09 独立
千年王国は帝国に対して連敗に次ぐ連敗を重ねた。先王と一緒に軍の中枢を担う人物たちが討ち取られたために、まともに軍を運用することが出来ないため、実力で拮抗している戦場においても、帝国軍にいいようにやられてしまうのである。ジャックもトーマスも戦争経験もないのに各部門のトップになったために、騎士団も魔導士たちにも混乱が生じていた。そんな報告がベルゼブブからあげられてきた。
「本来なら南十字星の乙女と一緒に戦って経験を積むのよねえ。偉大な父親たちを超えられなくて悩むのを、南十字星の乙女に励まされながら一歩一歩前進していくんだけど、今の連中を見ていると地位に胡坐をかいて部下を叱責しているだけの無能な上司そのものよね」
「課長、よくゲームの内容を知っていますね」
「課長って言うな」
うっかりゲームの内容をしゃべってしまったが、本田が失言してくれたのでそこを注意することで話題を逸らすことに成功した。
「お嬢様、ちょくちょく乙女ゲームの知識が出てきますよね」
失敗してた。
「一般常識として知っているべき範囲よ」
「その一般っていうのが辞書にある一般と同義かどうか怪しいですけどね」
これは本田は私が乙女ゲームをやっていたと勘づいてしまったか。でも、沼にはまっていたかどうかまではわからないはず。そこが最後の砦。どっぷりとはまっていたのだけは悟られてはならない。
「そういえば、ルイスさんがちょくちょくご主人様のことを『かちょう』って呼びますが、ご主人様は当主ではないですよね。どういう意味があってのことなんですか?」
ベルゼブブから質問が来た。これはこれで面倒なことになった。だからあれほど人前で課長って呼ぶなと言っていたのに、本田は未だに私の事を課長って呼んでしまう。前世の話をしたところでベルゼブブなら問題ないとは思うが、そこから話が広がった時にどうなるかわからない。さて、どうやって言い訳をしようかと思案していると、本田が先に口を開いた。
「花や鳥のように美しいという意味で『花鳥』って呼んでいます。本来は花鳥風月なんでしょうけど、それだと長いですからね。刀自なんかと一緒で尊敬してそう呼ぶと思ってください」
「そう、それよ」
本田にしてはうまい言い訳ね。ベルゼブブはその表情からは納得したのかしなかったのかわからないが、それ以上の質問をしてこなかったので納得したのだろう。本来の報告へと戻る。
「それでですね、ハワード公爵領内で重税と徴兵にたえかねた者達から、ご主人様待望論というのが出ておりまして、そのうちここに押しかけてくるんじゃないでしょうか」
「はあ?なによそれ」
「ハリソン様の下ではやっていけないということでしょうな。各地で反乱の機運が高まっておりますが、旗頭としての存在が必要なので、それでご主人様に白羽の矢が立ったというわけです」
「いやいやいや。そんなの家臣団の誰かでもいいじゃない」
そんなものはごめんだ。この村でひっそりと生きていきたいと思っていたのに、いまさら表舞台に引っ張り出されても困る。既に邪神の力を得て、ベルゼブブにムシュフシュを従えている身としては、ここで反乱の旗頭とされたら間違いなく敵を大量に殺すことになる。そんな覚悟も無いので、やってしまえば精神がたえられないだろう。
「みなさん、ご主人様が有能なのは認めていらっしゃいますからね。とくに評判なのは一人の子供に二人の女が自分が母親だと名乗り出た時のやつですね。互いに子供の手を引っ張らせて勝った方が本当の母親とするって実際に腕を引っ張らせて、子供が痛がった時に放したほうを本当の母親だと認めた裁きは誰もが認める名裁きとなっていますよ」
「あー、あれか」
私の記憶が蘇る前にアビゲイルがやったことなのだが、多分制作スタッフが悪乗りした結果だと思う。丁度街に出かけている時に、女同士が言い争う声が聞こえててきて、それに首を突っ込んだときのエピソードであるのだが、アビゲイルは実の親といいはる二人が子供が痛がるのにもかかわらず、思いっきり腕を引っ張る姿を見て大笑いするというのがゲームで語られる内容だ。でも、今の私にあるアビゲイルの記憶では、大岡越前と変わらない裁定を下して、手を放した方を実の母親と認定したのだ。
誰かに褒められるのは嬉しいのだが、
「でも、そんな面倒な役を引き受けるくらいなら、ここから逃げ出そうかしら」
チラッと本田を見ると、首を横に振って拒絶された。
「困っている人がいるなら救うべきです」
なんか使命に燃えている感じだが、お前の上司はハリソンだぞと言ってやりたい。ただまあ、今は私の状況を報告する程度の仕事しかなく、給金だって途絶えて久しい。雇用契約が消滅したっていうことでもいいんじゃないかな。じゃあ、なんで私の状況を報告しているんだよって話になるが、それをしないとまた別の人間が送り込まれてくる可能性もあるので、無給でもいいから今の変化なしという報告はしていてもらいたい。それも、反乱となれば無用になるか。
「ルイス、私に人は殺せないわよ。領軍と戦うことになったらどうしたらいい?」
「威嚇でじゅうぶんでしょう。ムシュフシュを前面に出して、死なない程度に蹴散らしてもらえば相手も諦めるでしょう」
本田のその言葉に小さいままのムシュフシュが頷く。ドワーフ達ですら手が出なかったムシュフシュだ。領軍なんて脅威にもならないか。
「私も戦えるんですけどね」
とはベルゼブブの言葉だ。
「ハエでどうやって戦うの?」
「私自身が戦えますし、戦闘になればハエではなく上級デーモンや下級デーモンを呼び出しますよ。王国軍でも勝てる自信はあります」
「うーん」
私はベルゼブブの言葉に悩んだ。邪神の力を得て邪竜に悪魔を使って戦うなんて、悪役令嬢のアビゲイルそのものだからだ。世界の敵と認定されるんじゃないだろうか。そんな不安があったのだ。
「これは勝ったも同然ですね、お嬢様。ムシュフシュとベルゼブブが味方にいれば、怖いものなしですよ」
なんて本田が能天気に言うが、自分の心配している事を正直に打ち明ける。
「邪竜と悪魔をしたがえた私が反乱軍の旗頭になったら、それこそ世界的規模で討伐軍が組織されたりしないかしら。勇者とか光の戦士みたいのが束になって襲ってきそうなんだけど」
「間違いなく南十字星の乙女は乗り出してくるでしょうが、ご安心ください。今の奴は偽者の南十字星の乙女です。邪竜を倒せるような実力なんてないし、ましてや邪神ともなればその辺の有象無象と同じようなもの」
「だから、偽者だろうがみんなが本物だと信じている南十字星の乙女をやっつけたらいよいよ世界が敵にまわるでしょう」
「大丈夫、たとえ世界中のすべての人が敵にまわろうとも、自分はお嬢様の味方です」
「いや、ちょっとそういうのいいから……」
臭い台詞だとわかっていても言われると嬉しいし、とても恥ずかしい。手で顔を覆って下を向く。
「ご主人様、耳が真っ赤ですが熱でもあるんですか?」
ベルゼブブが恥ずかしさに追い打ちをかけてくる。照れているのがばれるだろうがあああああああああ!!!!
と叫びたいのを我慢して、
「ちょっとごめん、五分だけ待って」
と言ってトイレに逃げ込んだ。
「もう、本田ったらこんなおばさんに何言ってんのよ」
落ち着かせるために自分の事をおばさんと卑下してみたものの、本心では恋をしたい自分がいるのもわかっている。でも、本田が自分に向けてくれる笑顔が前世での上司と部下の関係でしかなかった場合、私が好意をぶつけて拒否されたらいまの心地よい関係まで失ってしまうだろう。そう思うと一歩が踏み出せない。思えばずっとそういう人生を歩んできた。だから、自分から告白することは無く、誰かから告白されるのを待っていた結果、気が付けば結婚適齢期を過た。そして恋愛を諦めてからは、何度でもやり直しがきくゲームでの恋愛で満足していた。
「恋愛のコントロールプランってどこかにないものかしら」
コントロールプランとは製品を製造する工程を表にしたものだ。これに従って原材料から加工を進めていく。恋愛も出会いから恋に落ちて結ばれるまでの工程をわかりやすく書いて欲しい。それがあればこんなに悩むこともないのに。
暫くトイレでうだうだしていたが、約束の時間を過ぎたと思うので諦めて部屋に戻った。
そして
「反乱軍の誘いが来たら受けるわよ」
そう宣言した。
宣言から三日もすると、ベルゼブブからの報告通り反乱軍の旗頭として参加して欲しいという誘いが来た。私の元に訪れたのはフレディである。元公爵家騎士団の騎士であるが、話を聞くと騎士団長と多くの騎士が公爵と一緒に公爵暗殺の際に死亡し、その日護衛の任務に就いていなかった中では一番くらいの高いフレディがハリソンによって次の騎士団長に任命されたんだとか。で、父の暗殺を防げなかった騎士団に対して、ハリソンは万が一自分を守れないような事態になった場合は家族もろとも処刑するという契約を迫ったそうだ。主の護衛を失敗した場合には自分の命が無いのは仕方がないが、家族までともなると流石に契約をためらってしまう。しかし、ハリソンはそのためらいを忠誠心がないと決めつけて、フレディを解雇してしまったそうだ。尚、同じ理由で多くの騎士が解雇されて、残ったのは若くて独身の騎士ばかりだそうだ。彼らは能力は低いが、上がいなくなったため役職が付きハリソンからの信頼があるのだという。重税となって納税が出来ない村では、彼らによる見せしめの殺戮が繰り返されているとかで、騎士団の評判は地に落ちているのだとか。
「一緒に解雇された者たちで連絡を取り合って、この状況を変えようとなったのですが、仮に今の騎士団を倒したとして、その後が見えなかったのです。アビゲイルお嬢様のように誰もが納得する血筋があって、初めてその後に繋がるのです」
とフレディは私を説得しようとしてきた。反乱成功後を見据えて、民が納得するこの地を統治するわかりやすい理由が必要なのだろう。予定通り、反乱軍への参加を承諾した。
その後一か月かけて反乱軍に参加する元騎士とその家族がこの村へと移住してきた。元騎士たちが反乱軍に参加したとわかれば、ハリソンは間違いなくその家族を見せしめに殺すだろう。それを防ぐために家族全員での移住が必要なのだ。
そして、最後にやってきたフレディがにこにこしている。
「これを作っていたので遅れました」
そういって取り出したのは旗だ。旗には公爵家の紋章である剣と竜のデザインに加えて藤が描かれていた。
「お嬢様を表す藤を入れてみました」
そう説明を聞いたが、何故公爵家の紋章に私のシンボルである藤をいれるのだろうか?
「これって公爵家の紋章ではなくなるということよね」
「はい。ここで反乱をおこして成功したとして、今のウィリアム国王陛下がお嬢様を正式な公爵家の当主だと認めるわけがありません。なので――」
そこでフレディが一呼吸おく。
「なので?」
次が待ちきれず、早く言うように催促する。
「ハワード公国として独立を宣言しようと思うのです」
「独立???」
「そうです。ルイス殿と話をするうちに、我らは反乱ではなくて独立を宣言して、新たな国家を作るべきだという結論に至りました。初代公王はアビゲイルお嬢様ということになります」
また本田が動いていたのか。キッと本田を睨んだらいい笑顔でサムズアップしてきた。そりゃまあ確かに公爵家の跡目争いということで、それに勝利したところでウィリアムが私を父の後継者と認める事はないだろう。ならば独立というのもわからなくもないが、事前の打診が私に一言あってもいいだろう。
もう後戻りも出来ないので、それも承認して独立宣言を行うことになった。フレディが下がったのを確認してベルゼブブを呼び出す。
「ベルゼブブ、今回の独立の話も知っていたわよね」
「はい」
「どうして報告しないの?」
「ルイス様に口止めされておりましたから」
本田め、ベルゼブブにも手を回していたか。
「お前の主人は誰だと思っているの?」
「ご主人様はご主人様なのですが、ルイス様に女性はサプライズが好きだからと言われ、ご主人様が喜ぶのならと思い協力した次第。サプライズでしたよね?」
「ええ、そりゃあもうびっくりするようなサプライズだったわ。でも、次は許さないわよ」
「しかと胸に刻んでおきます」
まったく、聖女も公王も本人が知らぬところで話が進んでしまうとは。本田は私にどうなって欲しいのだろうか?
後日、独立宣言――フレディが内容は考えてくれた――が出されると、重税と徴兵に苦しんでいた都市や村の多くがこちらに恭順の意を示してきた。多くというか、恭順の意を示さなかったのは公爵領の公都とその周辺の地域だけであった。なので、私たちはなんの障害もなく、公都まで進軍することができた。




