217話 ダム攻防戦 (22)
モスロウの キナ十体が、堀に沿って進軍した。
先頭の五体が、オークたちの陣形へ向かって足を踏み出した。キナの脚関節を構成するナウルの木材が、マナを孕んで 光を放ち始めた。
キナたちが短く跳び上がり、着地する足裏が地面に触れた瞬間、落下するキナの重い体重と足に凝集していた魔力が、大地に向けて放出された。
ドゴオオオオン!
固い土の地面が大きく抉れ 、四方に亀裂が走った。キナが踏みしめた場所を中心に、地面が波打つように隆起し、その反動で生じた衝撃が円形に広がっていった。近くにいたオークたちは地面を転がりながら、キナが生み出した衝撃波に薙ぎ払われる ように倒れていった。
サルマのキナが、オークたちへ向かって歩いていった。
右腕が持ち上がった。
太い爪が完全に開き、目の前にいたオーク三体を一度に掴み取った。手を握るその一動作だけで、捕らえられたオークたちの鎧が押し潰され、歪んだ。
キナが腕を外側へ強く振り払った。手の中で押し潰されていたオークたちが、力なく散らばるように吹き飛ばされ、落ちていった。地面に叩きつけられたオークたちは、腰と首が折れ曲がったまま、力なく地面を転がった。
攻撃は止まらなかった。
キナの左腕が、水平に大きな軌跡を描きながら迫った。逃げようとしていた別のオークの胴体を薙ぎ払うように捉えると、キナはその勢いを殺さぬまま腕を大きく振り抜いた。
ゴギャッ!
城壁に向かって飛ばされ叩きつけられたオークの体は、そのまま潰れて地面へと落ちていった。
サルマのキナが左足を持ち上げた。
"Ullaaaaaaaa!"
その足裏の下では、斧を振りかざしたオークが一体、叫び声を上げていた。キナは意に介さず、そのまま足を踏み下ろした。太く頑丈なキナの体重が、オークの頭と肩に一度にのしかかった 。
グシャッ!
鋼鉄の胸甲 が歪み、砕け割れた。足裏が泥の地面に触れ、オークの胸を完全に押し潰しきってから、ようやく動きが止まった。キナが足を離すと、オークの体はすでに鎧の破片と絡み合ったまま、泥の中に埋もれていた。
サルマのキナが、ミノタウルへ向かって身をひねった。
堀を渡って駆けてくるミノタウルたちが、斧を振りかざして襲いかかってきた。
―ガキィン―
先頭に立ったミノタウルが振るった斧の刃が、キナの金属外装装甲に食い込み、鈍い金属音がキナの外装装甲を伝って響いた。
サルマのキナが手を伸ばし、ミノタウルの頭を掴んだ。キナの手のひらが兜に付いた飾りをへし折りながら、ミノタウルの頭を包み込むように握った。
そのまま腕に力を込めて地面へ叩きつけると、ミノタウルの頭が泥の中に埋まった。
―ボギボギッ―
ミノタウルの首の骨がずれる音が聞こえた。
横から襲いかかってきた別のミノタウルの肩を、サルマのキナが引っ掴んだ。鋭い金属で覆われたキナの指が、ミノタウルの鎧と筋肉を貫いて食い込んだ。
キナが腕を後ろに引くと、ミノタウルの腕が丸ごと引き抜かれた。
「邪魔だ。ミノタウル」
サルマがそう言い終わるや否や、キナが身をひねりながら左腕を前へ突き出し、押し込んだ 。
正面からキナの腕を受けたミノタウルの上体が、横へ折れ曲がった。踏みとどまろうとした蹄が泥に深く食い込んだものの、結局は横へ吹き飛ばされた。
後に続いて駆けてきたミノタウルたちが互いにぶつかり合い、体勢を崩した。握っていた斧が手から抜け落ちた。
吹き飛ばされたミノタウルたちは、そのまま城壁の下に叩きつけられた。
サルマのキナが足を踏み出し、絶え間なく迫るミノタウルの群れの中へと突き進んでいった。
キナの右手が下りてきて正面のミノタウルの頭を掴み、兜を押し潰しながら首を片側へねじ曲げたまま持ち上げ、そのまま地面へ叩きつけた。
続けて左腕が大きく振るわれた。直撃を受けたミノタウルの上体がそのまま持ち上がり、堀の方へと吹き飛んだ。黒い煙の上を越えて、その体は消えていった。
キナは止まらなかった。すぐに足を持ち上げると、前で倒れたミノタウルの背中を踏みつけた。
サルマの後に続いていたキナが一体、堀を渡ってきたオークたちのいる方向へと向かった。
堀を渡ってきたオークの戦士たちが隊列を組んで槍を突き出したが、迫るキナを前にした先頭の足がまず怯んだ。何人かが持ちこたえられず後ずさりし、間隔が開くと、その隙間で槍の穂先が揺れた。
オークたちが作り上げた槍の壁は崩れ去った。
残ったオークたちは、猛烈な勢いで迫る木の巨獣を食い止めようと槍の柄を固く握りしめて踏ん張ったが、キナの巨躯 の前では枯れ枝も同然だった。
オークたちの槍先が、迫るキナの分厚い装甲板に触れた瞬間、突き通せぬまま横へ押し流され、たわんだ柄がへし折れた。折れた槍の破片が宙に舞い散った。
踏ん張ろうとした力がそのまま跳ね返り、槍を握ったオークたちの体勢を崩した。何人かは後ろに倒れ、何人かは足を滑らせ、崩れ落ちたその隙間を、キナはそのまま歩き抜けていった。
"Uaaaaawaaagh!"
キナの足の下敷きになったオークが悲鳴を上げた。
続けて、堀を渡る橋を越えてきたオークたちが、キナへ向かって駆けてきた。
キナが腰をひねりながら両腕を振るった。巨大な腕がオークたちを打ち据えた。オークたちは声を上げる暇もなく宙に跳ね上がり、堀から立ち上る黒い煙の中へと落ちていった。キナは止まることなく、絶え間なく迫るオークたちへ向けて腕を振るい続けた。
キナの右手が、迫ってきたオークたちを薙ぎ払った。鋭いキナの指先に引っかかったオークたちが持ち上がった。キナは腕を振るい、掴んでいたオークたちを堀の向こう側へ投げつけた。
投げられたオークたちは、群がっていたオークたちの真っ只中へそのまま叩きつけられた。
堀を渡ろうと最前列に立っていたオークが、飛んできたオークの体に押し潰されて後ろへ折れ曲がり、その後ろのオークとぶつかった。横にいたオークの足が引っかかって均衡を崩し、三体のオークが一度に地面へ倒れ込んだ。後ろから駆けてきたオークたちがその上に突っ込んで折り重なり、下敷きになったオークたちは押されながら互いに絡み合った。
その隙に、一体のオークが群れを離れて背を向け、逃げ出した。キナがそのオークへ向かって身をひねった。
猛禽類の爪を思わせるキナの手――巨大な鉄で覆われた装甲板と、その隙間から覗く木製の関節、そして三本の黒く巨大な鉤爪 状の指が、オークへ向かって振り下ろされた。
鉄でキナの指を覆い、先端を鋭く仕立てた鉤爪状の指が、オークの肩を正確に掴んだ。骨と筋肉がみしみしと音を立てながら、黒い指先が革鎧を突き破り、オークの肩を貫いた。
"Gwaakh!"
凄まじい悲鳴とともに、オークの体が宙へと引き上げられた。キナが腕を後ろへ引くと、オークの脚がもがき、体がねじれた。キナはそのままオークを指先に突き刺した状態で、他のオークたちへ向かって動いていった。
キナの歩みは止まらなかった。一歩ごとにオークたちが泥の中に踏みにじられていった。潰れた盾や折れた斧の柄、兜が泥と絡み合い、足元を埋め尽くしていった。サルマとそれに続くモスロウのキナたちは、止まることなくオークの群れへと前進を続けた。
キナの肩を覆う鉄板が揺れ、隣の板とぶつかり合った。
ガチャン。
脚関節を覆う金属が折れ曲がり、内側から短く擦れる音がした。
カチャッ、ガチャン。
キナたちが歩みを進めるたび、その音が絶えることなく続いた。
ダムのはるか西の荒野に、キナたちが初めて姿を現した日、その戦場を目撃した誰かがこう言った。
フィアノート。Fearnought.
恐れを知らぬ、ダウィとムワの守護者。
ナウルの神殿で造られたダムの守護者たちが、戦場で恐れを抱きながら戦う姿を見た者はいなかった。
オークが行く手を阻んでも、ミノタウルが襲いかかっても、矢が突き刺さっても――槍にも斧にも剣にも、キナはその足を止めることはなかった。
敵へ向かうキナの歩みは、なおも続いた。
*****
ベジェデの声が、戦場に響き渡った。
「ついて来い!! 五体!! 俺たちは堀を渡るぞ!!」
ベジェデのキナが堀の向こう側を指し示しながら言うと、ベジェデのキナを含めた四体のキナが後ろに続き、姿勢を低く落とし始めた。
キナが膝を曲げる動作は緩慢だった。膝関節の木の節々が圧力を受け、ギシギシと軋み音 を立てた。
足の前方に重心が集中し、キナの体が前へと傾いた。
続いて、キナの足が地面を蹴った。
キナの足が地面から離れる瞬間、足の下の地面には足跡が深く抉れて沈んだ。重いキナの体重を跳躍の力へと変換する、その瞬間だった。キナの体が宙へと舞い上がった。
重々しいキナの体を、地面から押し上げる跳躍。
巨大な木で造られた巨人が、堀の幅ほどの距離を放物線を描いて跳び越えていくのだった。
堀の向こう側にいたオークたちの見開かれた目に、キナの姿が映った。
霧と入り混じった黒い煙の尾が、空から落ちていくキナの後を追うように長く尾を引いた。
キナは堀を越え、空中から下へと落下していた。動いていた多くのオークたちが動きを止め、顔を上げてその姿を見上げた。
キナが降りてくる。最前列にいたオークたちが身を翻し、逃げようとした。その後ろでオークたちが押し合い、陣形が崩れた。逃げるオークたちの間に、理由も分からぬまま前へ進もうとするオークたちが入り混じり、もつれ合った。
ドゴォン!
キナの足裏が地面に触れた。
足が触れた地点の土が押し出された。地表が引き裂かれるように割れ、浅い亀裂が外側へと伸びていった。
キナの膝が折れ曲がった。分厚い金属装甲板が互いに嚙み合ったまま押し合い、金属音が響いた。
キナの体重が完全に沈み込んだ瞬間、足の下の土がもう一度沈んだ。周囲より低く沈んだ痕跡が残った。
同時に、キナの体が再び上へと押し上げられた。開いていた関節が改めて整列し、キナの姿勢を立て直した。
キナが立つその場所は、深く抉れていた。堀の向こう側、キナの前には数え切れないほどのオークたちがいた。木々と茂みの間から見えるのは、オークたちだけだった。
先に堀を越えてきたキナの後を継ぎ、ベジェデのキナが着地した。続けて残る三体も堀を越え、地面に降り立った。五つの足音が短い間隔を置いて重なった。
ベジェデが操縦席から身を乗り出し、下を見下ろした。オークたちが逃げ惑っていた。もつれ合い、押し合い、倒れながら。
ベジェデの目がぎらりと光り、大きく見開かれた。
「何をぼさっと突っ立って見てやがる、このオーク野郎どもが」
ベジェデのキナの右腕が、ゆっくりと横に持ち上がった。他のキナの腕とは違っていた。手の代わりに、腕の先には太い鎖が巻きついていた。鎖の輪の一つ一つに、錆と血痕がこびりついていた。その先に垂れ下がっているのは、棘の生えた鈍重 な鉄塊 ――表面全体にびっしりと太い棘の生え揃った鉄槌 だった。
ガチャン。
鎖が解けながら下へと垂れ下がった。ガチャン――ガチャン――重さに耐えきれず、鉄塊が下へ引かれるように地面を擦った。土が引っかかれた。棘の先端が地を突いた。
駆けてきたオークが一体、それを見て足を止めた。
ベジェデのキナが腕を後ろへ引いた。鎖がぴんと張り詰め、鉄塊が地面から持ち上がった。続けて、鎖と繋がったキナの腕が横へ大きく弧を描きながら突き出された。
鎖が空気を切り裂いた。瞬く間に速度を増しながら、鉄塊が軌跡を描いて飛んでいった。オークたちに避ける暇はなかった。逃げていたオーク五、六体がその軌道の上にいた。
ドグァン!
棘だらけの鉄槌を受けたオークたちは、手足をばらばらに乱したまま横へ吹き飛んだ。鎧が潰れる音と骨が折れる音が入り混じった。二、三体は互いに折り重なりながら遠くまで転がっていった。
鉄塊は弧の終点で再び引き戻された。
鎖が張り詰め、軌道が反転した。戻ってくる方向――その線上には、まだ逃げ切れていないオークの群れがいた。
オークが一体、顔を向けた。
自分に向かって飛んでくる鉄塊と、そのオークの目が合った。
自分の胴体よりも大きな鋼鉄の塊が、棘を先頭に飛んでくる。
避ける方向を探す時間はなかった。足がもつれた。オークは両腕を前へと突き上げた――本能だった。防ごうとしたのか、顔を庇おうとしたのかは分からなかった。
ズブッ――
鉄槌の棘がオークの前腕を貫いた。そのまま押し込まれた衝撃を、オークの上体が正面からまともに受けた。骨が折れる音さえも、鉄塊が通り過ぎる風切り音にかき消された。
オークは腕を貫かれたまま吹き飛ばされ――鉄の棘が抜けた瞬間、そのまま地面に叩きつけられた。
「クカカカカ!!」
ベジェデの笑い声が、キナの中で反響しながら周囲へと広がっていった。自らの全力を尽くして殺したいと願うオークとの戦い――それがもたらす歓喜から溢れ出た声だった。
「逃がしゃしねえぞ、てめえら! どこへ行く気だ!! どこへ!!」
ベジェデのキナが足を踏み出した。両足が交互に、倒れたオークたちを踏みつけながら前進した。
ベジェデのキナが、後に続く四体のキナへと顔を向けた。
「皆殺しにしろ!! オーク一匹、ミノタウル一匹たりとも――生かして残すな!! 一匹残らず薙ぎ払え!!」
四体のキナが動き出した。
その時、ベジェデの視界の端にミノタウルが映った。体格はオークの数倍はあろうかという大きさだった。両手に斧を持ち、ベジェデのキナへ向かって駆けてきていた。蹄が地面を蹴る音が、重々しく響いた。
ガチャン――ガチャン――右腕の鎖が地面を擦りながら垂れ下がった。ベジェデのキナが腕を大きく上へと振り上げた。鎖がぴんと張り詰めた。鉄塊が宙へと舞い上がった。
そして、落ちてきた。
キナの腕が上から下へ、体重を乗せて振り下ろされた。棘のついた鉄塊が速度を乗せて落下した。
ドゴォォォン!!
棘の生えた鉄槌が、ミノタウルの頭と肩を飲み込んだ。突き出た棘の牙が兜を貫き、その中へと食い込んでいった。
ミノタウルの体は崩れるようにくずおれた。
鉄槌が地面に叩きつけられると、跳ね上がった泥が四方に飛び散った。
ベジェデのキナが再び腕を返し、鎖に繋がった鉄塊を持ち上げると、その下に残っていたのは、もはやミノタウルと呼ぶことすら難しい姿だけだった。
ベジェデのキナがその上を踏みつけながら、歩みを進めていった。
貴重な時間を割いてこの物語に触れてくださったあなたへ、深い感謝を捧げます




