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206話 ダム攻防戦 (11)

太鼓の音は、絶えることなく響いてきた。


ドン。ドン。ドン。


サアルンの森の遠い方角から届く太鼓の音。霧に押し潰されたように鈍く、一拍ごとに途切れながら、城壁の上まで広がっていった。


バンダは胸壁(きょうへき) に手を置いたまま、森の方を見つめた。見えるのは白く淀んだ(よどんだ) 霧ばかりだったが、耳へと染み入る重い太鼓の音は、じわじわと近づいてくるようだった。城壁の上の空気は静まり返っていたが、その静寂にじわりと食い込んでくるあの低い響きが、心をゆっくりと締め上げてきた。


再び、遠くから太鼓の音がドン——と鳴り響いた。


バンダは知らず知らずのうちに、手に力を込めていた。霧の向こうのどこかで、何かが城壁へ向かって動いていた。


ドン。ドドン。ドドドドドン。


太鼓の音が速くなった。


そして別の音が加わった。


ガシャン。ガシャン。


霧の中から聞こえてくる鉄の音。数百もの鉄の塊が互いにこすれ合う音が響いてきた。


甲冑が打ち合う音。武器の柄で盾を叩く音。武器同士がこすれ合う音。それらの音の塊が、ダムの城壁へと迫ってきていた。


ギィ。ギギィ。ギイイィ。


耳を刺す音が聞こえた。


重いものが引きずられるように転がってきた。車輪がきしみ、一度止まったかと思うとまたがたがたと動き出した。途切れた音はやがて荒々しく続いていった。


城壁の上の兵士たちは、誰ひとり口を開かなかった。


そのとき、ガルドンが最初に気づいた。


西の霧の表面が揺れた。


白い霧の層が大きく波打った。ダムの城壁からサアルンの森の間に垂れ込めた霧があちこちで水面のように揺らめき、その上へと何かが姿を現し始めた。


黒い輪郭。


最初はただの一本の直線だった。霧の上へと垂直に突き出た影。


やがてそれが一つではないことに気づいた。左右にまた別の影が浮かび上がった。一つ、二つ、三つ。霧の向こうから黒い柱がゆっくりと顔を覗かせていた。


数ティタ離れた相当な距離だった。霧の中にあってもその上部だけは、分厚い(ぶあつい) 霧を突き抜けて姿を現していた。


攻城塔だった。


西の霧の海の上に、攻城塔が浮かび上がった。


一つではなかった。二つ、三つ、四つ。霧の帳を割りながら、黒い形体が次々と姿を現した。ダムの城壁へ向かってゆっくりと前進する攻城塔だった。


最初の攻城塔から最後の攻城塔に至るまで、まともに仕上げられたものは一つもなかった。オークとミノタウルの手から生まれたものらしく、粗削りで歪んでいた。一つは片方に傾いて斜めに立っており、別の攻城塔は頂上が逆方向にくの字に折れ、不安定に揺れていた。骨格はでこぼこで、垂直であるべき柱は高さがばらばらで、互いに噛み合わないまま縛り付けられていた。


攻城塔は森から急いで切り出した丸太で造られていた。皮が剥かれていない丸太が、太い縄で縛り付けられていた。縄は幾重にも巻かれ、粗く立った繊維が丸太の皮に食い込んでいた。結び目は出鱈目に絡み合っていたが、きつく締め上げられていた。


板が張り付けられていたが、それらはすべて異なる厚みと幅を持っていた。薄い板の隣に厚い板が貼り付けられ、短い木の上にさらに長い木が重ねられていた。大きさも形もまちまちの木材が無作為に重なり合い、その隙間を錆びた鉄のかすがいが歪んだまま打ち込まれて固定していた。


厚い皮が塔の片側を覆っていた。獣の皮だった。端はぎざぎざで、乾いた跡が染みのように残っていた。


鉄の塊があちこちに打ち付けられていた。錆びた鉄板だった。どこかから剥ぎ取ったように端が曲がり、引き裂かれていた。形はどれも異なっていた。


攻城塔の頂上に旗が立てられていた。


粗末な旗だった。布を引き裂いて竿に縛り付けたもの。黒地に赤い紋様が刻まれたものもあれば、骨を編んで作った飾りがついたものもあった。旗は霧の上を吹く風に、不規則にはためいた。


バッドランドの侵略者たちが造り上げた攻城塔が、ダムの城壁へと迫ってきていた。


ギギィ。ギイイィ。ギギィ。


車輪の音がさらに大きくなった。攻城塔は霧を押しのけながら城壁へと近づいてきた。塔の中ほどの姿が少しはっきりと見えてきた。窓のような穴が見えた。穴の内側で何かが動いていた。オークだった。鎧をまとったオークの頭が、穴の間から出たり入ったりしていた。


そして聞こえてくる声。


「Okka!!」


雄叫びが響き渡った。


一つではなかった。城壁の向こうの森から、無数の声が重なり合った。霧の中でオークたちの喊声(かんせい) が連なり、広がっていった。


「Okka!! Okka!! Okka!!」


太鼓の音と喊声が噛み合った。


ドン。「Okka!!」


ドドン。「Okka!!」


太鼓が鳴るたびに、響き渡るオークたちの声が応えた。


数百枚の盾を叩く音が太鼓の音に重なり上がった 。鉄が盾の縁を打ち下ろし、斧の頭が鈍く盾を叩いた。厚い板が打たれるたびに低い響きが連なり、縁をかすめるときは短く鋭い音が混じった。


最初はばらばらだった打撃音がしだいに同じ間隔を刻み始めた。でこぼこだった音が一つのリズムへと噛み合っていった。盾と武器が打ち合う音が太鼓の音と重なり合い、しだいに分厚くなっていった。


「ええい!オークどもめ!」


バンダは歯を食いしばった。顎がぐっと盛り上がり、頬骨の下の筋肉が固く強張った。胸壁の間から身を乗り出すように前へ傾き、霧を割りながら迫ってくるオークたちを睨みつけた。バンダの手が知らず知らずのうちに、石の上を引っ掻いていた。


視界の下でうごめく形体がしだいにはっきりしてきた。バンダは目を細めた。


そのとき、霧の表面の下から別のものが見え始めた。


攻城塔と並んで、霧の海の上にまた別の輪郭が浮かび上がった。迫りくる攻城塔よりはるかに低い位置だった。しかしそれが示す大きさは、攻城塔に引けを取らなかった。


霧の上に置かれた巨大な橋と見紛うほど分厚い木の覆いだった。


平らな木の屋根が霧の上に姿を現した。丸太を繋ぎ合わせた幅広の上板だった。矢と火を防ぐために幾重にも重ねられた厚みが一目でわかった。上には皮が被せられていた。上板は左右に広く延びていた。霧がその下を完全に隠していたため、車輪の姿は見えなかった。


しかしその下、前方へと太く長い丸太が突き出ていた。


城門を破るために造られた構造物だった。高い城壁を越えられないとき、門を直接破壊するために使うもの。重みをのせて城門に打ち込む道具。


攻城槌だった。


頭部だけでもダウィ二人が並んで立てるほどの幅があった。鉄で覆われた先端は牛の頭蓋骨の形に鋳造されており、表面は均一に仕上げられることなく、へこみや亀裂がそのまま残っていた。鉄を流し込んで固めた跡と、荒く削り取った痕跡がそのままに残されていた。


太い丸太に吊り下げられたその巨大な錘は、覆いの前方から長く突き出ていた。霧の上に浮かんでいるように見えた。ゆっくりと揺れながら、ダムの城門を狙っていた。


バンダはガルドンへと顔を向けた。


ガルドンはすでに城壁の南の物見塔(ものみとう) へと視線を向けていた。


「バリスタを照準せよ!」


ガルドンの声が城壁の上に広がった。


ダムの西と南の城壁が交わる地点に、城壁よりひとつ高く石を積み上げた物見塔が立っていた。上に登れば、足元に広い石畳(いしだたみ) が広がっていた。ダウィが数人ようやく身を交わせる場所ではなく、複数のバリスタを配置できるほどの余裕ある空間だった。


攻城塔を狙うため、バリスタは物見塔の縁へと移され配置されていた。


太い木材の本体が石の上に低く固定されていた。一台は正面へ、別の一台はわずかに斜め横方向へと向けられていた。互いの射線を遮らないよう、向きが開かれていた。


それぞれの装置の後ろにはウィンチと滑車が付いており、太い弦が最後まで引き絞られた状態で固定されていた。横梁は張力によって弓なりになっており、鋼の鏃をつけたバリスタのボルトはすでに溝に据えられていた。


ダウィの兵士たちが腰を低くして角度を合わせていた。一人が水平を確認し、もう一人が台座をわずかに持ち上げた。石畳を踏む長靴の音と、張力を支える木材の低い震えが、物見塔の上に薄く広がっていた。


その視野の下、攻城塔がゆっくりと城壁へ向かって近づいてきていた。


ダウィの兵士が手を挙げた。


分厚い毛に覆われた腕がゆっくりと上がった。彼はバリスタに体を寄せたまま、視線を外さなかった。装置の震えが腕を伝わってきた。霧の上に浮かび上がった攻城塔の姿が、視野に収まった。


ダウィの兵士はバリスタの横の鉄製の短い棒を握りしめ、そのまま引いた。短く閉じ込められていた力が解き放たれる瞬間を待つように、静止していた。


ガァン!


掛け金が弾け上がり(はじけあがり) 、限界まで引き絞られていた弦が一気に戻った。弓なりになっていた横梁が一瞬にして伸びきり、衝撃が装置全体を叩いた。物見塔の床の石まで、その反動が伝わって震えた。


鉄を巻いた太いボルトが前へと叩き出された。空気を切り裂き、霧を割りながら攻城塔へと飛んでいった。


ズドォン!


バリスタのボルトが攻城塔を貫いた。鉄が食い込んだ箇所から木材が割れて飛び出し、上板の下が内側へと崩れ落ちた。皮の覆いが引き裂かれてぶら下がり、丸太を咬んでいた結合部がきしみながらずれた。亀裂は一点で止まらず、上板に沿って広がった。


その瞬間、攻城塔の重みが均衡を失い、横に傾いた。


しかし攻城塔は止まらなかった。バリスタのボルトは塔の柱の一本を貫いたが、主柱は外れた。柱の一本が砕け、その隙間から塔の内部にいたオークが一匹、叫び声を上げながら落下した。だが塔はなおも城壁へ向かって転がり続けていた。


巨大な石の物見塔から、二本目のバリスタのボルトが放たれた。


ズガン!


ボルトが同じ攻城塔の上部を貫いた。衝撃で頂上の旗竿が折れ、旗がその下に広がる霧の中へと落ちていった。


三本目。四本目。


立て続けにバリスタのボルトが飛んだ。すべての射線が同じ攻城塔へと集中した。


三本目のボルトが塔の左の柱を貫いた。厚い木材に深々と食い込み、亀裂が広がった。柱は内側に押されるように曲がっていった。


続いて四本目のボルトが、割れたその箇所をまさに正確に再び貫いた。


耐えていた木材は、もはや力を支えきれなかった。


ドガアン——!


攻城塔の柱が折れ曲がり、砕けた。


塔の上部が一方へと急激に傾いた。木の板と横梁が次々と引き裂かれ、結束を保っていた釘とかすがいが悲鳴を上げるように弾け飛んだ。内部からオークたちの叫び声が噴き出した。


構造を失った攻城塔の骨格が、連鎖的に崩壊し始めた。ひとつの層が沈み込み、続いて別の層が倣うように崩れた。


攻城塔が倒れた。


巨大な構造物が横へと傾き、そのまま霧の中へと突っ込んでいった。


——ズゴゴゴアン!——


衝撃に霧が四方へと押し流されたかと思うと、またゆっくりと閉じていった。攻城塔のあった場所には、揺れる霧だけが残った。


城壁の上で短い歓声が上がった。


しかしガルドンは顔を向けなかった。残った攻城塔は止まらなかった。二つ目、三つ目の攻城塔が、ダムの城壁へと向かって進み続けていた。


「Okka~~~~~Ulla!! Okka-Ulla!!」


オークたちの喊声がさらに大きくなった。一つの攻城塔が崩れるのを見ても、足どりは速まった。太鼓の音がまた速くなった。


そのときだった。


空気を押しのける鈍い響きが、霧の下から広がった。


フォォォン——!


細く引き伸ばされた霧の尾を引いて現れた黒い影が、一斉に空へと舞い上がった。


投石機が石を打ち上げたのだった。


石の塊がそれぞれ異なる高さと速度で飛び上がった。間隔も、順序もなかった。城壁の上の兵士たちが反射的に身を伏せた。


「伏せろ!」


バンダの叫びが終わるより前に、最初の衝撃が届いた。


ズガアン!


石が一つ、胸壁の下を強打した。城壁が衝撃を受け止め、飛んできた投石機の石はその場で木っ端みじんに砕けた。


続いてもう一つ。


ズガガア——!


今度は城壁の上端、前方に突き出た構造をかすめた。石は正面から打ち込まれることなく、滑るように弾かれ、方向を失ったまま城壁の下へと跳ね出た。巨大な石の塊が軌道を変えながら、濠(ほり) の方へと転がり落ちた 。


兵士たちの間から、短く息を呑む声が漏れた。


三つ目の石は、城壁の突き出た上端の下を斜めに打ちつけた。


ズガン——!!


石が粉砕し、破片が下へ向かって広がった。


バンダはしばし城壁を見下ろした。


下部は分厚くどっしりと据わっており、上部は前方へと張り出していた。


サルン・ケのクラバ。


ラボロスの石工が積み上げた城壁の形だった。


『敵の攻撃に応じ、進化し続ける城壁でなければならない』——そう語っていた彼の声が、ふと蘇った。


バリスタを操るダウィの兵士たちが、石の物見塔の上で再び動き出した。

お読みいただき、ありがとうございました。物語の続きも是非お楽しみください

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