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ねえ、知ってる?  作者: 鈴太
第二章「あの子はだあれ」
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7/8

第7話:近づく距離

『また明日ね』


その文字を見たまま、しばらく動けなかった。

テレビから笑い声が聞こえている。

さっきまで気にも留めていなかったのに、一度意識するとやけに大きく感じた。

私はもう一度、送られてきた写真を見る。

今日のショッピングモール。

カフェの窓際に座っている私と紬。

撮影しているのは、私たちではない。

写真が撮られた位置には見覚えがあった。

今日、あの女の子が立っていた場所だ。

私は画像を閉じて、紬とのトーク画面を開いた。


『変なの来た』


送信。

すぐに既読がついた。


『何?』


説明するより見せた方が早い。

スクリーンショットを送る。

十秒もしないうちに電話がかかってきた。


「もしもし」


『何これ』


挨拶もなかった。


「分かんない」


『誰?』


「知らないよ」


『この写真、今日のだよね?』


「うん」


『灯、撮った?』


「撮ってない。ていうか、私たちが撮った写真ならこんな位置からにならない」


紬の声が少し遠くなる。

たぶん、自分のスマホの写真を確認している。


『待って。これさ』


「うん」


『あの子が立ってたところから撮ってない?』


「私もそう思った」


しばらく何も聞こえなくなった。


「紬?」


『いる』


「どうする?」


『どうするって……』


紬が黙る。

私も答えを持っていなかった。

知らない人から写真が送られてきた。

それだけなら、警察に相談することも考えたと思う。

でも、その前に三日連続で同じ女の子が写真に写っている。

しかも、今日は宵ヶ丘から離れた場所だった。

偶然で片付けるには、少し無理がある。


『返信した?』


紬が聞いた。


「してない」


『しない方がいいよ』


「うん」


『絶対しないで』


「分かってる」


少し前までなら、知らない相手からこんなメッセージが届けば、「誰ですか」くらい返していたかもしれない。

今は無理だった。

知らないものに呼びかけられたとき、こちらから応じる。

それがどんな意味を持つのか。

一度知ってしまった。

もちろん、歩道橋の件と今回のことが同じだという根拠はない。

でも、違うという根拠もない。


「ブロックする?」


私が聞く。


『……どうだろ』


「ダメ?」


『ダメっていうか、怖くない?ブロックしたら別の方法で来そう』


変なこと言わないで、と言いかけてやめた。

私も同じことを考えたからだ。


「じゃあ放置?」


『とりあえず』


「分かった」


『何か来たらすぐ言って』


「紬もね」


『私には来てないけど』


「来るかもしれないじゃん」


『やめて』


「そっちが先に怖いこと言ったんでしょ」


少しだけ、いつもの紬の声に戻った。

電話を切ったあと、私は知らないアカウントをもう一度開いた。

プロフィールには何もない。

投稿もない。

名前は、記号と数字を適当に並べたようなものだった。

プロフィール画像も初期設定のまま。

フォローもフォロワーもゼロ。

作られたばかりの捨てアカ。

そう考えるのが一番自然だった。

誰かの悪戯。

学校の誰かが、私たちを怖がらせようとしている。

その可能性だってある。

むしろ、そうであってほしかった。

私は画面を下にして机スマホを置いた。

メッセージには返事をしなかった。

それ以上何も来なかった。

その夜は。


     ◇     ◇


日曜日は、一度も写真を撮らなかった。

家からもほとんど出なかった。

朝起きて、昼まで動画を見て、午後は提出期限の近い課題をやった。

紬からも何度かメッセージが来た。


『なんか来た?』


『来てない』


『こっちも』


午後三時。


『なんか来た?』


『来てない』


『こっちも』


午後六時。


『来た?』


『来てないって』


『確認』


『一時間ごとに確認する気?』


『大事でしょ』


『暇なだけでしょ』


『ばれた』


夕飯を食べる頃には、少しだけ馬鹿らしくなっていた。

あれだけ怖がったのに、何も起こらない。

もしかしたら本当に悪戯だったのかもしれない。

写真だって、私たちの近くにいた誰かなら撮れる。

同じ女の子が三回写っていたことは説明しづらいけれど、全部同一人物だと断定できるほど顔が見えていたわけでもない。

髪型と制服と鞄が似ていただけ。

そう考えればいい。

夜の十時を過ぎても、知らないアカウントから通知は来なかった。

私はベッドに入り、充電器にスマホをつないだ。

紬とのやりとりを確認する。


『今日は大丈夫そうだね』


最後にそう送る。

すぐに、


『油断禁物』


と返ってきた。


『誰目線なの?』


『ホラー映画で最後まで生き残る人』


『最初に死にそう』


『ひど』


私は笑った。

そのままスマホを伏せる。

何も起きなかった。


     ◇     ◇


月曜日。

朝、目を覚まして最初にしたのは、スマホの確認だった。

通知はない。

知らないアカウントからのメッセージも増えていない。

安心した。

結局、昨日は一日何もなかった。

だったら、もう終わったのかもしれない。

制服に着替えて学校へ行く。

教室に入ると、紬が自分の席からこちらを見た。


「おはよ」


「おはよう」


「来た?」


「何も」


「私も」


それだけで、二人とも少し笑った。


「やっぱ悪戯だったんじゃない?」


紬が言う。


「かもね」


「絶対、学校の誰かだよ」


「誰がそんなことするの」


「灯に恨みある人」


「何で私限定なの」


「人間性?」


「え、なに。朝から喧嘩する?」


いつもの月曜日だった。

一時間目は英語。

二時間目は数学。

三時間目の体育では、紬がバドミントンのシャトルを二回ネットに引っかけた。


「今日調子悪い」


「いつもじゃない?」


「今日は特に」


「言い訳」


「灯だってさっき空振りしたじゃん」


「あれは風」


「ここ体育館だけど」


昼休み。

私と紬は教室で弁当を食べた。

昨日までなら、ここで紬がスマホを出して写真を撮っていたかもしれない。

今日はしなかった。

私も何も言わなかった。

少しだけ不自然だったけれど、そのうち慣れるだろうと思った。

午後も何も起こらない。

六時間目が終わった頃には、私はかなり気を抜いていた。


「帰る?」


紬が鞄を持つ。


「うん」


「コンビニ寄ろ」


「えー、いいけど」


そんな話をしながら教室を出た。

学校から駅までの道。

いつも通り人が多い。

同じ制服。

自転車。

部活帰りの生徒。

私たちはコンビニに寄った。

紬が期間限定のアイスを買って、私は何も買わなかった。


「一口いる?」


「いらない」


「おいしいのに」


コンビニを出る。

紬がアイスを食べながら歩く。

そのときだった。

スマホが震えた。

足が止まった。

紬も気づく。


「……来た?」


私は答えずに画面を見る。

知らないアカウント。

昨日は一日、何も送ってこなかった。

新着メッセージ。


『今日も楽しかったね』


その下に、写真が一枚あった。


「紬」


「見せて」


二人で画面を見る。

今日の昼休みだった。

教室。

私は自分の席に座って弁当を食べている。

紬は前の席を借りて、こちらを向いている。

二人とも笑っていた。

撮られた記憶はない。


「今日、誰か写真撮ってた?」


紬が呟く。


「見てない」


「私も」


写真を拡大する。

撮影位置は教室の後ろ。

ロッカーの辺り。

距離にして七、八メートルくらい。

誰かがそこに立ってスマホを向けていたなら、気づきそうなものだった。

少なくとも、クラスメイトの誰かは見ているはずだ。


「これ、学校の人じゃない?」


紬が言う。


「でも昨日のショッピングモールは?」


「ついてきたとか」


「何のために?」


「知らないよ」


紬がアイスを持ったまま、写真を睨んでいる。

私は周囲を見た。

下校中の生徒たちが通り過ぎていく。

誰もこちらを見ていない。


「先生に言う?」


私が聞く。

紬は珍しく言葉を被せて即答した。


「言っていいと思う」


「写真撮られてるってだけで?」


「それだけでも普通に怖いでしょ」


確かにそうだった。

怪異かどうかは関係ない。

知らない誰かが私たちの写真を撮って送りつけてきている。

それだけで十分問題だ。


「明日言おう」


「うん」


紬が頷いた。

私は、もう一度写真を見る。

教室の後ろから撮られている。

昨日のショッピングモールでは、もっと離れていた。

その前に自分たちで撮った写真では、少女はさらに遠い場所にいた。

まだ偶然かもしれない。

そう思おうとした。

でも、写真を見比べれば見比べるほど、一つのことだけが気になった。

近づいている。

あの子が写る位置も。

私たちを撮る位置も。

少しずつ。


「……帰ろ」


紬が言った。


「うん」


私たちはそれ以上話さず、駅まで歩いた。


     ◇     ◇


翌日。

朝から担任に相談した。

写真を見せて、知らないアカウントから送られてきたことを説明する。

三日間、同じ女子生徒らしき人物が写り込んでいたことも話した。

さすがに三十段目の話はしなかった。

先生は思っていたより真面目に聞いてくれた。


「分かった。念のため、今日の帰りは二人で帰りなさい。家の人にも話しておいて」


「はい」


「アカウントは?」


「まだあります」


「消さないで。何かあったとき証拠になるから」


「分かりました」


先生は写真を一枚ずつ確認した。

教室の写真で手が止まる。


「これ、昨日?」


「はい」


「昼休みか」


「そうです」


先生が写真を拡大する。


「この辺から撮ってるな」


教室後方のロッカー付近を指す。


「はい」


「……誰か見てなかったのか」


「私たちは気づきませんでした」


先生はスマホを返した。


「他の先生にも一応話しておくよ」


「お願いします」


教室に戻る。

紬が待っていた。


「何て?」


「他の先生にも聞いてくれるって」


「よかった」


「帰りは二人で帰れって」


「それは最初からそのつもり」


「あと、家の人にも言えって」


「……灯、言う?」


「迷ってる」


どう説明すればいいのか分からない。

知らない女の子が写真に写る。

その女の子らしいアカウントから写真が送られてくる。

説明したところで、警察に相談しようという話になるだろう。

それが正しいのかもしれない。

でも、もし三十段目と同じようなものなら。

警察に納得してもらえる説明ができるとは思えなかった。


「また考える」


「うん」


紬もそれ以上は何も言わなかった。


     ◇     ◇


昼休み。

私たちは写真を撮らなかった。

スマホも机に置いたままにした。

念のため、教室の後ろを何度も確認した。

少女はいない。

知らない生徒もいない。

放課後。

二人で帰る。

今日は寄り道もしなかった。


「何か来た?」


紬が聞く。


「まだ」


「私も」


「そういえば、紬には一回も来てないよね」


「うん」


「何で私なんだろ」


紬が少し考える。


「でもさ、最初に写った写真は私のスマホだったよね」


「うん」


「二枚目も」


「うん」


「三枚目も私が撮った」


「そうだね」


「なのに灯に来るんだ」


言われて初めて気づいた。

最初の三枚は、全部紬が撮った。

なのに知らないアカウントが連絡してくるのは私。


「……何で?」


「私に聞かないでよ」


ひとりごとのように呟いた言葉に、紬が反応した。

駅に着く。

そこで紬とは別れた。


「家着いたら連絡」


「分かった」


「何か来ても返信しないでね」


「しない」


「絶対」


「分かってるって」


紬と別れて電車に乗る。

二駅。

家の最寄り駅で降りる。

改札を出たところでスマホが震えた。

知らないアカウント。

嫌な予感がした。


『今日も楽しかったね』


写真。

開きたくなかった。

でも、開くしかない。

今日の放課後。

学校の昇降口。

私と紬が靴を履き替えている。

撮影位置は、かなり近い。

きっと二メートルもない。

私は写真を見たまま、前に送られてきたものを思い出した。

ショッピングモールでは、もっと離れていた。

教室では七、八メートル。

今は二メートル。

近づいている。

写真を撮っている誰か、あるいは何かが。

私たちに。

画面を閉じようとする。

新しいメッセージが来た。


『明日も一緒にいようね』


     ◇     ◇


翌朝。

教室に入る。

紬はまだ来ていなかった。

自分の席へ向かう途中、前の席の美香に声をかけられた。


「灯、おはよ」


「おはよう」


鞄を机に置く。

美香がこちらを見る。


「ねえ」


「何?」


「今日、あの子休み?」


私は鞄から教科書を出しながら答えた。


「誰?」


「ほら」


美香が教室の後ろを見る。

それから、少し不思議そうな顔をした。


「いつも灯たちと一緒にいる子」


手が止まった。


「……紬?」


「違うよ。紬じゃなくて」


美香は笑った。


「もう一人の子」


私は何も言えなかった。

美香が私の顔を見る。


「何、その顔」


「もう一人って、誰?」


「誰って……」


美香は答えかけた。

そこで止まった。


「あれ」


眉を寄せる。


「何?」


「あの子の名前」


「名前?」


「何だっけ」


美香は本気で考えているようだった。


「え、待って。毎日見てるのに」


私は美香を見た。

ふざけているようには見えない。


「どんな子?」


聞いた。


「どんなって」


美香が少し笑う。


「黒髪の子だよ。灯と紬と、いつも三人でいるじゃん」


背中が冷たくなった。


「そんな子、いないよ」


美香の笑顔が消えた。

今度は向こうが、私を変なものを見るような目で見た。


「……何言ってんの?」


教室の扉が開いた。


「おはよー」


紬が入ってきた。

私はすぐに振り返った。

紬はいつも通りだった。

私を見つけて、こちらへ歩いてくる。


「灯、聞いて。今日電車めっちゃ混んでて――」


私は紬の腕を掴んだ。


「ちょっと来て」


「え、何?」


そのまま教室の外へ連れ出す。


「痛い痛い。どうしたの?」


廊下まで来て、手を離した。


「美香が変なこと言ってる」


「何?」


「私たち、いつも三人でいるって」


紬の顔から表情が消えた。


「……は?」


「もう一人いるって」


「誰」


「分かんない。名前も思い出せないって」


紬はしばらく私を見ていた。


「写真の子?」


「たぶん」


紬が教室を見る。

中では美香が別の友達と話している。


「聞いてみよう」


「誰に?」


「他の子」


教室へ戻った。

近くにいた男子に、紬が聞いた。


「ねえ、私と灯って、普段何人でいる?」


「何その質問」


「いいから」


男子が私たちを見る。


「三人じゃない?」


紬の顔が固まった。


「もう一人、誰?」


「え?」


「名前」


「名前って……」


男子が黙った。


「ほら、あの」


指を動かす。

何かを説明しようとしている。

でも出てこない。


「……何だっけ」


別の子にも聞いた。

同じだった。

私と紬と、もう一人。

いつも三人でいる。

知っている。

見たことがある。

話したこともある。

でも。

誰も、その子の名前を言えなかった。


私は自分の席へ戻った。

スマホを出す。

昨日、昇降口で撮られた写真を開く。

私と紬。

二人だけ。

でも、その二人のすぐ近く。

ほんの二メートルほどの場所に、撮影した誰かがいた。

その姿は写っていない。

当たり前だ。

カメラを持っている側なのだから。

それなのに。

クラスのみんなは、その誰かを知っている。

私は写真を見つめた。

スマホが震えた。

午前八時十九分。

知らないアカウントからだった。


『おはよう』


続けて、写真が届いた。

今の教室。

私が自分の席に座っている。

隣に紬が立っている。

つい数秒前の光景だった。

撮影位置は、私たちのすぐ後ろ。

一メートルもない。

ぞわりと背筋を撫でられるような感覚がして、私は振り返った。


誰もいない。


もう一度写真を見る。

そこで、ふと思った。

私と紬以外のみんなには、いま私たちが何人でいるように見えているのか。

でも、聞けなかった。

きっと、何言ってるの?って笑って。

三人、って言われる気がしたから。

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