03 邪神
村に到着した当日、本田に命じて各家に明日の正午前は家から出ているように指示をだした。私自身は追放された身であるが、本田ことルイスはまだ公爵家の使用人という立場であり、彼の言葉は公爵の威光を借りる事が出来る。ゲームの中のNPCではなく、現実にそこに生きている人たちなので助けられるなら助けたい。ただ、指示に従わないのであればそれは強制しない。今の身体だと、助けようとして自分も死んでしまう可能性があるから。地震の発生する時間は昼前ということで、外で仕事している人達も昼食のために帰宅しており、そのせいで家屋の下敷きとなって殆どが亡くなってしまう。そんな未来を説明しても信じないだろうから、命令としてとにかく家から出ているようにとだけにした。
さて、そうして翌日を迎えゲームと同じ正午前、私と本田は家の外に出て地震を待つ。見れば村の人々も家の外に出ており、こちらの指示に従ったようだった。大きな地鳴りがしたかと思ったら直後に縦揺れが襲ってきた。東日本大震災で感じた揺れよりも大きい。
みるみるうちに村の家々が崩れ落ちた。そもそも追放された人達ばかりで、家といっても作りは雑で雨がしのげる程度のものである。私の住むことになった家だって、風と虫は入りたい放題だ。揺れと家が崩れるのを見たことで、村人たちは悲鳴をあげる。が、ここでは終わらないのだ。直ぐにまた地鳴りがして、裏山の土砂が崩れて流れていく。幸いにして村の方にはこないのだが、木々をいとも簡単になぎ倒す自然の猛威を目にした村人たちは、皆一様に言葉なく腰を抜かしてその場にぺたんと座り込んだ。
「危機は去ったわ。さあ、夜になる前に寝床くらいは確保しなさい」
呆然としている村人たちに私は声をかけた。それにより皆我に返る。そして、何故か皆私の事を拝み始めた。違和感しかないのだけど、これはどうしたことか。
「ありがとうございます。聖女様」
「聖女様」
「聖女様のお陰で命拾いしました」
「え?え?」
突然の村人からの聖女認定に戸惑う。聖女と言われるとうなじのあたりがぞわぞわしてきて、かゆいというか気持ち悪いというか、とても表現できないような感覚がする。馬鹿にされているならまだいいのだが、どうにも本心から私の事を聖女とあがめているようで、怒るわけにもいかない。困って本田の方を見ると親指を立ててウインクしてきた。
(あいつの仕込みか)
その仕草をみてかんづいた。おそらく、村人たちに避難指示を出すときに、私のことを持ち上げるようなセリフを言ったのであろう。起きるとわかっている自然現象をいかにも予知したようにしたわけだ。あいつはコロンブスか。
私を拝む村人たちへの対応が終わると、山崩れをおこしたところに向かう事にした。ゲームでは一日経ってから行くのだが、どうせもうこれ以上の地震も山崩れもないので、今夜の寝床を作るためにも早めに力が欲しいのだ。
「聖女様、まだ危険です」
「そうです、また揺れたら」
などと村人が心配するが、神の加護があるのでと言って本田を伴って祠の出現したであろう方へと向かった。尚、ゲームではこのシーンで邪神を消滅させられず封印のみにとどまったため、悪しき存在を復活させようとする者達から隠す必要があり、当時の南十字星の乙女たちは封印した場所を記録に残さなかったという説明が入る。
本田と一緒に歩くこと30分程度。目的の場所に到着すると小さな祠があった。祠というよりも石棺に近いのかな。大きな石で四方をかため、上にも同等の石が乗せられている。山崩れでもこの形が残っているのは、封印の力が働いているからだろうか。しかし、その魔力も弱弱しく感じられる。今の私の魔力でもぶつければ封印を解けるだろう。観察しながらそう考えていると、祠の中から声がした。
「望みをかなえる力が欲しくはないか?この封印を解いてくれたら見返りに力を与えてやろう」
「それは重畳。丁度力が欲しいと考えておりましたの」
と返答すると暫くの沈黙がある。端倪さているような感覚があるが、おそらくはそうなのであろう。
そして、
「よかろう、器として合格だ」
と声が聞こえた。その禍々しさに本田が怯える。
「課長、やっぱりやめましょうよ。危険ですって」
「本田、人生には勝負をかけなきゃいけない時が有るんだ。何度も経験してきただろう」
「いや、それって良品と不良品の境目のやつを出荷した時の事ですよね。境目といいつつも、半分以上不良品の方に傾いていましたけど。でも、それは命がかかっていた訳じゃないですから」
「命がかかっているというのなら、ここで力が得られなければ命にかかわるんだぞ。力も無しにどうやってこの過酷な環境で生きていくつもりだ?」
「…………」
本田は黙ってしまった。セイフティネットなんて全くないので、自分で何とかするしかない。私はアビゲイルに魔法の素質があったから、いくつかの魔法を使うことも出来るし、幼いころから教育されたお陰で多少は剣の心得がある。が、ルイスにはそんなものはない。それに、病気になってしまえば治療する手段は無く、自然治癒に頼るだけなのだ。邪神の力が手に入れば治癒魔法だって使いたい放題になる。そしてなにより、ゲームのとおりであるならばアビゲイルは自分の意志で悪意を主人公たちに向けるのである。邪神に操られていたような描写などかけらもない。
「心配するな、ゲームの通りなら私は自我を失うことは無い」
「信じていいんですね」
「ああ、仮に失敗したらその時はなぜなぜ分析をして真因の対策をしてから再トライすればいいしな」
なぜなぜ分析というのは不良が発生したのかを分析するために、事象にたいしてなぜという問いかけを五回繰り返して真因を探すというツールだ。自動車業界では比較的有名で、多くの企業で使われている。
「それじゃ、封印解除っと」
私は意を決して封印を解除するために、魔力を祠にぶつけた。
「えー、もう少しためとかないんですか!!!!」
本田の抗議が耳に入ってくるが答える前に、目の前はまばゆい光が溢れ出して視界は奪われてしまい、それどころではなくなってしまった。そして直ぐに光は消えた。
「課長……、ですよね?」
恐る恐るきいてくる本田に頷いてみせた。特に違和感はないが、内から力が無限にあふれてくる気がする。試しに指先を動かしてみるが、自分の意図したとおりに動いているのが確認できた。少なくとも今は自由に自分の意思で体を動かすことが出来ている。
(汝の為したいように為すがよい)
と頭の中に声が響いた。
それはとても魅力的だと思えるような提案だった。なるほど、この力の誘惑によってゲームでのアビゲイルは帝国を支配して、千年王国に戦争をふっかけたのだな。だけど、自分にはそこまでの欲求は無い。冤罪によって貶めてくれた連中には復讐をしたいが、今のところは優先度は低い。まずは自分の住環境を整えるのが最優先だ。そうは思っても、復讐しろしろと頭の中にささやきかけてくる。
その声を無視するように、やりたい事をやれるというので、手始めに山崩れの被害に遭わなかった木を魔法で斬ってみることにした。
「風よ、バルムンクのごとき一撃を見舞え、ウインドカッター」
呪文を詠唱すると、風が刃となって木に向かって飛んでいった。そして柱に使えるような綺麗な長方形に切断する。イメージ通りだ。
「課長」
「何か?」
「呪文の詠唱って恥ずかしくないんですか?」
本田に言われなくても恥ずかしいと思っているわ!
顔から火が出るほど恥ずかしいので、そこには触れて欲しくなかった。涙目で本田を睨むと、慌てて目を逸らすのが見えた。
「二度ときくな」
「はい……」
その後、このまま乾燥もさせずに使用する訳にもいかないので、切断した木の周辺に魔法で炎を作り出して強制的に乾燥させる。これでいいのかどうかわからないけど、きっと中にいる虫なんかも駆除できて、立派な柱になってくれるに違いない。
「ところで課長は家を建てた経験はあるんですか?」
「勿論ない」
「実は僕もなんですよね。その柱があったとしても竪穴住居が精々かなって。それに釘もないじゃないですか」
「アビゲイルがここからさっさと帝国に亡命した理由がわかったわ。復讐もあるんだろうけど、この状況で復興させるくらいなら移住した方がいいものね」
「ゲームのシナリオだと村人はほぼ全滅だったはずですけど、全員が生き残ってますよ。置いていくんですか」
本田が困った顔できいてくる。
「…………」
ここで見捨てられるようなら、最初から地震が来るからと避難指示を出したりはしない。暖を取るだけなら、薪が無くても私の魔法で周囲を暖められる。雨が降っても結界をはれば多分大丈夫なはずだ。助けながら生活しようと思えばそうすることはできるのだ。
村人たちと移住するというのは選択肢にない。なぜなら彼らは犯罪者に近いということでここに隔離されているわけで、それが移住できるわけなどないのだ。無理に連れ出そうとすれば、私は本物の犯罪者となる。それは私自身も一緒なのだけど、自分一人、いや本田と二人なら山崩れで死んだことにして、遠くの町で全くの別人として暮らすことは可能だろう。そんなことが頭をよぎっていたのは事実だ。だけど、村人全員ともなれば、その人数で町に入るのは不自然であるのが目立ってしまう。近隣の村であればさらに目立つことになり、直ぐに公爵にばれることになるだろう。だからこそ、連れていくわけにはいかないのだ。
本田の困った顔をみると残る以外の選択肢はない。
「勿論、ここに残って村人たちと生活するわよ。他の場所に移住するなんてちっとも考えていなかったわ」
それを聞いた本田の顔がパッと明るくなった。
「課長ならそう言ってくれると思っていました」
どうみても、本田に言わされたんだけど。私は聖人君主じゃない。自分の生活が優先だし、出来ることなら他人とはあんまり関わり合いになりたくない。この世界に一人で転生して、本田がいなければ多分そうそうにここを立ち去っているだろう。まるで無垢な赤子のような本田の表情を見ると心が痛い。私のこころは穢れているのよ。そんな純真な瞳で見ないでと叫びたくなる。そんな気持ちを抑えて
「本田、お前本当に人がいいな。昨日はじめて会った連中なんだぞ。私と本田、二人だけならもっといい生活をすることも可能だっていうのに」
と言うのが精一杯だった。
「おばあちゃんから、他人には親切にしなさいって言われて育ったものですから」
そう言って照れ笑いする本田を見て、そういえば前世も命の危険をかえりみずに、助けようとしてくれたなと思い出した。底抜けのお人好しだな。嫌いじゃないけど。
ふと気づくと、邪神を取り込んだ後の復讐をせまるような声が聞こえなくなっていた。まさか、本田の癒し効果が邪神に効いたのか?まさかね、とそんな考えを否定して、本田と村に帰る事にした。




