表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月光に咲く花の如く  作者: 夜妬
第3章 孤児院
38/48

第33話 彼は春に目を覚ます

いつもより残酷な描写 (グロ)が多いです。ご注意ください

 二月十四日━━分厚い雲の隙間から零れる光がふわりと小さな雪を光らせる。

 それはゆっくりと舞い降りて、少年の手のひらで溶けて消えた。吐く息が白く染まり、少年の顔は赤くなっている。あまり温かそうとは言えない格好の少年ははぁっと息を吐いて手を揉んだ。


「━━あれ? ソラ?」


 ふと、少年の背後から声がかかる。少年が振り向くと、驚いた表情を浮かべた少女と目が合った。大きな目をさらに見開き、キラキラとした茶色い瞳を覗かせている。


「え、え、なんでいるの!? どうしたの?」


「んー……迎えに来た」


「迎えにって、なんで、え? ちょっ、どういうこと?」


 少女の質問攻めにへらりと、ソラと呼ばれた少年が返すと、少女は困ったようにはにかんだ。落ち着けよと言われていると分かったからだ。


 どうしてここが分かったのか、なぜこんな遠いところにいるのか、まだまだ質問し足りないと少女が口を開こうとする。

 それをソラはそっと制した。


「なぁアメ。俺に、俺にさ、隠してること……いや、話したいこと、ないか?」


 アメはその言葉に一瞬で手足が氷水に浸されたかのように冷たくなった。


 ━━隠していること。


 ドラゴンスレイヤーとしての訓練を受けていること。今日も本当は、食糧を探しに来ているのではなく訓練でここにいること。シェルターから分けてもらったと嘘を吐いてバベルからの配給品を持ち帰っていること。たまに、バベルの食堂で普段では考えられないほどしっかりした食事を家族に内緒で食べていること。


 いっぱいあるのだ。アメにとって、この数ヶ月は隠しごとばかりだった。

 ソラは勘が鋭いから気付いているのかもしれないと何度も思った。本当は話してしまいたい。言いたいことが沢山あるのだ。でも、話せないことも、沢山ある。

 だからアメは今日も笑って誤魔化した。


「話したいことなんていっぱいあるよ。今は寒いから洗濯はまとめてしたいのに後から洋服出してくるのやめて欲しいなぁとか、あと、薪割りサボって食べ物探しに行くなーとか」


 今は誤魔化すしか出来ない。


「いやぁ……はは、悪い。チビたちに沢山食べさせてやりたくて」


「そのチビたちが寒くてガタガタ震えてたでしょーが」


「はい……すいません。帰ったら夕飯作るの手伝うからさ」


 ソラはアメに手を差し出した。ごく自然な動作で、流れるように、アメの目を見て。

 アメはその手を取ることを躊躇う。恥ずかしいのだ。仲良く手を繋いで衰退した荒野を掛けるなんて歳じゃないのだ。


 右のポケットに入れた小さなチョコレートが熱を持っている気がする。どうかその熱が顔にまで届きませんように。

 そう思いながらソラの手を取ろうとした。


 ━━取ろうと、したんだ。


 背後で訓練所の時計がカチリと十四時を指した。



 ▽▲▽▲▽▲



 支部の中はどこもかしこもS級ドラゴンの出現でてんてこ舞いだった。

 バベル最上階のこの部屋でも、ひっきりなしになる内線の対応とデータ処理に追われる二人、椿と美月の姿があった。


 今までにないほどの被害が出ている。

 本来であれば二人も出撃するべきなのだが、歪みが観測されてからそのドラゴンは一瞬にして周りの全てを破壊し消えた。

 二人の出撃も許さないほどの速度でだ。二人は被害状況の把握に徹するほかなかった。


 そんな部屋に、一人の男が飛び込んできた。煌葵だ。


「お前無事だったんか!? 連絡も取れへんし……おま、それ、どうした」


 息を切らす煌葵は全身が血にまみれていた。そしてその腕に抱えられているのは肉塊。ぽたぽたと床に赤く広がる血はとどまることを知らない。


「頼む、こいつを助けてくれ! 医務室はいっぱいで人手が足りないんだ!」


 どれだけ急いで来たのだろう。煌葵の喉は穴が空いた管のようにヒューヒューと音を鳴らしている。


  「兄さんそれはもう人間じゃないだろう原型をとどめていない」


 腕、足、体、それぞれのパーツはまだ組み立てていない人形のようで、それを人だとは言えない。そう椿は諭すように言うが煌葵は聞く耳を持たない。

 まだ心臓は動いている、今ならまだ間に合う、手伝ってくれ。そう言って頭を下げる煌葵の腕の中から何かがこぼれる。人を形成していた何かが。


「頼むからッ……」


 あの煌葵がここまで必死になっているのは初めてのことではないだろうか。

 それまで兄弟を傍観していた美月が口を開く。


「……わぁったよ。でも勝率は低い、そう思っとってな」


 その言葉に安心したようにふっと息を吐き出してありがとうと煌葵はまた頭を下げた。




「うーん……とりあえず血管からやなぁ心臓止まったら元も子もあらへんし」


 煌葵の言ったように心臓はまだ動いていた。かろうじてという程度だが。それ以外はどんな状態なのか、本当に治せるのか誰も分からなかった。三人とも医学はからっきしなのだ。だからこれからやることは医療行為ではない。

 ならなんなのだと聞かれても答えられるものは居なかった。


「椿はできるだけ出血を抑えてくれ。まずは回路を組んで人型にする。どこまで人間にできるかはこの回路次第ってとこやな。煌葵お前半分やれよ?」


「ああ、でも俺回路は専門じゃねぇ」


「大丈夫やって。俺の見て真似してみな、ゆっくりやってやるから」


「おい、回路は専門じゃないが、技師としてはお前の次に腕が立つのが俺だろう? 舐めすぎじゃねーの?」


「はいはい。とりあえず肉体の記憶からコピーしてみよか」


 そう言って、美月はすっと空中を人差し指でなぞる。すると淡い光を纏った一本の糸がふわりと指先から漂った。それはみるみるうちに植物がツルを伸ばすようにするすると枝分かれしながら伸びていく。

 そうして瞬く間に大まかではあるが人の形になった。回路というより血管のようだ。


 煌葵も負けじと糸を繋ぐ。時折絡んだり止まったりしながらそれでも美月のように少しずつ形作っていった。


 パーツ一つ一つの損傷が少なかったのは幸いだった。プラモデルみたいだと美月が言う。命を感じられない人間というのは、ここまで物として見ることができるのか、そう三人は思った。

 出来た回路に壊れた体を乗せていく。繋ぎ合わせた回路はいつしか本当に肉体の一部となるだろう。

 時折手直しをしながら医療行為とも呼べない、蘇生に近いその治療は何時間もかけて1人の人間の体を作り上げていった。


「俺、一旦司令室行ってくる」


 血管を回路で繋ぎ合わせ、ほぼ出血の心配が無くなった時椿はそう言って部屋を出た。


「うん、まぁ結構いい感じなんとちゃう?」


 美月は笑う。疲れも見せずにケラケラと。

 だが、その瞳は暗く深く、そこだけ別人のようだった。


「外れた関節もとりあえず繋げた。心臓も動いてるし呼吸も正常。外傷が酷いがまぁそのうち治るだろ」


「うんうん、良かったなー煌葵。この子あれやろ? なんやっけ、お前が好きだって言った……あーあ、ア?」


「アメ、な。つか好きなんて言ってねーし」


「アメちゃん、そうそう。たまぁに食堂で見かける小柄で栗色の髪がキュートな子。そういやめっちゃ軽かったなぁ……って好きとちゃうん?」


「いつ、誰が好きっつったよ。て言うかおい、軽かったってなんだよ」


「いやぁナンパしてたからてっきりそういう趣味かと……」


「やめろよ……つか軽かったってなんだよ」


 緊張の糸が切れたのか二人は軽口を叩く。手は止めないが先程よりいくらかゆっくりだ。


 くすくすというお互いの笑い声が徐々に小さくなってまた部屋に沈黙が訪れた時、なあ、と美月の声が鋭く煌葵の耳に届いた。


「ところでさぁ、このもう一人は誰なん?」


 煌葵の手がピタリと止まる。


 美月は作業を続けている。煌葵には目もくれない。だが、その冷たい声はお前を見ているぞと言っていた。何か変な事をしたら殺すことも視野に入れていると。


「だんまりかぁ……まぁいいや。俺の推理聞いてくれや」


 少し緩んだ美月の声に煌葵が作業を再開する。折れた骨を、ゆっくりと回路を紡いで固定し修復するのだ。


「お前さ、ここに入ってきた時に『こいつを助けてくれ』って言ったの覚えてるか? 確かにボロボロでぐちゃぐちゃだったから分からへんかったって言われればそれまでなんやけど、その時点で二人抱えてたやんお前。せやけどこいつらじゃなくてこいつって言った」


 煌葵、そう呼ぶ声は嫌に優しく、諭すようでいたたまれない。


「お前が助けたかったの、本当にアメちゃんか?」


「美月……」


「いや、いい。何も聞かへんから俺の話とりあえず聞いて? 初めにざっくり回路を組んだ時おかしいなって思ってん。明らかにバランスが悪いなって。それでさ、出来た回路は男やったのにお前何も言わへんしな。俺の勘違いかなって思ったんやけどさ、風のエレメントで編んでも肉体に拒絶反応起きんかった。このアメちゃんじゃない方の男の子さ、やっぱただの人間じゃないんやろ?」


「…………」


「お前が裏切ったら殺す。ドラゴンよりも驚異になりかねへんさかいな。美月にも遠慮はせえへん。そうじゃなくてもな、お前が隠し事してるのは気に入らへんし。まぁでも、お前が必死こいてるとこ見んのは悪うなかったな」


 この話は終わりとばかりに美月はにししと笑った。



 ▽▲▽▲▽▲



 司令棟の東にある医務室。そこにはシンプルな机と椅子、そしてごちゃごちゃと薬品や医療器具が入った棚がある。そしてその奥にはベッドがひとつ。そこに一人の少年が寝ていた。


 継ぎ接ぎだらけの体には包帯が巻かれ、顔のガーゼは取れたもののまだ傷跡が残っている。栗色の髪は長さがバラバラだ。


 季節は巡って春になった。少しずつ気温も上がり、この部屋に射し込む光も温かい。


 そんな部屋に一人の少女が入ってきた。足を引きずりながら、その少女は持ってきたハルジオンの花をベッドの横に置いてあった花瓶に生ける。


 その時、ピクリと少年の指が動いた。その後瞼が開く。

 明るい茶色の左目と、白く濁った右目が、ゆっくりと、少女の姿を捉えた。


 少女は泣いていた。

 

これで3章は完結

次はあの兄弟の話です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ