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月光に咲く花の如く  作者: 夜妬
第2章 「むかしばなし」
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第19話 糸と風・下

吾輩はB級ドラゴンである。名前はまだない。

 ━━まずは相手の出方を見る。


 どれだけドラゴンの前で緊張し、高ぶっていても頭だけは常に冷静でなければならないと教えてくれたのはアルスだ。


 一度大きく息を吐き、それから肺いっぱいに潮風を取り込む。


 海が近いせいか風が強かった。だが、風はハルの味方だ。ハルの一部だとも言える。


 蛍光色の体をしたドラゴンは、こちらの存在には気付いているものの、何か仕掛けようとはしてこない。


 ━━ならばこちらから行かせてもらうまでだ。


 刀を構えグッと踏み込む。すると、ハルのマナに反応するかのように回路が光った。


(ん……? これは……)


 その時ふと、小さな装飾に気付く。

 刀の刃の根元、棟区(むねまち)と呼ばれる部分の少し上に桜の花びらが彫ってあった。


 回路が起動しないと見えない仕組みのようだ。煌葵の言っていた『戦ってからのお楽しみ』とはこの事か。


 遊び心があると言えばいいのか。なんと言うか……無駄に茶目っ気がある。


 ハルの羽織の模様とおそろいになっているようだ。随分と粋な事をしてくれる。


(まあ、それよりも気になるのは性能だけどな)


 手始めにその大きなヒレを切り落としてやろう━━そうハルは刀を振った。


 ━━ズルッ……。


(え、す……()()()?)


 渾身の力で振った刀。前回よりも風に乗るそれを、最大のスピードで振りかぶった。


 自慢じゃないが、今の太刀筋は美しく完璧だったと言える。


 ━━なのにどうして、とすぐに体勢を立て直し振り向く。


 確実に相手の体に刃が入った。それは分かった。なのに、なぜ……。


(なぜ傷がない……!)


 あのB級、他のドラゴンとは違い鱗がとても小さい。魚のようだ。


 おそらく、鱗自体薄く防御力などほとんどないだろう。それならば……。


(とりあえず定石通りに叩き切る!)


「……クソ! なんでだ? キリがない……!」


 何度斬撃を重ねただろう。


 息が上がって来た頃、異質なB級についていくつか分かった事があった。


 まず一つ目、奴の体がゼリーのような物質で出来ていて攻撃してもすぐに回復する事。


 そして二つ目、これはおそらくだが、奴のコアが体内を移動している事。


 ━━さっきから何度も何度も、それこそ何百回と奴の体に傷を負わせている。


 刀の調子がすこぶる良いため、普段の何倍ものスピードで攻撃出来る。


 さらに、刀が自分の体の一部になったかのように違和感無く自由自在に操れた。


 体が重力に縛られていないかのように軽く、疲れも全然無い。


(煌葵さん、ありがとう。この刀すげーよ!めっちゃ速いし軽いし扱い易いし……桜の花びらあるし!? でも━━)


「あのドラゴンの回復スピードの方が早ぇ!!!」


 切ったそばからゼリーが溢れてくるように傷が消える。正直に言うととても気持ち悪い。


(え、これ俺の仕事じゃ無くね……? ナツキの炎で焼くとかそういう感じじゃないとダメなやつでは……?)


 格好付けてユキに一人でも大丈夫だと言ってしまった手前、誰かに助けを求めるなど出来なかった。


「━━ハルさん! 大丈夫ですか!?」


 あぁほら見ろ……後輩が心配してトラップそっちのけで来てしまったじゃないか。


 大丈夫では無いが、このドラゴン、攻撃らしい攻撃をしてこないのでダメージは一切受けていなかった。


「大丈夫、いや、大丈夫じゃねぇな……悪い、兄さんに繋いでくれるか?」


(こいつ、ヒレがあるってことは海から上がってきたんだ。 なら多分兄さんの方が……)


 ザザッと一瞬のノイズの後、なんだ、と低くくぐもった声が聞こえてきた。また徹夜明けだろうか、いつもの爽やかさが皆無だ。


「兄さん? ごめん突然、これ見えてる?」


 通信が繋がり、映像としてこのドラゴンの様子も兄さんに届いているはずだが……。


『ああ、見えている……こいつ、ペンキでもぶちまけたのか?』


 ……そう思うのも無理はない。


 定期的に海を調査している水のエレメントの兄さんなら何か知っているかと思ったのだけれど、と状況を説明する。


『━━悪いが、そんな個体見た事ないな。 だが、今聞いた特徴に似た個体は倒したことがある』



 ▽▲▽▲▽▲



 ダメ元で、博識で頼れる兄貴分に連絡を取って良かった。そう思えるくらいの情報は手に入った。


 ━━その戦略が自分にできるか、という事は置いといてだ。


 アルスの話では結局ユキの手を借りないと倒せないようだった。

 生け捕りにしたいのだ、とアルスに相談したらやめておけと一蹴された。倒せない奴を捕まえられるわけが無いだろうと。


 その通りだ。B級にここまで手を煩わされるとは予想外だった。


「ユッキー、準備できた?」


 ハルの傍で地面に手を着いたユキに声をかける。その地面のマナ濃度が濃くなっていくのが分かった。


「いつでも大丈夫です。 ハルさんのタイミングでどうぞ!」


「了解」


 ふぅっとハルは息を吐いた。正直なところ、ユキが大丈夫でも自分が大丈夫じゃなかった。


(兄さんなんて言ってたっけ……確か『脳が発達しているため攻撃に合わせてコアを移動させる事が出来るようだ。 頭を切り離してしまえば問題は無い』だったか?)


 その切り離す作業が出来れば苦労してないのだが。


 切り付ける事すら出来ていないのに切り離すなど出来るのだろうか。


(いや、やるんだ。 信じろ、自分とこの刀を)


 一度の踏み込みでB級の間合いに入る。


 ━━ヒュッと風を切る音と共にB級の首へ刃が吸い込まれていく。

 だが、切り付けたそばから傷口が閉じていくのが見えた。


(うわぁ……心が折れそうだな)


 ユキが見ている手前、諦めるわけにも、攻撃の手を緩めるわけにもいかない。


 すぐにまた刀を振るう。だが即座に回復してしまう。


 ━━攻撃。回復。攻撃。回復。


(もっと速く、速く! 信じろ! 煌葵さんの回路はこんなもんじゃない!)


 刀を持つ手が痛い。力を入れ過ぎているせいだ。だが、それに応えるように回路がキラキラと煌めく。


(俺は、ペンタグラム三等星、ハルジオンはこんなもんじゃねぇだろ!!!)


「うおぉぉぉらぁ!!!」


 ━━周り一面全てを巻き込む風が吹いた。


 ハル自身が、風になっていた。


 文字通り、目にも止まらない速さの一太刀。


 ━━ベシャッという不快な音を、地に落ちたB級の頭が発する。


「ユッキー!」


「はい!いきます!」


 もう動く事の無いコア目掛けてユキの攻撃が繰り出される。


 黄金の光が地面から天に昇り、B級の体を貫く。


 細い光は的確にコアを捉え破壊した。


 ━━その瞬間、B級の体は液体となり、バシャッと地面を濡らした。


 これにて、異質なB級ドラゴンとの戦闘は幕を下ろした。

ユキとの合同任務編は以上です。次はナツキの過去話になります

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