18 M&A失敗
王都を占拠したことで国を手中におさめられるわけもなく、特に地方に於いては武力蜂起が相次いだ。しかし、そんなものはあっという間に鎮圧する事が出来る。本来はラスボスである私に対抗できる人間が既にいないか、こちらについているので戦力差が圧倒的なのだ。
そんな武力蜂起よりも深刻なのは人材の流出だった。私の粛清を畏れてなのか、それとも千年王国への忠誠心からなのか、王城から去ってゆく人材がかなりの数にのぼった。私の手持ちの人材だけでは国家を運営するには全然足りない。各地の蜂起を鎮圧しながらも、毎日毎日書類に承認サインをしつつ、新しい法律をつくる準備もしていかなくてはならない。ブラック企業も裸足で逃げ出すような忙しさである。
それに加えて派閥対立の問題もあった。元々公爵領の役人だった者たちと王国の役人であった者たちが、互いの権力を奪おうとして対立したのである。この辺は合併したばかりの企業でもあるのだが、公爵領側が吸収する形になっており、立場的には上になるのだが、規模としては当然王国側の方が大きい。そして、元々は王国側の方が立場が上だったので、彼等にもそのプライドがあるから簡単には頭を下げない。
私としては、どこの出身であれ平等に扱うつもりなのだが、彼らとしてはどうもそうは思っていないらしくて、常に私の関心を惹こうとして献策してくる。その献策の裏には自分達の権力拡大が見え隠れするので、素直に採用するわけにはいかないので、私と本田で修正したうえで法律を成立させている。前世で散々噛みついた上司もこんな苦労をしていたんだなと思うと、申し訳ない気持ちになるのだけど謝罪する方法がない。
そのように忙しくなった結果、本田との結婚式どころかプロポーズのやり直しすら出来ずにいる。早くしてほしいという気持ちもあるのだけど、普段の仕事量を見ているとそれを要求するのも酷な話だなと思って口にはしていない。
今も執務室でチラチラと本田の方を見ながら書類にサインをしていると、チャーリーが慌てて部屋に入ってきた。
「陛下、帝国軍が国境線を超えてジャクソン伯爵領に侵攻してきました。現在は国境警備隊と周辺の領地の軍で対応しておりますが、戦力的には突破されるのは確実かと」
「ジャクソン伯爵は?その報告では自領の軍は出てないようだけど」
「伯爵は病気で指揮をとれないとのことですが、おそらくは国内への侵入の手引きをしておりますな。新体制への不満を周囲に漏らしていたようですから。その辺はベルゼブブ殿の方が詳しいかと」
確かにその通りだと思い、ベルゼブブにすぐさま裏を取らせる。
「聞いたわね、ベルゼブブ」
「はい。直ぐに確認いたします」
そう言って彼は配下のハエに命令して伯爵の動向を確認する。待つこと一時間程度。ベルゼブブからの報告が来る。
「伯爵は自身の領地の屋敷におりまして、そこに帝国軍の軍人を入れてますね。軍服を着ていないので、表向きは軍人とわかりませんが、会話の内容から帝国軍であることはあきらかです。このあと帝国に編入されて、領地はそのままという約束になってますね」
その報告を聞いてため息が出た。
「いまだに契約を破ったらどうなるかをわかってない領主がいるとはねえ」
契約破りはジョーンズ男爵と同じ罰を与えることになっている。既に噂は国内の領主たちに広まっているので、馬鹿な事をする領主は出てこないと思っていたが、単なる噂としか考えなかったのかいままでも契約を破った領主は数名いた。彼らの結末は全て同じ。違うのはベルゼブブが私に罰の執行の許可を求めてくるようになったくらいか。やむにやまれぬ事情があれば、情状酌量の余地があるかもしれないから、それを確認してから執行するようにしたのだ。なにせ、人材不足で粛清の嵐なんてやっていられないので。
ただ、今回の件はどうにも恩赦を与えられない。家族を人質に取られているわけでもなくて、単に帝国の方が強そうだからと尻尾を振ったのだから。その原因が国力の弱った王国にあるというのであれば、私にも責任があるのだけど。
「どうされますか?」
とベルゼブブが結論を催促してくる。私は実行するように指示を出した。ベルゼブブが一礼したので多分ジャクソン伯爵は既に木になっていることだろう。いつ終わるとも知れない苦痛を感じながら、木が枯れるまで後悔していくはずだ。
「困ったものね、あれだけ契約違反になったらどうなるかと念押ししておいたのに、こうも簡単に違反してくれるなんて。どこまでやれば違反者はいなくなるのかしら」
手で頭を押える。すると、ベルゼブブが提案してきた。
「貴族を一堂に集めて、違反者の末路を見せてやりましょうか」
「国境の領地までみんなで行くの?宿が足りないわよ」
「いえ、この城にジャクソン伯爵を持ってきます」
「そんな事が出来るの?」
「はい。違反者は既に魔界の所属扱いとなるので、アストラルサイドを経由して運ぶことができます」
「じゃあ、新年のあいさつで披露しましょうか」
「それでも良いですが、結婚式でも良いのではないでしょうか」
思いもよらなかった提案がベルゼブブから出てきたのと、その内容に思いっきり眉をひそめた。後に本田には「眉間のシワがマリアナ海溝かと思いました」と言われるくらいにはだ。
「結婚式で新郎以外も服従させるなんて趣味はないわよ」
「新郎を服従させるっていうのは知りませんでした」
と本田から言われるが、私の認識が違ったのかな?結婚指輪って首輪と同義だと思うのだけど。
「結婚式のことは二人で話し合うとして、帝国への対処はどうしましょうか」
「そこよね。伯爵が裏切ったのだって、帝国が調略を仕掛けてきたからでしょうし、そうなると真の原因である帝国を排除した方が早いかしら。ついでに、あちらの人材もいただいちゃえば、人手不足の問題も解決するしね」
真の原因の対策、それは帝国への逆侵攻。なにせ、今攻めこんできている連中を押し返したとしても、次にまた別の手段で侵攻してくるのは明らかだ。ならば、帝国そのものを叩いて戦争を出来なくしてしまえばいい。それで問題は解決だ。
そう考えていた時もありました……
あの直後にムシュフシュを使って帝都を急襲した。世界最強生物である私とムシュフシュのコンビに帝国の防衛力など無いに等しく、皇帝は逃げる間もなく私に捕まってしまった。そこで約束したのは軍事力の放棄。対外的な戦争を出来なくしたのである。ただし、警察みたいな治安維持のための武力は保有することを認めた。
ここに帝国は敗北を認めて私の支配下となったのである。そこまでは良かった。が、帝国も共和国の策略に乗ってしまって無理な戦争をしており、国力は疲弊していた。さらに、王国の支配下となったことで地方での反乱が発生。また、将来を悲観した役人たちの大量離職という王国と同じルートを辿ることになった。
軍事力の保持を認めなかったため、帝国を守るのは私の役目だ。帝国各地にベルゼブブが使役するハエを送り込み、反乱の情報をキャッチしたらすぐさま飛んでいって鎮圧を繰り返す日々。
そして、反乱を企てた皇族や貴族の配下だった役人は粛清を恐れて去っていく。それが人手不足を加速させて、反乱を鎮圧すればするほど人手が足りなくなっていく。内政は元々もの帝国に任せているが、皇帝や宰相からは人手不足をなんとかしてくれと泣きつかれる。こんなとき、「それを何とかするのがお前の仕事だ」って言えたらどんなに楽だろうか。あ、だから前世の役員は楽そうにしていたのねと思う。自分には出来ないけど。
こんな状態だと民間からの登用を増やすべきなんだろうけど、試験制度が整っていないのでそれをするのも大変だ。帝国や王国の役人採用試験というのは、貴族の子弟が受験するのを前提に作られており、そういった者達が通う学校で教える内容が試験に出されている。民間人は当然そんな知識には乏しいため、その試験をそのまま採用しても合格者は少ないだろう。じゃあ、民間人を教育する学校をつくるかといえば、それをするだけの人材が足りない。それに、教育には時間と金がかかる。貴族だからこそ子供を学校に通わせられるが、市井の民が同じ事を出来るかといえばそれは一部の商人たちのみが出来ることだろう。
結局のところ、人の育成なんてものは簡単には出来るものではなく、膨大な時間と予算を使って出来るものであると再認識されられることとなった。そう考えると、雇用した当日から作業をさせていた工場の作業者がミスをするのも当たり前か。
そんな手詰まり感から、だったら共和国も征服してそこの人材を活用しようということで、そもそもの原因を作り出した共和国への戦争を開始することになる。元々私が制圧する前の王国の領土を占拠していたことを理由に、こちらから攻め込むことにしたのである。勿論、いつものように私とムシュフシュで首都を急襲して、政治の中枢を抑える作戦である。このドクトリンって、私がいなくなったら成り立たないよね?
で、共和国も同じように人材が流出してしまった。違うのは反乱がおこらなかっただけ。中央集権化が進み、地方で軍事的な権限を持った領主が存在しないので、反乱がおこらなかったのである。政治体制も現状維持ということで、市民からの反感や不安が少なかったというのもあるか。レジスタンス化されて各地でテロ行為をされていたら厄介だったろう。ただし、解体した軍から盗賊になる者達が出てきた。悪化した治安を安定化させるために、軍から警察に名称を変更した組織がその討伐に乗り出すが、相手も元々は軍人であり、戦闘でのこちらの被害は結構大きい。
それを私も加わってなんとか討伐が終わりそうという時に、周辺国から一斉に侵略を受ける事になった。やはり軍事力を持たないというのは周辺国からはなめられることになるようだ。だが、彼等は私という存在の評価を間違っている。すぐさま全ての周辺国の首都を攻撃して支配下に置く。そして条件は今までと同じように軍事力の放棄。結果、その周辺国からの侵略がはじまり、そこの国の首都を攻撃するという繰り返し。気が付けば大陸全てが私の支配下となっていた。
ここにきてやっと、職を辞していった役人たちがもどってくることとなる。ただ、それでも内政の問題は無くなるわけでなく、暴力だけで解決できていた戦争とちがって終わりの見えない問題と向かい合うことからは逃げ出せていない。本田とは連日深夜まで政策の事で話し合っているので、一緒にいる時間は長いのだけど、これは夫婦生活とは全く別のものだ。これを夫婦生活と呼ぶのであれば、前世で不良の対策で一緒に深夜まで仕事をしていたのも夫婦生活ということになる。そこに愛があるかどうかの違いはあるけど。
そんなわけで、私の二度目の人生でも結婚はまだできていない。そのことを考えて、大きなため息をついた。それを本田に見られた。
「どうしました、ため息なんかついて。幸せが逃げていきますよ」
「そうね。じゃあ、本田は私から逃げていくの?」
「とんでもない。いつまでも一緒ですよ」
そういうと、彼は私に優しく口づけをしてくれた。




