6.乱闘1
―眠れない
千穂はベッドの上で寝返りを打った。視界に、床に布団を敷き寝ている壱華が入る。
―眠ってるかな
―本当は起きてたりしないかな
じっと見つめてみるが、壱華は反応しなかった。
―寝てるみたいだ
また寝返りを打つ。
―眠らないと
―明日、武尊を探せない
剣を通じて、千穂が危険な目にあっていると分かると武尊は言っていた。斎もそう言っていた。じゃあ、その反対は起きるのだろうか。剣を通じて武尊の危機が千穂に伝わることはないのだろうか。あればいいと千穂は思った。何も感じないのは、武尊が無事だからだと思いたかった。
―怖い
ぎゅっと目を瞑る。視界は真っ黒になった。
―寝ないと
コンコン
硬質な音が耳に届く。千穂は身を固くした。
コンコン
また音がする。千穂はかぶっていた布団を剥ぐ。
コンコン
―窓から?
もしかして
―武尊かな
千穂は膝立ちで足元に移動して、そっとカーテンをどけて覗いてみた。
「っ!」
黒ずくめの、それこそ忍者を思い浮かべさせられる男が窓の外にいた。千穂は悲鳴をどうにか飲み込んでそっとカーテンを閉めた。
―寝よう
―お母さんが人間用の結界を張ってるから、窓を開けなきゃ入ってこれない
コンコン
しつこく窓は鳴る。
「千穂」
こそっと呼ぶ声が聞こえる。それは見知った声だったが誰だか思い出せない。千穂は頭の周りにクエスチョンマークを飛ばしながら、またそっとカーテンの端を開けた。
「千穂」
男の目が千穂を見る。
―やっぱり寝ようかな
そう思ったが、その前に男が動いた。
「俺だよ俺!」
男がそう言って顔を隠している覆面を取った。
「康兄ちゃん!?」
あれだけ探しても見つからなかった太良康恩だ。
―どうして?妖に襲われたんじゃ
―武尊は一緒じゃないの?
千穂の大きな声に康恩はしーっと人差し指を立てて見せた。
―大きな声を出すなってこと?
千穂は後ろを振り向いた。そこでは壱華が眠っている。
―起こした方がいいかな
そう思うが、困って視線を康恩に戻すと、康恩はまだ人差し指を口元にあてていた。
「千穂、窓開けて」
「嫌だ」
この男が康恩と決まったわけではない。妖が化けているかもしれない。実際、数カ月前に妖は壱華の声で話してきたわけだし。
「頼むよ、俺たちを助けてくれ」
「助けるって?」
「俺と一緒に来てくれ」
「康兄は、妖に襲われてたんじゃないの?武尊は一緒じゃないの?」
声がだんだん大きくなってしまう。後ろで壱華が寝返りを打った気配がした。
「ん?千穂?」
壱華が起きた。千穂は慌ててカーテンから手を放す。はらりとカーテンは窓を隠した。
「どうしたの?眠れないの?」
「うん、ちょっと眠れなくて」
えへへと千穂は笑った。
「誰かと話してなかった?」
「ううん!独り言!」
「そう?」
声が心配だと告げていたが壱華はまたすぐに横になった。
「武尊たちはまた明日探しましょう?」
「うん」
千穂も頷いて布団にもぐる。そうしないと怪しまれると思ったのだ。壱華が眠るまで待とうと千穂は決める。しかし
コンコン
康恩はこちらの事情を読み取れなかったらしく、窓をまた叩いた。
「何?今の音」
壱華がその音を拾う。バサッと起き上がった。
コンコン
「窓?」
「えと、気のせいじゃ」
千穂はカーテンの端を掴むが、壱華は立ち上がるとざっと音を立ててカーテンを開けた。
「誰?!え?康兄!?」
壱華が大きな声を上げる。千穂が振り返れば、康恩はしーっと人差し指を唇に当てていた。壱華は数秒で冷静さを取り戻すと、尋ねた。
「武尊は一緒じゃないの?ていうか、襲われたんじゃなかったの?」
「一人だけで隙をついて逃げて来たんだ」
「武尊はまだ戦ってるの?」
「どうだろう、俺が逃げたときは戦ってたよ」
「なんで今になって出てきたの?」
「それはいいから、窓を開けてくれよ」
「嫌よ。あなた偽物かもしれないじゃない」
「俺は本人だよ!本物だよ!」
康恩が叫ぶ。それにハッとなり康恩は自分の口を手で覆った。
「とにかく、開けてくれ。千穂の力が必要なんだよ」
「千穂に何をさせようっていうの?」
「それは言えないんだ」
「どうしてよ!」
千穂は二人のやり取りを見つめていた。その間に、この男は康恩本人らしいと思い始める。しかし、安全かと問われればそれは否としか答えられなかった。
―少し、嫌な感じがするな
千穂はぎゅっと胸元で両手を握った
「わけが言えないならいいわ。おやすみなさい。また明日」
壱華はしゃっとカーテンを閉めてしまう。
―仕方ないな
そんな声が聞こえた気がした。千穂は壱華に手を伸ばす。
「壱華ちゃん!危ない」
ぐっとベッドの上に引っ張り上げる。二人してばたんとベッドに倒れこんだ。その刹那。バリーンと大きな音がして窓ガラスが割れた。破片が部屋中に散らばる。
―危ない!
裸足で歩けないじゃないかと思った瞬間、ぐいと乱暴に体が引かれる。壱華の下敷きになっていたのだが、無理やりそこから連れ出される。
「痛い!」
腕を振り払おうとしたが、それは敵わなかった。気が付けば、千穂の体は康恩に抱えられていた。
「ちょ!」
放して!と千穂は暴れるが、がっちり抑えられていて身動きが取れない。
「ごめん!すぐ終わるから!」
康恩はそう言うとぴょんと二階から地面に飛び降りた。
「きゃー!っ!」
恐怖に叫ぶと口に何か詰め込まれる。
「ん!んん~」
恐怖で涙がにじむ。このまま攫われて殺されるのだと思った時、静止の声が耳に届いた。
「康恩!やめろ!」
どうにか視線だけを動かして声の持ち主を探す。懐中電灯の光を当てられてまぶしい。千穂は目を細めた。逆光になっていて顔はよく見えない。しかし、康恩には誰か分かったようだった。
「光」
―光兄?!
どうして光が止めに入るのか分からなかった。助かりそうで正直嬉しいが、なぜとも思う。
「本気で千穂を殺す気か!」
「うるさいな!やらなきゃみんな死んじまうんだぞ!」
「そんなの嘘に決まってる!目ぇ覚ませ!」
―やっぱり殺されるんだ!
でも、なぜ康恩が自分を殺そうとするのか千穂には分からなかった。
「俺は千穂を連れていく!」
とたん千穂の体は浮遊感に包まれる。
―へ?
そう思った次の瞬間、どんと腰をしたたかに打ち付ける。
―痛い!
「んんん!んんん!(痛い!痛い!)」
千穂は涙をにじませるが、自由になった手で口に押し込まれたハンカチを抜いた。ハンカチは唾液まみれで、千穂はそれを放って捨てた。
「突然落とさないでよ!」
千穂が叫んでいると、どたばたと家から啓太と樹と壱華と、美緒と未海も出て来た。
「千穂!」
美緒が千穂のもとに走り寄る。体を起こされ、顔を覗き込まれる。
「大丈夫?けがはない?」
「大丈夫、のはず」
まだ腰が痛んだが、千穂は大丈夫だと答えた。
千穂は視線を上げて康恩を探した。康恩は光と何か刃物を持って争っているようだった。
―なんで?どうしてこうなったの?
その困惑は、千穂だけではなく、ここに居合わせた人間皆に広がった。




