第13話 交差する愛慕
そこはまるで、宇宙空間のようだった。
広くて、狭くて。暑くて、寒くて。煩くて、静かで。明るいようで、すぐ側に暗闇がある。
そんなリュウの自室に初めて招かれた時、ハルは戸惑いを隠せなかった。
深く、深く、海の底まで沈んで行くような、高く、高く、空の先まで飛び上がるような、そんな感覚。
上下左右の概念が消失し、自分が立っているのか座っているのかも分からない。
くつろいでくれとは言われたが、こんな部屋でどうやってくつろげと言うのだ。
眼前の景色はころころ変わるし、リュウが居る位置も把握出来ない。
得体の知れない場に放り出された恐怖。異常なほどまでの緊張は、この部屋のマナの濃度がやたらと高いせいかもしれない。じっとりと重く体に絡み付くような感覚だ。
冷や汗が額に滲む。居心地が悪い。何かしないと自分の存在が消えそうでハルは口を開き姿が見えないリュウに問う。
「それで?用件は?」
「そんなに身構えるな。いやなに、少し話をしようと思ってな」
いつの間にかハルの背後に立っていたリュウが耳元でそっと語りかけるように言う。
驚いたハルが振り向き腕を振りかぶるがそこには誰もいなかった。
「なんなんだ……」
リュウとはまだ数回共に任務に出ただけで特別親しいわけではなかった。
その頃ハルはまだ五等星になったばかりで忙しい日々を送っていた。
そんな中突然現れた得体の知れない男は訓練もせずにペンタグラムとなった。
もちろんバベル中の話題になった。どこもかしこもリュウの噂で持ち切りだった。
けれどリュウはほとんど自室から出て来ず、人と関わろうとしなかった。
リュウと一緒に任務に行ったドラゴンスレイヤー達も首を傾げることしかできなかった。
━━気付いたら戦闘が終わっていた。
━━彼はただそこにいただけだった。
リュウに関する謎は深まるばかりだった。
人嫌いだという噂も流れていた。
(……それなのにこれだ。この男が考えていることがさっぱり分からない)
ハルがふと顔を上げるとそこにはまた違う景色が広がっていた。
優しい木の香りが鼻腔をくすぐる一室。窓からは安らかな木漏れ日が差し込み、温かく室内を照らしていた。
リュウは年季の入った傷のある椅子に座り、ハルを向かい側に座るよう促す。
「ただ話を聞いてくれるだけでいい。だめか?」
だめかと聞かれても困る。話を聞かないと部屋から出してもらえないのだろう。そもそも出口が分からない。
そうして頷いたハルに語られたのは御伽噺のような昔話だった。
「━━魔女だとか、呪いだとか、そんなこと信じるわけないだろ?」
「そう言われてもなぁ……本当のことなんだ」
リュウが困ったように眉を寄せる。冗談を吐いている様には見えなかった。
「じゃああんたはずっと、その彼女を追いかけてるわけか。……辛くないのか?」
その時初めて、ハルはリュウの本心を見た気がした。
彼はただ優しく、優しく笑っていた。
泣いてるようにも見えるその笑顔は、どこか満足そうにも、嬉しそうにも捉えることが出来た。
今までの警戒心など一瞬で消え去るような、綺麗な笑顔だった。
(あぁなんて、可哀想な人なんだろう)
孤独、淋しさを抱えている人の目は何度も見てきた。
彼も、同じだった。
でもなんで━━
「なんで俺に話したんだ?」
ほとんど話したことも無いような間柄なはずだ。
「同じだからだ。お前と俺が」
「どういうことだ」
「お前からは俺と同じ匂いがする」
クスリと妖艶に笑う彼は先程とは別人のようで、ザッと流れた風が木漏れ日を吹き消した。
寒い。
薄暗い荒野の真ん中で、彼はまた繰り返す。
「俺と同じだろう? お前もずっと追いかけているじゃないか」
全てを見透かされているようで気分が悪い。
彼が何のことを言っているのかが分かるが故にふつふつと湧き上がる感情。
吐きそうだ。
「大切な人を追い掛けて身を焦がし、苦しみもがいているのだろう?」
「違う。俺はあんたとは違う! あんたに俺の何が分かるって言うんだ」
古傷が痛むように胸が軋んだ気がした。
「分かるさ」
ハルの目の前、あと一歩の所まで近付いたリュウがトンッと胸に人差し指を置く。指に軽く力を入れてリュウはハルの瞳を覗き込んだ。
ハルは指一本動かせなかった。
「世界の不条理に大切な人を奪われ、行き場のない哀しみとやり場のない怒りにその身を喰われ続ける苦しみ。苦しくて苦しくて死んでしまいそうだろう? 」
息が上手く出来ない。自分がどんなに酷い顔をしているか想像がつかなかった。
「……もう、どこにも、どこを探してもこの世にあいつは居ない。命を失うとはそういう事だ。あんたには分からないだろ」
生まれ変わりだかなんだか知らないが、何度も何度も大切な人を追える奴に、この気持ちが分かってたまるか。
ハルは先程から動かせない身体に無理やり言うことを聞かせるように精一杯リュウを睨み付けた。
「……いっそ死んでしまえたら、か? はは、そう思うなら何故生きる? あぁ、そうか。復讐か」
愉快だと言わんばかりに笑うリュウ。
ハルの額に青筋が浮かぶ。
無自覚に人を煽る才能でもあるのだろうか。
タチが悪い。
「復讐……そんなものは無意味だと分かっているのだろう? それでも、縋らないと壊れてしまいそうだから、というわけか。 ほらな、分かると言っただろう? 」
何も言っていないのに、会話が成立する。
心の中を覗かれるとはこういうことなのだろう。
こんな人間とは今まで出会ったことが無い。
彼には自分の内を全て見られてしまったのかもしれないが、彼の事は何一つ分からないままだった。
スッとリュウがハルから離れる。
「……は、ぁ……」
息が漏れるように緊張が解けた。息苦しさも感じず、身体も軽い。
あれほど湧き上がっていた怒りも何故か消えていた。
白がどこまでも続く部屋。
背後には扉がひとつ。
前方に佇む男はふわりと微笑み感謝を述べた。
「長話に付き合ってくれたこと、感謝する。時間を取らせて悪かったな」
「……いや、別に」
ひらひらと上機嫌に手を振るリュウに、ハルは会釈をして部屋を出ようとした。
早くここから離れたかった。
すると、あぁそうだ、と呼び止められる。
リュウは白く長い指を真っ直ぐにハルへと向け、少し首を傾け言う。
「それ、煌葵のだろう? よろしく伝えておいてくれ」
ゾクリと背筋に悪寒が走った。
「あんた、どこまで知って……」
扉の向こうの男は、変わらない笑みをたたえて手を振るだけだった。
完全にリュウのペースです。
まだまだ謎が残る彼の独特な世界観に溺れていただけたら幸いです。
次回からもキャラ達の過去が交差していく様を楽しんでもらえたらなと思います




