番外編 「有原澄彦の独白」
過去も未来も現在も、世界は酷でできている
━━死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。
痛い。苦しい。息が詰まる。目の前が白く点滅して、耳が自分の心音以外を捉えてくれない。
痛い。痛い。腹が裂けている。そこから海水が入り込んできて、激痛なんてものじゃない。
意識が霞む。
「有原! しっかりしろ! 堪えろ!」
仲間の呼ぶ声がやけに遠く感じる。
あぁ、ダメだ、しっかりしろ。
今は戦闘中だぞ。こんな所で倒れるわけにはいかないんだ。
でも、なんでだろう。意思に反して体に力が入らない。
ヒュー、ヒューと息が漏れる。酸素が体内に回らない。頭も回らない。
分からない。どうなっている? 俺は何をしていた? 皆は?
そうだ、ドラゴンと戦っていたんだ。B級、名前は、なんだったかな……茶色い鱗をしている片目が赤いドラゴン。
B級に殺されるのか? ここで俺は死ぬのか?
リア様、リア様ごめんなさい。こんな役立たずでごめんなさい。
せっかく部隊に推薦してくれたのに、俺、あなたに何も恩返ししてない……何も返せてない。
赤い髪の少年が駆け寄ってくるのが見える。ダメですリア様、俺なんかに構わないで、敵がまだいるのに。
優しい人だ。初めて会った時からずっと。
こんなに弱い俺が、ジェミニに入れたのはリア様のおかげだ。
俺はその日も、訓練が終わって同期と中庭で休憩していた。
どんな話をしていたかなんてもう覚えていない。他愛ない話の末、俺は手のひらの上に炎で鶴を作った。
鶴は小さく頭を振ると、大きく翼を広げて俺の手から飛び立った。
鶴はそのまま頭上で旋回、その後淡く光って消えた。
それをたまたまリア様に見られていたのだ。リア様は目をキラキラさせて俺の手を握った。
「今のどうやるんだ? 凄く綺麗だった! 俺にも教えてくれ! 」
もう一度見せてやると、リア様は手放しで喜んだ。凄い、綺麗だ、本物みたいだ、そう言ってくれた。
人に教えるのは初めてだったので上手く伝わったか分からない。こんなに拙い説明で大丈夫なのかと思ったが、リア様は俺と同じように手のひらの上に炎を出現させた。俺と違ったのはその大きさ。どうやっても人間の頭部程の大きさになってしまうと嘆いていた。そしてその炎は煌々と燃え盛り、どこまでも赫く、深く、何もかもを飲み込まんとしていた。
この人の炎は俺と全然違う。そう一瞬で理解した。火種から格の違いを見せつけられた。
リア様は俺が作った鶴や、カラスや白鳥を美しいと言ってくれたが、俺には飾らないままのリア様の炎が1番美しいと思えた。
上位部隊配属の推薦が来たのはそのすぐあとだった。もちろん二つ返事で受けた。
訓練は今までよりも過酷で、討伐対象のドラゴンも格段に強かった。
それでも必死に食らいついた。リア様の炎を近くで見ることができるから、倒れるわけにはいかなかった。
上位部隊に入ってから早数ヶ月。
以前よりも確実に強くなったと実感できる。
素早く敵に火を放つことが出来るようになった。大きな炎を操ることが出来るようになった。武器も無駄な動きを減らして扱えるようになった。
だが、まだまだリア様には及ばない。
炎の威力が弱すぎるのだ。
どうすればもっとダメージを与えられる? どうすれば炎の温度を上げられる?
どうすればリア様に近付ける?
━━どうすれば……どうすればいいんだ。
役に立ちたいんだ。家族を失い、同期にも置いていかれそうになった時、貴方だけが救いだった。
自分の炎に自信が持てた。
まだだ、まだ足りない、力が足りない。
「━━あ、あの!リアトリス様、お願いがあるんですが!」
声が上擦る。少し恥ずかしい。緊張が隠せない。
「様は止してくれよ……歳もあまり変わらないし、そんな人間じゃない」
またすぐに謙遜をする。そんな人間じゃない?歳もあまり変わらないのにペンタグラムに選ばれているんだ。尊敬するに決まっている。
「いえ、そんなことは……こんな俺とは違って強く美しい炎を操れるあなたは俺の憧れなんです」
すらすらと本音が出てくる。そうだ、憧れている。あなたに、あなたの炎に。
「ありがとう。でもそんなに謙遜するなよ。俺も、有原の操る炎は繊細で好きだぞ?」
ほらそうやって、あなたは俺を喜ばせる。いつもあなたの何気ない一言に救われるのだ。
「それでお願いって?」
感謝してもしきれない。恩返しがしたいのだ。だから━━
「あの、良ければ訓練をつけてくれませんか?」
「━━原、有原! しっかりしろ!」
「……ッあ、り、リア様……?」
リア様、怪我してる。なんで? B級ごときにやられるような人じゃないのに。
「死ぬな! 今助けるから!」
そうか。俺のせいだ。俺を庇って怪我をしたんだ。なんだよ、ここまで来てまだ迷惑しかかけられないのか俺は。
「……リア様、ごめんなさい」
「訓練つけるって約束しただろ有原! 何謝ってんだよ!」
俺から約束を取り付けたのに、ごめんなさい。役に立たなくてごめんなさい。弱くて、いつも守ってもらってばかりで、あなたからはいっぱい、いっぱい貰ってばかりなのに何一つ返せなくて、ごめんなさい。
「リア様、どうか、生きて」
「馬鹿!お前も、一緒に生きるんだよ!」
いつも、いつもそうだ、あなたは。
もういいんだ。十分だ。リア様には感謝してもしきれない。せめて今、できる限りの恩を返せ。
今にも消えんとするこの命、熱く、熱く燃やしてやれ。
たとえ俺が死んでも、この意思だけは、死なせやしない。俺が夢みた未来を、この人が、皆が作ってくれると信じているから。
俺の命が尽きても、希望は死なないから。
『灼熱の不死鳥』
目の前が真っ白になる。リア様の声も聞こえない。痛みももう感じなかった。
あぁ、強く、なりたかったなぁ……俺は、俺の願いは、ただ━━
「━━あなたみたいに、なりたかったなぁ……」
天高く羽ばたいた炎の鳥は、ドラゴンに纏わりついてそのコアを燃やし尽くすまで消えなかった。
その激しさとは裏腹に、とても優しく温かい、美しい炎だった。
有原澄彦 没年15歳
火のエレメント
14歳6ヶ月でリアトリスにより上位部隊ジェミニに推薦された。
炎の造形に長けていて、マナを鳥類の形に組む事を得意とする。そのマナを操る器用さはペンタグラムに引けを取らないと言われていた。
━━司令人事部ドラゴンスレイヤー科より




