乱闘3
ふと意識が上昇する。それでもって、自分が眠っていたことに気付く。武尊はゆっくりと瞼を持ち上げた。とたん、男性の顔が視界いっぱいに入ってくる。
「うわ!」
驚いて後ろに引こうとするとしたたかに木で頭を打った。痛みで涙がにじむ。
「ああ、ごめんごめん。驚かせちゃったね」
そう謝った男性は40代くらいだろうか。どことなく色素の薄く感じられる髪と眼鏡が特徴的だ。
武尊は頭をさすりながら身を起こした。その時、自分の体にジャケットがかけてあることに気付く。空を見上げれば、満天の星が広がっていた。夜なのだと、武尊はその事実をすんなりと飲み込んだ。
「ここは?」
森の中らしいとあたりを見渡す。
「森の中だよ」
分かっている言葉が帰ってきた。
―誰かを思い出す気がする。
しかし、誰かまでは分からない。男性は武尊と少し離れた木にもたれかかって座った。森の中の少し開けた場所で、真ん中に焚き火があった。
「いや~目が覚めて良かったよ。君、死ぬところだったよ」
「はい?」
「あそこは呪われた場所だからね。知らない人間が入ったら死んじゃうんだ」
そう言われて武尊はもう一度あたりを見渡した。
「あの、太良さんは?」
「彼?彼は祭壇のところで伸びてるよ」
「俺だけ助けてくれたんですか?」
「彼は死なないよ。そういう条件なんだ」
武尊は自分の手を見つめた。あんなに痛かった頭も今は平常通りだ。・・・少しぼうっとする気もするが。
「でもすごいね、君の体も」
いや、剣がすごいのかな。と男性は首を傾げた。
「地下に足を踏み入れる前に意識を手放すなんて力技だね」
「はあ」
武尊は間の抜けた声しか返せなかった。頭がついて行かない。まだ本調子ではないらしい。
「あなたも村の人ですか」
まだ会っていない村人なのかもしれないと思った。なら、武尊と剣のことを知っているのにも合点がいく。
「まあ、そんなところだね」
男性は曖昧な答えを返した。
「そうですか」
―こんな人、祝いの席にいたっけ?
全員を確認などしていない。けれど、彼のような人がいた印象もない。答え方も曖昧で、少し怪しいと武尊は思った。
「僕のこと、怪しいと思ってるでしょう」
「・・・・・・はい」
否定しようかと思ったが、嘘をついても仕方ないかと考え直して選んだ言葉だった。
「仕方ないよね。僕も僕みたいな人がいたら怪しいと思うもの」
くすくすと男性は笑った。男性は視線を焚き火から武尊に移す。
「まだ本調子じゃないだろう?もう少し休むといい」
「・・・・・・はい」
武尊は言われた通り休むことにする。先ほどは地面に寝転がっていたようだったが、それでは服も汚れるし寝心地もよくなさそうだったので、武尊は肩にジャケットをかけると膝を抱えて頭を乗せた。そのまま眠りに着こうと目を閉じた。
―もう少しで死ぬところだった
―俺は死ぬけど、太良さんは死なない場所
なんだそれはと思わないでもない。でも、そのことを太良が知らないわけがないと武尊は思った。なら、それが意味することはただ一つ。
―殺されかけた
―それをこの人が助けてくれた
自分が殺されかけた。どうして?いつも千穂と一緒にいるからだ。と言うことは、今、自分が欠けた状況を狙おうとしているということか。
―寝てる場合じゃない。千穂のところに行かないと
そう思ったのに、瞼は重く開かなかった。
―何か、されたのかな
―それに
―今、俺は行方不明って事になってるのかな
伊予という少年が言っていたことを思い出す。こういう理屈で行方不明者がぽつぽつと出ていたのだろうか。
考えたいことはたくさんあったが眠気には勝てず、武尊は深い眠りについた。
―ン
―シャ―ン
―シャン
―シャン
―シャンシャンシャンシャン
―シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン
けたたましいその音に武尊ははっと目を覚ました。それでもまだ足りないのか、剣は鳴り続ける。
―何だ?
―何があった?
武尊は胸を押さえた。
「起きたみたいだね」
声が掛かる。武尊は首を巡らせ隣を見る。男性がそこに座り、柔和な笑みでこちらを見ていた。
「あ、はい」
「剣が、反応してるの?」
「はい」
武尊の様子に男性は問いかけた。
「僕もびっくりしたんだ。まさか誕生日に贈った花が剣に化けるなんて」
―どこが僕「も」なのかさっぱりだ
―花束
―いつの話だろう
武尊は記憶に検索をかける。しかし、思い当たる節はなかった。
「じゃなくて!」
武尊は立ち上がる。
「俺、行かないと」
「そうだね、そろそろ行かないと苦しいかもね」
「・・・何か知ってるんですか?」
「すこーしね」
その物言いは少しだけ知っている者のものではなかった。
―嘘だ
直観的にそう思う。だが、彼の相手をしている暇はないと剣は言っている。
「だいぶ顔色をもよくなったね」
男性も立ち上がる。ズボンをぱたぱたと叩いた。そう言われれば、さっきと比べれば体が軽い気がする。男性は、武尊が立ち上がる時に肩から落としたジャケットを拾った。
「あ、すみません」
「かまわないよ。―君に倒れられたら困るからね」
「はあ」
間の抜けた返事しかできなかったが、男性が気にする様子はない。
男性は森の一角を指さした。
「この方向にまっすぐ走ればいいよ。途中邪魔が入るかもしれないけど、僕がどうにかするから全部無視しして」
「・・・・・・分かりました」
怪しいことこの上ないが、ここが森のどこだか分からないわけであるし、今は言うとおりにしようと武尊は思った。
「千穂を頼んだよ」
「え?」
走る前に準備運動をと思い足首を回していた武尊は、男性の言葉に振り向いた。しかし、そこには誰もいなかった。風が吹き焚き火が消える。あたりは一気に暗くなった。
がざがさと木の葉が音を立てる。しかし、それは風のためではなかった。
―人だ
『邪魔が入るかもしれないけど、僕がどうにかするから全部無視して』
彼が言っていた言葉を思い出す。ということは、この姿を隠している人間も無視していいだろう。武尊はそう判断して走り始めた。道はない。しかし、まっすぐだと言われている。なぜ自分が彼の言葉を信じるか分からなかったが、武尊はまっすぐに駆けた。
「がっ!」
「かはっ!」
時折、悲鳴のような声が聞こえる。どさっと落ちていく音も聞こえた。
―思ったよりたくさんいるな
森の中の敵は言葉通り彼がどうにかしてくれるているようなので、武尊はただ走った。暗い森の中、武尊はまっすぐに走った。
―なんで、見えるんだろう
木にもぶつからず、茂みに足を取られることもなく武尊は走る。
―何かされたのかな?
どこか弄られたのかと武尊は首を傾げた。がさがさと茂みをかき分ける。開けた場所に出た。そこは戦場さながらの風景で、黒装束の男と一般人と思われる人々が戦っていた。千穂の家の前に、巨大な妖もいる。その妖の下に千穂たちを見つけた。
武尊は迷わず剣を顕現させた。そして剣を振り下す。離れた場所にいた妖は、ぱっくりと二つに分かれ消えていった。




