204話 ダム攻防戦 (9)
巨大な石の物見塔 の二階。
窓は東西南北、四方に設けられていた。
壁ごとに一つずつ刻まれた細長い窓から、光は一筋ずつしか差し込まず、室内は依然として薄暗かった。天井は高かった。太い木の梁 が天井を横切っており、その上には石が積まれ、三階の床を成していた。梁の隙間から光が漏れ入っていた。まだ完成していない箇所だった。
床には分厚い樫の板が敷き詰められていたが、所々に打ち込まれた釘の間で、まだ固定されていない板が踏むたびにきしんだ。
部屋の中央に大きな卓が置かれていた。
長方形の卓だった。木を急いで削って作ったせいで表面はささくれ立っており、その上には地図が広げられていた。
ダムとその周辺地域の地図。サアルンの森、バッドランド、モノス採石場。黒いインクで引かれた線。卓の四隅には石が置かれ、地図が丸まらないよう押さえていた。
卓の周りには、複数のダウィとムワが立ち並んでいた。誰ひとり口を開こうとせず、部屋には息遣いだけが漂っていた。
ガルドンは卓の西側に立っていた。
板金鎧 を身に纏っていた。兜は外して卓の端に置かれており、褐色の毛は汗で濡れていた。表情はなく、目は地図へと向けられていた。両手は卓の縁に置かれていた。
その右にはリルブールが立っていた。
青みがかった灰色の羽根。長い外套が背から垂れていた。翼は畳まれており、目は鋭かった。嘴 はわずかに開き、息を整えていた。
ガルドンの左にはバンダが立っていた。
ダウィの軍長だった。体格は大きく、ガルドンには及ばなかったが、ほかのダウィたちより明らかに大きかった。黒い毛が首まで覆っており、鎧は革の上に鉄板をいくつか重ねただけの簡素な作りで、余分な装飾は一切なかった。
バンダの腰には両刃 の斧が提げられていた。柄の短い斧だった。
卓の向かい側には、複数の軍長たちが立っていた。
ダウィの軍長、ドゥラハがいた。赤みがかった褐色の毛。顔には長い傷跡があった。右の眉から左の顎まで走る傷跡だった。遠い昔の戦いでついたものだった。彼は腕を組んで立っていた。
ネルムが立っていた。モスロウ家の翼兵を率いるサルマの副官だった。サルマの代理としてこの場に出ていた。灰色の羽根に赤い外套を纏い、外套には太陽の紋様が刺繍されていた。彼は卓の角に爪を引っかけてとまっていた。
コルがいた。ダウィの軍長だった。年かさだった。白が混じった灰色の毛に、皺 だらけの顔。杖に体を預けて立っていたが、視線は卓の上から離さなかった。杖は堅い樫で作られており、頂の鉄製の飾りには、長年手が触れ続けた痕跡が残っていた。
オルデンがいた。ダウィの軍長だった。若かった。毛は深い色合いで整然と揃っており、動くたびに淡い艶が伴った。
鎧は華やかだった。板金鎧の上に金箔の装飾が施され、肩当ては熊の頭の形に彫られていた。
腰には長剣が吊るされていた。高価な剣だったが、装飾は控えめだった。彼は片手を腰に当てたまま立ち、卓の方へ体を向けていた。
ラングプルがいた。ムワの軍長だった。褐色の羽根に白い斑点。嘴は短く太く、翼は幅広かった。翼を半ば広げたまま立ち、爪で床をとんとんと叩いていた。
そして卓の端には、クラバが立っていた。
ダムのダウィとムワたちからサルン・ケと呼ばれる人間だった。古びた革の外套を纏っており、袖口がほつれていた。
白い鬚 が胸まで垂れており、髪もまた白かった。顔には深い皺が刻まれ、手の甲には血管が浮き出ていた。クラバもまた腕を組んで地図を見下ろしていた。
その視線はある一点に長くとどまっていた。
ガルドンが口を開いた。
「予想より早いな……」
声は重かった。
「そのとおりです」
ドゥラハが答えた。
「ちっ、少なくともあと三日はかかると思っていたのに」
バンダが言い添えた。
「疲れ果てて倒れる者など眼中にない強行軍だったでしょう」
ネルムが言った。
「急ぐ理由があったのでしょう」
リルブールが言った。
ガルドンは頷いた。地図の上の一点を指で押さえた。
「城壁から四ティタ離れた地点に野営地を構えていると申したか?」
「はい」
一人の兵士が答えた。城壁から報告を持ってきた者だった。
「四ティタ……」
ガルドンが呟いた。
「近くもなく、遠くもない……」
「攻城兵器を据えるには遠すぎる距離じゃな」
コルが言った。
「しかし兵力を集結させるには、ちょうどよい距離です」
オルデンが言い添えた。
「そうだな」
ガルドンが答えた。
ガルドンはしばらく沈黙した。指が地図の上で城壁と野営地の間をゆっくりと往来した。
「サアルンの森の木々を伐って、野営地を……」
呟くような小声だった。
「ダムからの投石も矢も届かず、しかし離れすぎてもいない」
ネルムが頷いた。
「城門が開いても、即座に奇襲 される距離ではありません」
「だが、我らが動けば……」
バンダが言いかけて止まった。
ネルムがその言葉を継いだ。
「即座に対応できます。待ち伏せも、退却 も」
ガルドンは指を引いて卓に手を置いた。
「攻城の準備を整えるに充分であり、城内を圧迫するにも都合のよい位置だ」
しばし沈黙が流れた。
コルが杖を床に軽く突いた。
「奴らは長く居座るつもりじゃな」
ガルドンの視線が、再びオークとミノタウルの野営地を示す印の上で止まった。
視線をクラバへと向けた。
「サルン・ケ、クラバ。城壁はどの程度仕上がっておるか?」
クラバが顔を上げた。その目がガルドンと向き合った。
「見た目は荒いですが、石壁としての機能は完全です。高さも、厚みも充分にあります」
彼は答えた。声はかすれていたが、しっかりとしていた。
「不足している部分は?」
ガルドンが問うた。
「大型の物見塔と、城壁の一部区間の石が整えられていません。しかしそれは見た目の問題に過ぎません。敵を防ぐ上では何ら問題ありません」
クラバが説明した。
「それは何よりだ」
ガルドンが頷いた。
クラバはしばし言葉を切ってから、また口を開いた。
「ただ、ひとつお伝えしたいことがございます」
「申してみよ」
「戦闘中に城壁が損傷した際の備えが必要です」
クラバが言った。
「戦時石積み法というものがあります。戦いながら石を積む技術です」
彼は手を上げ、空中に線を描いた。
「補強壁積みと申します。崩れた城壁の後方から石、木材、土を重ね、即座に補強する方法です。雑石詰めという方法もございます。砕けた石を集めて隙間を塞ぐのです。」
「そのような技術があったとは」
ガルドンが感嘆した。
「ございます。石工たちは戦場でも壁を積むことができます」
クラバが断言した。
「ただ、ひとつ問題があります」
「何だ?」
「石が足りません」
クラバが地図の上を指差した。
「敵が投石機を使えば、その石を回収して使うこともできますが……それでも足りないでしょう。余分の石が多めにあるとよいのですが」
ガルドンは顎を撫でた。
「ならばモノス採石場から運ばねばならぬな」
彼が言った。
卓の周りの軍長たちが頷いた。
「私が参ります」
グルガが前に出た。
ダウィの軍長だった。体格は小さかった。ほかのダウィたちに比べると小柄だったが、身のこなしは素早く、鎧も軽かった。革鎧に鉄板をいくつか重ねただけで、腰には短剣が三本提げられていた。
「兵たちを連れてモノス採石場まで行き、石を運んでまいります」
グルガが言った。
クラバが首を振った。
「石を切り出すには石工がいなければなりません」
彼が言った。
「どんな石でもよいわけではありません。城壁に使える石を選ばなければならないのです。大きさも、形も合っていなければなりません」
「では……」
グルガが言いかけて止まった。
「私が参りましょう」
クラバが言った。
「サルン・ケ、クラバが、ですか?」
グルガが驚いた顔を見せた。
「そうだよ。私が直接行って石を選ぼう」
クラバが頷いた。
そのとき、部屋の一角から声が聞こえた。
「なりません」
全員の視線がそちらへ向いた。
ヴァルゴだった。
ダムの建築匠 。灰色が混じった褐色の毛。顔は不満に満ちていた。彼は卓へと近づきながら言った。
「ラボロスの石工はここにいなければなりません。戦いながら積む——それをやらなければならないんじゃないですか?」
ヴァルゴは顔を引き締めたまま続けた。
「戦時石積み法でしたか?今おっしゃったそれができるのは、ラボロスの石工だけです。サルン・ケ、クラバが採石場へ行けば、誰が城壁を補強するんですか?」
クラバはしばらく黙っていた。
ヴァルゴが続けた。
「石を切り出しに行くのは、このヴァルゴが参りましょう。私もこの地で一生、石屋として年を重ねてきた者です。使える石を見分ける目がないとでも?」
「しかし……」
クラバが言いかけたが、ヴァルゴが手を上げて遮った。
「ラボロスの石工はここに残り、城壁をお守りください。石を運んでくるのは私がやります」
ヴァルゴの声には確信が籠もっていた。
ガルドンが割り込んだ。
「ヴァルゴの言う通りだ。クラバ、お前はここに残れ。戦闘中に城壁を補強できるのは、お前だけのことゆえな」
クラバはしばし躊躇してから、頷いた。
「わかりました」
「ヴァルゴ、グルガとともに向かえ。兵たちを連れてモノス採石場へ行き、石を運んでまいれ」
ガルドンが命じた。
「承知しました、大軍長殿」
「そのようにいたします、大軍長殿」
ヴァルゴとグルガがガルドンに答えた。
ガルドンは再び地図を見下ろした。指がダムの北の城壁を指した。
「星の側の壁はドゥラハ、ネルム、そしてコルに任せよう」
三名が頷いた。
「月の側の壁は私が直接指揮をとる」
ガルドンが言った。
「リルブールとバンダが私とともに月の側の城壁を担うことにしよう」
リルブールとバンダが頭を下げた。
「奴らの攻勢は月の側に集中する可能性が高いです」
バンダが言った。
「そうだな」
ガルドンが答えた。
指を南へと移した。
「地の側の壁はオルデンとラングプルに任せよう」
オルデンが胸を張った。
「お任せください、大軍長殿」
その声は自信に満ちていた。
「地の側は、敵が比較的少なかろう。しかし油断してはならぬ」
ガルドンが警告した。
「もちろんです」
オルデンが答えた。
「そして地の側の壁には、我らを助けると名乗り出たエルフたちとサルン・ケたちが配置される」
ガルドンが付け加えた。
「ドゥク=ドゥク・ピオラノの祭に参加しに来ていた方々ですか?」
ラングプルが言った。
「そうだ。祭のために来ていた者たちだが、ありがたいことにダムを守るために力を貸してくれると申し出てくれた。彼らの指揮もオルデンとラングプルが担ってくれ」
「光栄です」
オルデンが頭を下げた。
しかし声には複雑な色が混じっていた。誇りと、わずかな不満。地の側の壁がもっとも安全な場所だとわかっていた。戦いで功を立てるのが難しい場所。しかし彼は不平を言わなかった。命令は命令だった。
ガルドンはオルデンの表情を読んだ。口を開いた。
「オルデン。地の側の壁が安全すぎると思っておるか?」
「い……いいえ、大軍長殿」
オルデンが慌てて答えた。
「地の側も重要なのだ。敵が少ないからといって油断すれば、突破されることもある。お前に任せるのは、お前が頼れる者だからだ」
ガルドンは地図に置いていた手を引きながら言った。
オルデンが頭を下げた。
「ありがとうございます、大軍長殿。全力を尽くします」
ガルドンは卓を一巡りするように見渡した。全軍長たちの顔を確かめた。
「それと……我らの敵はオークとミノタウルだけではないことは、皆も聞いておろう?」
彼が言った。
部屋が静まり返った。
「サルマが相まみえた 者たち。ワイバーンに乗る者たち。正体の知れない者たちだ」
ガルドンの声が低くなった。
「彼らはまだ姿を現していない。城壁の外でも確認されていない」
「どこにいるのでしょう?」
ラングプルが問うた。
「わからぬ。ただ今は見えないだけだ。しかし、時が来れば必ず現れよう」
ガルドンが答えた。
「警戒が必要です」
ネルムが言った。
「皆、警戒を怠るな。各軍長は配下の翼兵たちに、空をより念入りに見張るよう命じておけ」
ガルドンの命を受けた軍長たちが頷いた。
「そして、もうひとつ」
ガルドンが付け加えた。
「敵の数は我らよりはるかに多い。この戦、数の上では不利だ」
「オークだけで七万と申しておりました」
ドゥラハが言った。
「ミノタウルも三万」
ネルムが付け加えた。
「十万……」
ガルドンがその数を口にした。
「ダムの全兵力はどれほどになる?」
「二万五千ほどじゃ」
コルが答えた。
「今確認されている兵力だけで見ても、我らの四倍だ。奴らの隠れた戦力まで合わせれば、さらに開く」
ガルドンは苦笑した。
「戦えるのでしょうか?」
オルデンが問うた。
ガルドンが彼を見た。
「戦わねばならぬ。選択の余地はない」
「しかし数が……」
「数がすべてではない」
ガルドンが遮った。
「我らには城壁がある。奴らはそれを越えねばならず、我らは上から迎え撃つ。数の差がそのまま不利になるとは限らぬ」
声には確信が籠もっていた。
「城壁の中で守りを固めるのが最善です」
クラバが言った。
「壁の外で戦えば数に押されます。しかし城壁の中では違います。敵がいかに多くとも、一度に相対する数には限りがあります」
「そうだ」
ガルドンが頷いた。
「我らは城壁を守る!」
彼は拳で卓を打ちつけた。ドンと、鈍い音が響いた。地図の端を押さえていた石が所を外れた。
「もうひとつ申し上げます」
リルブールが口を開いた。
「申してみよ、リルブール」
ガルドンが振り向いた。
「ダムには食糧と水が充分にございますか?」
リルブールが問うた。
「少なくとも半年はもつじゃろう」
コルが答えた。
「倉に備蓄しておるものがあるからの」
「半年もあれば充分だ」
ガルドンが言った。
「奴らは城壁の外でそれほど長くは持ちこたえられまい」
「そうなることを願います」
リルブールが静かに言った。
ガルドンは再び地図を見下ろした。目が西の城壁を辿り、南の城壁を辿り、北の城壁を辿って、ついには中央のダムへと落ち着いた。
「我らはオークとミノタウルの輩に、城壁を明け渡しはせぬ」
軍長たちが一斉に頷いた。
ガルドンは兜を頭にしっかりとかぶった。頭を包み込むように鉄が下りてきて、息の音が兜の中で荒々しく響いた。
「さあ、侵略者どもを迎え討ちに参ろうぞ!」
ガルドンが声を上げた。
軍長たちが一斉に立ち上がった。椅子が引かれる音。鎧がぶつかり合う音。翼がはためく音。
ガルドンが扉へと歩き出すと、軍長たちが後に続いた。
クラバはその場に残った。彼は卓の上の地図を見つめた。ダム。城壁。そして西のサアルンの森。そこに敵がいた。
深く息を吸った。
「ラボロスよ、我らに力をお与えください」
低く呟いた。
窓の外から陽の光が差し込んできた。温かな光だった。しかしまもなく戦闘が始まるだろう。血が流れるだろう。叫びが響くだろう。
「始まるのだな」
彼が呟いた。
風が吹いた。窓から冷たい空気が入ってきた。クラバの白い鬚が風に揺れた。
ダムの戦いが始まろうとしていた。
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。心から感謝いたします




