第17話 美しき証は血管のように
「ねぇ、煌葵さん。 やっぱり大切なライバルが居なくなって寂しい?」
コツ、コツ、と煌葵の足音だけが、誰もいない廊下に響く。
多忙なはずの技術開発部長は、今日は珍しくいつもの作業着ではなくワイシャツに白衣を着ていた。
向かうは戦闘防衛棟上層、ハルの自室だ。
目的の部屋の前で煌葵は立ち止まる。人の気配のないフロア。だがそれでも煌葵は警戒するように辺りを一度見回し、そっとドアに触れるとノックはせずに中に入った。
部屋の中には白銀の世界が広がっていた。とは言っても、舞っているのは雪ではなく純白の羽だが。
「━━✕✕、大丈夫か」
煌葵は部屋の中央にあるベッドに近付いて行く。踏まれた羽がキラリと光って消えていった。
「……その名前で呼ばないでって、前も言いましたよね、煌葵さん」
部屋にある唯一の家具であるベッド。その上には膝を抱える一人の少年、いや、少女がいた。まだ十二、三歳くらいだろうか。
少女は翼を広げたまま、少しだけ顔を上げて煌葵を睨むように見る。
「はいはい……だけどなぁハル、俺も前に言ったはずだぞ」
煌葵は呆れたように少女、もといハルを見た。
「━━そうなる前に俺のとこに来いってな」
ベッドの上の眼帯を取り、ポケットに入れると煌葵はそっと天使を抱きかかえた。
煌葵は誰もいないことを確認して部屋を出る。
顔を隠すように、ハルは煌葵の肩口に顔を埋めた。
誰も通らないような通路をいくつも抜け、辿り着いたのは煌葵の研究部屋。
技師達が普段作業しているような部屋ではなく、どちらかと言えば白を基調とした病院の一室に近い。
一見手術台にも見える台の上にハルを下ろすと、煌葵はグッと白衣の袖を捲る。
「よし、じゃあ始めるぞ」
翼を消したハルの背を、背骨に沿ってつうっとなぞる。
すると、背中一面に淡く光る回路が浮かび上がった。
それは所々が途切れ、色が褪せている。よく見ると傷も入っているし、今にも切れそうな箇所が多々あった。
「お前さぁ、もっと早くメンテナンスしに来いよな……これじゃあいつ完全に回路が機能しなくなるかわかったもんじゃねぇ」
赤い糸を紡ぐように、煌葵は丁寧に回路を直していく。いくつもの光が束ねられ、組まれていく様子はそれ自体が芸術作品のようだった。
「そう言えばこの前の戦闘で怪我したんだって? 凛から聞いたぞ」
「あー、バランスが取れなくて、ちょっと……」
それはそうだろう。
左右の腕に伸びる回路がプツリといくつか切れている。これでは、左右の腕の長さが違うようなものだ。バランスが取れなくて当たり前だった。
回路が血管のように張り巡らされた小さなハルの体。そこにはいくつもの傷跡がある。フランケンシュタインみたいだと思ったこともあるほど継ぎ接ぎだらけの体だった。
本人は、まるでキメラのようだと笑っていた。
━━ハルをこんな体にしたのは煌葵だった。
ゆっくり、だが確実に作業を進める煌葵。だがその手が急に止まった。
「クソッ……やっぱり駄目か。 劣化が抑えられねぇ」
ダメージを受けていた箇所はあらかた直した。損傷が激しかったところは回路を新たに構築し、組み直した。
自分で組んだ回路はいくらでもいじれる。だが、ハルの身体に組まれた回路は煌葵だけが作ったのではなかった。
半分は、初代ペンタグラム一等星が組んだものだった。
「……やっぱり、美月さんが作ったところは煌葵さんでもどうにもできないんですね」
煌葵はチッと舌打ちをする。その通りだから何も言えなかった。
「美月さん、凄かったもんなぁ。 バベルを作ったこともそうだけど、ドラゴンスレイヤーとしても、技師としても、全部が凄かった」
「おいおい、バベルを作ったことに関しては俺もだろうが。 でも、そうだな……あいつは天才だった」
この回路を見ても分かる。美月が組んだ回路は、劣化はするものの損傷はしていなかった。
何度ハルのメンテナンスをしたかは分からない。だが、煌葵がその度に直すのは煌葵自身が組んだ回路だけだった。
━━美月は才能の塊だった。
だが、それを誇示せず、明るく気さくな奴だった。
頭の回転が早く指示も適切で、周りを見る目も優れていた。
今考えると根っからのリーダー気質だったな、と煌葵は懐かしい顔を思い出して笑った。
煌葵は美月が組んだ回路にそっと触れる。
組んだのはもう数年前のはずなのに、それは力強く輝いた。
惚れ惚れする美しさだと思う。だが、同時にふつふつと湧き上がる嫉妬心。
ずっと腕を磨いてきても、数年前の美月の足元にも及んでいないのかと。
バベルで一番の技師となってもまだ足りないのかと。
それでも、この身を焦がすような感情が、煌葵を成長させているのも事実だった。
「煌葵さん、まだ?」
煌葵はハッとして顔を上げた。
いつの間にか十七歳の青年の姿に戻ったハルがいた。もう、身体のどこにも傷跡は無かった。
「あぁ……そうだ、右目は?」
振り向いたハルが閉じた右目にそっと触れ、微笑んだ。
「ん、大丈夫」
そっか、と煌葵はポケットの中の眼帯を手渡した。
「今度はもっと早く来ること、いいな?」
「分かってますって! 煌葵さんありがとう!」
そう言ってバタバタと部屋を出ていくハル。先程までのしおらしさが嘘のようだ。
煌葵は作業台にまた腰を下ろし、ふうっと一息つく。
……ハルの運命を変えたことを、後悔しているのかと聞かれたらなんて答えるのだろう。
きっと、後悔していないと言うと思う。
もう、生きてはいない身体を、回路で無理矢理繋ぎ止めている事は、この世の摂理に反するのだろう。
それでもハルは、煌葵と美月に感謝した。
生かしてくれてありがとうと。
この地獄で、ハルに生きる理由を与えたのは煌葵だった。
「……あいつはどうせ、そのうちひょっこり帰ってくるだろ。 あー……その時にぎゃふんと言わせられるように腕磨いとかねぇとな」




