10 他責
公都を包囲してからどうやって攻め込もうかと思案していたところ、決着はあっけなくついてしまった。素のままの大きさのムシュフシュを見た騎士団が勝てないと判断して、ハリソンを捕縛して差し出してきたのである。あまりの肩透かしに、報告を聞いた時は椅子からずり落ちそうになった。
交戦の意思はなく、素直に敗北を認めてきたのだが、ハリソンは屋敷で監禁してあるというので公都に入ることとなった。首を差し出してくるということは無くてよかった。正直そんなものをもらっても処分に困る。ゲームの中のアビゲイルは反乱を起こした者たちの首を嬉々として帝都も門に晒していたのだが、生憎と私にはそんな趣味はない。
無血開城された公都に入ると、しばらく見ないうちに街の雰囲気は暗いものとなっていた。今日の天気は晴れ渡った青空であるが、雨雲に覆われているような感じしかしない。私たちに占領されることでそうなっているわけではないだろう。おそらくもっと前から活気がなく、重苦しい雰囲気に支配されていたはずだ。そして、住民の視線から感じるのは安堵。ハリソンによる悪政からの解放に安堵したというところだろう。ゲームとは真逆の展開ね。帝都でアビゲイルを打ち倒すと、雲がかかっていた夜空に星の光が戻り、南十字星に照らされて帝都の住民に笑顔が戻るのだ。夜だというのに人々は表に出てきて、絶望からの解放を祝う。それが二作目のエンディングである。今の状況はそこまでではなく、最悪が去ってこれからどうやって元の生活に戻ろうかといった感じね。だから歓喜ではなく安堵なのだろう。
「一応歓迎ということでよさそうですな」
私の前を歩くフレディが周囲を警戒しながらも、嬉しそうな雰囲気が背中越しに伝わってくる。そんなフレディには申し訳ないが、私の気持ちはどんよりとしていた。それはこれから義弟であるハリソンの処分をしなければならないからだ。これが本当に難しい。処刑するにしてはそんな法律はない。今から法律を制定して遡及して罪を裁くというのをやってしまうと、今後為政者が好き勝手に過去にさかのぼって罪と決めつけて、恣意的な有罪判決をだせることになるから、そんな前例はつくりたくない。かといって甘い処分をすれば住民たちからは身内に甘いという不満が出るだろう。特に、ハリソンによって多くの人が死亡している。その遺族たちの不満がこちらに向かってくるとなると、国家運営も難しくなるだろう。多分、今度は私に対して遺族たちが反乱を起こしてくる。
「どう裁いていいものか悩むわね」
ぼそっと思っていたことが口に出てしまう。それを聞いた本田が私にアドバイスをしてくれた。
「ルターのような処置はいかがでしょうか。公国からの追放処分とし、公国領内においては法律の保護を受けないとするのです」
「ルターってあの宗教改革のマルティン・ルター?」
「はい。ルターはその主張から教会から破門され、さらにヴォルムス勅令により法律の保護を受けなくなります。法律の保護というとわかりにくいですが、これは国内においてルターを殺そうが財産を奪おうが、違法行為として処罰しないという意味でした。今回のハリソンも同様に公国からの追放処分とし、国外に退去するまでになにがあろうと公国はその一切になんら処分をしないとするのです。国外に出られるかどうかはハリソン次第ですね」
「魔法の素質もあり、襲撃をうけても必ずしも死ぬわけではないし、かたき討ちをしたい遺族にもチャンスはあるというわけね。そしてなにより私が手を下すわけではないのがいいわね」
というわけで、本田の案にのることにした。
久しぶりの屋敷に到着すると門の前に公爵家の騎士団と、口には猿ぐつわ、体は縄で縛られて地面に転がされているハリソンが見えた。顔が腫れているのはひどい扱いを受けたからでしょうね。可哀想とは思えないけど。
転がされているハリソンを見ていたら、騎士団の中のひとりが前に出てきた。
「我らアビゲイル様と敵対する意思は無く、諸悪の根源であるハリソンをこうして捕縛し、アビゲイル様のご処置をいただこうとお待ちしておりました」
あまりにも堂々と主君を見捨てましたと宣言されて呆れてしまった。
「大した忠誠心ね。たしか、ハリソンを守れなかったときは家族ごと処刑されるんじゃなかったかしら。フレディからそう聞いたんだけど」
私の嫌味にも彼はひるまない。
「あのような契約とてもまともな主君がすることとは思えません。こいつは我らが忠誠を捧げる器ではありませんが、いつかこの悪政を止めさせるための機会をうかがうために、従うふりをしたまでのこと」
こいつ呼ばわりされたハリソンが殺意のこもった目で騎士を見た。でも、それは自業自得なのよ。まともな騎士たちを追い出してしまったのは自分じゃない。もしフレディが今もハリソンに付き従っていたならば、命を懸けてでも私に立ち向かってきたでしょうね。
「従うふりをしたっていう割には、納税が出来なかった村での振る舞いは目に余るわね。私の所に色々と報告が上がってきているわ」
「それもこれも全てはハリソンの指示。やりたくてやったわけではありません」
「あらそう。でも、たしかあなたはディランだったわよね」
私に名前を言われて彼はぎょっとした。何故名前を知っているのかと驚いたことだろう。それは勿論ベルゼブブに調べさせていたからである。ベルゼブブを公の目に晒すわけにはいかないので、今は私の周囲を飛ぶハエの姿になってもらっている。そのベルゼブブに耳元でささやいてもらっているのだ。
「よく私の名前をご存じで」
「ええ、名前だけではないわ。私あなたがやってきたこともご存じなのよ。あなた村で略奪を働いたわよね。それに、税の代わりと言って若い娘を連れ去り、それを奴隷商人に売り飛ばしたけど、売ったお金は自分の懐に入れているのも調べがついているわ。それもハリソンの指示なのかしら?」
「っ――――」
私の指摘に言葉が出なくなるディラン。他の騎士たちも似たり寄ったりの所業だ。このまま無罪放免というわけにはいかない。あとで処分を言い渡すけど、その前にハリソンを片付けおかないと。固まったままのディランを無視して、フレディに指示を出してハリソンの猿ぐつわを取らせる。
「助けてください、義姉さん」
喋ることができるようになったハリソンの第一声はそれであった。しかし、そんなもので私の心は動かない。冷たく突き放す。
「何を?何を助けるというの?」
「私は悪くないんです。こいつらが私の名前を使って重税を課して、やりたい放題やっていたんです。私は常に民の事を第一に考えておりました。それが仇となりこうして逆賊どもに捕らえられてしまったのです」
呆れるような言い訳が出てきた。その情けなさにいままで攻略対象として好感度上昇にかけた情熱が無駄に思えてきた。百年の恋も冷めるとはこういうことだろうか。今まで見てきたどんなにひどいセクハラおやじよりも汚いものにしか思えなくなっていた。
「ハリソン、私があんたが南十字星の乙女に高価な贈り物をしているのを知らないとでも思っているの?戦費調達のための増税じゃないわよね。徴兵した農民兵には粗末な武器しか与えてないのにね。高価な贈り物を購入しないで、その分を武器に回していたら死ぬこともなかった人が多いんじゃないかしら。そもそも、父の行動予定をあの女、南十字星の乙女に漏らしたことで暗殺に繋がったのだから、ハリソンのうかつな行動が無ければ大勢の人が死なずに済んだのよ」
汚物を見るように、ハリソンを見下した。
「贈り物の事をご存じ?いや、それよりも父の暗殺とエマにどういう関係が」
「あのエマって女は共和国の工作員なのよ。そんなのにほいほいと重要人物である父の行動予定を教えるとはね。恋は盲目っていうけど、見えてなさすぎでしょ」
「そんな、エマが工作員だなんて嘘だ!」
「信じたくないのでしょうけど、それが真実よ。婚約者である私を排除して、ウィリアムと結婚してこの国をのっとるつもり。だもの、あんたの贈り物なんてどんなに贈ったところで見向きもされないの」
「………………」
真実を突き付けたら黙った。失恋と失態がいっぺんにやってきたので、精神的なダメージはかなりの者だろう。なんて思っていたら再起動した。
「そうです、私はあの女に騙されていたのです。義姉さんの罪だって違うと最後まで擁護したんですよ」
ここまで聞いてきたけどもう無理だ。あれだけ好きだった声優と同じ声なのに、今は気持ち悪さしかなくてもうこれ以上この声を聴きたくない。全てを嘘で塗り固めた他責として自責を認めないその潔い悪い態度には嫌悪しか生まれなかった。それは騎士団の面々も一緒か。往生際悪く嘘を並べて他責とするのは仕事柄散々見てきた。会社に大損害を与えたような不良の時は、なんとかして責任を逃れようとして真の原因を隠そうとするのは誰も同じである。でも、そこにエビデンスを突き付ければみんな最後は渋々ながらも非を認める。それがこいつらにはない。
「そう、わかったわ。でもあなたがこれまでしてきたことは許される事じゃないの。だから、国外追放処分とするわ。当然、この国の法律で守られることはなくなるの。でも、直ぐに追放するというのも可哀想なので、こちらで必要なものを準備するからそれまではおとなしく牢に入っていて。あ、財産も持っていくなら好きなだけ持って行っていいわよ」
そう処分を伝えると、勘違いしたのかハリソンは笑ったように見えた。だが、それも一瞬のことで直ぐに神妙な顔に戻る。必要なものを準備する期間というのは言い訳で、実際にはハリソンを法律の保護から外すという御触れを各地に出すための時間稼ぎだ。財産も持たせると言ったが、果たしてそれを守り切れるのかはハリソン次第。沢山持っていこうとすれば、その重さで移動速度は遅くなり、その分住民に見つかる可能性が高くなる。さて、これでハリソンの方は終わった。あとは騎士団の処分か。私は意地悪な笑みを浮かべて騎士団の面々に処分を言い渡す。
「あ、それから騎士団の人達も罪の重さによっては同様に追放処分とするわ。ハリソンを突き出してきたのはいいけど、一緒に国外処分になってどこに行くのかは知らないけど、千年王国に行くのであればハリソンからどんな仕返しがあるかわからないわよ。だってハリソンが頼れるのは国王であるウィリアムでしょうから、どんな仕返しも可能になるのよ」
公国が面しているのは千年王国と帝国。そして、海だ。あてもなく海に出るわけにはいかないので、千年王国に行くか、帝国に行くかの二択しかない。だけど、戦争中の帝国に行ったところで、受け入れてもらえるのかはわからないので、いくとしたら千年王国が妥当だろう。でも、ハリソンが千年王国に脱出出来た場合、ウィリアムに助けを求めることになるだろうから、そうなると騎士団の面々としては今回のハリソンへの仕打ちの仕返しにおびえることになる。ただし、それも公国から出国できたらの話である。武装解除したうえで、ハリソンと同じように法律の保護外になるので、遺族たちからの復讐にさらされることだろう。だけど心は痛まない、当然の報いだ。
二週間後、公都からハリソンと元騎士団の面々が追放される日、門を出たところで待っていた遺族と一攫千金を狙う者たちに襲われ、全員が死亡したとベルゼブブから報告を受けた。
「最期の言葉ですが――」
と報告しようとしたベルゼブブを手で止めた。
「そんな報告いらないわ。それを聞いて楽しむような趣味は無いし、第一ろくでもない事しか口にしないのはわかっているから、しったらルイスのお茶が不味くなるじゃない」
そう言うと、私は本田が淹れてくれたお茶を口にした。




