乱闘2
康恩と光はナイフを互いに向けながら戦っているようだった。
―二人がこんなに戦えるなんて知らなかった
ナイフは月明かりの下時折光り、拳が振るわれたかと思うと足がしなって頭部を狙ったりもする。
―習ってたのかな
―誰から?
啓太は斎に習っていた。斎以外の誰が彼らに戦い方を教えることができるのだろう。
―先生に習ってたってこと?
「遅いと思ったら面倒なことになってやがる」
黒ずくめの男が増えた。迷わず千穂を目指して刃物を振りかざしてくる。千穂は気づくも目を瞑ることしかできない。
カキン
金属質な音が耳に届く。そろそろと目を開けると、自分と美緒の前に立ちはだかる大きな背がある。
「啓太」
「壱華!結界!」
「了解!」
すぐに千穂と美緒を白い光が包んだ。ぱたぱたと壱華が走り寄ってくる。
「これで、物理的攻撃は防げるはず」
「ありがとう」
「私も戦う―」
「美緒さんは千穂の側から離れないでください。未海も」
壱華は未海も結界に押し込んだ。
千穂は周囲を見渡してみる。目がハッキリととらえられるわけではなかった。ただ、敵意を、悪意をビシビシと感じる。敵は多くいるのだと簡単に分かる。
「なんで?」
―ここは安全じゃないの?
斎がどうして東京の学校を勧めて来たのかずっと不思議に思っていた。自分はこの村に住んでいる間ずっと守られていた。安全だった。それは確かだったのに。
―目覚めたから?
だから、状況が変わったのだろうか。変わると斎は分かっていたから千穂を遠ざけたのだろうか。
「お姉ちゃん」
震える千穂の手を、ぎゅっと未海が握った。大丈夫だと言い聞かせるように頷く。しかし、未海の手も震えていた。千穂は未海の手を握り直した。美緒が二人をぎゅっと抱きしめる。何が起きているのか、起こしている人間たちにしか分からなかった。それが恐ろしい。
よく見れば、黒装束と村人が戦っているようだった。
「時はまだだ!」
「いや、今だ!」
そんな会話が飛び込んでくる。
―時って何?
―何の時なの?
康恩は千穂を殺そうとしていると光は言っていた。そして康恩は助けてくれと言っていた。それらはすべて勘違いでもなく、事実なのだろうか。
―私に助けを求めたって、しょうがないのに
何か勘違いしているのではないかと千穂は思った。
あっちこっちから金属音が響いてくる。殺し合いの音だった。止めたい、ここで繰り広げられている戦いを止めたい。でも、どうやって?
ひたり
わずかな音を耳が拾った。後ろに首を巡らせる。結界がほどけた。そこには何やら札を持っている荒川の妻がいた。
「あんた!今だよ!」
黒ずくめの男が一人こちらにやってきた。手には日本刀がある。
「させるか!」
壱華が詠唱に入る。白い光が三人を再び包もうとするが、それが完成する間に壱華を襲う黒装束がいる。
―間に合わない!
啓太と樹と壱華は千穂の元へ駆け寄りたかったが、邪魔が入った。そして、三人と千穂の距離はあまりに開いていた。その時、上からポトンと何かが落ちてくる。それは千穂の頭に当たった。柔らかいそれを千穂は手に取る。
「碧!」
「えい!」
碧は両手を前に突き出した。日本刀と青白い光がぶつかり、光がはじけた。がきんと日本刀が押し返される。
「へへ~武尊の使い魔だもん、これくらい簡単~」
碧が千穂の膝の上で胸を張った。
「きゃあ!」
未海の悲鳴に千穂はまた後ろに注意を向ける。そこでは荒川が未海の髪を掴んで立たせていた。
「妹を殺されたくなかったら、うちのについて行って」
「荒川さん」
どうして―
しかし、彼女の手に包丁が握られているのは事実だ。
―この前よかったねって言ってくれたばっかりだったのに
―武尊と会えてよかったねって
「どうして」
千穂はぼたぼたと涙を流した。
「!そんなかわいい顔したって、状況は変わるわけじゃないからね!」
―どうしよう
―どうしたらいいんだろう
―ねえ、武尊。私、どうしよう
頭が真っ白になる。荒川の妻も動かない。未海は荒川の足を思いきり踏みつけると、ひるんだすきに背負い投げで抑えつけた。
「お前!」
黒装束の荒川が慌てる。
「てい!」
しかし、碧が青白く光る足でけりを繰り出してくるから、それを避けていると駆けよることができない。
「私だって!いろいろ習わせてもらってるんだから!」
未海がぎゅっと荒川を押さえる手に力を籠める。包丁が落ちる。美緒はそれをさっと取り上げた。
「お母さん」
千穂は美緒に体を摺り寄せる。
「大丈夫、大丈夫よ」
美緒は笑って千穂の背を撫でた。手が、震えていると千穂は思った。美緒は何やらぶつぶつとつぶやくと、荒川を含めた四人を結界で囲った。
「壱華ちゃんのと比べれば強度は劣るけど」
美緒の顔色は悪かった。
「くそ!千穂を渡して!そうしなきゃ、私たちが死ぬのよ!」
荒川が声を荒げる。
「何それ。そんな話、聞いたこともない」
誰かに脅されているのだろうか、銀の器を渡せと言われているのだろうか。しかし、予想とは違うようで荒川は顔を背けた。
―話せないことなの?
なら理由はなんだ。千穂はどうにか考えることが苦手な頭を回そうとする。
―何か、何か思いついて
―何でもいいから
―生贄として人を差し出すところもあるよね
碧の言葉がよみがえる。
―私を、生贄にしたいのかな
どこからか怒号が聞こえた。それに千穂は思考から現実に帰ってくる。
「ええい!こざかしい!あれを使うぞ!!」
ポンと何かが宙に舞った。それがほどける。それはあの夜襲ってきた巨大なハエよりさらに巨大な妖だった。一匹で二階建ての家と同じくらいの体長がある。それが、千穂を見つける。敵も味方も吹き飛ばしながら千穂に向かってくる。千穂は体をこわばらせる。
「牙!」
樹の声が聞こえる。しかし、それと同時に銃声が聞こえた。見れば、牙が足をくじいている。
―撃たれた?誰に?
「壱華!どうにかできない?」
「邪魔が多くて!」
男二人に囲まれた壱華は呪いを唱えられずにいた。攻撃を避けるので精いっぱいのようだ。啓太も似たような状況だ。
ガンと巨大な音がする。妖が結界にぶつかってきた音だ。
「嫌だ!嫌だ!死にたくない!」
未海に押さえつけられている荒川が暴れた。
「人を殺そうとしといて調子がいいのよ!」
未海は全体重をかけて自由を奪っている。荒川の抵抗は意味を成してはいなかった。しかし、この妖を倒せる人間は戦闘に巻き込まれそれどころではなく、手が空いている村人には荷が勝ちすぎていた。
ガン
ガガン
ガン
妖は体当たりを繰り返す。羽が強い風を巻き起こし砂が視界を悪くした。美緒が抵抗するようにぶつぶつと呪文を唱えるが、結界に限界が来ているのは目にも明らかだった。光がほどけ始めていた。
ガン
ガン
ガン―パキ
ひびが入る。最後の一発だと妖が体当たりを繰り出す。ぱらぱらと結界は解けて消えた。
「嫌だ!嫌だ!放せ!」
荒川が叫び続ける。妖が恐ろしくてならないらしい。
「死ぬならあんたも一緒よ!」
未海が、本当に中学二年生かという言葉を口にする。
ぎゅっと抱きしめられた。美緒だった。
「ごめんなさい。ごめんなさい千穂」
―私ではあなたを守れなかった
千穂は涙が再び溢れだすのが分かった。
「なんで、なんでお母さんが謝るの?」
―私が、銀の器なのがいけないのに―
妖が歓喜のような咆哮を上げる。それにぎゅっと千穂は目を閉じた。その頭にぴょんと飛び乗るものがある。
「千穂!お守り!あれを突き出して!」
「碧?」
「速く!」
千穂は言われた通り首にかけてある石を手に取り前に突き出した。とたん轟音が響く。石と同じ色の光が盾となり妖と衝突していた。
「なに、これ」
「武尊の力!これは千穂の石。千穂の石に武尊の力が宿ってる。だから、これは千穂の力でもある!」
碧がよく分からないこと説明をしてきたが、千穂はそっか、と言うだけにとどめた。
「でも、これも限度がある!」
「そっか、力を消費しちゃうから」
「そう!」
妖は何度も体当たりを繰り返す。そのたび光が現れる。しかし、光は徐々に弱まっていった。とうとう石にひびが走る。もうだめだ。そう思った時、妖が真っ二つに割れた。
―それは、武尊の帰還を意味していた。




