11 内政問題
独立した結果、公国と千年王国と帝国との領土では小競り合いが起きるようになる。しかし、こちらはベルゼブブによる諜報活動というチートがあるので、敵軍の動きを直ぐに察知できるし、ベルゼブブの配下であるデーモン軍団がアストラルサイドから直ぐに現地に駆け付ける事が出来る。その結果、こちらの領土への侵入は許していない。
じゃあ、フレディたちは不要なのかというとそうではない。彼らは荒れた国内の治安維持のために東奔西走してもらっている。納税できずに村を捨てたものたちが野盗となって各地で悪さを働いているのだ。それを捕まえるのに大忙しなのである。しかも、こちらも野盗の本拠地情報がベルゼブブから次々と伝えられるため、休んでいる暇がない。フレディには事情を話してベルゼブブを紹介し、あいつの姿を見ても驚かないようにはしてある。なので、情報を伝えるのは問題ない。馬車馬のように使役されていて、休みが欲しいという泣き言がベルゼブブを通じてフレディから上がってくる。新国家建設のためにもう少しだけがんばってねと言いながらも、ブラック企業みたいな労働状況に心が痛い。
新国家建設といえば、本田のから内政の話がちょくちょく来る。なんでも、悪役令嬢といえば内政チートだそうだ。でも、そんな経験のない自分はうまくできるきがしない。
「子供は国家の宝です。学校を整備して教育に力をいれましょう」
なんて言ってくるが、何もないところから学校を作るのは大変だ。
「学校を作るといっても教育カリキュラムがないのよ。そこからはじめないとならないのよ。学習指導要領みたいなのを作ってそれにのっとって教育をさせないと。それに、その教育が出来る人間、教師として相応しい人間を用意しないと子どもたちの学力に大きな差が出てしまうわ」
「では、それを作成するための人員の予算に署名をお願いします。これが出来れば子供たちみんなに教育が行き渡りますね」
なんて本田は簡単にいうけど、学習指導要領を作るのと教員養成の学校を作るなんて一大事業だ。それに、子どもたちみんなに教育をするのは今の段階では難しい。それを伝えておかなければ。
「本田、日本でも高度経済成長期の前まで、農業で生計を立てる人が多かった時は、農繁期になると学校は休みになっていたの。農作業の機械化が出来ていなかったから、子どもが貴重な労働力だったのよ。この国を見ても同じね。労働力としての子どもを失えば収穫量は落ちるわ。だから少なくとも私たちが知っているような学校のしくみは今直ぐには無理ね。それに、都市部でもみんな小さいうちから親の手伝いをしているのが現状でしょう。子どもに教育を受ける権利を与え、親に教育を受けさせる義務を負わせるといっても、相当反発があるのは間違いないわね」
「課長、そんな古いことをよくご存じですね。それにしても課長のいうような問題があるのだから、教育制度の整備は無理じゃないですか」
がっかりした様子の本田の早とちりを訂正する。
「農村では試験的に就学児童の分の減税を実施。都市部でも同じような事をする必要があるでしょうね。いっぺんにやると社会が混乱するから、特区を作って試験的に導入して、問題があったら修正するようにしていけばいいの。教育制度だって常に見直しをかけているんだから。日本だって明治の教学制が発せられて以降、何度も見直しをしているのよ」
国家の発展のためには、優秀な人材を作る必要がある。そのためには広く教育を行い、一般からも役人として登用したり、社会の発展のための発明をしてもらったりできるようになってもらいたい。今が駄目だからといっても、諦めるわけではない。
「そうですよね。転生悪役令嬢といえば内政ですから。すぐに結果は出なくともこつこつやっていきましょう」
なんて機嫌がなおってにこにこする。一応そんなに簡単じゃないと釘を刺しておくか。
「都市部はいいとして全部の村に学校を設置する予算はないから、ある程度の村をまとめて学区にする必要があるのだけど、そうなると子どもたちを通学させるのか、寮生活させるのかっていう問題が出てくるのよねえ。通学するといってもモンスターが出るような道を何時間もかけて学校に通わせるのも問題だけど、寮生活で親から引き離すのも問題じゃない」
「ここは丁稚じゃないですが、小学校にあがるくらいの年齢で働きに出されて、住み込みで仕事をしているなんてのもありますよ。親から離れるのは問題ないかと」
「それが良いか悪いかも確認しないと結論は出せないわよ。それに、明治時代には子どもを学校に取られたくない親が、校舎に放火したなんて事件もあったしね。親と子どもの両方が納得して寮生活をしてくれるならいいけど、そうなるまでには時間が掛かると思うわ」
なんとも荒っぽい話ではあるが、実際に労働力としての子どもを失う事に対して、強い拒否反応があったのも事実だ。日本と同じ失敗をしないように、ここは慎重に進めていきたい。
それに、もうすでにゲームのストーリーからは大きく逸脱していて、この後の展開が全く分からない。悪役令嬢である私が国を率いて千年王国と戦争をするということにはなったが、ゲームには内政の描写なんてなかった。いや、あったか。私が帝国国民を面白半分に虐げるというのが。税の徴収に自ら乗り出し、とある村で来年の分の種籾まで徴税しようとして、抵抗する村の老人を槍でついて殺したんだっけ。それを内政っていえるかどうかわからないけど、徴税の描写だから内政でいいのかな?
そんな私に内政がうまく出来るか疑問だ。ゲームのストーリーに収束しようとする力が働けば、内政失敗でひどい目にあう国民であふれかえりそうなもの。そんな私の心配をよそに、本田は次の提案をしてくる。
「それと、福祉にも力をいれましょう。セイフティネットを整備して、弱者を見捨てない社会を作らないと」
「それをするための法整備が出来る人間がいないわよね。見たことも聞いたこともないような福祉政策の法律と予算を編成できる人材がいると思う?すべては法律に従って公正に処理してもらわないと不平不満が出るわよ。ただ、無料の診療所みたいのはあってもいいとは思うけど。どうせ医者なんて金持ちしかかかれないから、既存の医者の仕事を奪う訳でもないし。小石川養生所みたいなもんね。ほら、大岡越前がやってたでしょ」
「課長、どうしてそんなに大岡越前が好きなんですか」
「別に好きなわけじゃないわよ。民の事を考えたらそうなるっていうだけで。それだけ大岡忠相が善政をしいていたってことでしょう」
「そこは大岡越前じゃなくて、暴れん坊将軍ですよ」
「うっ」
本田に間違いを指摘されて恥ずかしくなった。
自分の間違いはさておき、貧民対策については社会不安の払拭の意味もあって力を入れていきたい。無料の診療所であれば、金持ち相手の医師たちからの反発も少ないだろう。ただ、そこで働いてくれる医師を探すのが大変だ。医師を育てる学校を作り、そこを卒業した学生の中から働き手を探すのがいいのかな。奨学金出して学ばせ、診療所の勤続年数に応じて返済額を減免とかにすればいいか。問題は誰が教えるかって事だけど。
治療するだけなら、光属性の治癒魔法があって、属性持ちを育てればいいってのもある。さらにいえば、私が治癒魔法使えばいいだけなんだけど、無尽蔵の魔力に加えてどんな病気も完治させるような効果となると、金持ちもやってくるだろうから医師はみんな廃業になる。そして、そんな私が死なないとなれば将来に渡って医師を目指す若者はいなくなる。それってどうなのだろうか?もし、私がどこかの勇者に討伐でもされようものなら、医療技術の断絶した国はどうなるのだろうか。そういうことを考えると、医師養成機関は必ずやらなければならないだろう。
「予算と医師の確保。それと、医師養成機関の構想。やることは沢山あるわね」
考えるとため息が出る。
「そういうのはベルゼブブやムシュフシュは役に立ちませんからね。役人の数が足りないですね。そちらから手をつけますか?」
「そうね。幸いにして軍はそのベルゼブブとムシュフシュがやってくれるから、治安維持の警察的役割だけ用意すればいいのよね。お陰で人手を軍に取られるなんて事にはなってないけど」
これはすごく助かっている。兵力不足で一般人を徴兵した場合、社会が回らなくなるなんて事はよく聞く話だ。うちの国にはそういった心配はない。むしろ、軍が担っていた雇用創出がなくなって、雇用問題が出てくるくらいだ。
「今更だけど、経営者って大変よね。人材確保して予算組んで利益出さないといけないし。それが四半期で出来ないと株主から突き上げ食らうし。役人の数を増やしたいけど、支払いも増えるから簡単にはふやせないわね」
前世は上場企業だったので、株主総会は一大イベントだった。自分は参加することはなかったが、赤字や不祥事なんかあったひには、兎に角数字を何とかしろって上は言われていたみたいだ。品管で利益出すことはないから、そこだけは助かっていたけど、営業や調達なんかは大変だと聞いた。
そんな利益を気にしながらも、人員を確保して組織を回さなければならない。製造部門の増員なら売り上げに繋がるからやりやすいが、間接部門を増員すると利益が減ってしまう。品管なんて特に利益を生まないから、本来であれば極限まで削りたいだろうけど、それをせずにこちらの要望通り増員してくれたのは、今だとかなり譲歩してくれたのだなとわかる。
「今の課長はオーナー社長みたいなもんで、株主からの突き上げは無いでしょう」
なんて本田は言うけど、国民の視線こそ気にすべきだろう。批判するやつ片っ端から粛清出来なくもないが、それをするくらいなら公王を降りる。その思いを口にした。
「太上は下これあるを知る。その次は親しみてこれを誉む。その次はこれを畏る。その下はこれを侮る」
「なんですか?」
本田は私の言った事が理解できずに訊いてきた。
「老子の言葉よ。君主のランクね。一番いいのは君主がいる程度にしか思われてない君主。次が敬愛される君主。その次が畏れられている君主。最低なのが馬鹿にされている君主。これには続きがあって、百姓は皆「我自ら然り」と謂うって締め括られるの。これは自分の力で国がよくなったって百姓が思っているのが理想ってことなのよ。国民から無能だと陰口を叩かれるようなら、公王なんて地位は返上するわ」
「なるほど」
そう相づちをうった本田に注意する。
「なるほどっていうのは、目上のものが目下から説明を受けたときに使う言葉よ。客先でうっかり口走らないようにね」
「わかりました。って、客先に行くこと無いですけどね」
「それもそうね」
私も前世の感覚が抜けてなかったか。
「優先順位をつけて、やれるところからやりましょうか。なにせ、課長には無限の時間があるんですから。自分は最後まではお供できませんけど」
「私が本田を定年退職させると思う?アンデッドにしてでもずっと付き合ってもらうわよ」
と、軽い冗談を言ったのだが、
「それってプロポーズですか?」
なんて本田がにやにやする。自分の言ったことの意味を理解して顔が赤くなるのがわかった。
「ち、違うからね。本田の事を好きとかそういうんじゃないから」
って慌てて否定したけど、セリフがツンデレさんそのもにしかなってない。これは更に失敗を重ねたか。ここはさっさと本田に退出してもらおう。
「はやく人員確保のための予算作成をしてきなさい。少なくとも年内には動き始めたいの」
「はい」
私の指示を受けて本田が退室すると、自己嫌悪で大きなため息が出た。




