208話 ダム攻防戦 (13)
城壁の上に傾いて下りた、鉄で縁を覆った分厚い木の板。ダムの西側の城壁へ向け、攻城塔 から下ろされ突き刺さった落下橋 の先端には、太い鉄釘が数十本、隙間なく打ち込まれていた。
打ち下ろされた瞬間に城壁の隙間へ食い込むよう、先端が鋭く突き出たものだった。衝撃で何本かは曲がり、鉤のように巻き込んで、ダムの城壁に喰 らいつくように突き刺さっていた。
粗く組まれた分厚い木の橋は火に焼かれて裂け、縁ではまだ残り火が赤く息づいていた。黒く焦げた部分が割れて中の明るい木目が覗き、その隙間から細い煙が漏れ出ていた。鉄と石がぶつかり合う場所では、体重を乗せたオークたちの足音に合わせ、小石がバラバラと零れ落ちていた 。
落下橋の鉄鎖 はぴんと張ったまま、がたがたと音を立てて揺れていた。
オークたちの落下橋は城壁に完全には着地しきれぬまま、斜めに掛かっていた。足を踏み外せばそのまま下へ落ちかねないほど不安定だった。下ではまだ燃える油がぼたぼたと、その火明かりが下の闇を赤く揺らめかせていた。
「Okkkkkkkkaaaaaaaaaa!! Ulla!!」
目の前の敵に向かって、残忍なる破壊神オッカの名を叫びながら駆けてくるオークたち。
オークたちの体のあちこちには、厚い鉄板が打ち付けられていた。目の前の相手へ向かって咆哮 を上げ、足を踏み出すたびに、その下に敷かれた木もまた悲鳴を上げた。攻城塔の落下橋が大きく揺れた。
火明かりと煤 の中に晒された肌は、あちこちが黒く汚れていた。火傷の痕のように荒くひび割れた皮膚、体のあちこちには太い縄のような傷跡が絡みついていた。顎の下からは太い牙が突き出し、歯の間から熱い息遣いが漏れていた。
オークの肩には、二重、三重に重ねられた鉄板の鎧が着込まれていた。板の一枚一枚に、擦り傷と抉れた痕がびっしりと刻まれていた。胸には獣の頭蓋骨が吊るされ、その隙間で骨片と金属片ががちゃがちゃとぶつかり合った。
最も先頭を駆けてくるオークの手には、鋸歯 のついた斧が握られていた。斧の刃は広く重く、縁が欠けていた。
欠けた隙間には黒く乾いた染みがこびりついていた。もう一匹のオークは盾を構えていたが、盾は丸く分厚い形をしており、表面には獣の革が張られていた。
オークたちは攻城塔が下ろした狭い橋の上を駆けた。
体重を乗せた足音がどすどすと橋の上を踏みつけながら前へ駆け出した。木の橋は大きく揺れ、鉄鎖がじゃらじゃらと音を立てた。
一匹のオークの足が一瞬滑った。だが後ろに続いていたオークがその背を押し出し、その勢いでかえって前へと跳び出した。
「OKKA- Shashuuut!」
オークたちの咆哮は、割れた金属のように荒々しかった。声は煙と熱気の中を切り裂きながら城壁の上へと広がっていった。
オークが落下橋の先端に辿り着いた。
爪先が城壁の石を踏んだ。
鉤が食い込んだ箇所で、石がさらに砕け落ちた。
オークは頭を左右に振りながら辺りを窺 った。
吹き寄せる風が運んだ黒い煙の合間から、城壁の上のダウィ兵士たちを睨みつけた。
その瞬間、閃く金属の刃がオークの視界を横切った。
「このオーク野郎が!」
短く固い叫びとともに、ダウィ兵士の槍先がまっすぐ突き出された。
鋭い鋼がオークの胸を貫いた。
鉄板と鉄板の間、重なった板金の継ぎ目をこじ開けるように入り込んだ。
分厚い皮膚が裂ける音がした。
駆けてきたオークの体が一瞬前のめりになったかと思うと、すぐさま後ろへと仰け反った 。
オークの口が開いた。牙の間から熱い息が一度、大きく漏れ出た。
突き出したダウィ兵士の槍の柄がしなった。だが折れはしなかった。
ダウィ兵士は握った槍もろとも、さらに一歩踏み込んだ。
槍先がオークの背後へと突き抜け、黒い血が飛び散った。
オークの足が城壁の縁で踏み外れた。
そして均衡を取り戻せぬまま、体は城壁の下へと崩れ落ちた。
短い墜落。
「Uwaaaa!」
城壁の下へと遠ざかるオークの声が聞こえた。
グシャッ――!
そしてオークたちの喊声 を覆い尽くす巨大な音。
――ドガアン!
投石機の石塊 が胸壁 を強打した。
石粉が爆ぜるように飛び散り、破片が散らばりながら周囲の甲冑 や盾にぶつかる音が、乱れながら他の音々と入り混じった。
城壁の上が揺れた。
短い悲鳴、罵声、金属がぶつかり合う音が絶え間なく絡み合った。
オークたちは止まらなかった。
城壁へと繋がる攻城塔の落下橋の上を、また別の群れのオークたちが押し寄せてきた。
重々しい足音が落下橋を次々と踏みつけた。
――ドン、ドン、ドドン、ドン、ドン、ドン――
狭い橋の上を、巨大な獣の群れが駆けているかのように揺れた。
押され、押しのけ、踏みにじりながら前へ、前へ。オークたちがもつれ合いながらダムの城壁の上へと雪崩れ込んだ。
――ヒュッ!
矢が飛来した。
霧と煙を切り裂きながら、黒い線が幾筋も交差した。
飛来した矢がオークの肩に突き刺さった。
肉を貫き身に食い込んだまま揺れる矢柄 とともに、オークたちは止まらずに走り続けた。
粘つく血が城壁の石の上に滴った。駆けてきたオークの何匹かは弾かれ、城壁の下へと落ちていった。槍を構えたダウィ兵士は退かなかった。
だが続けて二匹目、三匹目のオークが次々とぶつかってきた。重みが積み重なった。最前列にいたダウィ兵士が一歩、押し込まれた。
その一歩が隙だった。
短い隙をついて、オークの一匹が横へ抜け出し斧を振り下ろした。
鎧がそれを防いだ。鉄片が飛び散った。
ダウィ兵士は肘でオークの顔を打った。鈍い音が短く鳴った。オークの首がカクンと横に傾き、短い息が吐き出された。
オークの粘つく黒い血が飛び散り、城壁の石を濡らした。
オークの血が流れ、石の隙間を伝って広がった。オークはよろめきながら一歩下がったが、倒れはしなかった。息が漏れる音を立てながら、再び頭を持ち上げた。押し潰された鼻筋の下で、赤く充血した目が光った。
ダウィ兵士はためらわなかった。崩れた均衡を逃さず、肩で押し込んだ。鎧と鎧がぶつかり合う音が短く鳴った。
「Gor'kha Dawi!」
だが背後から、また別のオークがダウィ兵士に襲いかかった。
盾と盾が噛み合った。斧の刃が盾の縁を削りながら振り下ろされた。金属が引き裂かれる音がした。
別のダウィ兵士が目を見開き、咆哮しながらオークを押し込んだ。
盾を掲げたまま、体を支える脚で地を蹴りながら踏ん張った。短く硬い足が石に食い込むように踏み込み、肩と盾に乗せた力が真正面からぶつかった。
だが攻城塔から押し寄せるオークたちの攻勢は止まらなかった。
一匹のオークが押し返されれば、すぐさま別のオークが飛びかかった。盾の上に斧の刃が落ち、脇腹には別のオークが体当たりしてきた。重みが幾重にも積み重なった。ダウィ兵士の足が石の上で滑った。踏ん張っていた膝が一瞬沈んだ。
ダウィ兵士は再び地を蹴った。
城壁の上で、オークとダウィ兵士が瞬く間にもつれ合った。
槍の柄が折れ、盾が割れた。倒れるオークの上に、また別のオークが崩れ落ちた。足元で誰かの手がうごめき、その上をがちゃがちゃと鳴る金属の軍靴が踏みつけて通り過ぎた。
城壁の上へと舞い上がったムワたちが、具現化させた手で槍を握り、落下橋の上のオークたちへ向けて放った。
その後に続くムワの翼兵 たちが翼を広げ、城壁の上を横切りながら急降下し、広げた翼とともに羽根の刃を振るってオークたちを斬り伏せた。
オークたちもまた、ムワの翼兵たちへ向けて矢を射上げた。
荒々しい手が引いた弦が鳴った。矢の一本が翼を貫いた。ムワの翼兵の一人が悲鳴を上げながら、回転しつつ墜落した。
襲いかかるオークたちを食い止めようとするダウィたちの戦列は、次第に押されていった。
他のオークたちを押しのけながら駆けてきたオーク三匹が、同時にダウィの盾へとぶつかった。
盾を構えたダウィの一人が膝をついた。斧の刃が上から下へと振り下ろされた。兜が割れた。その傍らで、また別のダウィ兵士が槍でオークの脚を突いた。肉が裂け、脚が折れ曲がった。倒れたオークの上に、後に続いていた別のオークが転がり込み、共に倒れ込んだ。
だが攻城塔からは、絶えずオークたちが吐き出され続けた。
鋼の刃が肉に食い込む音、割れる盾、鎧をこじ開けて入り込んだ槍の穂先が折れる音。
守り抜こうとする者と、残忍さに渇いた略奪者――その目は絶えず、飢えた斧が向かう先の肉片を見つめている。
ダウィ兵士たちの鎧には傷が増え、盾は砕けて縁がぼろぼろになっていた。投石機から放たれた石塊が、ダムの城壁にぶつかった。
ダウィ兵士の一人が盾を取り落とした。別のダウィ兵士は槍を握り直した。誰かは膝をついて立ち上がった。足元で血と石片が押しやられ、ジャリジャリと音を立てた。
昼が過ぎ、日が傾きつつあった。
血痕を残し、赤黒く染まった落下橋は、なおも揺れ続けていた。その上を、また別のオークの群れが押し寄せてきた。
ダウィ兵士の一人が押され、城壁内側の縁まで後退した。背後は虚空 だった。オークが咆哮しながら斧を振り下ろした。ダウィ兵士は身をひねって躱 した。斧の刃が石を砕いた。その瞬間、横から飛んできた槍がオークの肋骨 の間を貫いた。オークがよろめいた。ダウィ兵士は最後の力を振り絞り、盾で押し出した。
オークが城壁の下へと落ちていった。
だが、その場所へはすぐさま別のオークが、そしてまた別のオークが駆けてくる。
倒れたダウィ兵士たちの場所を別のダウィが埋め、そしてまたその場所で別のダウィが倒れた。
バンダは城壁の上を駆け回りながら兵士たちを配置していった。槍が尽きた兵士に新たな槍を投げ渡し、空いた場所を自らの体で塞いだ。
投石機の石が、再びダムの城壁を強打した。破片が飛び散った。煙と石粉が入り混じり、城壁の下が覆い隠された。
その隙を突くように、城壁の下から重いものが引きずられてくる音が重なって聞こえた。木が石を擦る音、金具が壁にぶつかる音。
煙の合間から、巨大な梯子がいくつも姿を現した。
一つではなかった。
三つ、四つの梯子が同時に城壁のあちこちに掛けられ、立てられた。
太い丸太で作られた梯子だった。両側の支柱には鉄板と太い釘が打ち込まれ、踏み板は蹄 が食い込んでも折れぬほど分厚かった。
下では数匹のオークが梯子を押し立てていた。
ドン。
ドン。
次々と梯子が城壁に掛かっていった。
石が砕け、粉が流れ落ちた。
「梯子だ! こっちもだ!」
梯子を伝ってオークたちが這い上がってきた。その後ろに、さらに大きな影が続いた。
ミノタウルだった。
城壁の上に立った瞬間、巨大な影が梯子の前にいたダウィ兵士の頭上に落ちた。
肩を覆う板金は幾重にも重なっていたが、縁のあちこちは歪んで開き、継ぎ目には錆が広がっていた。鉄兜 の下からは太い角が前へと突き出しており、金属と角が触れ合う部分には、長く擦れて磨り減った痕が刻まれていた。
胸と腹を覆う鉄板は幾重にも重ねられていたが、その様は決して整ってはおらず、槌 で打たれた痕や擦り傷、深くえぐれた痕がびっしりと絡み合っていた。息を吐き出すたび、兜の隙間から短く白い息が漏れた。
「ミノタウルどもを押し返せ!」
バンダは最も近い梯子へと駆け寄った。
すでにオーク二匹が半分以上まで登ってきていた。バンダは盾を投げ捨て、梯子の上部を掴んだ。腕に力を込め、押した。
びくともしなかった。
「こ、この……梯子……を! 一緒に押し返せ!」
ダウィ兵士三人が駆け寄った。肩を押し当てた。
下ではオークたちが叫び声を上げていた。梯子が再び壁に食い込んだ。
バンダは再び力を込めて押し返した。一歩後ろへ踏み込み、全身を傾けた。金具が石に擦れ、削れる音がした。
梯子がわずかに傾いた。
上まで登っていたオークの一匹が均衡を失った。
「今だ!」
バンダは最後の力を込めて押し出した。
梯子が壁から離れた。
梯子に掴まり登っていたオークたちは後ろへと落ち、梯子は片側が折れると支えていた踏み板が次々と折れていき、枠組みごと崩れて、残ったオークたちとともに下へと崩れ落ちていった。
だが城壁に掛かった他の梯子は、そのままだった。
バンダは身を翻して駆けた。
バンダが駆けていく間に、オークの一匹が城壁の上へと身を投げた。バンダは槍をまっすぐに突き出してオークの胸を刺すと、そのまま足で押しやり、突き落とした。
だがすぐに別のオークが襲いかかった。刃がかすめ、バンダの鎧に深い擦り傷を残した。金属が擦れ合い、火花が散った。血が滲んだ。
バンダは再び槍を構え直した。
槍の柄をひねり、オークの手首を突いた。刃が肉に食い込む音が短く鳴った。斧が落ちた。
バンダは肩で体当たりし、斧を落としたオークを押しのけた。
城壁に登ったミノタウルが、手にした斧を高く振り上げた。
血と土がこびりついた刃が、城壁の松明 の灯りを受けててらてらと光った。斧の刃は頭上まで振り上げられたまま止まった。
「Tēlei tous Mua! Tēlei Dávī!」(ムワを殺せ! ダウィを殺せ!)
雄叫びが轟 くと、ミノタウルの手にある斧の刃が上から下へと傾いた。
今にも打ち下ろさんばかりの角度で止まったまま、彼は城壁の上のダウィたちを見下ろした。
落下橋の方ではオークたちが依然として押し寄せ、他の梯子でもオークとミノタウルが同時に這い上がってきていた。
ダウィ兵士たちは、梯子を一つ押し返せば、城壁の別の場所でまた飛び出してくる敵と向き合わねばならなかった。
槍が足りなかった。兜が城壁の床に落ちていた。互いに背を合わせる暇もなく、方向を変えねばならなかった。
「後ろを塞げ!」
「左だ! また登ってくるぞ!」
バンダは息を整える暇もなく、再び駆けた。
城壁に掛けられた梯子と攻城塔の落下橋、二方向から押し寄せる敵が城壁の上を揺るがしていた。
「右が崩れるぞ。」
バンダの言葉が終わるより早く、右側に立っていたダウィ兵士の盾の一つが砕け、オーク二匹が同時にその隙へと身を押し込んだ。
押され、もつれ合い、倒れ、踏みにじられる混沌 だった。金属音と悲鳴、咆哮と石の砕ける音が一塊となって絡み合い、空を震わせた。ダムの城壁に取り付いた攻城塔は、いまだにオークたちを吐き出し続けていた。
そしてダウィたちは、その場所で侵略者たちを食い止めるように立ち続けていた。
今日の読書のひとときに、本作を選んでいただけたことに感謝します




