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214話 ダム攻防戦 (19)

堀の上を走る火の川は、消えることがなかった。


油を含んだ堀の水面が燃え上がり、炎は堀全体を呑(の) み込むように辺りを照らし出した。熱気に押されて霧が晴れ、城壁の下の地面、濡れた土、炎に輝く堀、そしてその向こうまでもが見えてきた。


堀の向こう岸、森の端から木々の間までぎっしりと詰まったオークたちの群れ。黒い塊が森から溢れ出すように、堀へと向かって動いていた。


オークたちは止まることなく駆けていく。


堀の上に投げ込まれた木の束が寄り集まって作られた橋。丸太と枝を束ねて積み上げた木の山が、燃え盛る堀の水面に半ば沈んでいた。油を吸った木々が燃えながら消えることのない炎を吐き出し、その上へオークたちとミノタウルたちが上がっていった。橋は揺れ、水と火が同時に跳ね上がった。


ミノタウルたちが先に橋を渡った。


その巨大な体が木の山の橋に乗ると、沈んでいた木の山がさらに深く押し込まれた。火のついた水面が腰の高さまで迫り上がり、燃える木の束を踏みしめるたびに泥と炎が共に跳ねた。橋は半ば水に浸かったまま揺れ、炎の中で太い脚が前へと踏み出された。


炎が木の山の橋の周りではためいた。


堀の水面の下では丸太がきしみながら押しのけられ、足元では堀の泥がぐちゃぐちゃと音を立てた。


荒く低い息遣いが、火を割って進む足取りと共にあった。一匹、また一匹。絶え間なく押し寄せるオークとミノタウルたちが橋の上を埋め尽くし、橋は燃えながら沈み、沈みながらも切れることはなかった。


火の川の上を、侵略者たちが絶え間なく渡ってきていた。




*****


城壁の上から、一人のダウィの声が響いた。


コルの声が城壁沿いに広がった。


城壁の上に並んだダウィの弓兵(きゅうへい) たちが一斉に弦を引き絞り、弓が限界まで撓(たわ) んだ。矢尻(やじり) はすべて、堀を渡ってくるオークたちへと向けられていた。


「今じゃ。放て!」


弓弦が解き放たれた。


数百の矢が一斉に侵略者たちへと放たれた。矢は空中で群れをなし、下へと降り注いだ。


オークの先頭列に矢が突き刺さり、一度に数十が倒れたが、後ろから来るオークたちは倒れた前列を踏みつけて駆け抜け、矢を背に受けて倒れたオークたちが木の山の橋の上に折り重なっていった。


二度目の一斉射が放たれた。ダウィの弓兵たちはすぐさま次の矢を弦にかけた。


木の山の橋を駆けてくるオークたちの真ん中へ、矢が降り注いだ。


狭い橋の上を走っていたオークたちが倒れ、橋の縁の外へと押し出されていった。火のついた水面に落ちたオークたちが、水の上でもがいた。


橋が傾くと、傾いた橋の上で均衡を取ろうとしたオークたちが互いに絡み合った隙間へ矢と投げ槍が突き刺さったが、それでも堀の向こう岸の森からはオークたちが絶え間なく溢れ出し、前が塞がれても横へと回り込み、倒れた場所を次のオークが埋めながら駆け続けた。


その後ろから、重装甲を纏(まと) ったオークたちが堀を渡ってきた。


一般のオークとは違う姿だった。胸を覆う鉄板は厚みを増していた。板の上に板を重ねた造りで、肩には突き出た鉄の防具が乗せられていた。前腕を包む籠手(こて) は、内側の継ぎ目まで厚い革で補強されていた。


兜(かぶと) は額と頬骨(ほおぼね) を覆い、目の下まで下りていた。狭い目穴の間からオークの目が覗いていた。盾はオークの胴の幅を覆ってなお余るほどだった。厚く広い盾の外側の面には、鉄板が貼り付けられていた。


城壁の上から矢が降り注いだ。


重装オークたちが盾を掲げると、飛んできた矢は盾に突き刺さるか、鉄板に当たって弾かれた。その隙間、鎧の継ぎ目を狙って入り込んだ矢が重装オークの一体の喉を貫き、倒れたその場所へ重装オークたちが盾を寄せ合って隙間を埋め、盾の壁が城壁の前へと進んでいった。





*****


城壁の向こう、森の端に木を伐(き) り倒した跡地があった。


幾度もの斧打ちで作られた切り株が地面に残っていた。木が倒れた跡ごとに枝が絡み合い、その間をオークたちが踏みながら行き来していた。そこにオークたちの攻城兵器が据えられていた。


投石機だった。


太い木の柱で骨組みを組み、柱の間に太い梁(はり) を渡していた。投石機の腕の先には石を収める分厚い革の袋が付いており、反対側の端には重りとして使う石が縛りつけられた木樽が、太い縄で結ばれていた。


オークたちが数匹がかりで縄を引くと、重りが上へと引き上げられ、投石機の長い腕が押し下げられ、その反対側の革袋が下へと傾いていった。


オークたちは腕を目一杯押し下げて掛け金(かけがね) に固定した後、袋に石を積んだ。


袋に積まれた石には、荒く割った断面がそのまま残っていた。オーク二匹が両脇から抱えて持ち上げなければならないほど重く巨大な石塊だった。


一匹のオークが前へと駆け寄り、掛け金の縄を斧で断ち切った。


投石機の腕が跳ね上がった。


革袋は上へと弧を描いて回った。袋が前方へ振り切られた瞬間、積まれていた石が飛び出した。


石はダムの城壁を目がけて飛んでいった。


空中で回転しながら飛来する石の音が、先に城壁の上へと届いた。分厚く鈍い音だった。


胸壁(きょうへき) に身を寄せていた兵士の一人がその音を聞いて盾を掲げたが、すでに遅かった。


石塊が胸壁の石に正面から衝突し、衝撃が城壁全体へと広がった。胸壁が砕け、破片が四方へと飛び散った。傍にいたダウィの兵士数名が衝撃と破片に巻き込まれて倒れた。


オークたちの投石機は一台だけではなかった。


森の端に沿って、四台が間隔を空けて据えられていた。


オークたちはそれぞれの投石機で縄を引き、石を積んでは腕を放った。順に、時には同時に、投石機から放たれた石が城壁へと飛び込んできた。


胸壁の上に落ちた石が城壁の上を転がり、駆けていたダウィの兵士の足に引っかかり、その兵士はそのまま横に倒れた。別の石が城壁の上の木造の構造物を直撃し、折れた木材がその下にいたムワの翼兵(よくへい) を押し潰した。


堀の炎が水面を燃え上がらせ、城壁の下を火の川に変えていた。明るい橙赤色の光が城壁を下から上へと染め上げていった。


続いて、熱を孕(はら) んだ風が堀から立ち昇る煙を巻き上げ、城壁の上を覆い尽くした。


その煙の中を、投石機の石が飛び込んできた。飛んでくる方向は煙に遮られ、見分けがつかなかった。


胸壁の後ろのダウィの兵士たちは盾を持って身を屈め、再び立ち上がって投げ槍を放ったり、城壁に掛けられた梯子を押し返したり、オークたちが投げた鉤縄(かぎなわ) を断ち切ろうと城壁の各所を忙しく動き回っていた。


オークの投石機が放った石が落ちる場所ごとに、ダウィの兵士たちが倒れていった。


城壁の下からオークたちが投げ上げた鉤が胸壁に引っかかった。縄が幾筋も垂れ下がった。


投石機から小さな石が一度に放たれた。空中でばらけながら城壁の上へと広がっていった。


石が雨のように降り注いだ。ダウィの兵士たちの兜を叩き、顔を打ち、腕と首に食い込んだ。顔を上げていた兵士がそのまま後ろへと倒れた。傍に立っていた兵士は目を押さえたままその場に崩れ落ちた。


投石機から大きな石の代わりに細かく砕いた石を掻き集めて撃ち出された砂利が、空中に散らばりながら城壁の上のムワの翼兵たちを襲った。


オークの投石機へと飛んでいた翼兵は、広げた翼に石が食い込み、羽ばたいていた翼がそのまま畳まれた。


後に続いていたムワの翼兵たちも同じだった。飛び散った石に打たれた翼兵たちの羽ばたきが乱れた。前へ進んでいた体が鈍くなり、保っていた高さを支えきれずに下へと傾いていった。


縄へと駆け寄っていたダウィの兵士たちも、城壁のあちこちに倒れていた。城壁に掛けられた梯子まで数歩を残して動きを止めたダウィの兵士たちの姿も見えた。


城壁の下から飛んできた投石機の石が一度過ぎ去ると、城壁のあちこちがまばらに空いた。空いた場所を埋めよという叫びがあちこちから聞こえた。


下からは再びオークたちが上ってきていた。鉤をさらに投げ、縄をさらに掛けた。


縄はそのまま残り、オークたちの梯子は再び城壁に立てかけられた。最初に上ってきたオークが梯子の上から顔を覗かせると、ダウィの兵士が槍を突き入れた。オークはそのまま下へと落ちたが、すぐに次のオークがその場所を埋め、その後ろでまた別のオークが這い上がってきていた。


ダムの城壁と、火の川となった堀との間で、両者の戦いが絶え間なく続いていた。




*****


城壁の下、堀と城壁の間の狭い地では、別の戦いが続いていた。



軍長ドゥラハが、堀を渡ってきたオークたちと対峙していた。


彼の身には札甲が纏われていた。鉄の札を重ね合わせて綴じ合わせた鎧だった。厚みのある札が肩から前腕まで、胸から腿(もも) まで隙間なく覆っていた。札甲(さねよろい) のあちこちにオークの血がこびりついていた。


赤みを帯びた褐色の毛が、兜の下から長く垂れていた。右の眉から左の顎まで走る長い傷跡が顔を横切っていた。


ドゥラハは巨大な大剣を手にしていた。


幅広く分厚い刃を持つ大剣だった。刃の側面は掌の幅ほど突き出しており、角は鈍く角ばっていた。柄から切っ先(きっさき) までの長さは、ドゥラハの背丈を超えていた。


ドゥラハは両手で柄を握り、右肩の上を越えて背中へと担いだ。柄の端が肩の後ろに引っかかり、刃の背が背中に沿って斜めに下りていった。大剣は背を対角線に横切って下がっていた。


その大きさは、ドゥラハの左足の踵(かかと) に届いてなお余るほどの長さだった。切っ先は踵の後ろの地面をかすめるかどうかというところで、一歩踏み出すごとに先端が地を擦りそうなほど低く揺れた。


ドゥラハが駆けた。


前にいたオークが盾を構えた。ドゥラハは走りながら右肩を軸に上体をひねった。大剣は肩の回転に合わせ、右上から左下へと大きく弧を描きながら振り下ろされた。


「んんんっ!!」


顎を噛み締めながら吐き出す声とともに、ドゥラハの刃がオークの盾へと叩きつけられた。


盾が真っ二つに割れた。


オークの左腕が盾もろとも横へと吹き飛んだ。オークはそのまま前のめりに倒れ込んだ。


周囲のオークたちがドゥラハから数歩下がった。


ドゥラハは止まらなかった。


大剣を振り下ろした姿勢のまま、ドゥラハは膝を曲げ、体重を右足に乗せた。


巨大な大剣の刃を下げたまま、ドゥラハは自らの剣を再び引き上げた。


両腕が左から右へと大きく回り、大剣の刃が引き上げられた。大剣を胸の高さまで持ち上げた姿勢のまま、ドゥラハは右から駆け寄ってくるオークへとそのまま体を向けた。


ドゥラハの右肩が前へと突き出し、先にオークの体に激突した。体重を乗せた短い突進にオークは後ろへと押され、オークが均衡を崩した瞬間、ドゥラハは右足を前に踏み出しながら大剣を頭上へと振り上げた。


その姿勢のまま、しばし止まった。刃が上を向いていた。


「うおおおおおっ!!」


息を押し上げながら放った声とともに、大剣が振り下ろされた。


垂直に落ちる巨大な刃だった。刃全体の重みがオークの兜の上へと落ちた。


刃が食い込み、兜を割ってそのまま体まで下り、体を真っ二つに裂いた。裂かれたオークの体が左右に開きながら崩れ落ちた。


大剣の切っ先が泥の上に触れた。衝撃が柄を通してドゥラハの肩へと伝わった。ドゥラハは両手をひねり、泥に刺さった刃を引き抜いた。


ドゥラハの後ろに、ダウィの兵士たちが続いていた。


ハルバードを手にしたダウィの兵士たちだった。長い柄の先に斧刃と槍先が共に付いた武器だった。ダウィの兵士たちは厚い革鎧と鉄板を重ねた胸甲を纏っていた。六名。ドゥラハの後ろに従い、城壁の下沿いを移動していた。


「俺が先に行く。遅れるな」


「承知しました、軍長!」


ダウィの兵士たちの声が重なって響き、六本のハルバードが前へと傾いた。


ドゥラハの傍らで襲いかかってきたオークを、ダウィの兵士の一人がハルバードの槍先で突いた。後に続いていたダウィの兵士は向きを変え、城壁の斜面を登ろうとしていたオークの脇腹へとハルバードの斧刃を振るった。


別のダウィの兵士がオークへと槍先を伸ばした。槍先がオークの鎧の継ぎ目へと食い込んだ。オークが槍を掴んで前へと引いた。兵士は引きずられまいと両足を広げて地を踏みしめた。別のダウィの兵士が横から駆け寄り、ハルバードの斧刃でオークの腕を切り落とした。


ドゥラハは城壁沿いを移動した。


城壁に掛けられたオークたちの梯子の下を通りながら、ドゥラハは大剣を横へと大きく振るった。柄を固く握り込んだまま、腰の回転に合わせて振られた大剣の刃が梯子を斬った。


梯子が切れ、下側が外れて落ちた。城壁に掛かっていた部分が持ちこたえられず折れ、崩れ落ちた。


城壁を登ろうとしていたオークの手が宙を掴んだ。均衡を失った体が後ろへと倒れ、下へと落ちていった。


ドゥラハは止まらなかった。


「くそっ、ずいぶん湧いてきやがるな!」


彼が顔をしかめながら吐き捨てた。


城壁の斜面にはオークたちが絶え間なく押し寄せていた。城壁に掛けられた梯子が三つ、四つと増えていく。後ろからもオークたちが次々と堀を渡ってきていた。

少しでも皆様に楽しんでいただける時間となれば幸いです

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