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月光に咲く花の如く  作者: 夜妬
第2章 「むかしばなし」
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第15話 酒の肴と噂話

「誰が? 誰と付き合ってるって?」


 天井がガラス張りになっているホールには暖かな日差しが降り注いでいた。穏やかな風が吹き、緑に囲まれたそこに、素っ頓狂なハルの声だけがこだまする。


「だから、貴方と凛さんが付き合っていると、(わたくし)はそう聞きましたわ」


「誰がそんな事を……」


「あまり詳しくは知らないのですけど、第十三小隊の頃からあいつらは仲がいいって……」


 第十三小隊、ハルがペンタグラムになる前に所属していた部隊だ。


 だが、その事は機密情報のはずだった。


 司令部の中にはいくつもの機関があり、バベル内外の情報を取り扱っているのが情報局である。ドラゴンスレイヤー達の情報は人事部が管理している。

 基本的なプロフィールはもちろん、管轄や家族構成等、その人の全ての情報を管理されていると言ってもいい。


 ドラゴンスレイヤー達に関して言えば所属部隊や戦闘経験、戸籍などは開示されているため誰でも見ることが出来る。


 しかし例外はもちろんある。


 ペンタグラムの場合はペンタグラムになる前の記録は全て抹消されるのだ。


 厳密には、バベルの三部長クラスにならないと見れないよう厳重に管理されている。


 ━━はずなのだが。


「……と言うお話を、お爺様と煌葵(こうき)さんがしているのを聞いてしまったのですわ」


 アリサの言うお爺様とは、実際には血の繋がりのない育ての親の事だ。御年70歳。バベル内、いやおそらく日本最高齢のじいさんで、技師として今でも活動している。煌葵とは技師同士話が合うのだろう、よく酒を呑み交わしている。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ならば知っている人物は限られる。ペンタグラムになる前からの知り合い、訓練兵時代の同期、支部長、そして煌葵だ。


 この中だったらおのずと犯人は分かるが……。


(こんな年端も行かない女の子に盗み聞きされるような時間に酒呑んで機密話してんじゃねぇよ酔っ払い!)


 ハルはスッと立ち上がりアリサの肩を掴んだ。驚いた表情を浮かべるアリサに、言い聞かせるような口調でハルは言う。


「いいか、アリサちゃん。 俺は凛と付き合ってない。 そんな噂があるならそれは全部デマだ」


 どこにでも色恋沙汰の噂は転がっている。そして厄介なのは、その噂は本人達には絶対に聞こえないところで囁かれるという事だ。


「そ、そうなんですのね。 あのお二人の話を鵜呑みにした私が馬鹿でしたわ……」


「このこと、他の誰かに言ったりとかした?」


「いえ、私は言っていませんわ」


 ならこの酔っ払い達が吐いた戯言はここで鎮火出来るのではないか?

 そんなハルの期待は虚しく砕け散る。


「でも、お爺様達は食堂で話していたので……その、人もそれなりにいましたし……」


 最悪だ。若者の恋愛話を酒の肴にした挙句根も葉もない噂を食堂でべらべらと広めたのか。


(あとで椿さんに減給要請しよう)


 煌葵さんに振り回されてきた過去を振り返り、思わず大きなため息が零れる。


 いつの間にか力を込め過ぎていたようだ。アリサが身動ぎをしたため、ハッとアリサから手を離した。


「あ……ごめん。 とりあえずこの事は忘れてくれていいから」


 勘弁して欲しいよ、と困ったように笑うハル。


 アリサは名残惜しそうにハルが掴んでいた肩をそっと撫でた。


「……そっか、付き合ってないのか」


 それは、傍にいたハルにも聞こえないような小さな呟きだった。


「━━ハル様。」


「ん、どうした?」


 少女は太陽のような笑みを浮かべ、甘い甘い洋菓子に似た音色を紡ぐ。


「噂が嘘ならやはり私とお付き合いいたしませんこと?」


「━━だから無理だって言ってるだろぉ!」


 パチパチという音と共にハルの背中に大きな純白の翼が現れる。

 それを広げるとハルはホールの天窓から飛び出した。巻き上がる突風。もうハルの姿が小さくなる。


 アリサはひらりと舞う羽毛にそっと触れた。すると、マナの結晶でできたそれは一瞬にして砕け散り、キラキラとした砂になり消えてしまった。


「あーあ、逃げられちゃったねぇ……」


 いつの間にかアリサの隣に立つおっとりとした口調の女性。


水紗(みずさ)さん……いつの間に」


「ふふ、面白いものを見せてもらったよぉ。青春だねぇ」


 ニヤニヤと笑う水紗にいたたまれない様子のアリサはハルが飛んで行った方向を見る。


「私だって、私だってハル様と凛さんが付き合ってないことくらい、分かっていたんですのよ」


 水紗は笑顔を崩さぬまま、スッと目を細めてアリサを見た。その冷たさに、鋭さに、アリサは気付かない。


「ふぅん? じゃあなんで聞いたの? あ〜もしかしてぇ、試した?」


 試す、という言葉にアリサはピクリと肩を震わせる。


「そう……ですわ、そうなりますわ。 最低ですわね、私」


「……それで? 何か分かったの?」


 柔らかな笑みを湛えた寝起きのような風貌の女性は急かすように問う。


「いいえ。 あの人は自らの心を隠すのが上手くて、はぐらかされてしまいましたわ」


 ハルを、本当の意味で知っている人などいるのだろうか。ハルと関わった事のある人物なら誰もがそう思うだろう。


「付き合えないとかじゃなく、無理だ、かぁ……いやぁ本当にあの子は独りで何を抱え込んでいるんだろうねぇ」


 水紗はボサボサの髪をまた乱すように、頭をガシガシとかいた。


 昼下がりの太陽に目を側めつつ見上げるも、もうそこには天使の姿はなかった。

アリサちゃんだってただの猪突猛進ガールじゃない。水紗さん、あなたもかなり謎が多い人物だと自覚してください(作者の心の叫び)

読者の皆様、70歳のじいさんが出てきて混乱しているかと思います。え、そんなに高齢な人も生きているのか、子供以外死んだのではないのか、と。

その事については3章で触れる予定なので、見捨てないでください|ω・`)

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