02 寒村にて
さて、寒村に送り込まれて、ここでの生活となった訳だが、ここで終わらないのがアビゲイル・ウィステリア・ハワードという女である。一作目では寒村での生活というエンディングを迎える訳だが、一作目のヒットによりメーカーが続編を発売したのである。そこでアビゲイルは再び主人公たちの前に立ちはだかる。しかも、ゲーム内最強の存在として。
この村に追放されて正直ほっとしている。というのも、ここでアビゲイルは偶然にも封印された邪神を発見し、その封印をといて力を手に入れることになるからだ。いくらアビゲイルが有能であるとはいえ、それはあくまでも同年代の女性と比較してというものであり、ゲームのラスボスとして君臨できるような力はない。それを補うためのゲーム設定なのである。
断罪イベントの内容がゲームと違って冤罪だったので、この村に送り込まれないんじゃないかと心配していたのだ。別に主人公たちに復讐するための力が欲しい訳じゃなく、生きていくために必要な力が欲しいだけだ。なにせ、野生の獣や魔獣、魔物に襲われたらひとたまりもないので。
いや、復讐する力も欲しいんだけど。冤罪のままこの村で一生を過ごすつもりなんてさらさらない。必ず私を陥れた連中には報いを受けさせてやる。
「ううっ……。なんでこんな事に」
私が決意を胸にしていると、その横でめそめそ泣き始めた若い男がいた。父の使用人であるルイスだ。ゲームには登場しなかったが、今回私と一緒にこの寒村に来ることになった。表向きは身の回りの世話ということになっているが、実際には私の監視役といったところだろう。家を出た時から暗い顔をしていたが、村についたとたんに泣き始めた。
「どうして泣いているの?」
「お嬢様、自分は都市を出て生活をした事なんて無いんです。こんな田舎でどうやって生活していけばいいのかと思ったら絶望して涙が出てきました」
ルイスは線の細い女の子みたいな体型で、顔も中性的なのでメイド服を着せても似合いそうだ。いわゆる男の娘ってやつね。泣いている姿を見るとついついいじめたくなっちゃうのは、アビゲイルの性格かはたまた自分の前世によるものか。
「諦めて気持ちを切り替えなさい。ここの村でも暮らしている人達だっているんだから、なにも死ぬわけじゃないでしょ」
そうは言ってみたが、この村は親戚などが犯罪を犯したために、連帯責任で移住させられた者達とその子孫が住んでいるのだ。当然、罰の一環として厳しい環境にある。新参者の自分達が助けてもらえるとは思えない。加えて、自分達を追いやった公爵家のものともなれば、当りはきつくなると思う。
「そんなこと言われましても、農作業や狩猟なんて前世でもやったことは無いですよ~」
ん?
今何か気になる単語が出てきた気がしたが……
「今何と?」
「申し訳ございません。取り消します。怒らないでください」
どうやら口調がかなりきつくなっていたようだ。怯えるルイスをなだめる。
そして
「前世と聞こえた気がしたのだけど、ルイスには前世の記憶があるわけ?」
それを聞いたルイスは一瞬しまったという顔をしたが、直ぐに諦めて前世の記憶を話してくれた。
「前世はこことは全然違う世界で生活していました。魔法はない代わりに科学が発展していて、日本っていう国で馬のいらない馬車の部品を作っていたんです。だけど、あるとき協力工場の監査に行ったら、そこで積み上げられていた鉄パレが崩れてきて、その下敷きになって死んでしまったんです」
あれ、どこかで聞いた話だな。
「ひょっとしてそれは群馬県の太田市にある飛行機が展示してある車両メーカーの工場から車で10分くらいの距離にあるプレスメーカーかしら?監査の内容はウエルドナットの欠品対策。一人で行くのが心配だからと直前になって上司に泣きついた」
ウエルドナットというのは溶接することを前提として作られたナットのことで、プレス部品に溶接されることが多い。本来それがついているはずの部品に、ついていないまま車両メーカーに納品されてしまい、再発しないように対策をしたのを確認するために生産している下請けに確認に行くべきところ、自分一人では不安だと泣きついてきたのが自分の部下だった男だ。
「そうです!お嬢様よくご存じで!その時一緒に行った上司を助けようとして、崩れてくる鉄パレに飛び込んで上司を突き飛ばしたところで記憶が無くなって、気づいたらルイスとしてここにいたわけです」
「お前、本田だろ?」
「はい、本田恭一郎です。どうしてそこまでわかるんですか?ひょっとして霊能者とか?」
「そこまで言ってまだわからないのか。その時お前が助けてくれようとした上司だよ。私の前世は豊田敦子」
「課長?」
ぽかんとした顔のルイスに私は後頭部を搔きながら
「そうだ。あの時命をかけて助けてくれようとしたことには感謝するが、私もあそこで死んでしまって今ここに居る」
と教えた。
本田が助けてくれようとしたことが気恥しかったから、つい恥ずかしいときに出る癖で後頭部を搔いたのだ。
「課長、生きてて良かった」
泣きながら抱き着いてくるルイスの頭を撫でてやりながら、
「残念ながら死んでるし、こうして寒村送りとなったわけだけどな」
と優しく答えたが、その優しさはルイスの次の言葉で終わりを告げた。
「どうしてあんないじめをして学園を追放されたんですか。そりゃあ、課長は性格きついって陰で言われてましたけど、陰湿なのは言う事を聞かない協力メーカーと作業者に対してくらいだったじゃないですか。他の部署だと鬼とか鬼ばばあとか言われているのを僕は否定して課長の為人を説明して回ったんですよ」
「そんな告白いらないんだけど!!」
一気に怒りがわき出してくる。ルイスこと本田を無理やり体から引きはがす。
「本田、お前の説明は相手もわかっている前提であって、何も知らない人間には伝わらないと何度言ったらわかるんだ。こんな中世ヨーロッパ風の世界で鉄パレって言って通じると思っているのか。その前の協力工場の監査っていう言い方もだが、そんな言葉がここの世界の誰に通じると思ったんだ」
本田の作る説明資料は必要な情報が抜けていて、知っている人ならわかるというレベルの代物だった。車両メーカーの担当者やその上司が、部品の細かい製造方法なんて知っている事の方が少ないので、提出する前になんども説明を付け加えるようにと指導してきたのだが、それは転生しても治っていなかったか。鉄パレというのは鉄で出来たパレットで、重量物を入れて運搬するためのものだ。アビゲイルの記憶を辿ってみても、そんなものは登場しない。アビゲイルが知らないだけで、この世界のどこかには存在するのかもしれないが、使用人であるならばこちらが見たこと無いというのくらいは簡単に想像できるとおもうのだが。
「すいません、課長。以後気をつけます」
素直に謝るのはよいのだが、この謝罪も何度も聞いたな。部下の育成も上司の仕事なので、根気強く育てていくしかないんだけど、できればもう少し早い速度で成長して欲しい。
あと、性格がキツイのは仕事のせいだ。甘い顔をしていると品質は直ぐに崩れる。品質管理課の課長なんてみんなに畏れられているくらいが丁度いいのだ。
「次に同じ事がないことを期待しているからな。それとあと二日待て。そうすれば、ここでの生活も改善できるから」
私の言葉に本田が不思議そうな顔をした。漫画で言えば頭にはてなマークが浮かんでいるやつだ。
「どうしてあと二日なんですか?」
普通はそう思うだろう。何の根拠があるのだと。しかし、私はここが『サザンクロスの輝く千年王国』のゲームの中だと知っている。そして、一作目の大ヒットで続編が作成されることになったのだ。一作目はアビゲイルの断罪が終わって、そこで攻略対象と結ばれて終わりとなったのだが、二作目はアビゲイルが再び主人公たちの前に立ちふさがるのである。しかも、邪神の力を手に入れて。そもそも、南十字星の乙女というのはこの国の初代国王となる勇者と一緒に魔王を倒した女性に与えられた称号で、その南十字星は地球から見える南十字星とちょっと違って、南の空に浮かぶ十字に並んだ6個の星が作る星座のことである。中心にある一番輝いている星を囲むように、上と左右に一つずつ、下に二つの星が並んでいる。この国に危機が訪れる度に神の啓示により南十字星の乙女が発見され、5人の護衛と共に危機に立ち向かうという歴史がある。魔王、邪神、邪竜などの災害を超える敵が何度も現れては倒されてきたのだ。
一作目では魔王復活を目論む悪魔を倒すというストーリーで、南十字星の乙女がウィリアム、ジャック、トーマス、アーサー、ハリソンと協力してゲームを進めていくのだが、二作目になると追放された寒村で偶然過去の南十字星の乙女に封印された邪神の魂がある祠を発見したアビゲイルが、邪神の力を手に入れて襲い掛かってくるというストーリーになる。寒村に到着した翌日に大地震が発生して山崩れがおこり、そこで祠が地表に出現したのをアビゲイルが発見してしまうのだ。さらに、アビゲイルは隣の帝国に亡命してそこで皇帝に取り入って、瞬く間に帝国を乗っ取り千年王国へと戦争を吹っ掛けてくる。なんでそんな短期間で帝国を乗っ取れるのかといえば、強力な魔力を手に入れたことで、魅了の魔法で次々と帝国の主要人物を手駒へと変えていったからなのだ。さらに、邪神の力で悪魔を召喚しては使役して、千年王国への攻撃は悪魔と人の混成部隊で行われる。千年王国の屈強な騎士団をもってしても大苦戦を強いられるというわけだ。正直、陰湿ないじめしかしてこなかったアビゲイルの設定変わりすぎだと思いました。
まあ、邪神の力を手に入れても自我が残る設定は助かったわ。作り手側としてはアビゲイルに同情の余地が無いようにしたかったのでは無いかと思ってる。邪神に乗っ取られていたとなると、そこに同情する余地が生まれて、完璧な悪役にはならないから仕方ないか。アビゲイルが自分の意思で動いて戦禍を引き起こし、難民、飢餓、死傷者を作り出す。そして、討ち取られる時も反省の弁など述べずに、ただただ南十字星の乙女に対しての恨みしか口にしないのだった。感情移入する隙間が1マイクロメートルもないわね。
そんなゲームの話をするわけにもいかないので、神様からの啓示があったということにして、明日の地震で祠が出現するからそこに行けば力が手に入る事がわかったと本田に説明した。すると、本田は怪訝な顔を見せる。
「これ、妹がやっていたゲームのシナリオにそっくりなんですけど。それだと、そこの祠には邪神が封印されているはずなんです。課長、危ないからやめませんか?」
まさかの、本田妹がプレイヤーだった。そして、本田もゲームのシナリオを知っているとは。
「それはゲームの話だろう?ここはそれと同じとは限らないじゃないか。現に私は南十字星の乙女に嫌がらせをしてはいない。あれは冤罪だ」
「あれ?どうして課長がゲームの話を知っているんですか?」
「うっ……」
言葉に詰まってしまった。乙女ゲームをプレイしていたなんてことを部下に知られたくはない。別にゲームをプレイする事自体は後ろめたいことではないのだが、現実の恋が出来ないのでその代わりに乙女ゲームをプレイしていたということがあり、そのせいでプレイしていたと言いづらいのだ。このピンチを乗り切る方法を考えるのよ、敦子。
「友達がはまってて、詳しく話してくれたのよ」
と咄嗟に思いついた嘘をついた。が、それで本田は納得してくれたようだ。
「そうですよね。一作目はとても売れたし、二作目は発売前にかんばん声優が薬物、不倫、詐欺でそれぞれ問題を起こして、そのせいで急遽声優を変更することになったんだけど、発売が遅れることになったせいで会社の運転資金が足りなくなって、社長がそれを何とかしようとして金融商品取引法違反で逮捕ですからね。かなり話題になったから、ゲームをプレイしない人でも知っていても不思議はないですね」
そう、二作目はいわくつきなのだ。結局会社の存続が困難になって大手が買収する形で二作目を発売する事が出来たのだ。作品内容も製作過程も重たい話ばっかりで話題になっている。一部のファンのあいだではアビゲイルの呪いとか言われていたっけ。声は、声はいいのよ。声に罪はないし、人柄も声には出ないんだけど、社会通念上どうしてもそれだけでは済まされない風潮から、SNSでは許す派と許さない派で常に論争が起こって炎上していたなあ。
なんにしても、本田を説得して邪神の力を手に入れる下準備が出来た。




