第37話 訓練の行方
「こう、一つの塊を意識して、爆ぜろと念じるのだ」
青年がドラゴンに手をかざすとその胸部がはじけ飛んだ。
「……いや、わかんねーよ!」
戦闘防衛棟の第一訓練場では今まさにドラゴンの体が崩れ落ちようとしていた。とは言っても、本物のドラゴンではない。ドラゴンから人類を守る為の要塞であるこのバベルの中にドラゴンが出現したとなればそれこそ大騒ぎになっているだろう。
これはマナの集合体、つまり訓練用の偽物だ。訓練場には飛蒼鉛が埋め込まれており、そこからマナを捻出してドラゴンを形作っている。データを入力すればありとあらゆるパターンの戦闘に対応できるようにプログラミングされているのだ。このシステムを作ったのは美月だった。
まだ飛蒼鉛の研究も進んでおらず、ドラゴンの生体についても未知数の状態でここまでのものを作り上げたそのセンスには感嘆の声もでない。
そしてここにも一人、センスの塊が存在していた。
「白いの、お前は点で考えているからダメなのだ。赤いの、お前は力任せにやりすぎるきらいがある。空間を把握し、そこだけに力を込めろ」
リュウは顎に手を添えて少し考え込み、それからゆっくりと言葉を紡いだ。
「空間って、俺らは空のエレメント適合者じゃないんですけど……」
「白いのって僕のことですか……? 確かにペンタグラムに入って日も浅いですしリュウさんとの共闘経験もほとんどないですけど、名前くらいは覚えててくれてもよくないですか……。白いのって……」
訓練が始まって早くもリュウの扱いに苦戦している後輩たちを見てハルはクスクスと笑った。気持ちは良く分かる。リュウは抽象的な物言いが多く、また力があり過ぎるがゆえに常人には理解出来ないことばかり言う。
そして人付き合いを全くしてこなかった彼は人に教えることに向いていない。指導者としてはド底辺だ。見るに堪えなくて笑えるレベルである。そろそろ助け舟を出してやろうかとも思うが、面白いからもう少しこのままでいよう。そう思っていた矢先に後輩からヘルプが飛んできた。
「ハルさーん、通訳してください……」
「む、そんなに難しいことは言ってないんだが」
ああ、自覚がないのも考えものだな。自分が規格外だと分かっていない。
仕方ないとハルはベンチから立ち上がった。
「はぁ……。まあそうだよな。リュウ、例えば、俺にアドバイスをするとしたらどうする? 条件は、そうだな……雨天、視界不良、陸上、武器は……集積呼応リングは使えないと仮定してこの日本刀一本に限定しよう」
「ふむ、お前の最大の武器である風を味方に付けづらい状況というわけか。それならばやはり足を動かせというしかないだろうな。空中では誰よりも速いお前でも、陸ではそうではない。小鳥は速くは走れないと決まっているのだ」
おい待て、小鳥って俺のことか? 俺はそんなに可愛いもんじゃねえぞと反論したくはあるが、こういう時にツッコミを入れるとリュウは嬉々として話を脱線させるのでスルーだ。
「それから?」
「その武器は改良されているな。それを使えば陸上でもそれなりのスピードは出せるだろう。風を纏って周囲のもの全てを切り裂く気で刀を振るえ。全力でマナを動かしても焼き切れないように回路が組まれている。それならば一振りでいくつもの刃が敵に切りかかるだろうからな」
「うーん、まあ分かる説明になったかな。じゃあそんな感じで二人にもアドバイスしてあげてよ。折角訓練場貸切ってるんだから実戦形式でな」
そう言うとハルはユキの隣に立つ。今日、ハルがこの模擬戦を規格したのは珍しくリュウが起きていて暇そうだったというのもあるが、ユキとの合わせをしたいというのがあった。
ユキがオーニソガラムという敬称を与えられて間もない頃、初めてユキと共闘したハルはその才能に歓喜し、羨み、妬み、そして絶望した。ドラゴンのコアをピンポイントで打ち抜けるその力は人類の救世主になるだろう。だがなぜその力を持っているのが俺じゃないんだ。それを誰よりも必要としているのは俺だろう。ソラを喰らったあのドラゴンのコアを出来るだけ破壊せずに煌葵さんに託さなければいけない。ユキに目の前でコアを破壊されたら? それこそ俺が生まれた意味も、アメが生きている意味もなくなってしまう。
ハルはユキのことをずっと恐れていた。
『――A級、リントヴルムの出現まで、残り五秒』
スピーカーから無機質な音声が流れてくる。訓練開始だ。
「ちょ、何でリントヴルムなんですか!? 兄さんでも苦戦したドラゴンじゃないですか。せめてB級とかにしましょうよ……」
ナツキが弱々しい声でリュウにすがった。
「はは、ペンタグラムにそんな発言が許されると思うのか? ほら、白いのはもう戦闘態勢に入っているぞ」
ナツキの後方ではユキが地面に手をついていた。目を閉じて深呼吸をし、集中している。トラップを組み込んでいるのだ。おそらくはこの部屋中、ありとあらゆる場所に。
ハルはただそれを見詰めていた。天才の唯一の弱点はこの瞬間だ。トラップを編み込んでいる時間はそれ以外にマナを使えなくなる。感知もできなくなるらしい。大き過ぎる隙、これがその天才的な才能の代償なのだろうか。
「ユッキー……、よし、俺もやるぞ!」
ナツキがグッと剣を握る手に力を込めた。熱意がそのまま伝わったかのように剣の回路が起動して赤く光る。熱を持つ。まるで生き物のように。
「ん? なんだこれ……なんか模様が出てる?」
リュウがナツキの手元を覗き込む。そこには回路とはまた違った輝きを放つ彫刻が彫られていた。
「鳥……いや、不死鳥か……?」
「これ、あいつの……。後で煌葵さんにお礼言わないと」
「またあいつか……まったく、いやらしい奴だな」
整った顔を僅かに歪めると、リュウはスッと指を軽く振り、リントヴルムの片翼を切り落とした。耳を劈くリントヴルムの咆哮にビリビリと体が震える。なんというか、やはりこの訓練用のドラゴン、忠実に再現し過ぎではないだろうか。訓練用なので外傷はできないがダメージは食らうしブレスを吐かれたらマナの流れが狂う。リアルにも程がある。
「よし、まあこれくらいのハンデはやろう。どうせ今日は武器の調節も兼ねているのだろう? 俺は援護に回るから、好きなようにやってみろ」
リュウの体がふわりと宙に浮き、リントヴルムの真上で止まる。高みの見物をする気だ。あの様子だとギリギリまで手は貨さないつもりだろう。
ユキの方はというと、トラップを張り終えたらしく槍を構えていた。小さな体に見合わないそのリーチの長い槍は普段使われる事は滅多にない。体が未発達の彼は武器を扱うことに苦手意識を感じているらしくトラップばかりに頼る。
今日は苦手を克服しようということで引っ張り出してきたのだろう。
「僕も援護します!」
ユキが走り出した。ナツキが振りかざした刀身に炎が纏う。
リントヴルムの足元から金色に光る糸が伸び、その両足を固定した。ユキのトラップだ。相変わらず寸分の狂いもなく、タイミングも完璧だ。
「ふむ、なるほどな」
リントヴルムの脇腹にナツキの刃が吸い込まれるように滑り一撃を食らわせる。そこは高温の炎でただれている。回復には時間がかかるだろう。その一撃だけで以前より格段に攻撃力が上がっているのが分かる。
それに続いてユキも攻撃を繰り出した。自ら地面に埋め込んだトラップを足の裏で発動させて加速、そのまま槍をドラゴンの腿に一突き。硬いウロコを貫くその様には気迫が感じられた。
「へぇ……『一時停止』」
そのハルの言葉にリントヴルムのプログラムが停止した。
「あれ、ハルさん? 何で止めるんですか?」
「今の一瞬で課題が浮き彫りになったからだよ。ナツキも、ユッキーもな」
「あぁそうだな。その通りだ」
リュウが重力を無視してふわりと降りてくる。
「まずはナツキ、火力調整がうまくいってないな。お前あと少しタイミングがずれてたらユッキーが丸焦げだったぞ?」
「うっそ……マジか」
「精進することだな。白いの、お前は基礎訓練からやり直せ。武器の使い方がまるでなっていない。これではこのダミーにすら殺されるぞ」
リュウがここまでストレートな物言いをするなんて驚きだ。婉曲表現しかできないのかと思っていたんだが。それにしても、今のは流石にユッキーも傷付いたんじゃないか、そう思い伺い見たが……。
「……そうですよね! やっぱり僕もっと筋トレしようかな。あと武器も誰かに教わりたいってずっと思ってて、でもあんまり槍使いの人っていないんですよねぇ……」
心配無用だったようだ。向上心がありすぎて怖いくらいだなと苦笑を漏らした。この後輩に追いつかれないよう、あいつを奪われないよう、俺ももっと努力しなければ。ハルはそう意気込んだ。
「火力かぁ……確かに、有原みたいにコントロール出来るように頑張らないとな」
ナツキがそう呟くとその言葉に共鳴するように装飾が淡く光った。
「槍、槍……そう言えば煌葵さんが昔槍使いだったって話聞いたことあるんですよね。初代ペンタグラムの武器って確か煌葵さんが槍、椿さんが兄さんと同じくレイピアで、美月さんが……」
勤勉なユキはそんなことまで調べているのかと感心する。初代ペンタグラムの使用武器など知っている者は少ないはずだ。三人がドラゴンスレイヤーとして戦闘に出ていたのなんてバベル設立当初と緊急時だけじゃなかっただろうか。
まぁ美月さんはこっそり抜け出してドラゴンを狩りに行っていたが。
「煌葵が槍使い?」
その時不意に隣から声が上がる。ずっと黙っていたリュウが口を開いた。
「……煌葵が使用している武器は、槍じゃないはずだが?」




