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重力はラグでした。物理準備室で宇宙を処理落ちさせたら、国立研究所と黒服が来た件  作者: みんとす
第四章 木星圏争奪戦、即席銀河連合軍 ——または、整いすぎると読まれることについて
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第36話 導火線

 太陽系索引化まで:46:52


 放課後号は、土星の環の外縁を飛んでいた。


 操縦席の正面に、太陽系全体の作戦図が開いている。木星の黒い鉤を囲んで、土星、海王星、地球、月、火星から伸びた線が、一つの時刻へ集まっていた。


「現在の参加状況を、全系統へ出します」


 僕は作戦図の横に一覧を開いた。


 急場の混成軍 参加中

 国連宇宙軍残存隊:木星陽動・点火隊護衛

 火星自治救難船団:木星陽動・救助

 小惑星帯鉱業組合:土星触媒・牽引

 太陽系辺境無船籍船団:海王星牽引・地平面維持

 ラグランジュ・キッチン配送網:三方面補給

 地球・月・火星共同計算網:軌道計算

 宇宙OSサポート窓口:敵の読み取り監視・旧規格復号

 銀河外派遣軍残存艦四隻:三惑星点火

 地球低軌道港未確定残滓対応班:参加申請済み・木星へ移動中


 その下には、太陽系の外で動いている相手も出した。


 太陽系外の応答

 銀河外標準化会議・構成団体:観測値を共有。住民退避と圧縮準備を開始。太陽系到着は期限後

 銀河辺境諸勢力:作戦記録を送信済み。受領返答あり。参戦表明なし


 クァルゼイは作戦図を縮めた。太陽系の点が小さくなり、その外に、避難中を示す青い点と、圧縮砲の配置を示す赤い点が広がった。


「辺境諸勢力からは受領の返事だけです。標準化会議は不追認のままですが、全構成団体が住民退避と圧縮砲の配置を始め、通信、計算、観測をこちらへ繋いでいます」


「船は間に合うのか」


「数日では、太陽系まで届きません」


「現在の戦力で始める」


 三惑星を同時に潰す最初の案は、土星の触媒柱が揃った時点で変わった。


 惑星の圧縮は、先に済ませられる。同時でなければならないのは、三つの地平面を絡ませ始める起動だけだ。木星へ着くまで、触媒格子の干渉縞が先行二面の記録を揺らし続ける。格子が止まれば、そこから読まれる。


     ◇


 木星の陽動部隊には、未使用の手順が四つ残っていた。


 一、砕いた氷を加熱し、八隻分の排熱に見せる。

 二、空の貨物コンテナを別々の時刻に逆噴射させる。

 三、無人救命艇を異なる進入角で交差させる。

 四、採掘船が噴射の順序を毎回変え、輸送船団を偽装する。


 一度使った手順は、外宇宙OSに読まれる。同じ噴射時刻、同じ進入角、同じ電波の並びを二度使えば、次は陽動船の方が先に捕まる。


 未使用の陽動手順:四


「土星と海王星が木星へ着くまで、この四つで持たせます」


 ミラー中佐の指が、作戦図の木星を一度叩いた。


「一本目、使う。氷塵加熱」


 木星側の映像で、砕いた氷が広がった。ラグランジュ・キッチンの冷蔵コンテナが、その一部を順番に加熱する。八つの熱源が、木星の夜側に現れた。


 黒い鉤の腕が、いっせいに熱源へ向いた。


 国連宇宙軍の点火隊護衛が、その反対側を進む。


『氷塵加熱、敵が追従。点火隊、四百メートル前進』


 六秒後、サポート窓口から大槻さんの声が飛んだ。


『氷塵への読み取り、完了。熱源を出した順番と加熱時間を記録された。同じ手順は、もう効かない』


 黒い腕は、次の氷塵には反応しなくなった。


 未使用の陽動手順:三


「六秒、買った」


 ミラー中佐は喜ばなかった。次の手順へ指を移した。


 僕は土星前線を開く。


「多々良さん。木星は六秒進みました。土星の状況を」


『最後の列を入れてる。そっちの六秒よりは遅いが、止まってはいない』


     ◇


 土星前線の映像が、クァルゼイの即時橋を通って届いた。


 土星前線の窓の外を、切り出された氷塊が流れている。削り機が氷を砕き、気泡を抜き、圧縮する。吐き出された柱の内部では、輪状の干渉縞が回っていた。


 配置班は、その柱を一本ずつ、土星を包む格子へ送っていた。惑星を畳む工程の最後だけは、人の手で位置を合わせなければならない。


 柱は圧縮する力を出さない。砲が入れる最初の折り目を、光の到着差を打ち消す順で土星全体へ渡す。


 砲を載せた一隻は、土星の雲へ船首を向けていた。


 通信は焼けている。船体ノックと作業灯だけが、あの艦に残った言葉だった。その腹を開き、鉱夫たちが選別機の駆動輪、漁船の防水コネクタ、炊飯器から外した圧力弁を組み込んでいる。


「渡したのではありません」


 クァルゼイが、多々良さんに言った。


『聞いてねえよ』


「改造も承認できません。分かって、直しましたか」


『分からん。拾った部品を空いた穴へ入れて、砲身が泣く場所を避けた』


「では、改造には当たりません。修理です」


『便利な言葉だな』


 最後の触媒柱が、格子へ入った。


『配置、全数、定位置』


 若い鉱夫が、琥珀色の柱を見上げていた。手袋の指が震えている。


『怖いなら、怖いまま持て』


 多々良さんが、工具の柄で若い鉱夫の胸板を軽く突いた。


『怖くない奴が、こういうもんを雑に持つ』


『多々良さんも、怖いんすか』


『毎秒怖い』


『見えません』


『見せる暇がない。点火するぞ』


 土星の格子が閉じた。触媒柱の灯りが、手前から土星の裏側へ順に走る。


『点火系、同期。カウント、土星』


 三。


 二。


 修理砲を載せた艦が、一度だけ船体を鳴らした。


 こん。


 一。


 閃光はなかった。


 土星の雲に、細い線が一本引かれた。


 赤道の帯が、その線へ向かって伸びた。極の渦がほどけ、環の内側が傾く。雲と環が細くなり、線の内側へ入っていく。


 土星は、自分の表面へ折り畳まれた。


 最後に環が消えた。


 望遠枠が倍率を上げた。地平面の直径は二メートルに満たない。合成表示の暗い円の縁で、周囲の星が曲がっていた。遠くの重力計は、圧縮前と同じ土星の質量を示している。


 Botちゃんが言った。


「ホログラフィック原理では、三次元の中身は二次元の境界に書けるそうです」


『なら表に「土星」とも書いとけ。海王星と取り違える』


『土星圧縮、完了。外周タグ、応答』


 多々良さんは帽子を取った。


『……よく焼けた』


 修理砲の艦が、作業灯を一度点けた。


『牽引班、接続! 木星へ曳くぞ!』


 鉱業船が一斉に動いた。重力制御タグは地平面に触れず、三百キロ外を自由落下する。


 タグが木星側に、まだ到着していない基準点を作った。土星だった穴は、その位置へ落ち始めた。


「土星、木星への移送を開始」


 僕は作戦図の土星を、進行中へ変えた。


 鉱夫たちの歓声が回線を埋めた。軍の復唱とも、研究者の報告とも違う。岩を動かしてきた人間が、惑星を動かし始めた声だった。


「高梨さん」


「もう木星へ向いています」


 放課後号はラグの帆を開いた。


     ◇


 木星へ渡る途中で、海王星から四時間前の記録が届いた。


 無船籍船団は船内回線を即時橋へ繋いでいない。橋で見えるのは外周タグの現在位置だけだ。


 海王星は、土星より先に畳まれていた。


 拡大映像の地平面は、直径三十センチほどだった。そこから伸びる牽引線は物理的な綱ではない。外周タグが作るラグ場の勾配を、画面に線で示していた。


 名が三つあって、三つとも嘘の船が十六隻。その線を張り替えながら、海王星だった穴を内側へ落としている。


『この声が届く頃には、こっちは木星へ向かってる。そっちで場所を空けとけ』


 老船長が、手袋をした掌を牽引制御盤へ置いていた。ラグ場の張力が、盤の圧力として掌へ返る。


『張り、二番だけ強め』


『二番、強め』


 若い航士が、共有牽引表と計器を見比べた。


『船長。表は二本、掌には三本来ています』


『なら、手を信じろ』


『三本目は、何を曳いてるんです』


『うちの荷だ』


『余剰戦力はあるか』


『船が二隻。重力制御タグが四基』


『海王星より外へ回せ』


『どこへです』


『念のためだ』


 老船長はそれ以上答えなかった。後方画面で、海王星より外の小さな影が星を一つ隠した。軌道欄には、二百四十八年とだけ出ている。影はすでに、太陽側へ速度を上げていた。


『済んだら、茶を淹れろ。長い当番になる』


 そこで記録は終わった。


 共有牽引表は、最後まで二系統のままだった。


 クァルゼイの即時橋では、海王星外周タグは所定航路上、木星到着まで二時間十二分。三本目だけは空欄だった。


「この記録を、混成軍の全系統と、辺境を含む太陽系外の諸勢力へ共有してください。情報の開示をためらう時ではありません」


 送信すると、作戦図の内側と外側で、記録受領の印が次々に点いた。


     ◇


 太陽系索引化まで:40:08


 放課後号が木星圏へ落ちると、窓の半分が縞模様で埋まった。


 大赤斑の底に、黒い鉤が立っている。百を超える腕が、国連宇宙軍と火星の救難船を追っていた。


『二本目の陽動を開始。空コンテナ逆噴射』


 ラグランジュ・キッチンの貨物コンテナが、八方へ散った。空の噴射器を、異なる時刻に短く焚く。黒い腕が、最初の四基へ向いた。


 残りのコンテナは、同じ時刻を使わない。二秒、六秒、四秒。順序も変える。


 点火隊の二隻が、その隙に止めた腕の縁を進む。


『点火隊、三百メートル前進』


 サポート窓口の香坂さんが、敵の受信欄を読んだ。


『空コンテナ八基、噴射時刻と進行方向の照合完了。二度目は見抜かれます』


『もう一点。共有予測表と、腕が戻り始めた実測時刻に、〇・六秒のずれがあります。表には修正履歴がありません』


「三面同期の許容差は」


『〇・二秒です。今回は現在値へ手動で戻しました。ずれの発生元は空欄です』


「記録。作業は続行」


 ミラー中佐は、土星と海王星の到着時刻を見たまま言った。


 腕が貨物から木星へ戻り始める。


 未使用の陽動手順:二


「放課後号、間へ入ります」


 高梨さんが船を傾けた。弾かれたコンテナと点火隊の間へ船腹を差し込み、黒い腕が向く前に、違う進入角へ落ちる。


「先輩。次、どこです」


 僕は点火隊と鉤の腕を見比べた。


「右へ二十度。四秒だけ。噴射は一回」


「了解」


 放課後号が右へ落ちた。黒い腕が追う。高梨さんは四秒で噴射を切り、船を上下ではなく木星の奥側へ逃がした。


 腕が、さっきまで船のいた場所を閉じた。


『点火隊、止めた腕の縁へ到達』


「通った」


 声が出た。


 ミラー中佐が、作戦図の点火隊を所定位置へ移した。


「残り二手。土星と海王星を待つ」


 そのとき、地球側から作業艇の接続要求が来た。


『地球低軌道港、到着後環境復旧課未確定残滓対応班。受理番号〇〇四二への参加を申請します』


 部署名には見覚えがあった。混成軍を募ったとき、「対応します。以上」とだけ返してきた地球低軌道港の班だ。


「こちら放課後号、瀬尾です。初めまして」


『水野です。ミナトで通ってます。初めまして』


『高梨琴音さんは、乗っていますか』


「います」


 高梨さんが操縦席から回線へ入った。


『六日前、低軌道港の床を支えてくれた外部ラグ・リング。申請してくださったの、高梨さんですよね。本当に助かりました』


「え?」


 Botちゃんが六日前の航行記録を脇に出した。申請時刻、放課後号は木星圏。低軌道港への送信記録はない。


『……申請者欄は、高梨さんでした。あの二分を借りました。恩を返しに来ました』


 ミラー中佐が割り込んだ。


「未確定残滓対応班。装備と専門を申告」


『床面ラグ場の軽減、救助線、到着していない質量の扱いです』


「外周タグの牽引と、木星格子の未応答物を担当してもらう。指揮回線へ接続。返答は」


『了解』


 作業艇が放課後号へ接舷した。


 ハッチが開き、灰色の重力制御機材を抱えた二人が入ってくる。その後ろから、小柄な少女がヘルメットを脱いだ。


「ラフマニ。港湾作業艇から外した床面軽減ユニットを六台持ってきた」


「未知です。第三十六系統から来た、生徒の一人です」


「瀬尾航です。こっちが高梨琴音、クァルゼイ。いまは全員、木星格子の作業員です」


 未知はクァルゼイを見上げた。


「お名前は」


「クァル=ゼイ・ノル=オルクト。続きは、長いので」


「では、続きは作業のあとで聞きます」


 未知は重力制御機材の固定具を持ち上げた。クァルゼイも、手すりから手を離した。


     ◇


 土星外周タグ、木星到着まで:十二分

 海王星外周タグ、木星到着まで:六分

 未使用の陽動手順:二


 ミナトたちは、六台の床面軽減ユニットを木星格子制御盤へ繋いだ。


「これで穴を曳けるのか」


 僕が聞くと、ミナトは首を横に振った。


「一台では無理です。六台で進行方向の周囲を軽くして、まだ到着していない基準点だけを深くする。鉱業船と無船籍船団が、外周タグのラグ場をそこへ揃えます」


「港の床を軽くした装置で、ブラックホールの基準点を」


「床より重いだけです」


「だいぶ違うだろ」


 ラフマニが固定具を締めながら言った。


「綱の張り方は同じだ」


 土星外周タグが作戦図へ入った。


 鉱業船の群れが、土星の外周タグを囲んで木星へ落ちてくる。船体ごとに噴射時刻は違う。それでも、前方に作るラグ場の勾配だけは揃っていた。


『土星外周タグ、個別終端ビーコンまで四百メートル』


 海王星外周タグも現れた。


 十六隻の無船籍船が、牽引線を交代で張り直している。共有表にない三本目の張力だけが、最後まで数値にならなかった。


「三本目を作戦表へ載せますか」


 Botちゃんが確認した。


「載せない」


 僕は答えた。


「現場が三本あると言ってる。いまは、それで運ぶ」


『海王星外周タグ、個別終端ビーコンまで二百メートル』


 木星格子から警告が出た。


『最終列、触媒柱一本、応答なし。照会を推奨します』


「照会するな」


 僕とミナトの声が重なった。


「呼びかけたら、敵にも場所が分かる」


 ミナトが言った。


 未知の小端末に、短い表示が出た。


 第三十六系統/待機者あり


「第三十六系統にも、まだ来ていない人がいます」


 ミナトだけが頷いた。


「空欄の位置を、待機場所として保持します」


 ミナトは床面軽減ユニットを起動した。


 放課後号が格子の外縁へ寄る。応答のない柱まで三十六メートル。鉤の影が、そのあいだを横切っていた。


 六台の装置が、空欄の周囲を軽くした。呼びかける電波は出さない。柱が入る場所だけが、相対的に深くなる。


 鉤の影の下で、触媒柱が動いた。


 送信機は消えている。それでも質量はあり、空欄へ向かって滑ってくる。


「ラフマニ、救助線!」


「もう出してる!」


 黄色い線が柱の取っ手を掴んだ。ミナトが張力を六台へ逃がす。柱の回転が止まった。


 未知が空欄の表示を見たまま、手を上げた。


「あと二メートル。……一。入りました」


 ラフマニが接続部を工具で二度叩く。


 こん。こん。


『触媒柱、再接続。木星格子、全柱応答』


 クァルゼイが青い線の消えた床を見た。


「修理です」


「便利な言葉ですね」


 ミナトが返した。


 土星外周タグが所定点へ入った。


 海王星外周タグが続く。


『三本目の陽動を開始。無人救命艇、交差進入』


 八隻の無人艇が、木星の手前を別々の角度で横切った。黒い腕が四方へ分かれる。


 点火隊の二隻が、木星格子へ接続した。


『無人艇の進入角、敵が照合を開始』


 未使用の陽動手順:一


 作戦図では、違う制服、違う命令書で動く船が、二つの暗い円と木星格子を同じ時刻へ運んでいた。


 受理番号〇〇四二 配置報

 土星だったもの:所定点、保持

 海王星だったもの:所定点、保持

 木星格子:全柱、応答

 点火隊:二隻、接続

 未使用の陽動手順:残り一

 三面同期:待機

 太陽:残っています


 N=638200 到達。反例ではない。次へ


 太陽系索引化まで:38:44


 配置完了。


 空調の音だけが残った。


 ミラー中佐が立ち上がる。椅子が短く軋んだ。


「さて——木星を、やるか」

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