第38話 八咫月守
「よーお前らぁ、やってっか~」
訓練場の扉が開き、間の抜けた声が飛んでくる。一瞬、リュウの表情が歪んだような気がした。
「あ、煌葵さん。丁度いいところに。今僕とリュウさんで話してたんですけど……」
ユキが煌葵に駆け寄る。人当たりの良さそうな笑みを浮かべて煌葵は首をかしげた。
その二人の間に割って入り、話を遮ったのはハルだった。
「煌葵さん、ナツキの火力調整手伝ってあげてくれませんか? 模擬すら厳しそうなので」
「あ、お願いします。俺そんなに出力変えたつもりないんですけど、マナの放出範囲が広かったみたいで……」
「んー、調整気を付けたんだがやっぱ駄目だったかぁ……つか今何か言いかけなかったか?」
煌葵がユキに向き直った。それを見たハルがはっと息を吞む。
「あ、えっと、煌葵さんの武器って何なのかなって。槍だって聞いたことあるから教えてもらおうかと思って……」
瞬き程の一瞬の時間がとても長く感じた。固唾を飲むとはこのことかという程に空気が張り詰める。ハルが固い表情を浮かべるのに対してリュウはニヤリと愉快そうに口の端をゆがめた。煌葵がどう返すのか見ものだな、そう表情だけで語っている。
「武器? あー、まあ基本的に何でも使えるな。ほら、俺天才だから。って、お前もそうか、天才ルーキー君?」
へらりと笑みを貼り付ける煌葵はちらりとリュウに視線をやる。チッと小さな舌打ちが聞こえた。
「……ふん、つくづく食えない奴だ」
「おーおーどうした寝坊助。寝起きでイライラしてんのか?」
「五月蠅い。お前が来たから興が醒めてしまったではないか。俺は寝る」
そう言ってリュウは踵を返して行ってしまった。その背中をきょとんと見詰めるのはナツキとユキだ。
「なんだ? 反抗期かよ……あいつ何歳だっけ」
「十八だったと思いますけど」
「え、リュウさんって十八なの? もっと上かと……ってことは兄さんより年下?」
そういう反応にもなるよな、なんてハルは喉の奥で笑う。実際はここの誰よりも年上だと言ったら驚くだろうか。そもそもあの前世の記憶とやらを年齢として計算していいのかは疑問だが。
「まああいつの事は放っておいて、だ。ユキ、暇な時稽古つけてやるからとりあえずハルに自主練付き合ってもらえ」
「ありがとうございます!」
「じゃあナツキは俺について来い」
訓練場の出入口をくいっと顎で指した煌葵はそのまま行ってしまう。慌ててナツキがそれを追った。
「んじゃあ俺らはもう少し訓練してくかぁ」
「はい!」
「丁度、お前と手合わせしたいなって思ってたんだよ」
にっこりと笑うハルのその瞳が笑っていないことにユキは気付かない。
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父の部屋には一本の日本刀があった。幼い頃、一度だけ父がそれを抜いているのを見たことがある。完璧とすら思える曲線を描くその刀身は、定規で線を引くように真っ直ぐ振り下ろされた。
その動作全てが芸術だった。その線を生む刀が、とても美しく、魅力的に見えたんだ。
「煌葵、入ってはいけないと言っただろう」
「す、すみません父上。綺麗だったのでつい……」
「……いや、構わん。この刀は八咫月守と言う。代々この東宮家に伝わる物でな、お前が当主になったあかつきには受け継いでもらうことになるだろう」
父は優しい顔をしていた、と思う。武器を持っているのにとても穏やかで、駆け寄りたいと思った。俺を褒める時と同じ顔だった。この表情をしている父はその大きな手で頭を撫でてくれるのだ。
「父上、俺も父上みたいにその刀が似合うようになるでしょうか?」
「お前なら大丈夫だ。精進しなさい」
そう言うと父は俺の頭をくしゃりと撫でた。それが狙い通りで、嬉しくて俺は立派な跡取りになろうと思ったんだ。何が立派だとか、どうしたら優秀な跡取りになれるのかとかは一切分かってなかったし考えもしなかったけどな。
でも、俺が当主になったら父と母と椿と一緒に幸せになれるんだと思っていた。いつか、皆でちゃんと家族として生きていけるんだって思っていた。弟がいるんだって周りに言えるようになるんだって勝手に妄想して、馬鹿みたいに楽観的な子供時代だろう?
父上、俺さ、今ならあんたの事少しは分かるようになったと思うんだ。あんたは椿を恐れていたんだろ? ただ愛していないだけなんだと思っていたけど、そうじゃない。怖がっていたんだ。鬼を。だから護身用にいつも持ち歩いていた銃の他にあの日本刀を傍に置いていたんだ。もしもの時はあるべき形へ導いてくれるように、本来の東宮家の形へ。ただ一人の当主、絶対的な家長の独裁的な支配へ。椿が鬼になったらそれで殺すつもりだったんだろう。
でも、父上、椿を怖がるのは間違いだ。椿はとても人間らしい。冷徹な仮面を付けて支部長として頑張ってはいるが、本来の優しさは隠せない。出撃命令を下す度に辛そうだし、ドラゴンスレイヤーが死ぬと涙を流す。一人で、誰にも気付かれないように部屋に籠ってな。この日本の復興を誰よりも願っているから無理をするし、時には無茶な命令を出す。それを止めてやるのが俺の役目だと思ってはいるがな。
とにかく、本当のあいつは感情豊かで優しい奴だ。鬼なんて化け物にはならないさ。
父上、あんたは間違ったんだ。二十四年前のあの日に殺すべきだった。俺をな。椿よりも俺の方がよっぽど鬼に近い。そうだろう? 父上。




