16 真の原因は
退路をふさがれ慌てているウィリアムたちに、私はにっこりとほほ笑む。
「お久しゅうございます」
しかし、ウィリアムは半狂乱になりながら近衛騎士たちに命令を出す。
「誰か、早くあいつを討ち取れ。討ち取ったものには伯爵位を与えるぞ。だからはやく!!」
その命令に騎士たちは二の足を踏む。私の隣にはムシュフシュが控えており、それに近衛騎士団長のアーチーが直前で私との一騎打ちに負けているとなれば、自分達が戦って勝てる訳が無いと理解しているのだ。
「攻撃してこなければ、こちらから手を出すことはしないわ。目先の褒美に飛びつくのであれば、それでもかまわないけど、アーチーとの約束もあるからなるべく傷つけたくないのよね」
そう言って騎士たちを見渡すと、誰一人剣を抜いて向かってくる意思を示すものはいなかった。アーチーみたいなバトルジャンキーが出て来なくてホッと胸をなでおろす。
「貴様ら、誰も王の命令に従わないというのか!それでも近衛騎士か!」
トーマスがそう叫ぶが、騎士たちはお互いの顔を見合わせているだけで動かない。そんな状況を見かねて、私が助言をする。
「トーマス、そこまでいうのなら貴方が私と戦えばいいじゃない。そこの女にいいところを見せたいんじゃなくて?」
その言葉にトーマスは顔を真っ赤にして怒った。
「その言葉後悔させてやる。全てを焼き尽くす業火よ、我が目の前の敵をその罪ごと焼き滅ぼせ。【ヘルファイア】」
トーマスの呪文が完成すると、大きな炎が出現してそれが私に向かってきた。しかし、私の手前でそれは障壁によってかきけされる。
「今、何かしたかしら?」
涼しげな顔をして悪役が言いそうな台詞を言ってみた。言ってみたはいいものの、直後に顔から火が出るほど恥ずかしくなった。トーマスの放った炎は消えたけど、自分で自分の身を焼いてしまっている。あとからやって来た本田が笑いを堪えているのが見えた。得意げにうんうんと頷いているムシュフシュの動作だけが救いだ。
「そんな、僕はこの国一番の魔法の使い手、筆頭宮廷魔導士なのに。もう一度――」
「次に何かしたら殺すわよ」
もう一度攻撃しようとしたトーマスを睨みつけると、呪文の詠唱にはいろうとしていたのをやめて黙ってしまった。
「何が望みだ?復縁か?」
見当違いの事を言うウィリアムに残念なものを見る視線を送った。
「何で今更そんなものを望むのよ。私の望みはそこの女」
そう言って南十字星の乙女を指さす。
「エマをどうするつもりだ。まさか、悪魔の生贄にするつもりじゃないだろうな?」
ウィリアムの頭の中で私はどういう存在なんだろうか?別に悪魔崇拝者ではないし、そんなふうに思われるような会話を一度もしたことがないのだけれど。当然ベルゼブブを使役するにあたって、生贄を要求された事もない。
「混乱の原因になったその女を排除しにきたのよ」
「混乱の原因?何を言っているんだ。」
「ああそうね、魅了されたままじゃ話も通じないわね」
私はこの場にいる全員の異常状態を解除する魔法を使った。これで魅了されている状態ではなくなったはずだ。
「さて、魅了は解除させてもらったわよ」
そう言うと南十字星の乙女、エマが青ざめるのがわかった。
「そこの女っていうのも可哀想だから、エマって呼ぶわね。エマは共和国が送り込んで来た工作員だったの。彼女は光属性の魔法が得意で、特に魅了の魔法に長けていた。南十字星の乙女っていう設定も認定者を魅了してそう報告させていたわけ。で、学園に入学してからは王太子の婚約者である私をその地位から追い落として、自分が取って代わることを目的に行動していた。それは見事に成功してウィリアム、あなたと恋仲になることになった訳よ。そうすれば国の重要な情報は筒抜け。私の父が暗殺されたのも、国王たちが帝国に討ち取られたのも、全て情報が筒抜けだったからよ」
ベルゼブブに調べさせた情報を教えてやった。この国が混乱することになった元凶、真因というべきか。共和国の策略にまんまとやられたわけだが、この魅了は好意を増幅させるというものであり、洗脳とは違うので好意が欠片もなければ意味がない。魅了をかけられた連中はなにかしらの下心があったというわけだ。腐っても光属性の魔法、洗脳という闇属性の魔法とは前提が違うのである。
「まさか、そんな……」
真実を突きつけられウィリアムは狼狽える。思い当たる節があるのだろう。アーサー、トーマスも同様に動揺している。
「エマ、あいつの言うことは本当なのか?」
青ざめた顔でウィリアムが質問すると、エマは目に涙をうかべて否定する。
「違う、あの女が私たちの関係に嫉妬して嘘を言っているのよ」
「やはりそうか」
あいつだの、あの女と言われながら安い芝居を見せられてい気分だ。木戸銭を払っていたら返金を要求するところだ。それにしても、魅了状態を解除してもこれか。いや、ここまでになってしまったことを認めたくないから、違うという可能性にすがりたいのか。
それにしても、エマの態度は女に嫌われる女そのものだ。男に媚を売り、同姓は平気で切り捨てる。陰口を叩かれるお手本みたいな性格である。私はそんな陰口に参加はしなかったが、職場で女性から嫌われていた女があんな感じで、賛同してくれるのが男だけになって、余計に男に媚を売ってチヤホヤされるようになるやつね。女の方も他の女性を見下しているので、可哀想という気持ちにはならなかったが、自分が見下される立場になると無性に腹が立つ。ウィリアムに未練など無いはずなのに。
「ビル、貴方だからこそこの千年王国は持ちこたえているの。帝国との戦争に加えて共和国とも戦争になって、挙げ句嫉妬に狂った女の独立宣言。こんな国難は歴代の王たちでは乗り越えられなかったはずよ」
なんて目をうるうるさせてウィリアムの手をとる。なお、このゲームではウィリアムの愛称はビルとなっている。どうやら、その設定も引き継がれているようねと、変なところに感心した。
さて、ウィリアムはそんな感じで魅了がとけてもあんまり変わらなかったが、とーますとアーサーは青い顔をして頭を抱えている。時折、鋭い視線がエマに向けられている。こっちは現実を受け入れたのだろう。
「アビゲイル、たとえこの命は燃え尽きようとも、エマだけは守って見せる」
エマの手を取って決め台詞を言うウィリアムに、私は呆れてため息が出る。
「別に命なんていらないわよ。王位を放棄して平民になるならなにもしないから、そのエマさんと末永くお幸せに」
元々国の立て直しと大陸統一が目的なので、別にウィリアムの命を奪うというのは必要ない。王位を手放さないとしても、誰も言う事をきかなければ放置してもいいのだけれど、他の王族とかが反乱の旗頭に担ぐ可能性があるなら、それなりの処置を取らざるを得ないといったところか。
「ビル、平民になったら今と同じ暮らしが出来なくなる。私そんなの堪えられない」
「安心してくれ。王位は絶対に手放さない」
エマに言われて二つ返事のウィリアム。ウィリアムよりもまずはエマの排除か。私はそう決意した。
「エマ、貴女には退場してもらうわ」
私が剣を構えると、エマは魔法の行使をする。
「ドラゴンとそこの男、私の魅力の虜になりなさい」
そう言って魔力を放った。ドラゴンはムシュフシュ、そこの男とは本田のことか。しかし、二人とも魔法の効果は出ない。
「私の魅力が効かない?」
狼狽えるエマに私はその原因を教える。
「貴女に向けられた好意がゼロなのよ」
「そんな……」
ショックを隠せないエマ。そんなエマに本田が追い打ちをかける。
「お嬢様以外の女性に好意を抱くなどありえない。ましてや商売女のような男の金目当てのような演技などに心を奪われるなど、絶対にない」
「くっ、屈辱だわ。こんな童貞くさいやつにそんなことを言われるなんて」
「ぐはっ……」
エマのカウンターが本田の心をえぐって、本田が地面に膝をついた。でも、本田が童貞としってなんだかホッとした。ムシュフシュは元々精神抵抗値が高くて、精神系の魔法が通用するはずもない。
「さあ、観念しなさい」
が、エマは目に怒りを込めてこちらを見てくる。
「なんの苦労もなく育ってきた貴族のお嬢様に私の気持ちなんかわかるものか!」
「貴女の事を良く知らないもの、その気持ちなんてわかるわけないわ。でもね、今から聞くことは出来るの。どんな気持ちなのか話してみて」
そういうと、エマは驚いて目から怒りが消えた。
「聞いてくれるの?」
「もちろんよ。真の原因について対策をするためには、作業者からの聞き取り調査が重要なの。その話に耳を傾けることが必要なのよ」
これには噓偽りは無く、真の原因がなんであるのかを確認するためには相手の話を聞く必要がある。前世でのそんな経験から、エマの話も聞いてみようと思ったのだ。
「エマ、そんな女の言葉に耳を貸すな。耳が腐るぞ」
ウィリアムに言われたが、エマはもうそちらに目もくれない。そして、その口から過去の出来事を話し始める。
「共和国で生まれた私には光属性の適性があった。それが不幸の始まり。幼いころに両親から引き離されて、国の施設に引き取られたの。そこでは同じように光属性の適性がある子供たち、しかも全員女の子が集められていた。目的は王国への工作のため。もっとも、その目的を知るのはかなり後になってだったけどね。毎日魔法の訓練と定期的に行われる試験があって、試験に落ちるとその後は施設から消えていった。勿論親元に返されるわけではないというのはわかっていたわ。だって、教官たちからは落第したものの末路について脅しのように言われていたから。生きるために必死で魔法の訓練をしたの。そして、ついに王国への潜入工作のメンバーに選ばれた。他の子たちも一緒に潜入してきて、各地で魅了を使って工作をしているはずよ。私ひとりじゃ動ける範囲も限られているしね。それに、私に万が一があった場合は直ぐに代わりを務める子も於いておかないとならないし。今でも失敗すれば消される立場で、私は生きるためにこうするしかなかった。政策の失敗で多くの人が亡くなっているけど、じゃあ、私が代わりに死ねばよかったの?そうしたところで、私の代わりは沢山いるもの、なにも変わらないよの」
その話を聞いて過去の事を思い出して、目頭が熱くなった。それをエマに見られてしまった。
「何よ、泣いているの。それは安っぽい同情?」
「違うわ。組織の中で逆らえずに不正に手を染めた人の事を思い出したの。ずっと昔の事だけどね」
前世の話なので伝わるわけもないが、組織の圧力により品質不正に手を染めた人の事を思い出した。結局それが世間にばれて会社にいられなくなったが、自分が同じ立場だったとしてどう行動できただろうか。そして、普段は人当たりがよくて職場でも頼りにされるような人だったのである。この会社に来なければ犯罪に手を染めることも無かったような人だった。そして、エマの場合は更に状況が悪く、不正をしたくないから退職するという選択ができなかった。だから、この国がこうなっている原因を解決するためには、エマの排除では真の対策にはならない。それがわかったのである。
「この世界には児童福祉法が必要ね」
「転生悪役令嬢っぽい考えですね」
心のダメージが回復した本田がニコニコしながら頷いている。本田は本当に現代社会の仕組みをこちらに持ってくるのが好きね。社会の発展が地球とこちらとで一緒だとは限らないのに。子供の権利保護については必要だとは思うけど、それは社会の情勢を見てからではないと、急激な変化は軋轢を生む。
「エマは私の庇護下で監視させてもらいながら生活してもらうわ。共和国に狙われるのもあるけど、貴女の能力はちょっと厄介だから、また使われると困るのよね」
「信じてもいいの?」
胡乱な目でエマに見られる。しかし、私はそこで強く頷いて見せた。
「もちろんよ。まあ、どうやって信じてもらうかっていうのはあるけどね。どのみち、信じないからといって、私の庇護を受けなければ共和国に消されるんでしょう。それなら私を信じてみる方がまだ生存できる可能性があるじゃない」
「今更生き残ったところで他の生き方なんてわからない」
今度はエマが涙目になった。会社に人生をささげるワーカーホリックみたいな意見に、前世で自殺した同僚が重なる。他の生き方を知っていれば最悪の選択をしなくても済んだはずだ。
「他の生き方は時間を掛けて探していきましょう。どうせ人生は長いんだから急ぐ必要はないわ」
そこでウィリアムが割って入ってきた。
「エマ、その女の言葉に耳を貸すな。二人で暮らしていこう」
「ウィリアム、貴方は王ではなくなるし、財産も没収させてもらうわよ」
そう言うと、ウィリアムは睨んできた。
「貴様、我が国の国富を簒奪して贅沢三昧するつもりか!?」
「はあ?あんたが無理な増税を課して疲弊した国力を元に戻すのに使うのよ。エマと暮らすのなら自分で稼ぎなさい」
「王にそんなことをさせるつもりか?」
「だから、王ではなくなるって言っているでしょ」
会話をしていたら、キャッチボールにならないので頭が痛くなってきた。さて、どうやって彼を説得しようかしら。




