第14話 恋する乙女は今日も走る
バベル中央の食堂はいつも以上に賑わっていた。
今日は珍しくドラゴンの出現報告がまだ一件もない。
防衛任務に当たっている部隊以外はバベルに待機していることになる。
ドラゴンスレイヤー達は束の間の平和を楽しんでいた。
「今日任務は?」
ナツキが麗央のプレートから一口大のパンケーキを取り頬張る。
「今日はオフだ。 ハル様もまだ出撃出来ない状態だし、合同訓練もないからな。 ……おい、クロワッサンはあげないからな」
麗央はまた手を伸ばそうとしたナツキを睨んだ。
「ハル様ハル様って、お前本当にハルさんの事大好きだよな」
「はぁ? 当たり前だろ。 あれほど素晴らしい方を好きにならない理由があるか?」
ナツキは引きつった笑みを浮かべた。
「うわ、ここまで来ると病気だな……でも、なんか少し羨ましいかもなぁ」
「羨ましい? 何がだ?」
「ハルさんの事だよ。 ここまで慕われてるなんてさ。お前がハルさんを呼ぶみたいには、リアトリス様って連呼されたことないぞ?」
俺はそんなにハル様を呼んでいただろうかと麗央は首を傾げた。
「あー、リアトリスって呼びにくいんじゃないか?」
「なるほど、それもあるのかもしれないな……」
麗央が適当に言った言葉にナツキは神妙な顔をして頷いた。
そしてパッと顔を上げ、そう言えば、と切り出す。
「なんでペンタグラムって花の名の敬称があるんだ?」
「……はぁ!? おま、自分がペンタグラムなのに知らないのか? というか訓練兵の時に習っただろ」
「あー、はは、座学はほとんど寝てたから……」
スーッと目を逸らすナツキ。気まずそうに頬を掻いている。
そんなナツキに呆れながらも、麗央は説明を始めた。
「花の名前なのは初代ペンタグラムの名前に由来してるんだよ。まぁ、その頃はペンタグラムとは言わなかったらしいけど」
以前はペンタグラムも、今では一つも欠けることが許されない三柱も無かったらしい。
「何となく聞いた事があるような無いような……確かバベルを作った三人なんだよな?」
「そう。十年前ボロボロになった日本で、何も無い状態からたった三人で今のバベルの基盤を作った伝説の初代。その名前に植物の名が入っていたんだ。━━今の支部長、椿さんと技術開発部長の煌葵さん、そして……」
━━ガシャンと大きな音が鳴る。
「ッ……誰か、誰か来てくれ!」
声のする方には、青い顔をしてゼェゼェと苦しそうに蹲る少年。
助けを求めたのはその背中を擦っている彼だろう。
幸いにも近くに医療班の女性がいたため迅速に少年は医務室に運ばれて行った。
「フラッシュバックで過呼吸、だろうな」
ここでは珍しくない光景だった。
『崩壊の日』のトラウマ。
その後もずっと続いているドラゴンと戦わなければ生きていけない世界。
死と隣り合わせの毎日だ。
心が磨り減らない者の方が珍しい。
このご時世、精神疾患などざらであった。
「そう言えばお前カウンセリング行ったか?」
バベルでは司令部が定期的なカウンセリングを受けることを推奨している。
精神疾患があっても無くてもほぼ義務になっているが、ナツキ達は前者なので月に一度は受ける決まりだ。
「いや、今月はまだ行けてない。麗央は?」
「俺もだ。A級の同時出現でバタバタしてたからな」
二人は食器を片付けて各々の予定を確認するために自室に戻るのだった。
━━ハルは逃げていた。
全速力、とは行かないが、かなりのスピードで走っていた。
中庭から連絡通路を抜けて技術開発棟に入る。ラボ区画を抜け、技師たちの脇を駆け抜けて開けた作業場に出る。
人とぶつかる危険があるのであまりスピードは出せないが、気を抜いたら死ぬぞと自分に言い聞かせる。
そのまま真っ直ぐ部屋を突っ切るとまた連絡通路に出た。
後ろを振り返る。
(……居る、まだ追いかけて来てる!というかなんか距離を詰められてないか!?)
さっきからずっと鬼ごっこ状態だ。さすがに息も上がってきた。
司令棟の情報管理室前を走っていると白衣を着たおじさんに廊下は走るなと怒られた。
申し訳ない気持ちでいっぱいだが、今はとりあえず逃げなければならないのだ。
誰からかって?
━━少女からだ。
「ハル様ぁ! お待ちください!私の話を聞いて頂けませんかー!」
「聞いたよ! だから無理だって言ってるだろ! なんで諦めてくれないんだ!」
「ハル様ー! お慕いしておりますわー!」
「ひぇ……」
ハルはギュッと足に力を入れて急ブレーキをかけ、勢いよく振り返った。
猛烈な勢いで突進してくる少女。ハルはその手を取り、引き寄せてスピードを殺しつつ、もう片方の手で口を塞いだ。
「ここ廊下! 声が大きいんだよ!」
しかも司令棟の廊下である。他の棟よりも数倍の濃度の静寂が漂っているのだ。
多分、数階上で作業している人にも声が届く。
ハルは少女の手を引いて歩き出す。とりあえず戦闘防衛棟と技術開発棟の間にあるホールに移動した。
「……はぅ……ハル様が、ハル様が私の手を……」
(凄く気まずいから少し黙っててくれないかなぁ……)
三柱の共有広間であるホールには数分とかからずに着いた。それなのに数十分かかったような倦怠感である。
ちらほらと人が見えるが、まぁ先程の場所よりは良いだろう。程よい喧騒が声を隠してくれそうだ。
少女をソファに座らせ、ハルもその隣に座る。もちろん相手に不快に思われないくらいの距離を保ってだ。
「えーと、君はナツキのとこの子だろ? いいのか? 俺なんかに構ってて」
「ナツキのとこの子、ではありませんわ。私はアリシア=フォン=ディア=ベルリオーズという名前があるんですのよ。アリサと呼んでくださいまし」
「あぁ、うん。 その自己紹介も二回目だね、ごめん」
実はこのやり取りは以前にもしている。
ハルはこのアリサの猛アタックをもう数回も受けて来ているのだ。
「何度も言いますけど、私はハル様がいいんですのよ。 ナツキみたいなお子様嫌ですわ」
(たとえ同い歳でも上司だろうに凄い言い草だなぁ)
「俺もさ、何度も言うけど無理なんだよ」
「どうしてですの?私に足りないものなど……あぁ、 私の体が貧相だからですわね!? それはこれから成長し……」
「ばっ……! 大声でそういうことを言うんじゃありません!」
慌てて辺りを見渡すハル。こちらを見る者もいるが、会話までは聞こえてないようでホッと胸を撫で下ろした。
「……納得いきませんわ」
アリサは勢いよく立ち上がり、ハルの目の前に立った。
明るく長い髪がアリサの顔を隠したため、表情は見えなかったが声のトーンが先程とは全く異なっていた。
「どうして私の愛を受け取ってくれないんですの? 私が、冗談で言ってるわけでは無いと分かっているくせに。いつも、いつも、無理だってそればかり。何が無理なのか教えてくれもしない」
「あ、アリサちゃん……?」
アリサの固く握られた拳は震えていた。
アリサが俯いていた顔を上げてハルを真っ直ぐ見つめる。ハルの顔にアリサの影が落ち、猫のような琥珀の目に射貫かれた。
「━━私と付き合えないのは、凛さんと付き合っているから、なんですの?」
初代の話も近いうちに、少しづつ明かしていきますよ!
ペンタグラムを含めたドラゴンスレイヤー、技師、そして司令部のメンバーも、その半数が精神疾患を患っています。ナツキもパニック障害を、他のペンタグラム達や上位部隊員達も、心に傷を負っています。それでも戦わなければいけない世界に生まれ落ちてしまった少年少女達をこれからもよろしくお願いします。
暗い話は終わりにして、新キャラです!なかなか衝撃的なキャラではありますが気に入っていただけたら嬉しいです
もしお時間あれば敬称に使われている花を調べてみてください…(ボソッ)




