くの?」
「いや、相手は邪竜なのに躊躇もせずに受けてくれたもんだから」
そう言われてこれは失敗したと後悔した。もう少し悩む素振りをみせればよかったわね。
「困っている人は見捨てておけない性分なのよ」
「そうですよね、お嬢様。今までも田舎の村を救ってきましたし」
本田が合いの手を入れる。嘘ではないのでよし。
「ありがとう。鉱石が手に入ったら真っ先に剣を打とう。先に来ていた仕事は全部後回しにする」
「よろしくね」
そう約束して工房を出た。そしてそのまま邪竜のいる山に向かう。街を出る直前に本田が泣き言を言ってくる。
「あの、今日は街の宿に泊まらないんですか?」
「南十字星の乙女たちに先を越されたくないのよ。対策は後回しにするなって何度も口を酸っぱくして言ってきたでしょう。それとも、精霊王の剣を入手するっていう恒久対策の前に、それと同等の結果を出せる暫定対策でもあるっていうの?」
「いや、それは無いです」
「ほらね。じゃあ先を急ぐしかないじゃない」
「はい……」
街から離れたところで他人に見られる可能性もなくなったことで、支援魔法を使って身体能力を向上させ、常人では到達できない速度で一気に目的地を目指す。先ほどまでげんなりしていた本田も
「この魔法を使ってもらうと、課長の優しさに包まれている感じがします」
なんてニコニコ顔になっていた。向かう先は優しさの欠片もない修羅の道なんだけどね。
そして山に入ってしばらくすると、なわばりへの侵入に気づいた邪竜が飛んできた。遠くに見えた時は黒い小さな点だったけど、それが次第に大きくなっていき、目の前に来た時には鱗が黒曜石のような輝きを持ったドラゴンだとわかった。ゲームのデザインそのまんまね。でも、実際に見るとその大きさに圧倒させられる。頭の位置は二階建て住宅よりも高いんじゃないかな。
そんなドラゴンがこちらを睥睨しながら口を開いた。
「何をしに来た、人間」
ドラゴンが喋るだけで木々の葉が揺れる。
「FTAからのなぜなぜ分析の結果、対策としてお前の存在を排除しにきた」
本田が相変わらず私を庇うように立ち、邪竜の質問に答える。でも、何度も言うけどその言い方だと相手には伝わらないと思うの。変わって欲しくないところも変わって欲しいところも全て変わらない。少しは成長してくれてもいいんじゃないかなって思う。
「ほら、本田。そんな言い方じゃ伝わらないって何度も教えたでしょ。それに、私をかばわなくて大丈夫。私は死なないんだから。むしろ、本田のほうが死にやすいのよ。手足がもげる程度なら治してあげられるけど、死んだら生き返らせるのは無理よ」
「休業労働災害までならオッケーだけど、死亡労働災害はダメってことですね」
「安全衛生委員会が聞いたら怒るわよ」
「今の職場には50人も労働者がいないので大丈夫です」
「そういう問題じゃないから。それに、安全衛生委員会がなくても労災なんか起こしたら駄目に決まっているじゃない。本田に怪我をされたくないのよ。私の都合でここに連れてきているのに、怪我をさせたら申し訳ないじゃない」
ここに来ているのは自分の死因を減らすためであり、本田がここに来る理由なんてない。ベルゼブブと一緒に村に残って、公爵への私の動向を報告する仕事をしているだけでもよかったのだ。連れてきたのは手元に置いておかないと何をしでかすか不安だっていうのが最大の理由。なにせ聖女扱いされているのだって本田が原因なのだ。私が村をあけている間に私を主神とする新興宗教を立ち上げられかねない。
本田の肩をもって無理やり後ろに下がらせる。そしてドラゴンを睨みつけた。
「人生最後の会話は終わりでよいか?」
私と本田のやり取りを聞きながら待っていてくれたドラゴンから確認が入る。向こうからしたら人間二人が自分を討伐に来たなんて大したことではないし、ましてや外見は強そうに見えない私と本田だ。余裕を持て余していることだろう。
だが、それは大きな間違いだ。もらってきたロングソードを手に持ち、居合のように中段に構える。
「まさか、その剣で俺に立ち向かおうというのではあるまいな?」
ドラゴンの言葉に若干の怒気が混ざった。馬鹿にしているのかと言わんばかりに大きな鼻息を出すと、強風が襲ってくる。腰を落として足に力を入れて、吹き飛ばされないようにふんばる。そして風がやむと同時に地面を強く蹴って前に飛んだ。
「せいっっっ!!!!!」
気合いとともに腰を回転させる。手に持っている剣が前へと動く。そこからの腕を使っての剣速の加速。チートな体だけど、音速を超えたであろう加速に関節が悲鳴をあげてちぎれそうになる。が、それを耐えて渾身の一撃がドラゴンの足にヒットした。
バギィィィィン
金属同士がぶつかったような音があたり一面に響く。渾身の一撃に使ったロングソードは折れて剣身が明後日の方へと飛ぶ。そして、ドラゴンのうろこが宙に舞い、血が赤い花びらとなって目の前の視界を奪う。
「熱い!」
ドラゴンが情けない声を出す。そして、それは痛いではなくて熱いだ。思いっきり討ち込んだ一撃が皮膚にぶつかった衝撃は、凄まじい量の熱エネルギーとなってドラゴンに伝わったようだ。
「あら、ドラゴンだなんていっても川魚と変わらないくらいうろこは柔らかいのね。またロングソードはあるし、次は頭にでも討ち込んでみようかしら」
千年王国から送り込まれた騎士団を崩壊させたシーンでみせた、アビゲイルのとびっきりの悪意に満ちた笑顔をここで再現してみた。スマホもビデオカメラもないから確認するすべはないけど、きっとかなりの再現度じゃないかと思う。
「人間があああああ!!焼き殺すううううぅぅぅ!!!!!」
怒り狂ったドラゴンがブレスを吐こうとしているのがわかった。前動作として大きく息を吸ったことでやつの胸が大きく膨らんだ。まずいわね。ブレスなんて私は大丈夫だけど、本田は一瞬で蒸発しちゃうかも。
そう判断すると、次の一撃のために構える余裕がないので、素手のまま目の前にあるドラゴンの体を思いっきり殴りつけた。
「ぐえええええぇえぇぇぇぇえええ」
もんどりうってのたうち回り、口からはブレスではなく胃液っぽいのを吐き出すドラゴン。流石はチート悪役令嬢の体、こちらの拳はまったくの無傷で傷一つついていない。開発スタッフも色々と盛りすぎなのよね。悪役令嬢ものがヒットしてからというもの、雨後の筍のように湧いてきた類似設定からの差別化をはかろうとしたんだろうけど、プレイヤーが求めてるのはそうじゃないだろってみんな思っていたわ。今じゃそのおかげで助かっているけど。
「ドラゴンのうろこや骨って高く売れそうね。このまま解体してみようかしら。そうそう、何枚うろこをはがしたらドラゴンが死ぬのかなんて誰も試したことないだろうし、試して後で論文発表してみようかしらね」
「助けて、殺さないで」
私の脅しがきいたのか、ドラゴンはカピバラ程度の大きさまで小さくなって、腹を見せてこちらに服従の意を示してくる。ドラゴンもそんなことするのかと知ったら、犬みたいでかわいく思えてきた。無理な殺生をするつもりもないし、目的は鉱石の採掘なので、それさえ達成できるなら殺す必要もない。不良の対策でも往々にして過剰品質となりがちなのだけど、そこまでする必要はなくて不良がでなければいい程度で止めておくことも時には必要なのである。今がまさしくそれだ。
「助けてもいいわ。それにしても便利な体ね、そんなに小さくもなれるのだから。街にいる時はそのサイズでいられるなら助けてあげるわよ。でかい図体のまま連れて歩くわけにもいかないから」
「え、連れていかれるんですか?」
私の提案が意外だったのか、ドラゴンが驚いてこちらに聞き返してきた。
「そうよ、また暴れるとかじゃなくても、お前がここにいるだけで鉱石の採掘に支障がでるでしょう。私のいる村に連れて帰って、そこで監視するつもりよ」
「え、お嬢様こいつを連れて帰るんですか」
戦闘が終わったことで本田がやってきて、ドラゴンと同様に私が連れて帰るという案に驚いた。
「万が一ここに残したことで困る人が出ても嫌でしょ。ルイスのおかげで奇跡の聖女とかいわれているんだから、ドラゴンをテイムしたって問題ないわよ」
「ああ、それなら伝説に新たな一ページが追加されますね」
なんだか途端に嬉しそうになる本田に、誰のせいでそうなったんだよという意思を込めた視線をぶつけたが、あいつ気づいてねえ。そして、本田の言葉通りに私の伝説が追加されることになる。
竜殺し――
それが私についた新しい称号だった。別に殺していないんだけどと否定したいが、既にドワーフの自治領からその噂をもって商人たちが旅立ってしまい、否定をして噂を打ち消すには労力がかかりすぎる。一応ドラゴンはテイムしたと言ってはみたものの、討ち取られた邪竜が転生して配下に加わったということになってしまった。内緒でここに来ているので、本名を名乗るわけにもいかないので、最初から偽名で宿を取ったりしていて本当に良かった。こんな話が公爵の耳にでも入ったら、本当に大規模な討伐隊を送り込まれかねない。それに、そんなことになったら私の事をあがめてくれているドワーフの自治領と戦争になりかねない。精霊王の剣が完成するまで街に逗留していたが、連日私の偉業をたたえるお祭りをしていて、しまいには石像を作りたいっていわれてスケッチもされた。石像が完成したら出来れば公爵領の人は出入り禁止にして欲しい。
こうして精霊王の剣が入手できたので、次なる目的地であるエルフの自治領を目指すことになった。




