07 避けられぬ運命
エルフの自治領では世界樹に住み着いた虫のモンスターを退治して、その信頼を得る事が出来た。移動にはムシュフシュ――邪竜につけた名前――を使って空を飛んだので、時間はかからなかったが、そのせいでエルフたちに最初は敵視されて、誤解を解くのに苦労をした。でも、そのかいあって私にとって危険なアイテムはこちらで管理することになったので、対策は成功したと言っていい。最後は虫から世界樹を救ってくれたということで、エルフの自治領でも「虫殺しの乙女」としてたたえられている。主人公たちは「世界樹の救世主」って呼ばれていたのとは天と地くらいの差があるわね。どうしても称号に殺しの文字が入るのは何故かしら。
精霊王の剣と創造神の守りを入手して、これで後顧の憂いなく幽閉生活が出来ると思っていたが、それを許してくれない事件が起こった。本田が血相を変えて私のところに走ってくる。
「公爵様が暗殺されました」
本田の口からそう伝えられたけど、実の親が亡くなった実感はない。なにせ、アビゲイルとしての記憶はあるにしても、自分が育ててもらったという感覚にはなれないので、ニュースで有名人の死亡の話を知った時と同じような気持ちだ。
「ふうん。それで?私たちの幽閉生活が終わるわけでもないし、なんの関係もないわよね」
興味がないのでそんな気の抜けた返答になる。
「それが、どうも帝国との通商交渉に向かう途中で襲われて、襲ってきた相手が帝国の特務機関であると判明したため、ハリソン様が絶対に仇を取ると領軍に出動命令を出したそうです。また、戦費確保のため緊急増税と徴兵を実施。この村は成り立ちによって徴兵はないのですが、その分税の上昇率が他よりも高くなります」
「そんな怪気炎をあげたところで、帝国と領軍じゃあ勝負にならないでしょ。イギリスと鹿児島県が戦争するようなものよ」
ゲームの知識とアビゲイルの知識を合わせて考えてみると、帝国と千年王国の国力は1.5:1くらいで帝国の方が大きい。ゲームでもかなり押し込まれる描写があって、主人公と攻略対象たちは戦略的な劣勢を帝国軍を操るアビゲイルの手下たちを倒すことで乗り切る。ベルゼブブをはじめとする悪魔たちを倒し、彼らによる洗脳をとかれた帝国軍は一緒になってアビゲイルと戦ってくれるのだ。でも、今の戦争はそんな状況じゃない。なにせ、アビゲイルである私が悪魔たちを使って戦争を仕掛けている訳ではないのだから。
その時、ちょっと心配な事が頭をよぎる。
「ベルゼブブ」
「お呼びでしょうか」
私が呼ぶと、ベルゼブブはアストラルサイドからその姿を現す。
「私に内緒で公爵の暗殺をしたりしてないわよね。手下や洗脳した人間を使ったりしても駄目よ。正直に話しなさい」
「そんなことはしておりませんが、気になるというのであれば調べましょうか?」
「出来るの?」
「ハエを使って国中の情報を集める事は出来ますよ。なんならご主人様の冤罪についても、関係者を監視してその背景を調べるくらいは出来ますが」
「はやくいいなさいよ。それが出来るならいつまでもここで幽閉生活なんておくっていないわ。別に婚約者に戻りたいとかじゃなくて、やられっぱなしじゃ腹の虫がおさまらないのよね」
一瞬ベルゼブブをハエたたきで潰そうかと思うくらいには頭に血がのぼった。あの断罪の場面で向けられた悪意のある視線は未だに腸が煮えくり返る思いがする。前世でも責任のがれから、品質管理部門の責任にしようとしてきた製造、設計、技術部門の責任者たちから浴びせられたようなあの視線は、そいつらに全部お返ししてきた。逃げられないようなエビデンスを揃え、時には客という外部からの圧力を使い、本来の責任部署にその償いをさせてきているのだ。だから、今回の冤罪でもそれをしてやりたい。
「課長のやられたらやり返す性格は変わってませんね」
本田がやれやれといった感じで軽くため息をつく。それだけなら怒りの矛先が彼に向かっていただろうけど、次の言葉によりそれはなくなった。
「自分も微力ながらお手伝いします。ここまできたら地獄の果てだろうが、宇宙の果てだろうが課長についていきますよ」
「よく言った。南十字星の乙女を断頭台にあげる名誉は本田にあげよう」
「ええっ、そこまで」
勿論そんな物騒なことをするつもりはない。
「では任せたわよ、ベルゼブブ」
「かしこまりました」
ベルゼブブはそう言ってアストラルサイドに消える。
(それにしても……)
と一人で思案を開始する。
ゲームの世界ではアビゲイルが動かなければ戦争にはならなかったはずだ。ゲームの導入として絶対に戦争ははじまるのだけれど、今の世界ではそれをしない選択もあり、事実私は寒村にとどまって千年王国への復讐のための戦争なんて準備はしていない。そして、公爵は戦争が勃発してから帝国軍との戦闘で死亡するはずなのに、戦争の前に殺されてしまった。突如公爵家を継いだハリソンは自信の無さを南十字星の乙女に励まされて克服するはずだ。なのに、既に復讐に燃えて軍を動員したとは。
この流れは異常――いつもと違う――であり、その要因となるゲームとの大きな変化点があるはずだ。というところで、一番大きな変化点は自分だと気づく。私が戦争を仕掛けないことで、戦争は起こるという世界の運命に沿おうと他の人たちの人生に変化を起こさせたのかもしれない。どうして世界は「止める・呼ぶ・待つ」が出来ないのかしら。「止める・呼ぶ・待つ」とは異常があった場合は作業止めて、ラインの責任者を呼び、指示があるまで待つというルールのこと。私が戦争を仕掛けないなら時間を止めて、責任者を呼んで、次の指示があるまで待つべきなのに、そうはらなずに時間は流れていった。
そもそも、変化点といえば私の断罪が冤罪であり、それが既に正史とは違う。乙女ゲームの正史っていう言い方もどうなのかという批判は甘んじて受ける。でも、それ以外に表現が思いつかない。
つまり、アビゲイルのいじめという正史が無かったけど、正史に近づけるために断罪はなされた。それがたとえ冤罪だとしても、私の追放と邪神の力を得るという流れには修正出来た。だけど、私が戦争を仕掛けないものだから、別の登場人物にそうなるように演じてもらう事になった。それにしても、帝国の特務機関がこちらの国に乗り込んできて、公爵を暗殺した挙句に犯人だとわかるような証拠を残すのだろうか?それに、公爵を殺すことのメリットもわからない。通商交渉に向かう途中だったというが、その内容が気に入らないなら交渉をければいいだけ。殺す意味など無いと思う。
「課長、難しい顔をしていますね。お茶を淹れてきました。飲んで少し考えるのを休んだらどうですか?」
「あら、ありがとう」
本田が紅茶を淹れてくれた。茶葉はこの前一緒に精霊王の剣を入手するのに出かけた時に入手したものだ。前世で自販機で気軽に買えた紅茶と比べ物にならない味だが、慣れてしまえば飲むのに支障はない。
「一緒に飲む?」
「はい」
考えがまとまらないので本田と一緒にお茶を飲んで休憩することにした。小さなテーブルであい向かいに座って紅茶を飲む。温かい紅茶が喉を通ると気分が落ち着いた気がした。ふと前に座る本田に目を向けると、こちらをみながらニコニコしている。
「いつもながら美味しいわね」
「ありがとうございます」
褒めてもらいたそうなオーラを強く放出していたので、希望通り褒めてあげる。さっき言ったように、前世の紅茶とは比べ物にならないが、それでも淹れ方で一番おいしい味が出るようにはしてくれている。私が自分でやると、色が出ればいいやっていう程度にしか気を使わないので、ここまでの味は引き出せない。
「あとはお茶請けがあればねえ」
「課長が山で狩りをしてくれるから食糧事情は改善しましたけど、お菓子をつくるほどの余裕は無いですからね」
本田の言うように、私が山で狩りをしてくるので、肉には困らないし畑の獣害はなくなったけど、お菓子をつくるための商品作物を作る余裕はない。砂糖のとれるような植物や、柿のように甘い果物がほしいけど、それは我慢だ。ベルゼブブに頼めば街から運んできてくれそうだけど、ハエが触ったものを食べるつもりはない。
「はぁ、甘いものが食べたいわね」
「実はまだ試作段階なんですけど、干しいもをつくってみたんです。干せば芋が甘くなるのはここでも同じでした。でも、まだ甘さが足りないから課長に報告はしていなかったんですけど」
「え?干しいもあるの?」
そんなの初耳だ。私が指示してつくらせている訳ではない。欲しいと言ったら奥から干しいもを持ってきた。
「昔、おばあちゃんが作るのを手伝った事があって、課長を驚かそうと思ってやってみたんです。本当はもっと甘く出来てからと思ったんですけど、道具は揃ってないし、品種もあんまり甘くないやつだし不完全なんですよね。これを出してもいいのか悩みますが、甘く無くても怒らないでくださいね」
「怒らないわよ。はやく食べたいの」
本田から干しいもを受け取りたべてみると、前世の干しいもほどの甘さはないけれども、この村に来てからは味わえてなかった甘みが口の中に広がった。甘みを確かめながら時間を掛けて食べていたが、直ぐに無くなってしまった。
「いけるじゃない」
「おばあちゃんの作ったのに比べると甘みが足りないんですよ」
「品種改良しながら、そのうち甘い芋を作ればいいのよ。それにしてもよく干しいもを作ろうなんて思ったわね」
「前に課長が甘いものが食べたいって言っていたので、なんとか作ってみようと思いました。課長の喜ぶ顔が見たくて」
なんて屈託のない笑顔で言われるときゅんとしちゃうじゃない。ちょっと、本田の顔を直視出来なくなる。胸がドキドキしているし、なんてことしてくれるの。




