第25話 出逢い
蝶が私の夢を見ているのか、そ私が蝶の夢を見ているのか、それとも━━
━━夢を見る。昔の夢だ。
それは多分、現実に起きたことで━━だから本当は記憶と呼ぶべきものだ。
そう、これは昔の記憶だ。でも、俺のものじゃない。
だから、だから……これは現実に起きた、誰かの、夢。
▽▲▽▲▽▲
痛くて、寒くて、耳が壊れるくらい煩くて……でも、それら全部が分からなくなるほどに確かにあったのは絶望。
『崩壊の日』に全てを失った。
家族、友人、大切な故郷、生きる理由。
全てを失って数日、このまま死ぬのだろうか。こんな、何も無いところで、何も無いまま、涙も流せず朽ちるのか。
━━それも、いいかもしれないな。
だって、生きていたって何になるのだ。
一般的な家庭に生まれ、何不自由なく暮らし、学校に行って友人と笑い合い、楽しい日々を送っていた。
その日常が一緒にして消えた。消え去った。
まるで初めからそんなもの無かったのだと言わんばかりに綺麗さっぱり、全て手の中から零れ落ちた。
まだ幼い自分には、その状況から一人で立ち上がる力など無かったのだ。
近くでビルが倒れ、火事が起き、黒煙がここまで流れてくる。
咳をする気力もなく、カフカフと喉が乾いた音を鳴らした。
お腹が空いて、お腹が痛い。全身が傷だらけで髪もボサボサだ。
目が開かなくなってくる。
━━あぁ……死ぬ、死ぬんだ、ここで。
━━たった七年、七年しか、生きてないのに……もう……。
そんな時だった。子供の声が聞こえた。それはもうはっきりと、無邪気な笑い声と、それをたしなめるような声と、その他にもいくつか。
その中でひとつ、世界が壊れる音を、もう聞きたくないからと塞いだ耳にも届く声があった。
「━━おい、お前まだ生きてるだろ」
ゆっくりと顔を上げると一人の少年が仁王立ちしていた。
逆光で顔が見えない。だが、その声は灰色のこの景色に似合わないほど穏やかなものだった。
多分同い年くらいだろうな。後ろにもいっぱい子供がいる……もっと小さい女の子もいる。
もしかして自分は死んだのだろうか。だから年の近い子供が迎えに来たのか。天国とかあるのかな━━そう、思った。
だがその少年は、しゃがんで目を合わせ、太陽のような笑みを浮かべてこう言うのだ。
「俺はソラ。お前の名前は? てか喋れるか?」
「っ……ぁ、わ……私はアメ……」
「そっか、じゃあアメ、俺たちと来いよ━━一緒に生きよう」
掠れた声で返事をしたアメに、彼は手を差し伸べた。
ソラと名乗った少年の、まだ小さく、だが確かな温もりがあるその手を握り返した。
━━その瞬間、アメの運命は大きく動き出したのだった。
▽▲▽▲▽▲
ソラ達との生活は新鮮なものだった。
身寄りの無い子供達が集まり、協力して生きていく。
住処はまだ廃墟となっていない教会。
郊外の木々に囲まれた場所に隠れるようにして建っている。
ドラゴンに見つからずに綺麗なまま残っているその一角は、やたらと色付いて光って見えた。
ソラという少年は、ここではリーダー格らしい。
自分よりも小さな子の面倒を見つつ、率先して食糧を探しに外に出る。
ドラゴンが怖くないのかと聞いたら、怖いさ、と返ってきた。
「いつ見つかるか分からないし、食べ物を探しに出た家族が帰って来ないかもしれない。怖くないわけないだろ?」
その時初めてソラが同じ教会に住んでいる子供達の事を家族と呼んでいる事を知った。
私もその中に入っているのか、そう聞こうとして、やめた。不自然に口をもごもごとさせるアメを不思議に思ったかもしれない。だが、ソラは何も聞かなかった。
体の細かい傷が癒えた頃、やっと他の子供達とも打ち解けてきた。
アメちゃ、アメちゃ、とにこにこと傍に寄ってくるのはさくらという名の女の子でまだ四歳らしい。
上手く話せないながらもアメの体を気遣い、よく教会の周りに咲く花をくれる。とても優しくて曇りなき眼の少女。
そのきらきらとした笑顔に救われた面も大きい。
そしてさくらの実の兄、翔真。
彼はアメより一つ年下だったが、兄だからか面倒見がとても良かった。ぶっきらぼうで言葉が足りない事も多いが、些細な事にも気付いて心配してくれる。
ソラと翔真はとても気が合うらしく、よく二人で外に出ていた。
時には日が落ちるまで帰ってこないが、そんな時は決まって沢山の食べ物を持ち帰ってくる。
どうしたのだと聞くと、遠出してまだ建物が多く残っている場所を見つけ、そこで漁ってきた戦利品らしい。
危ないから止めろと言っても聞かないので二人の冒険を止めるのはいつしかしなくなった。
それに、皆のために、美味しいものを探したいのだと言われると止めることも出来なくなってしまうのだった。
「私も、今度連れてってよ」
自分もこの中では年長者だ。いつまでも守ってもらってばかりではダメだと思った。
それに、恩もあるのだ。役に立ちたい、役に立たせてくれと言うと、ソラはあの日と同じように笑って頷くのだった。
いつ死ぬか分からない危険と隣合わせの毎日。
だが、妙に温かく充実した日常が、アメの中で少しずつ当たり前になっていった。
━━それは夢であり、虚像であり━━現実であり、希望であった




