第10話 眠りから覚めるもの
コンコンと小さく扉がなる。
「どうぞ」
来客などほぼない雑多な部屋に、煌葵は小さな客人を招き入れた。
「珍しいな、ナツキ。まぁ座ってくれ」
ナツキは何も言わずにソファーへと腰掛けた。
技術開発部長室、そこは作業場とはまた違った雰囲気で、どちらかと言うと煌葵に似合わないような分厚い本が至る所に重ねてあった。
「なんか飲むか?」
部屋の奥にある冷蔵庫を漁りながらくぐもった声で煌葵が問う。
「そう言えば今A級が出てるらしいぞ、って知ってるか」
ガチャガチャとしばらくなっていた音が止み、ボソッと酒しかねぇという台詞が聞こえた。
「大丈夫です。俺、お茶しに来たわけじゃないので」
先日、ナツキは1人の部下を亡くした。
その事が尾を引いているのだろう。いつも明るく笑顔が絶えないその顔には影が差していた。
ドサッとナツキの向かい側に座るとソファーから少し埃が舞い上がる。全自動の掃除ロボットが欲しいところだ。
「それで? わざわざこんな所まで来て何か話があるんだろ?」
「……俺の武器を、強化して欲しいんです」
予想通りの答えだ。彼は強さにひたむきで、訓練を怠らず、常に高みを目指している。訓練兵の時からずっとだ。まるで、進み続けなければ死んでしまう呪いでも掛けられたかのように。
「ハルの武器を改良したように、俺のもやってくれませんか?」
真っ直ぐに煌葵を見るナツキ。揺らぎのない瞳だった。
「……悪いが、それは出来ない。あれはまだ試作段階だと言ったはずだ」
「良いです。待ちます。だからお願いできませんか?」
「お前今の武器に満足してないのか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
━━焦りだ。
彼を引き下がらせないのは猛烈な焦り。恐らく自分のせいで、自分が弱かったせいで有原が死んだのだとでも思っているのだろう。強くならなければいけないと自分を追い込んでいる。
煌葵は空中に手をかざした。すると何も無かったそこに半透明のディスプレイが現れる。
これは大気中のマナを結晶化したもので携帯端末のような役割をする。司令室のモニターの簡易版と言ってもいい。
「担当に口聞いてやるからそれで我慢してくれ」
ディスプレイに名前が表示され、1コール、2コール……3コール目が鳴る前にパッと画面が光った。
『はいはーい。こちら水紗ですよー? その顔は部長と、かわいいかわいいナツキ君じゃないですかぁ……どしたのー?』
ディスプレイに映るのは1人の女性。タンクトップにパーカーを着て、髪はボサボサ、メイクっ気も一切ない、いかにも寝起きの風貌だ。まぁ彼女はいつもそうなのだが。
「ナツキが武器の強化を頼みたいらしいぞ」
「ちょ、煌葵さん!」
本人を前に、まるで自分が武器に不満を抱いてるような言い方じゃないか。ナツキが反論しようとした時、身なりを整えたらさぞ美人だろうな、と思えるディスプレイの彼女はにへっと笑った。
『あーお姉さんもねぇ、ちょっとイジりたいと思ってたんだよね。これが以心伝心ってやつかなぁ?』
拍子抜けするくらい緩々とした声だ。
リクエストはあるかと聞かれたのでナツキはこう答えた。
「繊細に、あいつみたいな炎を操りたいんです」
A級が討伐され、ほっと安堵表情を浮かべるオペレーター達。張り詰めていた空気が緩む司令室。
重傷者も多くない。アルスの左腕が気になるところではあるが、構わず動かしていたしそれほど酷くないのかもしれない。無理をするきらいがあるので帰ってきたらさっさと医務室に放り込もう。
A級相手に、死者が出なかった。
これはハルがペンタグラムになってから初めての事だ。
そんな朗報に皆が喜ぶ中、1人がマナの観測計器からの情報が表示されているディスプレイを指さして言う。
「司令、微弱ですが、マナの乱れが発生しているようです」
「亀裂か? 念の為注意してくれ」
マナ濃度が乱れる所には亀裂が発生する場合がある。
ドラゴンはそこから出現するのだ。乱れが大きいと亀裂が大きい傾向にある。亀裂が大きいと、それだけ大きなドラゴンが出現しやすくなる。
逆に言うと、ドラゴンが出現する前に計器のデータからどれくらいの大きさのドラゴンが現れるかを予想することが出来るということだ。
━━突然、警報が鳴り響く。オペレーター達が一斉にディスプレイに目を向ける。
知識のないハルでも何が起きているのか分かった。先程オペレーターの1人が指さしたディスプレイ、それに表示されたグラフと数値が異常に高くなっている。
━━亀裂が発生する。
「発生場所を特定しろ。映像出せるか?」
椿が的確に指示を出していく。数値を見れば分かるのだろう、亀裂の大きさを鑑みて現在動ける部隊を確認し出撃要請を出していく。
「司令! A級です! 場所はここから東に60km地点です」
チッと小さく椿は舌打ちをする。立て続けにA級が出るイレギュラーに普段は冷静な彼もこの様子だ。
その時、椿の傍にパッとディスプレイが現れる。
『ちょっと良いか? 取り込み中悪いな』
ディスプレイに映るのは煌葵だ。露骨に椿の機嫌が悪くなる。ポーカーフェイスが一瞬にして崩れる様を見てしまった。
「取り込み中だと分かるならかけてこないでもらえると嬉しいんだが」
『まぁそう言うなよ。ピンチなのは分かってる。2等星は負傷中で5等星もまだ帰還しない。3等星は俺が引き止めてるしな』
そうなのだ。今、バベル内の戦力が著しく低い。
『ついでに言うとな、4等星の武器、改良に回しちまったんだわ』
椿が頭を抱えた。5等星の帰りを待つか? いや、間に合わない。どうすれば被害を抑えられるのか、そう考えていた時、煌葵が笑った。
『まぁ、ここまでは悪い知らせで、次がいい知らせな? 寝坊助が起きたみたいだぞ』
紫色の毒々しい鱗が太陽の光の元で目に痛いほど輝きを放つ。
亀裂から這い出た一体のドラゴンは、見せつけるかのように翼を大きく広げた。
そんなA級に向かって悠々と歩いて近付いて行く1人の男。
長い髪が風にそよいでいる。彼は切れ長な目をすっと細めた。
慈愛に満ちたような、見る人誰もが魅了されてしまうようなそんな笑みを浮かべ、鈴の音のような澄んだ声で彼は言った。
「俺のかわいい友を泣かせたのはお前か?」
ナツキの担当技師はクセの強いお姉さんです。
寝坊助と言ったら…予想つきますよね。次回やっとまともに出てきます




