第26話 新しい日常
「アメ……アメ! おい起きろ。 今日は俺らが朝食当番だろ」
まだ朝日が低木を照らすとき、小鳥の声が目覚まし代わりの教会に一人の少年の声が響いた。
「……う、あー……翔真? おはよ……」
かろうじて毛布と呼べなくもないぼろぼろの布から身を起こしたアメは、半分も開いていない目を擦った。
「お前本当に寝汚いよなぁ」
翔真はピョンと跳ねるアメの寝癖を軽く梳かして直してやり、立ち上がるアメに手を貸す。
どちらが年上なのか分からないほどに面倒見のいい弟にアメはそっと微笑んだ。
━━『崩壊の日』から数年が経った。
アメは今年で十二歳になる。
あの日、あの時、ソラの手を取ってよかったと━━そう思える毎日を送れていた。
一人も欠けることなくみんなで生きてこれた。中には家族と再会して去っていったものもいたが、命を落としたものはいない。
こんな世界でも小さな幸せを見つけることができると、そう知ることができたのもソラのおかげだった。
何か、恩返しが出来ればと思うのだが、生憎と何も持ち合わせてはいない身だった。
せめて美味しい朝食を作ろうと意気込んで、アメは腕捲りをする。
どこからかくすねてきたというカセットコンロで、変形した鍋にお湯を沸かす。
その中に乾燥した豆と、教会の裏で育てた野菜を入れる。味付けは塩だけ。シンプル、というか質素なスープだ。
翔真がスライスしたパンをサッと火にかざして軽く焼き、その上に植物油と甘塩っぱいソースを塗ってレタスを乗せ、水にくぐらせた干し肉をトッピングする。
小さい子達は干し肉の大きさでケンカするのでできるだけ均等になるように注意する。
パンを乗せた皿に、教会の近くに元々成っていた木苺を添えて完成だ。
豆、パン、干し肉は、東京湾にできたミカエル日本支部という所からの配給品だ。そこはバベルと呼ばれているらしい。誰が付けたか知らないが、随分な名だなぁという印象だった。
レタスは近くにできたシェルターで、気前のいいおじさんがくれた。いくつかの調味料もだ。
前よりもずっと豪華な食事にありつけていると思う。そのお陰か、みんな大きな病気にもならずにやってこれているし、さくらをはじめとする年少組もすくすくと育っていた。
最近は年少組がしっかりと留守番できるようになったため、アメやソラは遠出して散策している。
食料があれば最高だが、その他にも生きていく上で必要になる消耗品、服や毛布などを探しに行く。
育ち盛りの子供には、配給される食料だけでは足りない。
外でよく遊ぶ年少組はすぐに服が破けるし、汚れを落とすための水も貴重だ。
水はシェルターにある井戸から組んでいるのだが、有限の資源を消費する子供を大人達は良く思わない。
出来れば他にも水を調達できる場が欲しいのだ。
確かに、ミカエルという組織の指揮により、世界は確実に元の姿を取り戻しつつある。
バベルは、驚くべきスピードで完成した。
壊れて復興の目処も立たないうちに、どこから持ってきたんだと言うほどの資材を費やし急速に出来上がった巨大要塞。
そこのドラゴンスレイヤーと呼ばれる人達によって格段にドラゴンによる被害は減ったと思う。
以前は至る所にうようよいた小さなドラゴンも見かけなくなった。
初めてドラゴンスレイヤーが戦っているのを見た時、心が震えたのを覚えている。
━━それは魔法だと思った。
水や、炎を操ってドラゴンを倒す━━ヒーローだと思った。
助かったのだと、もう大丈夫だと、怖いものは何も無いと思った。
だが、ドラゴンスレイヤーは呆気なく死んだ。
ドラゴンスレイヤーは人間。
人間は、脆い。
何もかも大丈夫なのだという安心は一瞬にして消えた。
今もドラゴンは脅威で、どこからともなくやって来ては理不尽に人の命を奪う。
結局、希望を持っても何も変わらないと学んだ。
なら、希望など持たず、ただ一日一日を大切に過ごそうと思った。
助けられたこの命を、大切にしよう。
狭い教会で肩を寄せ合うのも、まぁ悪くないと、そう思う。
もっと広い場所に移ろうと考えたが丁度いい建物も探しているがなかなか良い条件が揃わない。
ならば下手に探さず、この場所をもっと良いものにしようという考えに帰着した。
そのためにも、自分の役割をしっかり果たすのだ。
アメは朝食を食べながら、今日は何をしようかと考える。
ステンドグラスからカラフルな光が溢れていた。
少し遠出しようかな。穀物の種を探したい。
今裏手で育てている野菜も、あまりいい出来だとは言えないし、もっといいものを作りたい。
美味しそうに自分が作ったものを食べてくれる妹や弟、そしてソラ。
彼らのためにもっと、もっと頑張ろう。
━━そんな事を考えるアメは思いもしなかった。今日、ある一人のドラゴンスレイヤーに出会って、自分が訓練兵になるなんて。
そして、それが一つの悲劇を巻き起こし、自身を破滅へと導くものだということを。
何かの歯車が回り出したのか、誰ががその歯車を回したのか




