第23話 夢と壊れた現実
3章の始まりは不思議な夢から
━━なんだ……? この、懐かしい感覚。温かくて、心地いい。
『……メちゃ……アメちゃ……!』
女の子の声だ。小さい女の子の声。誰かを、呼んでいるのか?
『アメちゃ! ごはん! 当番だよ……おーきーてー!!!』
ああ、そうだ、朝食を作らないと。今日は俺が当番で━━あれ? アメって誰だ?
『アメちゃ、早くぅ……』
『ん……ごめんごめん。そうだね、私が作らないと、皆お腹空いちゃうね』
━━今日は私が、朝食当番だ。そう、私がアメ。
……それなら、俺は……誰だ?
━━ガバッと勢いよく布団を蹴り上げ、飛び起きる。
隣で眠るリュウの毛布まで捲ってしまい、呻き声で抗議された。
「……ん、なんだ? 怖い夢でも見たのか……?」
寝起き特有の少し掠れた低い声。
リュウは起こされたことを怒るでもなくただハルを案じていた。
「いや、なんか……思い出せないけど、懐かしい夢だった気がする……」
無理に夢の内容を思い出そうとすると、右目がつきりと痛んだ。
ハルは眼帯を着け、右目を押さえながら大部屋を出ていく。
その後ろ姿を眺めていたリュウは、くあっと大きな欠伸をして、また布団に潜るのだった。
▽▲▽▲▽▲
バベル中央にある食堂へ続く連絡通路。
朝食を取りに行こうとするハルとは逆方向にばたばたと何人もの職員が走っていく。
緊急事態だろうか。
だが、ハルの元へはドラゴンの出現情報も、出撃要請も届いてはいない。
首を傾げながら食堂に入るハルは、そこでよく知る顔を見つけた。
部下の麗央と、後輩のナツキだ。
同期で仲が良い二人は、よく共に食事を取っているところを見かけるが、今は何やら言い争いをしていた。
上気した顔で、先程職員が走って行った方向を指差すナツキ。
それを呆れた顔でたしなめる麗央。
やはり何やらトラブルが起きたようである。
「……どうかしたのか?」
ハルがそっと話しかけると、興奮した様子でナツキが説明してくれた。
「今、下でデモが起きてて! それを見に行こうって麗央と話してて」
「ちょ、俺は行くなんて言ってないぞ!?」
ハルの様子を気にしながら慌てふためき否定する麗央。だが、彼の予想に反して、ハルの反応は軽いものだった。
「デモ? あーじゃあちょっと見に行こうか」
「え、ハル様なら……野次馬などするな、とおっしゃるかと思ってたのですが……」
きょとんと目を瞬かせる麗央をよそに、くるりと踵を返して歩き出すハル。
その足取りは、心無しか軽い。
「まぁ少し気になることがあるんだ」
ハルはそう言ってふっと口の端を上げた。
その目がとても冷たい色をしていたことに、二人は気付かなかった。
三人は、バベルの下層、地上に繋がる橋がかかったすぐ側の通路に行くことにした。
そこならば開けていて外の様子がよく分かり、それでいてデモ隊と直接関わり合いになることは無い。
通路を進んで行くと、シュプレヒコールが聞こえてきた。罵声や怒号も飛び交っている。
━━その内容は、一言で言うならばミカエルへの批判。
「……クソッ、あいつら、こっちがどんな思いして毎日毎日命を削っているか、知らないくせに!」
ナツキがグッと拳を握る。苦しそうに、悔しそうに、ただ今に耐え目を伏せた。
「『ゲオルギオス』の人達だって、思うところがあるんだろ……」
『ゲオルギオス』とは、反ミカエル派の人々の事である。
ヨハネの黙示録に登場する大天使ミカエル。そのミカエルと同じように、ドラゴンを討伐したとされる聖人ゲオルギオス。
デモ隊の人々は、おそらく最大の皮肉を込めて自らそう名乗っているのだろう。
「━━お前らのせいで日本はめちゃくちゃだ!」
「ドラゴンもお前たちが操っているんじゃないのか!?」
「お前らのせいで、『赤死石』の呪いにかかって母が死んだ!お前らも殺してやる……!」
涙を流す者がいた。
いくらこちらが頑張って日本を守っていたとしても、届かないのだ、彼らには。分からないのだ。ドラゴンスレイヤー達の叫びが。
彼らには彼らの正義がある。
赤死石の呪い。ドラゴンと共に空の亀裂から降ってきた、死をもたらす石。
『崩壊の日』に、多くの人々を殺したのはドラゴンだけではない。
死んだ大人の大半はこの赤死石のせいだ。
本来の名は飛蒼鉛というのだが、赤黒く、死を誘う為にそう呼ばれるようになった。
まだ技術開発部で研究中ではあるものの、その恐ろしさは明らかになってきている。
その死をもたらす赤い石はまだ各地に散らばり、撤去作業が終わってない。
そのせいで命を落とす者がいる。
だが、足りないのだ。バベルでも、職員が足りない。技師が足りない。ドラゴンスレイヤーが、足りない。
━━この世は、命が刻々と失われていくのだ。
「チッ……あいつら、こっちが下手に出りゃいい気になりやがって……」
「エレメント適合しない奴らなんか殺しちまえばよくね?」
バベルの職員が戻ってくる。司令部の末端員。
その二人が目の前を通った瞬間、ハルの両腕が目にも止まらない速さで襟首を引き寄せ、職員を拘束した。
にっこりと、美しく笑いかけるハル。
だが、首元に掛けられた手には少しずつ力が込められ、血管が浮き出る。
「いくらなんでも酷い言い草だな。椿さんに報告してやろうか?」
その表情とは裏腹に、ドスの効いた地下深くから湧き上がるような声。
背後にいるナツキと麗央が怯えようとお構い無しに、ハルは雑に手を振り二人を解放する。
その顔からは一切の感情が消えていた。
腰を抜かしたのだろう、よたよたと懸命に走り去る二人。
もしかしたらしばらくは仕事が出来ないかもしれないな、などとハルが考えていると、恐る恐る後ろから声がかかる。
「……珍しいですね、ハル様が、その……」
「興味無いのかと思ってたけど、そんなに怒るなんて、なんかあったのか……?」
怯える部下と心配する後輩。
二人に向かって今度は本心で微笑みかけ、安心させるようにそっと息を吐いた。
「デモ隊の最前列、プラカードを持った赤毛の男の子が居るだろ?」
ハルが外を指差す。確かにそこには、プラカードを持つ痩せた少年が居た。
「あれさぁ……弟なんだよね」
3章開幕!主人公の過去と、世界崩壊の謎に迫る章になります。お付き合い頂けたら嬉しいです!




