225話 ダム攻防戦 (30)
ダムの南の城壁と西の城壁が交わる場所――そこから少し下がった空き地だった。
兵士たちの隊列が整えられていた。
前列にはダウィの兵士たちが槍と盾を手に、一定の間隔を空けて並んでいた。その後ろにはムワの翼兵たちが控えていた。具現化した手に投げ槍を握り、翼兵の何人かは翼を広げては畳み、羽刃 の手入れをしていた。
さらにその後ろには義勇兵たちが集まっていた。
兜も鎧もまちまちだった。ダウィたちの中には、ダムの兵士の装備の代わりに、傷だらけの革の胸当てや、あちこちすり切れた鎧をまとった者たちもいた。その身なりから滲み出る独特の余裕は、彼らがダムを行き来する商団の護衛を務めてきた傭兵たちであることを物語っていた。ある者は革鎧の上に、釣り道具の入った鞄までそのまま背負って立っていた。
このダムでサルン・ケと呼ばれる商人たちの護衛たちが、長剣を腰に佩いた まま黙って立っていた。ダウィたちの間に立つその姿は、どこか異質だった。その隣にはエルフが二人並んで立っていた。長弓を背負ったエルフたちは、隊列の中でも身じろぎ一つせず、崩れた城壁の方向を見つめていた。
南の城壁がこの義勇兵たちで固められたのには理由があった。南の城壁は急な丘の上に立っていた。城壁の下には巨木が密生しており、大規模に兵力を集結させたり移動させたりするのが難しかった。だからこそ、ダムを守るために進んで力を貸しに来た義勇兵たちは、南の城壁を任されることになったのだ。最も脅威の少ない区域を守らせようという、ガルドンや他の軍長たちの配慮だった。
オークとミノタウルの本隊が主力を投入するには不向きな地形だった。予想どおり、今日まで南の城壁の外にはオークもミノタウルも姿を見せていなかった。
とはいえ、ダムの南の城壁を空けておくわけにはいかなかった。
オルデンは南の城壁の指揮をラングプル軍長に任せた。城壁が破られたという急報を翼兵から伝え聞いた直後のことだった。オルデンは即座に南の城壁の指揮をラングプル軍長へと引き継いだ。茶色い羽に白い斑点が密に散ったムワの軍長は、黙って頷くと、隊列を整えるために城壁の上へと飛び立っていった。
そしてオルデンはすぐさま兵士たちと義勇兵たちを率い、ここまで駆けつけてきたところだった。
義勇兵たちの間で低い声が交わされていた。
「南の壁には何もないと聞いていたが。」
「投石機の石があっちから飛んできたんだろう。西の城壁の外からだって。」
「なら、今の西の城壁は?」
短い沈黙が続いた。誰も答えなかった。
隊列の中にボウマが立っていた。重ね着した革鎧の脇には、丸い金具に通した短斧 を一本吊るしていた。ダレンが彼の肩の上に座り、空へと首を伸ばしていた。
ダオバがボウマの隣に立っていた。毛皮のベストをそのまま羽織ったままだった。左目元の傷痕 が兜の下からのぞいていた。背中には柄の長い斧が括りつけられていた。
バズがその隣にいた。濃い茶色の毛をした小柄なダウィだった。手には柄の長い漁の銛 を持っていた。銛の先を指先で軽く弾いた。小さな金属音が鳴った。
「その銛、何に使うつもりだ?」
ダオバが見下ろしながら言った。
「使いどころがあるさ。」
バズがまた銛の先を弾いた。
その隣に、鞘 に納まった長い剣が立てられていた。
鞘の先が地面に触れていた。とても長い剣だった。短く細い手が柄の先を握っていた。剣を杖のように突き、その上に寄りかかるように立っているのはニアだった。ドロコの小さな顔は正面を向いていた。両の目は崩れた城壁の方を向いたまま、動かなかった。
ニアが顔を横に向け、ボウマを見た。それから懐に手を入れ、また取り出した。
自分の掌 よりも大きな、黒赤く干からびた肉だった。艶のある表面が硬く締まった干し肉の一切れだった。
「これ、食べる。」
ニアが干し肉を差し出した。
ボウマがそれを受け取った。
「あ……ありがとう、ニア。」
大きく一口かじった。硬かった。歯で噛み切るのに力がいった。噛んでいる間、ボウマの視線は遠く、崩れた城壁の方へと向いていた。
「城壁が崩れるなんて……どうやったらダムの城壁が崩れたりするんだよ。あの分厚い城壁が。」
ダレンは肩の上から、何も言わずボウマを見下ろしていた。
ダオバがボウマの肩を小突いた。
「今からでも抜けたらどうだ、ボウマ。」
「抜けられるわけないだろ。」
ボウマは干し肉を噛んでいた口を止めずに言った。小さな声だった。だがはっきりとしていた。
「抜けられない……ダムを守らないと。」
ボウマがまた崩れた城壁の方を見た。
ダオバが鼻から短く息を吐いた。それ以上は何も言わなかった。
隊列の前方で、金属がぶつかり合う音が聞こえた。
オルデンだった。
華やかな鎧だった。一般のダウィ兵士の鎧よりもう一層重ねられた胸当て、肩当ての下から細やかに続く腕当て。鞘の飾り一つを見ても、兵士たちのものとは違っていた。
オルデンが隊列の前に立った。
兵士たちの視線が集まった。
「城壁に穴が開いたことは、お前たちも聞いているだろう。」
低く力強い声だった。
「城壁がどれほど厚かろうと、あれほどの大きさの投石機の前では意味を成さない。それは事実だ。俺は嘘をつくつもりはない。」
兵士の一人が、隣の仲間と目を見交わした。
「だが。」
オルデンが続けた。
「穴が開いたということは、城壁が全部崩れたわけじゃない。俺たちの土地が崩れたわけじゃないということだ。城壁の中には、まだダムがある。俺たちが守るべきは城壁じゃない。城壁の中にいる者たちだ。それが今この場で、俺たちのやるべきことだ。」
短い沈黙があり、また言葉が続いた。
「今日、ここを守り抜くことが、この戦で最も重要なことだ。」
オルデンが剣を抜いた。剣先が空を向いた。
「そしてその場に、俺が立っている! オーク野郎どもが見えたら、俺が一番に前へ出る。お前たちは俺の後に続けばいい!」
隊列の中から、一斉に声が上がった。ダウィの兵士たちが槍先を空へと突き上げながら叫んだ。義勇兵たちの間からも鋭い声が飛び交った。宙に浮かんでいたムワの翼兵たちは音もなく高く舞い上がりながら翼を広げ、翼からは羽刃がぶつかり合う鋭い音が響いた。
オルデンが剣を収めた。
振り返りながら、こちらにいる建築匠 のヴァルゴを探した。
「建築匠。」
「おっしゃってください、軍長。」
灰色の混じった茶色い毛の建築匠が前に進み出た。分厚い革のエプロンの上には、白い石粉がうっすらと積もっていた。両手には頭の分厚い槌 と楔 が握られていた。
「この壁、築くとしたら、どれほど時間がかかりますか。」
ヴァルゴが辺りを一度見回した。すでに大工の一部が到着しており、長い木材を削っていた。石材も一部積まれていた。城壁の工事に使う石を、城の外から切り出して物見塔の脇に積んでおいたものだった。
オークとミノタウルの大軍がダムの前に現れる前、ヴァルゴが遠いモノス採石場から切り出しておいた石たちだった。
「運んできた石を全部使って今すぐ壁を築くには、材料も時間も足りません。」
ヴァルゴが言った。
「ラボロスの石工の石積みを学んではおりますが……戦の最中に築く壁とは言っても、急ごしらえの小さな城壁に近くなるでしょうな。」
「どれほどかかりますか?」
「さて、どれほどかかるか……石壁と呼べるようにするには、日が暮れるまでには積み上げねばなりませんが、足りないものが多いですな。それでも石が足りなければ土を使い、木柵を作って余った木材を使えばいい。小さな石は縄で括って塊にして詰め込めばいいでしょう。完璧ではありません。ですが持ちこたえるには十分です。無いよりはましですからな。」
オルデンが頷いた。
ヴァルゴが、傍らで石材を運んでいるダウィの建築工たちの方を向いて言った。
「『戦いながら築く城壁』というのは機会がなかっただけで、石を削り、石を積む者ならば、この仕事はいくらでもやり遂げられます。」
ヴァルゴが顔を巡らせ、傍らで働いている石工と大工たちに向かって叫んだ。
「そうだろう、お前たち!」
大工の一人が手にした斧を掲げた。
「その通りです!」
石工の一人が叫んだ。
「機会がなかっただけですとも!」
別の者が言った。
「石を扱う手は、ラボロスの石工だけのものじゃありませんとも!」
ヴァルゴが頷き、腕を上げて方向を指し示した。
「よし。よく聞け。」
周りに立っていた者たちが近くに集まった。
「崩れた城壁の穴。その穴の日の側の端から内側へ三十歩。月の側の端から内側へも三十歩。それぞれその地点から、この方向へ木柵の柱を立てる。」
ヴァルゴが腕をまっすぐ伸ばし、東を指し示した。
「日の側、三十歩。そこからこの方向へ木柵をつなげていく。」
今度は西を指し示した。
「月の側、三十歩。そこからもこの方向へ木柵をつなげる。」
ヴァルゴが自分の立っている場所を足で叩いた。
「そしてこの線の上に石壁を築く。石を基礎に敷き、土と木材で埋め、小さな石は縄で括って隙間を塞ぐ。ダウィの背丈より高く。」
兵士の一人がヴァルゴとオルデンに近づき、尋ねた。
「では、我々は崩れた城壁の内側に新しく築いた壁の後ろで持ちこたえるのですか?」
「そうだ。わしらが築いた小さな石壁と共に戦うのだ。」
ヴァルゴが頷いた。
「オークどもはあそこから入ってくるはずだ。そして奴らが入ってきた瞬間、奴らは日の側の木柵と月の側の木柵の間に閉じ込められる。両側からは矢が降り注ぎ、正面からは槍が飛んでくる。」
しばし、言葉が途切れた。
ヴァルゴが大工たちを振り返って言った。
「まず木柵を立てろ。月の側と日の側に分かれて動け。石工たちは石壁を積み、足りない材料は土と木材で埋める。石の一つ一つが完璧である必要はない。早く積むことが大事だ!」
ヴァルゴが手にした石工用の槌を振り上げ、地面に置かれた石材へと打ち下ろした。楔が食い込み、石材の粗い面が割れた。滑らかではなかった。だが、積み上げられる面ができあがった。
「こうやって、素早く。完璧に削る必要はない。積み上げられさえすればいい。」
大工たちが木の柱を担いで動き始めた。あらかじめ先端を尖らせておいた太い木の柱を持ち、位置につく。槌で打ち込み、固定していく。ガンガン、ガンガン。柱の打ち込まれる音が空き地に響いた。
石工たちは石材を持ち上げ、基礎となる石を敷き始めた。兵士たちが土嚢 を運んできて、石材の間の空いた隙間を埋めた。木材の切れ端をねじ込んで固定する者たちもいた。
ダレンが肩の上からその様子を見下ろしていた。
「あれで本当に持ちこたえられるのか?」
ボウマに囁いた。
「ヴァルゴ建築匠が、できると言ってるだろ。」
ボウマが目を崩れた城壁から離さずに言った。
崩れた城壁の方では、まだ砂埃 が完全には収まっていなかった。城壁の外からはオークたちの喊声 が絶え間なく聞こえてきた。城壁の上では兵士たちの叫び声と、何かがぶつかり合う音が途切れることなく続いていた。
城壁の内側では、槌の音と柱を打ち込む音、そして縄に括られ引かれてくる大きな石の音が入り混じって響いていた。
ヴァルゴが手を挙げた。
「月の側の柱、十本目! 向きが合ってない! もう一度抜け!」
「今ですか?!」
「そうだ、今だ! その向きじゃだめだ! 早く!」
「わかりました!」
木の柵を再び引き抜く音がした。しっかりと打ち込まれていた柱が抜けないため、二人のダウィに加えて、ムワの具現化した手も添えて柵を揺さぶり始めた。
石造りの物見塔の上で、ムワの翼兵の一人が空高く舞い上がりながら丸い光を作り出した。
そしてさらに高く昇った灯りが、城壁の上で揺れた。
続いて、鋭い声が聞こえてきた。
「入ってくるぞ!! オークどもが破口 から入ってくる!!」
柵を揺さぶっていた手が止まった。大工たちが穴の方向を振り返った。兵士たちが盾を掲げた。
オルデンが剣を抜いた。
ヴァルゴが槌を振り上げながら叫んだ。
「もっと早く!! 急げ!!」
ニアが干し肉を渡したのは、不安でいっぱいのボウマの顔を見たからこそ。ニアなりの気遣いです。




