第11話 狂気的な空
━━何のために生きているのかと聞かれたら、なんて答えるのだろう。
部下を守るため? ドラゴンを全て倒すため?
幸せを掴むため?
きっと、どこにも死ねない理由なんてないのだ。
今、死んでいないから生きている。
生きていたいとは思えない。時折消えてしまいたいと思う。
何かのため、そんな明確な理由はない。
━━酷く脆い心がそこにあった。
瞬きをしたら、見逃してしまっただろう。
ほんの一瞬の事だった。ひとつの胴体に3つの首があるドラゴン、ラドンの2つの頭が落ちた。
文字通り落ちたのだ。
「ああ、駄目だろう? 動いたら首を取れないじゃないか」
青年は楽しそうに嗤う。
ラドンの2つの首から激しく血飛沫があがる。それも届かないほど、青年とドラゴンの距離は開いていた。
ドラゴンも自身に何が起こったのか、理解出来なかったのだろう。
誰が自分を攻撃したのか。どこから攻撃されたのか。
青年は1歩も動いていない。それどころか、先程から指1本動いていない。ただ、髪が風になびいているだけ。
そもそも彼は武器を持っていなかった。
「そう言えば、まだ名乗っていなかったな」
1つしか頭が残っていないドラゴンの、その双眸を真っ直ぐに見据え、彼は口を開いた。
「俺は、ペンタグラムが1等星 、『空』のスターチス。お前を狩る者だ」
完全にスターチスを敵だと判断したのだろう。ラドンは猛烈な勢いで攻撃を繰り出す。鉤爪、牙、尾、全てを使い襲ってくる。
スターチスはそれらの攻撃を最小限の動きでかわす。
「単調でつまらない攻撃だな。もっと頭を使って打ち込んでくれないか?」
いくらラドンが攻撃しても、かすりもしない。スターチスはただゆらゆらと散歩でもするように避けているだけだ。
「ああ、そうか、俺が頭を2つ落としてしまったのだったな。可哀想に」
その言葉を理解したのだろうか、ピタリと攻撃をやめたラドンの首の断面の肉が盛り上がり、新しい頭が生える。
「ほう……再生するのか。面白い」
そう言ってスターチスは新しいおもちゃを与えられた子供のような、無邪気な笑みを見せる。
だが、その目には挑戦的な炎が灯されていた。
「翼は? 翼は再生するのか?」
そうスターチスが言った瞬間、ラドンの右翼が付け根から切り裂かれた。
「尾は? 蜥蜴でも生やせるのだから容易いだろう?」
目には見えない鋭利な刃物がラドンを切り刻む。相変わらず、スターチスは動かない。ただ、先程と違うのは興奮したように腕を広げてドラゴンと対峙している点だ。
「俺は今、凄く調子が良いようだ。まるで全てを支配しているような感覚。呪いに縛られていない自由……ああ、楽しいと思わないか?」
ラドンとしては面白くもなんともないだろう。スターチスは恍惚とした表情を浮かべる。心無しか、その頬はうっすらと赤くなっていた。
司令室にいたもの全てが唖然として中央モニターを見ていた。その顔は驚愕、畏怖、困惑と様々な色に染まっている。
「は……はは、強過ぎだろ……」
ハルはぎゅっと胸の辺りを掴んだ。
スターチスが単独で戦闘をしているのを初めてみた。恐怖すら感じる強さ。一方的な力に身体が震えた。だが、それ以上に興奮した。
(強い……強い! 俺も、あの強さを手に入れたい!)
ハルはモニターから目を離せなかった。
ドクンドクンと自分の心臓の音だけが煩い。
今までにない感覚だった。強さに魅せられるというのは。
そして同時に湧き上がる、内臓を燃やすような嫉妬心。
━━もし、俺があれくらい強かったなら。
そんな憎らしさの中にも優越感があった。
モニター越しに聞こえてきた彼の声。友、というのはハルの事だ。
いつだったろう、彼が復讐に協力すると言ってくれたのは。あれ程の猛者を自分が動かしたことに背筋がゾクゾクと震えた。
頭と尾は再生しても、翼は再生しないらしい。両翼を失ったラドンはそれでもまだ攻撃を続けていた。だが、だんだん再生スピードも落ち、頭の1つは肉塊が蠢くだけで一向に三頭竜の姿には戻らなかった。
「もう終わりか? もっと少し楽しませてくれると思ったんだが……まぁ久しぶりに面白いものが見れた。その礼に、一瞬で終わらせてやろう」
スターチスが前方に手をかざす。
━━ひとつの音も聞こえなかった。
ドラゴンの咆哮も攻撃音も、戦闘をしていた形跡も、何も無い。ただ辺りに飛び散った肉片が、灰になって風に乗り飛んでいく。
スターチスはドラゴンがいたというその事実まで狩ってしまった。
戦闘開始からここまで、たった18分の事だった。
バベル最強の男。
1等星、敬称:スターチス
存在しないとされていた『空』のエレメントを操る唯一無二の存在。
言ってしまえば、彼は『空間』を操る。
ペンタグラムの強さの基準は体内マナの量と操れる大気中のマナの量。
空間を操る彼はつまり、膨大な量のマナを操るということだ。
手を触れなくても敵を切り付けられる。切断、圧迫、収縮、全てお手のものである。
規格外の強さ。稀有の能力。
それ故に敬遠されていた。首輪のない狂犬のような人物。彼が唯一心を許している人物であるハルがどれだけリードを握れるのか。
眠りの呪いがなければ、それこそ人類の希望だろう。だが、敵に回れば人類は滅びる。
悲劇の呪いを受けた最強の男と、その影に佇むハル。
この2人が人類の未来を分けていることは明らかだった。
第1章はこれで終わりです。 バベルのドラゴンスレイヤーの中でもトップに立つ5人がどのような人物なのか、というのがメインの章でした。2章はハルを中心にキャラクター達の過去に触れていく予定です




