13 暫定対策と恒久対策
「いまのままではまた王国からの工作で国民に被害が出ると思うの。だから、こちらから打って出ることにしたわ。目指すは王都。あそこで頭お花畑でイチャイチャしながらこの戦禍をまき散らしている阿呆の首を取るわよ」
御前会議というわりには小規模な会議で私はそう宣言した。先日の誘拐事件を受けて、今までの国境での防衛は単なる暫定対策でしかなかったと痛感した。問題の根本を対策する恒久対策でなければ、問題は解決しないという基本に立ち返り、王国へ侵攻して敵の親玉を叩くことにしたのである。あいつらは戦争にびびって自分達は安全な王都で命令を出しているだけなのである。そのせいで兵士たちの士気は低いのだが、そんなことお構いなしで南十字星の乙女とイチャイチャしながら日々を送っているのだ。
なお、参加しているのは本田、フレディ、そして宰相のチャーリーである。チャーリーは元々父の補佐をしていた経験があり、領内の情報に詳しくスカウトした。ハリソンの行動を諫めて閑職に追いやられていたのだが、殺されていなくて本当に良かった。年齢は50代だったはずなので、早いところ後進を育ててもらいたいのだが、中々いい人材が見つかっていないのが現状だ。
「多くの国のドクトリンでは敵の指揮系統を叩くということになっています。我が国もそれに倣うというわけですね」
と賛同してくれたのは本田。若干どこかで聞いたセリフだけどそれはまあいいか。
「お待ちください。我が軍だけでは進軍するのはよいのですが、占領するとなるとどうしても人員不足に」
フレディは困惑しているようだ。彼の主張もわかる。そもそも占領政策をするだけの人員がいないので、今まで外にうって出なかっただけなのだが、その問題が解決したわけではない。
「ルイスのいうように、敵の指揮系統を叩くためにまっしぐらの予定だけど。途中の占領なんてしないから、王宮を抑えるだけの人数がいればいいわ。そうね、精々50人もいればいいの。あ、輜重部隊もいれたらもう少し増えるかしら。輜重部隊っていっても、戻ってこれないから輸送用の荷馬車と御者がいればいいのだけどね」
「しかし、それでは通過した領地が背後から襲って来たりしませんか?」
なおもフレディは質問してくる。
「そこはベルゼブブを使って、契約を結ばせるのよ。約束を破って背後を突こうものなら、その場で木になってもらうわ」
「それならば問題ありませんな」
チャーリーが頷く。ここにいるメンバーはベルゼブブの存在を知っているので、敢えて説明をする必要が無くて楽だ。
「ただ――」
とチャーリーは続ける。
「戦費を考えたら、公王陛下がムシュフシュと共に王都を攻撃するのが一番安上がりですが」
と付け加えた。
「それだと王国が混乱するじゃない。だから、王宮を占領して政治の中枢を抑えるの。そりゃあ地方の領主や王族が反乱を起こすかもしれないけど、私っていう目標が無ければ群雄割拠の戦国時代が到来して、国内が大混乱になるじゃない。国内を安定させたら次は帝国と共和国を攻めて、最終的には大陸を統一しようと持っているの」
「それはまた……」
フレディは呆れた様子であるが、私はいたって真面目に考えている。
「軍事費なんてものが無ければ福祉に予算をまわせるでしょ。だけど、どこの国が攻めてくるかわからないなら、軍事費を削減するわけにはいかない。だから、大陸を統一して軍事力をもたなくてもいいようにするの。でも、治安維持のための部隊の保有は許可するわよ。野盗や魔物と戦う戦力は必要だもの」
「その保有を悪用されませんかね?」
と本田が心配する。
「大陸統一といっても、各地の統治は今の国家元首に任せるわ。だから、その国家元首に契約を結ばせるのよ、ベルゼブブを使ってね。国家元首交代のたびに契約を結ばせるから、そこは問題ないわ。囚人のジレンマで理想とされた全ての国の軍事費のゼロを実現できるのよ」
「囚人のジレンマ?」
私以外の三人がそれをわからずに聞いてくる。囚人のジレンマとは二人の囚人がそれぞれ別の部屋で取り調べを受けている時に、自白するか黙秘するかで刑期が変わるのだが、お互い黙秘するのが一番刑期が短くて済むのに、相手が裏切ったら自分だけが服役することになるという条件が設定されると、最適解であるお互い黙秘が出来なくなるというものである。冷戦時代の軍拡競争もそれで説明が出来、軍拡しないのが財政的にお互い最適であるが、相手が攻めて来ない保証が無いためお互いに軍拡にはしってしまうという話である。
軍事費を福祉予算にまわせるなら、救える命がどんなにあることだろうか。とはみんな一度は考えるだろうけど、実際には隣国が軍備拡張していれば、こちらも同じように軍備を拡張していかないと侵略されてしまう。カルタゴを見てもわかるように、周囲が軍事力をもったままで非武装となっても、侵略をゆるすだけなのだ。じゃあ、一斉に軍事力を排除できるのかといえば、それを実現するためには誰も裏切らない状況を作り出すしかないのだ。そして、今私がそれを出来る状況にある。
ということを三人に説明した。なんだか本田がとっても感動している。
「そのお言葉、一日千秋の思いで待っておりました。やはり悪役令嬢といえば天下の平定」
「いや、聞いたことないんだけど」
探せばあるんだろうけど、普通はざまあ展開じゃないだろうか。そっちが一日千秋じゃないの?
「いやいや、これこそ王道。思い立ったが吉日ですので、早速進軍いたしましょう」
はやる本田をフレディが止める。
「まてまて。こちらは人選もあるからそう簡単にはいかないぞ」
「ならば、私と陛下が先行して出発しましょう。どうせ通過する領地の領主を従わせなければいけないのだから、後からおいつくでしょう」
「いや、どうせそちらの移動はムシュフシュをつかうのだから、我らが追い付くことは無いだろうよ。領主の居城を襲撃しては次へを繰り返したとして、一日でいくつの領がこちらに降伏することになるのだかな。王都を落とした時に我らはまだ公国を出ていないという可能性もある」
フレディの指摘するように、私たちがかなり先行してしまう事になるだろう。私と本田の二人なら、ムシュフシュの背中に乗って移動することは可能だ。侵攻ルート上にある領を一つ一つ制圧していく場合でも、そんなに時間はかからない。それに、移動速度が早いので情報の伝達の前に侵攻することが出来る。どんなに早い馬でも空を飛ぶムシュフシュの速度には敵わない。それには利点があって、待ち伏せされるリスクは無い訳だ。
領主の居城を攻撃して契約を結ばせ、それが終わったら次の領地へと向かう。多分一時間もあれば可能な作業だろう。そんなものに占領部隊がついてこられる訳もないか。それでも道中の障害は極力取り除いておきたい。それに、あまり時間を掛けると帝国と共和国が王国へと侵入してくるのを許してしまいそうだ。
「ルイス、私たちが王都に到達するのにどの程度だと考えているの?」
「早くて三日。遅くとも一週間もあれば可能でしょう」
「それじゃあ、フレディたちがどんなに頑張って追いかけてきても、私たちが王都に到着してからしばらく待つことになりそうね」
軍で移動するならば、王都まではおよそ2週間くらいの移動時間が必要であり、それを短縮するには馬を使い潰しながら走るしかないが、敵国においてはそんなことは出来ない。それに、到着して終わりではなく、そこで占領して反乱の目を潰さないといけないので、疲れて使い物にならないというのでは意味がない。この時間をどう埋めるべきか。
「その時は学生時代の陛下をうその証言で断罪した者たちを先に血祭りにあげましょうか」
なんて本田がにっこりしながら言うが、私はそんなつもりは全くない。責任をとらせてやりたいけど、血祭りにすることは望んでいない。泣きながら許しを請う姿は見たいけどね。って、私の性格が本来のアビゲイルに寄って行ってるのかな?そうではないと思いたい。
「冤罪は晴らしておきたいけど、それは今じゃないわね。それにそんなことをしてまわっていたら、相手に準備する時間を与えるようなもんじゃない。向こうからしたら敵の親玉が自分の足元に単独でいるわけでしょう。国中の戦力を集めるか、逃げる時間を与えるかになるわよ」
「それもそうですね。それでは残念ですが、ムシュフシュを使って王都の手前に兵をピストン輸送しましょう。王都の手前までを落としたなら、私たち二人は移動を急ぐ必要はないので、ムシュフシュにフレディたちを迎えに行ってもらうのです。いっぺんには運べませんので、ピストン輸送となるのは仕方ないですね」
「最初からそれを言いなさい」
本田め、わかっていて変な提案をしてきたな。睨んでやったら花札の鹿のごとく視線をそらした。
本田から視線を戻し、フレディに指示を出す。
「フレディは直ぐに人選に取り掛かって。一直線に王都に向かうから、道は間違い様がないでしょう。チャーリーは物資の手配。それと私が不在の間は全ての権限を委譲するわ。どうしても判断に迷うようなら、ベルゼブブを使って連絡をしてね」
「承りました」
フレディは頷いて軍の宿舎に向かう。チャーリーも物資の手配のため退室した。残った本田が困った顔をしている。
「どうしたの?」
「あ、いえ。転生悪役令嬢だったら、もっと内政チートで領を発展させるのが王道だったかなと思いまして。ざまあ展開するにしても、元婚約者の納める国に自ら乗り込んで、暴力で解決するのは悪役令嬢としては-2σくらいかなって思ったらやり直したくなりましてね」
悪役令嬢の公差とか標準偏差があるのかどうかしらないが、どうやってその-2σを計算したのか気になる。
「本田が望む悪役令嬢の標準偏差がどこにあるかわからないけど、内政よりも先にあのバカたちをどうにかしないと、また国民に被害が出るから仕方ないでしょう。大陸を統一したら内政なんてやりたい放題なんだからそれまで我慢しなさい」
「わかりました。じゃあ、大陸を統一したあかつきには、ワクチンや血清を作って人々を救いましょう」
「ワクチンや血清の大まかな作り方はわかるけど、実際に作ったことないのに出来るとは思えないわよ。それに注射器をどうするつもりなの?現代の注射針ってとても切れ味が鋭いから、そんなに痛みはないけれど、昔の注射ってとっても痛かったんだからね。注射針を加工する金型を作れるの?研究開発にとっても時間がかかるわね」
注射針の加工技術が向上したお陰で、今の注射は昔ほどは痛くはない。理屈はわかっているけど、注射針を作る金型なんて設計出来る気がしない。ワクチンや血清も作るのは難しいだろうけど、注射針だってそうだ。注射器だってプラスチック成形できないから、ガラスで作る事になるんだろうけど、ワクチンの容量を安定して注入できるようにするために、サイズは同じになるように作らなければならないのだ。だったら、治癒魔法の使い手を育成した方が手っ取り早いと思う。何でもかんでも現代知識で乗り切らなくてもいいんじゃないかと思うが、嬉しそうな本田を見ると現代知識で乗り切る方法を探してもいいかなと思える。
「我々はそれが加工出来ると知っているのですから、それが大きな違いです。世界で最初に発見した人は、それがあるという確証もないのに探していたんですから、それに比べたらまだ楽ですよ」
前向きなのはいいことかと思い、大陸統一後に内政チートっぽいことをするのを約束して、出征する準備をすることにした。




