第11話:撮って
朝、目を覚ましたとき、最初に見たのは天井だった。
見慣れた白い天井。
カーテンの隙間から入った光が、壁に細長く伸びている。
しばらく、身体を動かせなかった。
昨夜のことを思い出したからだ。
少女が部屋に入ってきた。
スマホを差し出して。
写真を撮って、と言った。
私は断った。
そこまでは覚えている。
そのあと。
少女がいつ部屋から出ていったのか、思い出せなかった。
私はゆっくり目だけを動かした。
机。
椅子。
床に置いた鞄。
閉じた扉。
誰もいない。
身体を起こす。
部屋の隅を見る。
カーテンの裏。
机の下。
そんなところにいるはずがないと思いながら、それでも確認しないと立ち上がれなかった。
いない。
枕元のスマホを取る。
知らないアカウントから、新しいメッセージは来ていなかった。
写真も増えていない。
昨日まで何度も見ていたはずなのに、通知がないことの方が不自然に感じた。
私はノートを開いた。
『私と紬は二人だった』
『私はあの子を知らない』
『友達ではない』
『撮らない』
自分の字。
ちゃんと残っている。
それを見て、ようやく息を吐いた。
階下から食器の触れ合う音がした。
お母さんが起きている。
いつもの朝。
そう思った瞬間。
昨日の声が蘇った。
『いつも来てる子でしょ?』
私はノートを閉じた。
階段を下りる。
途中で足が止まった。
リビングからお母さんの声がする。
鼻歌。
いつも聞いている。
それなのに。
扉の向こうにいるのが、本当にお母さんなのか。
そんなことを考えた。
すぐに、自分で自分が嫌になった。
何を考えてるんだろう。
昨日まで、そんなこと一度も思ったことがなかったのに。
私はリビングへ入った。
「おはよう」
お母さんが振り返る。
「あら、灯。おはよう」
いつもの顔だった。
私は少し遅れて、
「……おはよう」
と返した。
テーブルを見る。
皿は二つ。
コップも二つ。
椅子も。
昨日みたいに、三人分にはなっていない。
それだけで、泣きそうなくらい安心した。
「どうしたの?」
「何が?」
「顔色悪いよ」
「寝不足」
「夜更かしした?」
「……うん」
嘘だった。
ほとんど眠れなかった。
何度も目を覚ました。
扉の向こうに誰かいる気がした。
廊下を歩く音が聞こえた気もした。
でも確かめられなかった。
「今日、学校休む?」
お母さんが聞いた。
一瞬、休みたいと思った。
家から出たくない。
でも。
昨日、この家の中に少女は入ってきた。
お母さんは少女を知っていた。
ここも安全じゃない。
「行く」
「無理しないでね」
「うん」
朝食を食べる。
味がほとんどしなかった。
お母さんは少女の話をしなかった。
私も聞かなかった。
聞いたら、昨日と同じ答えが返ってくる。
それが怖かった。
◇ ◇
家を出た。
玄関を閉めて、鍵をかける。
道路を見る。
誰もいない。
私は歩き出した。
何度も後ろを振り返った。
人はいない。
車が一台通る。
自転車の男の人がすれ違う。
犬を散歩させている人。
全部普通。
曲がり角。
カーブミラー。
私は立ち止まって鏡を見た。
自分しか映っていない。
歩く。
店のガラス。
自分。
道路。
電柱。
誰もいない。
それなのに、背中がずっと落ち着かなかった。
見られている気がする。
振り返る。
いない。
また歩く。
知らない女子高生が前から来る。
黒い髪。
一瞬、心臓が跳ねた。
違う。
顔を見る。
知らない子。
すれ違う。
その子が後ろから何か言ってくるんじゃないかと思った。
何もない。
私は歩く速度を上げた。
いつもの交差点。
そこに紬がいた。
一人だった。
「灯」
名前を呼ばれて、身体が跳ねた。
紬が少し驚く。
「何、その反応」
「……ごめん」
「昨日ちゃんと寝た?」
「まあ」
紬が私の顔を見る。
昨日、私は紬に一人で帰りたいと言った。
変なのは私じゃない、と言った。
それでも紬は、いつも通りだった。
それがありがたいのか。
怖いのか。
自分でも分からない。
「行こ」
紬が歩き出す。
私は一歩遅れてついていった。
しばらく、紬だけが喋っていた。
「今日体育あるんだよね」
「うん」
「最悪」
「何で」
「眠いから」
「それ体育関係ないでしょ」
「あるよ。走ったらもっと眠くなる」
「普通逆じゃない?」
紬が笑った。
私は少しだけ口元を緩めた。
昨日までなら。
こんな会話をしていた。
紬と二人で。
それを思った瞬間。
紬が私の向こう側へ顔を向けた。
「昨日、大丈夫だった?」
私は足を止めた。
誰に言ったのか、分からなかった。
紬も止まる。
「灯?」
横を見たくなかった。
でも、見てしまった。
少女がいた。
私のすぐ隣。
肩が触れそうな距離。
息が止まった。
いつ。
いつから。
さっきまで。
いなかった。
家を出たときも。
カーブミラーにも。
店のガラスにも。
紬と会ったときも。
私は見ていた。
確かに一人だった。
なのに。
少女は私の隣に立っていた。
紬は何も気にしていない。
「大丈夫だった?」
もう一度、少女に聞く。
少女は小さく頷いた。
私は声が出なかった。
少女がこちらを見る。
「おはよう」
返事をしなかった。
そのまま前を向いた。
歩く。
紬が何か話している。
内容が頭に入らない。
右側。
すぐそこに少女がいる。
見ない。
見たくない。
一度見たら。
また何かを思い出してしまう気がした。
三人で登校した朝。
そんな記憶が増えるかもしれない。
だから見ない。
ただ歩いた。
◇ ◇
教室へ入る。
自分の席に座る。
少女がどこへ行ったのか、見なかった。
見ないと決めた。
黒板を見る。
机を見る。
紬を見る。
少女だけは見ない。
一時間目。
先生が入ってくる。
授業が始まる。
教科書を開く。
文字を追う。
でも何も頭に入らない。
後ろが気になる。
視線。
ある。
気のせいかもしれない。
そう思う。
黒板の文字をノートに写す。
先生が言う。
「そこ、後ろ回して」
プリント。
前の席から渡される。
私は受け取る。
後ろへ回す。
振り向かない。
手だけを伸ばす。
誰かの指が、私の指に触れた。
冷たかった。
思わず手を引いた。
プリントが少しずれる。
後ろから誰かが取る。
私は振り返らなかった。
二時間目。
休み時間。
紬が私の席に来た。
「灯、今日ほんと変だよ」
「……そう?」
「ずっと下向いてる」
「眠いだけ」
「保健室行く?」
「大丈夫」
そのとき。
紬が私の後ろを見る。
「そこ通れないよ」
誰に言ったのか。
聞かなくても分かった。
椅子を引く音。
足音はしなかった。
私は机を見たまま動かなかった。
しばらくして、美香が来た。
「紬、これ昨日のプリント」
「ありがと」
「あとこれ、先生が」
美香が私の横を通る。
「ごめん、ちょっとどいて」
また。
誰に。
私は見ない。
少女がいる。
分かっている。
それでも見ない。
見ないことしか、もうできなかった。
◇ ◇
三時間目の途中。
突然。
記憶が浮かんだ。
夏。
三人で駅前のカフェにいた。
紬がストローの袋を細く丸めて遊んでいる。
少女はミルクティー。
私はアイスコーヒー。
少女が笑っている。
私は何か言った。
三人で笑った。
違う。
ペンが止まる。
私は目を閉じた。
知らない。
そんなことしてない。
ノートを開く。
授業用じゃない。
鞄の奥に入れていた方。
机の下で見る。
『私と紬は二人だった』
文字を読む。
何度も。
それなのに。
カフェの匂いまで思い出せる。
冷房が少し寒かったこと。
少女がカーディガンを羽織っていたこと。
紬が笑ったこと。
全部。
あったことみたいに。
「……違う」
小さく呟いた。
前の席の子が振り返る。
私は首を振った。
少しして。
また蘇る。
今度は冬。
私の部屋。
三人で床に座っている。
お菓子。
教科書。
少女が眠そうに欠伸をして。
紬が笑って。
お母さんがお茶を持ってくる。
違う。
昨日まで。
この子が私の部屋にいたことなんて一度も。
本当に?
手が震えた。
ノートを見る。
自分の字。
でも。
もし。
このノートを書いた私の方が間違っていたら。
そんな考えが浮かんだ。
私は慌ててノートを閉じた。
違う。
違う。
私は昨日まで知っていた。
写真。
知らない少女。
みんなの記憶。
それを調べた。
記録した。
だから。
私の方が正しい。
たぶん。
たぶん。
その言葉が頭に浮かんだ瞬間。
吐き気がした。
◇ ◇
昼休み。
一人になりたかった。
でも一人になるのも怖かった。
結局、紬と美香と一緒に食べることになった。
机を寄せる。
私は紬の隣。
美香が向かい。
その横。
椅子が一つ。
少女が座った。
私は見なかった。
弁当箱を開ける。
箸を持つ。
食べる。
何を口に入れたのか分からない。
紬と美香が話している。
「今日の体育さ、絶対外だよね」
「晴れてるし」
「最悪」
「紬さっきも言ってた」
「だって嫌なんだもん」
二人が笑う。
私も笑わなきゃいけない気がした。
でも無理だった。
少女は何も言わない。
ただ。
見られている。
分かる。
真正面から。
ずっと。
私は弁当を見る。
箸。
卵焼き。
ご飯。
見ない。
「灯」
声。
少女。
反応しない。
紬と美香の話は続く。
少しして。
「撮って」
私は箸を止めた。
それだけ。
一回。
少女は何も続けない。
私は息を吐く。
聞こえなかったことにする。
美香がジュースを飲む。
紬がパンをちぎる。
普通の昼休み。
一分。
二分。
「撮って」
また。
私は見ない。
紬が何か話している。
「昨日のドラマ見た?」
「見てない」
「えー」
「録画してる」
三分くらい。
「撮って」
箸を握る指に力が入る。
「灯?」
紬が私を見る。
「何でもない」
「顔色悪いよ」
「大丈夫」
少女。
「撮って」
間隔が短くなった。
口に入れる。
噛む。
飲み込む。
「撮って」
聞こえない。
「撮って」
聞こえない。
「撮って」
肩に何かが触れた。
身体が固まる。
手。
指。
肩の上。
私は息を止めた。
少女の手だ。
分かる。
冷たい。
それが、ゆっくり肩から首の方へ動いた。
私は椅子を引いた。
大きな音がした。
紬と美香がこちらを見る。
少女の手が離れる。
私は初めて顔を上げた。
少女を見る。
目。
鼻。
口。
見える。
顔はある。
でも覚えられない。
その口元。
笑っていた。
少しだけ。
普通の笑顔に見えた。
「撮って」
口角が少し上がる。
「撮って」
さらに上がる。
私は瞬きをした。
口の端が。
頬の途中まで持ち上がっている。
ありえない。
笑顔。
なのに目は変わらない。
何も感じていない目。
目は合っているのに、どこを見ているのか分からない。
「……紬」
声が出た。
紬が私を見る。
「何?」
「……怖くないの?」
「え?」
私は少女から目を離せなかった。
「これ」
「これって?」
「……顔」
紬が少女を見る。
普通に。
数秒。
「顔?」
「おかしいでしょ」
「何が?」
美香も少女を見る。
「普通じゃない?」
頭の中で何かが切れそうになった。
「普通?」
声が震える。
「これが?」
「灯」
紬が困った顔をする。
「朝からほんとにどうしたの?」
「何で」
「え?」
「何で分かんないの」
少女が立ち上がった。
椅子を引く音がした。
私は身体を引いた。
少女が一歩近づく。
紬は何も言わない。
美香も。
少女が私の横に立つ。
逃げたい。
でも足が動かない。
顔が近づく。
耳の横。
息は聞こえなかった。
呼吸も。
なのに声だけが近い。
「撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って」
「やめて!」
気づいたときには叫んでいた。
椅子を蹴った。
何かが倒れた。
教室中がこちらを見る。
でも。
少女だけは。
笑っている。
「うるさい!」
私は鞄も持たずに教室を飛び出した。
廊下。
走る。
後ろを見ない。
足音はない。
何も追いかけてこない。
それが逆に怖かった。
階段。
下りる。
曲がる。
誰もいない。
また階段。
呼吸が苦しい。
涙が出る。
もう一度廊下。
背後。
何もない。
私は保健室へ飛び込んだ。
扉を閉める。
「どうしたの?」
先生の声。
答えられない。
「大丈夫?」
私は首を振った。
何が大丈夫じゃないのか説明できない。
私はベッドに座って、戸惑う先生を見ながらカーテンを閉めた。
しばらくして、ようやく気づいた。
ずっと耳にまとわりついていた少女の声が聞こえなくなっていた。
◇ ◇
午後は、ずっと保健室にいた。
少女は来なかった。
一度も。
カーテンの向こうを誰かが通るたび、身体が固まった。
でも違った。
先生。
別の生徒。
誰かの足音。
全部違う。
五時間目が終わる頃。
紬が来た。
カーテンの外から、
「灯?」
と呼ばれた。
私は返事をしなかった。
数秒して。
「入っていい?」
その声が紬だと分かっているのに。
怖かった。
「……うん」
カーテンが開く。
紬は一人だった。
私は無意識に、その後ろを見た。
誰もいない。
紬が椅子に座る。
「大丈夫?」
「……分かんない」
「先生、早退してもいいって」
「うん」
紬が私を見る。
心配そうな顔。
本物の紬。
ずっと一緒にいた。
親友。
それなのに。
昼休み。
少女の顔を見て普通だと言った紬は、急に私の知らない人になったようで怖かった。
「紬」
「何?」
「昼のこと」
紬の表情が少し曇る。
「うん」
「……あれ、怖くなかった?」
「何が?」
胸が冷えた。
「……あの子」
「あの子?」
「ずっと撮ってって言ってた」
「ああ」
紬は覚えている。
「しつこかったね」
それだけ。
私は紬を見る。
「しつこいだけ?」
「え?」
「顔」
「顔?」
「変だった」
紬は少し考える。
「そう?」
「見たでしょ」
「見たけど」
「何とも思わなかった?」
紬が困ったように眉を寄せた。
「灯が急に叫んだから、そっちの方がびっくりした」
私は何も言えなくなった。
紬は悪くない。
分かっている。
でも、怖い。
この子は、本当に私と同じものを見ているんだろうか。
同じものを見て。
違うように感じている。
それなら。
何を信じればいい?
「……今日は一人で帰る」
「また?」
紬が少し悲しそうに笑う。
「うん」
「送るよ」
「いい」
「でも」
「お願い」
自分でも驚くくらい強い声が出た。
紬が黙る。
「……分かった」
その顔を見て、胸が痛んだ。
でも、今は。
誰とも一緒にいたくなかった。
◇ ◇
学校を出る。
少女はいない。
校門。
いない。
いつもの道。
いない。
私は何度も後ろを振り返った。
誰もいない。
ガラスを見る。
映っていない。
曲がり角。
いない。
コンビニの前。
いない。
駅前。
いない。
家まで、一度も。
少女を見なかった。
それでも、安心できなかった。
玄関の前。
鍵を出す。
手が震える。
中にいるかもしれない。
昨日みたいに。
お母さんと普通に話しているかもしれない。
鍵を開ける。
「ただいま」
少し間があって。
「おかえりー」
お母さんの声。
靴を見る。
私。
お母さん。
それだけ。
リビング。
少女はいない。
「今日は早いね」
「ちょっと保健室行ってた」
「大丈夫?」
「うん」
お母さんが心配そうに私を見る。
その顔を見ても。
完全には安心できなかった。
夕食。
皿は二つ。
コップも二つ。
私は席に座って食べ始める。
しばらくして。
お母さんが何でもないことみたいに聞いた。
「今日、あの子は?」
箸が止まった。
「あの子」
誰とは言わない。
それでも分かる。
「……知らない」
「そう」
お母さんはそれ以上聞かなかった。
普通に味噌汁を飲む。
テレビを見る。
それが怖かった。
お母さんは覚えている。
まだ、あの気味の悪い誰かのことを。
◇ ◇
お風呂に入る。
服を脱ぐ。
扉を閉める。
浴室。
一人。
鏡を見る。
自分。
後ろには誰もいない。
シャワーを出す。
髪を濡らす。
目を閉じるのが怖い。
シャンプーを手に取る。
泡立てる。
目を閉じて、すぐに開ける。
誰もいない。
もう一度閉じる。
洗う。
開ける。
いない。
何も起きない。
最後まで。
そんな当たり前が、少しだけ嬉しかった。
風呂から出る。
髪を乾かす。
部屋へ戻る。
扉を閉める。
少女はいない。
スマホを見る。
知らないアカウントからの通知なし。
ノートを開く。
『私はあの子を知らない』
『撮らない』
まだある。
消えていない。
私はベッドに入った。
電気を消す。
真っ暗な闇。
しばらくは眠れなかった。
それでも。
今日一日ずっと張りつめていたせいか、少しずつ意識がぼんやりしてくる。
終わった。
そう思いたかった。
でも。
そう思ったら来る気がして、考えるのをやめた。
スマホが震えた。
目を開ける。
枕元。
画面が光っている。
知らないアカウント。
画像が一枚。
開かない。
見ない。
スマホを伏せる。
また震える。
画像。
また。
画像。
私は目を閉じた。
見ない。
見たら駄目。
でも。
震える。
また。
また。
また。
止まらない。
私は耐えられなくなってスマホを取った。
画面を見る。
最初の写真。
私の部屋。
扉のところから撮られている。
ベッド。
その中に私。
今。
今の私。
息が止まった。
扉を見る。
閉まっている。
誰もいない。
次の画像。
机の横。
少し近い。
次。
ベッドの足元。
次。
さらに近い。
写真の中の私は、布団を胸までかけてスマホを見ている。
今と同じ。
指が震える。
次の画像。
私の肩。
顔。
距離が近い。
誰かが。
ベッドのすぐ横から撮っている。
私はスマホを投げた。
布団を頭まで被った。
「いや」
小さく声が出た。
またスマホが震える。
布団の外。
一回。
二回。
三回。
何枚来ているのか分からない。
私は耳を塞いだ。
「やめて」
震えが止まらない。
通知が止まった。
静か。
何も聞こえない。
私は息を殺した。
一秒。
二秒。
十秒。
誰もいない。
そう思った。
そのとき。
布団のすぐ外。
耳の横。
「写真撮ろ」
身体が固まった。
声。
少女。
近い。
見ない。
絶対に見ない。
「撮らない」
声が震える。
返事はない。
「撮らないから」
私は目を閉じる。
耳を塞ぐ。
その隙間から。
声が入ってきた。
「撮って」
一回。
「撮って」
もう一回。
「やめて」
「撮って」
「やだ」
「撮って」
「やめて」
「撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って」
「やめて!」
私は布団の中で叫んだ。
耳を塞ぐ。
涙が出る。
「お願いだから、やめて」
声は止まらない。
「撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って撮って」
「撮らない!」
喉が痛い。
「撮らないから!」
声が途切れた。
突然。
完全に。
部屋が静かになる。
私は動けなかった。
耳を塞いだまま。
目を閉じたまま。
何秒経ったのか分からない。
一分。
もっと。
呼吸の音だけがする。
自分の。
少女のものは聞こえない。
いなくなったのか。
確かめられない。
布団をめくれない。
私はそのまま身体を丸めた。
涙で枕が濡れている。
お願い。
もう来ないで。
お願いだから。
終わって。
それだけ考えた。
ずっと。
ずっと。
静かだった。
やがて。
眠気なのか。
疲れなのか。
少しずつ意識が遠くなる。
その直前。
耳元で。
女の子の笑い声が聞こえた気がした。




