第36話 夢の話、過去の話
家族団欒という言葉が似合わない家だったと思う。かの字もなかった。冷たい風がすぐ後ろで流れているような、心が安らがない家。それが俺の実家、東宮家だった。
意外かもしれないが家族仲が悪いというわけではなかった。勿論椿のことを例外とするならばの話だが。
父はいつも仕事が忙しそうだったが休みの日は勉強を教えてくれた。内容はざっくり言うと社会での生き方だ。
算数や国語、道徳など、小学生が学ぶ勉強を教えてもらったことはない。まあ、父に道徳が説けるのかは疑問だが。
父が裏社会の人間だと知ったのは確か十歳になる少し前だったから、もっと幼かった俺は父は跡継ぎに必要な知識を詰め込まれたことになる。子供が知らなくてもいいような社会の裏側の話を。
母は父とは違って世界の美しさを教えてくれた。あまり外に出ることを許されなかった俺に、行ったことのある場所の花の香りや空の色、空気の温度や虫の音なんかをそれはもう楽しそうに話す。そんなときの母はとても綺麗だった。
家で椿に会えるのは俺がこっそり会いに行ったときと食事の際だけだったが、それなりに仲のいい兄弟だったと思う。
食事は何故か四人で取っていた。普段はあれほどまでに椿を避けるのにと首を捻ったものだ。どうせ何か面倒なしきたりでもあったのだろう。
今でもまざまざと思い出せる。明らかに四人掛けではないテーブルの端に追いやられて食事をする椿。それを頑なに視界に入れないと決めている父。年々食べる量が減って瘦せていく母。誰も何も喋らない、音がしない部屋。
「――きさん……煌葵さん!」
呼ばれてる。少年の声だ。成長途中の、少しかすれてきた高い声。誰だ? 椿?
「ちょっと! 起きてくださいよ煌葵さん!」
うるさい。耳にスピーカーを突っ込まれているようだ。
「んあ……んだよ、報告書なら明日やるから……」
そう言うと煌葵はごろんと反対側を向いて寝直そうとする。
「寝るなよ! 俺の武器、水紗さんに聞いたらここにあるって言われたんだけど!」
ゆさゆさと体を揺すられて段々と意識が覚醒しだした。目の前には赤毛の少年が呆れたような顔をして立っている。
「なんだ……ナツキか。てっきり召使いの女の子が俺を呼びに来たのかと思った」
「どんな夢見てたんですか……」
冗談めかして言ったのだが、それに対して若干引き気味にナツキが返す。
「いやあ、普通の夢な。家族で飯食ってる夢」
「いい夢じゃないっすか。俺なんていつも一人で飯食ってたから羨ましいです」
羨ましそうにも、恨めしそうにもせずにサラッと出てきたその言葉に煌葵は苦笑する。
「いい夢ねえ……そんなんじゃなかったが……。んで? 何の用だ?」
「何の用だ、じゃないですよ。あんた、自分の仕事ほっぽりだしてこんなとこで昼寝してたの、凛さんにばらされたくないでしょ?」
「あー……はは、誰に似たんだか……」
ここは煌葵の秘密基地のような場所だった。言い換えればガラクタ置き場。倉庫のようなものだが、煌葵が占領している。
正式な依頼で武器を作る時はもちろん専用のラボに行くが、そうでない時はここに籠り作業する。
なんとなく頭に浮かんだイメージを、ここにあるガラクタを使って実際に形にしていくのだ。試作品の試作をする場所、といったところだろうか。
「武器は別の場所にある。ちゃんと調整も終わってるぞ。喜べ」
「喜べって言われても……予定よりずっと遅いんですけど」
「まあそれはちょっとトラブルがだな……。仕上がりは完璧だから許してくれ」
煌葵はへらりと笑って部屋を出る。くいっと顎でナツキに着いてこいと言うと猫背を揺らしながら歩き出した。
「つーか水紗の奴、ここのこと勝手に教えやがって……いいかナツキ、あの部屋のことは誰にも言うんじゃねーぞ、特に凛」
「えぇ……まあいいっすけど。今度なんか奢ってくれるなら」
「同じ配給品で暮らしてる中でまだ奢るとかいう概念滅んでないのかよ」
「……凛さんに言えばいいんでしたっけ?」
「あーー、今度新作の菓子が出るらしくてな、俺のコネで早めに買えそうなんだが」
ほぼその場しのぎのでまかせだか、そこは技術開発部の長として何とかするとしよう。
ナツキは煌葵のその言葉にニッコリ笑う。
「さ、早く俺の武器のところに案内してください」
「お前本当にハルに似てきたよな……」
二人は技術開発棟の廊下を歩く。向かうは持ち主を待つ双剣が眠っている整備室だ。
今回の調整はナツキの専属技師である水紗と煌葵が合同で行った。煌葵が火力を増幅させる回路を組み、水紗がナツキの手に馴染む様にバランスを調節する。
それを元に、今度はナツキの要望である細かいコントロールが出来るように回路を足していく。そしてそれをナツキの癖に合わせて水紗が微調整する。その他にも重量やマナの比率、負荷と切れ味などを調節していった。
時間がかかったのはその作業量の多さのせいもあるが、単純に煌葵の仕事が重なったからだった。機密なのでナツキには言わないが。
整備室にはいくつもの武器が並んでいた。どれも回路がむき出しでそれぞれが違う色に光っている。ナツキには簡単な回路を組むだけの知識もなかったが、単純にこの細かい光の糸が紡がれている光景には息を吞む。
綺麗だ。
「ん、これだな」
煌葵が一つのガラスケースの前に立つ。中には刃渡り三十㎝程の赤い剣が対になって寝かせてあった。
「見た目は、そんなに変わり無いですね」
「ああ、ちょっと装飾をいじったくらいだからな。まあ性能は前のとは月とスッポンだぞ?」
「スッポン……?」
「噓だろお前スッポン知らねえの? あー、いい、気にすんな。取り敢えず持ってみろ」
煌葵はガラスケースを開ける。ニヤリと口元をゆがめて見せた所から自信作だと窺えるが。
「……ちょっと重くなった」
「お、よくわかったな。刃の先に重心を移して、重さも少し変えてあるから基本的な攻撃力が上がったはずだ。筋力もついてきたから陸上での戦闘が多いお前はこれくらいでいいだろうって水紗がな」
「水紗さん、何も考えてなさそうなのに」
「実際何も考えてないと思うぞ。あいつの凄いところは全て計算された設計でも本人は『それが一番自然だと思ったからぁ~』とか言って片付けるところだな。根っからの天才肌なんだろ。感覚派ってやつ」
ナツキは手に馴染ませるように剣を握り直し、くるりと回す。すると双剣が入っていたガラスケースが真っ二つに切れた。
「あ……」
「おーーい……」
「す、すいません。つい……」
「この後模擬戦やるんだろ? そこで思う存分振り回していいからここでは大人しくしてくれ」
苦笑とともにナツキの背を押して部屋から出るよう促す。
「あ、そうなんですよ。今日はなんと、スペシャルゲストに我らがスターチス、リュウさんが来てくれるんです」
「へえ? あの寝坊助がか? じゃあその模擬戦、提案したのハルか」
「よくわかりましたね」
「ああ、じゃないとリュウは動かないだろ。精々取って食われない様に頑張るんだな」
連絡通路までナツキを送ると、後で訓練場にも顔を出すからそれまでに手に馴染ませて置いてくれ、と言って煌葵は踵を返した。
またあの部屋に戻るのだろうか。寝るくらいならこのまま一緒に訓練場に着いて来てくれればいいのにとナツキは独り言ちた。




