210話 ダム攻防戦 (15)
床の木板は均一ではなかった。所々に亀裂が走り、攻城塔 の上から流れ落ちた血が広がって滑りやすくなっていた。
下の階からは、オークたちが絶え間なく上ってきた。
ガルドンがその前に立ち塞がった 。
右手から迫ってきたオークが、ガルドンめがけて斧を振るった。
勢いよく振り下ろされたオークの斧は、攻城塔内部の空間が狭いせいで刃が柱に引っかかった。
その瞬間、ガルドンの斧が短く食い込んだ。柄をほとんど斧頭の真下まで握り込んだまま、下から上へと斬り上げた。
オークの肘が斬り飛ばされた。
「Aaaaaagh!」
別のオークの槍先がガルドンの胸甲 をかすめた。金属が擦れる鋭い音が響いた。
ガルドンは左手でオークの槍の柄を掴み取った。オークはそれを離すまいと踏ん張り、傾斜路の上で互いに引き合った。
ガルドンがもう一歩踏み下ろした。体重が乗った。
槍の柄を握ったままオークを引き寄せた。オークの体が前へと傾いだ。その瞬間、ガルドンの膝が跳ね上がった。
ゴギャッ!
折れたオークの歯が弾け飛び、顎の骨が砕ける音が短く響いた。オークの頭が仰け反った 。
ガルドンは手にしたオークの槍を放さなかった。槍の柄をひねり、オークの体を横へ投げ飛ばした。オークは後ろに続いていた別のオークと共に、傾斜路の下へと転がり落ちていった。
後方に控えていたダウィの兵士が前に出た。盾を掲げ、下方を防いだ。
別のダウィが傾斜路の下へと短い槍を投げ、下から上ってきたオークの肩に突き刺さると、オークの体が一方へ折れ曲がりよろめいた。
「このまま下るぞ!」
ガルドンが叫んだ。
ガルドンは、ねばついたオークの血で汚れた斧を握り直した。
攻城塔の、さらに下の階。
下へと向かう傾斜路は、さらに暗さを増していた。下から立ち上る煙たい煙と共に、狭い攻城塔内部に見える松明の灯りが揺らめいた。
オークの一匹が傾斜路の下から跳躍するように飛びかかってきた。ガルドンは身を低く沈め、オークの脚が頭上をかすめて過ぎた。後ろのダウィ兵士が前に詰め寄り、盾でその背を壁へと押し付けた。甲冑 が壁にぶつかり、鈍い音が響いた。
すぐさまダウィ兵士の斧刃が振り下ろされ、オークの背を斬り裂いた。
さらに下の階。
二匹のオークが並んで上ってきた。
傾斜路が狭く、二匹は肩を寄せ合ったままだった。
ガルドンはまず、自分に向かって振るわれたオークの斧を受け止めた。金属がぶつかり合い、大きな音が響いた。
もう一匹のオークの槍が、ガルドンの脇腹を狙った。
ガルドンは斧頭のすぐ下を短く握り、長く残った柄を槍の下へと押し込んだ。槍先が横へ弾かれた。同時に左足を傾斜路にしっかりと踏みしめた。
ガルドンの斧刃が再び振り上げられた。
手にした刃が、オークの顔――兜の目の穴の上へと打ち下ろされた。
兜の金属が裂け、刃が半ばまで食い込んだ。ガルドンが足を上げてオークの胸を蹴りつけると、刃が抜け、血が飛び散った。
残るオークが飛びかかってきた。ガルドンは素早く体を前へ寄せ、密着させた。あまりに近く、斧を振るうことはできなかった。斧の柄を押し込み、オークの喉を押さえつけた。
柱と斧の間に、オークの首が挟まった。
ガルドンはそのまま力を込め、オークの首を押さえつけた。オークの体が後ろへ押され、柱に押し潰された。
骨が折れる音がして、オークの体は力なく柱を伝って崩れ落ちた。
後方のダウィ兵士二人が、傾斜路の下に向けて盾を構えた。別の兵士三人がその後ろで武器を握り直した。荒い息が飛び交った。甲冑のあちこちに、オークの血が飛び散っていた。
「大軍長 、下に入口が見えます!」
一人の兵士が叫んだ。
傾斜路の果て。
攻城塔の最下層が見えた。出入り口の方から外の光が滲み込んでいた。扉はすでに半ば砕けていた。
下からオークが一匹上ってきた。ガルドンは傾斜路の果てまで下り切った。
オークが咆哮しながら、手にした武器を振り下ろした。
ガルドンは半歩、体を横へずらした。オークの斧刃が傾斜路の木を打ち砕いた。
その瞬間、ガルドンの斧が下から上へと食い込んだ。
オークの顎から始まり、顔を割きながら上へ。
刃は額まで裂き上げた。オークはそのまま仰向けに倒れた。
攻城塔の最下層。
ガルドンは砕けた出入り口を越え、外へと踏み出した。
粘つく湿気と霧の入り混じった外気がガルドンを包んだ。その中には、血と焼ける油、濡れた土の匂いが一つに絡み合っていた。
城壁の下、木組みと石壁の間の空間が目の前に広がった。
彼の後ろに、ダウィ兵士たちがガルドンに続いて立った。
*****
オークたちの攻城塔、最下層。
ガルドンは攻城塔の入口を抜け、外へ出た。
霧が低く垂れ込めていた。攻城塔の骨組みの間から漏れ入る光は淡かった。堀から立ち上る湿気が、甲冑の金属の上に水滴となって結んだ。
攻城塔を下る間中漂っていた血と木の焼ける匂いは、外の冷たい空気の中でも消えなかった。
ガルドンの足が止まった。
攻城塔の側面だった。木組みと城壁の石の間に空いた狭い隙間。堀から立ち上った霧が、その空間に低く溜まっていた。
遠く、城壁の下にリルビュルの姿が見えた。
翼を半ば広げたまま、横向きに倒れていた。リルビュルの片方の翼には、矢が突き刺さっていた。
矢尻 は翼の外側の面から突き抜け、地面に突き刺さっていた。羽根の付いた矢柄は翼の内側で折れ曲がっていた。両目は開いていたが、焦点は揺らいでおり――それでも完全に失われてはいなかった。息はしていて、嘴 は開きかけては閉じ、微かに動いていた。何かを言おうとしているようだったが、声にはならなかった。
リルビュルの傍らには、翼兵 が幾人も倒れていた。一人は目を完全に閉じたままだった。胸が上下しているのを見て、まだ生きていることが分かった。別の一人は目を半ば開けたまま、翼の先が微かに動いていた。
具現化した手が、土の上を掻いていた。何かを掴もうとする動きだった。
ガルドンが後ろを振り返った。
ダウィ兵士五人が塔の入口を抜けて出てきた。
「そなたたちは、リルビュルと翼兵たちを連れて城壁へ戻れ。」
ダウィ兵士たちが動いた。
ダウィ兵士たちがリルビュルの方へと歩み寄った。一人の兵士が膝をつき、翼に刺さった矢を検めた。指で翼の両側を慎重に押さえながら、裂けた範囲を確かめているのだった。矢は翼の骨の間をかすめて通っていた。そのまま完全に抜けば、裂けた傷がさらに広がりかねなかった。兵士は矢柄をしっかりと手の中に握り込むと、鋭く折った。
突き出ていた矢尻側の柄が短くなった。リルビュルは痛みに耐え、目をきつく閉じた。
兵士は片膝をつき、リルビュルの体の下へと腕を差し込んだ。ムワの体は、ダウィに比べればずっと小さかった。
驚くほど軽かった。兵士はリルビュルの体を持ち上げ、肩へと引き上げた。リルビュルの腰が、板金鎧の肩の部分の上に乗せられた。
リルビュルが具現化した手を伸ばした。翼から繋がる具現化した手が、ダウィ兵士の肩甲の縁を掴んだ。指先が金属板の縁を包み込むように握った。
力が込められた。しがみつくための力ではなかった。兵士が足を運ぶたびに体が揺れぬよう、重心を保つための力だった。リルビュルの目がガルドンを見た。
ガルドンがその目を見た。
リルビュルの嘴が再び動いた。小さな声が漏れ出た。
「毒です······矢に、毒が塗られています。」
ガルドンが頷いた。
他の兵士たちは翼兵たちの方へと向かった。目を半ば開けた翼兵に兵士が身を屈めると、翼兵は具現化した手で兵士の背の革紐を掴んだ。指が革紐をしっかりと巻き締めた。足手まといになるまいとしてのことだった。ダウィ兵士はその重みを確かめ、ゆっくりと腰を伸ばした。
リルビュルを肩に担いだ兵士が顔を上げた。
霧の中、城壁の下のあちこちに、なおも翼兵たちの姿が見えた。
倒れたムワたちが散らばっていた。
動くムワもいれば、動かぬままの翼兵もいた。
兵士がガルドンに近づいて言った。
「大軍長······まだ翼兵たちが、下に残っております。」
別の兵士も顔を巡らせ、霧の中を見渡した。
「全員を連れて行くには、我々の数が足りません。」
しばし、静寂が流れた。
ガルドンが短く言った。
「今、連れて行ける者から先に上げよ。」
兵士が再び尋ねた。
「では、残りの者は······」
「再び下りる。」
ガルドンの視線が堀の方へと向いた。
「時間は俺が稼ぐ 。」
兵士たちが互いに一瞬、顔を見合わせた。
一人の兵士が頷いた。
「すぐにまた、下りて参ります。」
別の兵士も短く言った。
「城壁の上に知らせます。他の兵士たちと共に戻って参ります。」
ガルドンが頷いた。
「急げ。」
兵士たちは足を運び、攻城塔の入口へと向かった。翼兵たちを背負ったまま、落下橋 へと続く傾斜路の段を踏んだ。ガルドンは彼らが塔の闇の中へと入っていくのを見た。足音が木の板の上に響き、やがて薄れながら遠ざかっていった。
*****
ガルドンが身を翻した。
城壁の上から何かが飛んできた。
二本の投槍だった。
低く速い投槍がガルドンの頭上をかすめて過ぎ、ほぼ水平に近い軌跡を描きながら、堀の前でオークたちが群がる方向へと飛んでいった。
一本が、最も先を駆けていたオークの胸甲を貫いた。柄の端は後ろにいた別のオークの肩にまで突き刺さった。二匹のオークが一本の槍に串刺しにされたまま倒れた。
もう一本は、その傍らのオークの首を貫いて過ぎた。オークが後ろに倒れ込みながら、後方の二匹とぶつかった。三匹のオークが他のオークたちと絡み合いながら倒れた。
ガルドンが城壁の上を見上げた。
バンダだった。
バンダが胸壁 の上に身を乗り出し、投槍を構えていた。その傍らには弓兵たちが並んでいた。バンダの投槍が飛んでいく間、弓兵たちは弦を引き絞り、城壁の下のオークたちへと矢を放った。
矢を受けたオークたちがよろめいた。一本の矢が、ガルドンへと駆け寄っていたオークの太腿 を貫いた。
別の矢が、堀の前で槍を手に駆けてきたオークの肩に突き刺さった。オークは走るのをやめ、膝を折った。
ガルドンの目が堀の方へと向いた。
攻城塔の前。倒れたオークたちが作り出した空間の向こうに、堀に架かる橋の始まる地点が見えた。
橋の幅はかなり広かった。ダウィが数人並んで立っても、両側に余裕があるほどの広さだった。
その上を、オークたちが駆けてきていた。隊列は橋の先まで続いており、橋の向こう、霧の中にはまだ渡り切れぬオークたちが列を成して待っていた。その数がどれほどか、見当もつかなかった。
バンダの三本目の投槍が飛んできた。
駆けてきたオークの一匹の兜に、槍先が側面から突き刺さった。兜が横に回り、オークの首が折れた。オークが倒れ込みながら前方のオークを引きずり込んだ。足がもつれた二匹のオークが倒れ、しばし道を塞いだ。
ガルドンが駆けた。
攻城塔と城壁の間の空間を突っ切った。オークの一匹が横から飛びかかってきた。ガルドンは走る勢いのまま肩をひねった。肩の板金がオークの顔面を強打した。オークは後ろに吹き飛ばされて倒れた。ガルドンは足を止めなかった。
走りながら、ガルドンは地面に目を走らせた。
倒れたオークたちの間に、投槍が二本突き刺さっていた。バンダが城壁の上から投げたものだった。柄は土に斜めに突き刺さり、先端はまだ揺れていた。
ガルドンは走る速度を落とさぬまま、一本目の柄を掴み取った。突き刺さっていた柄が抜け、土が跳ねた。手のひらの中に、木の柄の重みが伝わった。二歩後、二本目の柄を掴み取った。
走るガルドンの手に、二本の投槍が握られていた。
本日もお付き合いいただき、ありがとうございました




