193話 外伝:画家と薬草師(3)
「少し待ってください……私の家族の話をもう少ししてもよろしいでしょうか? 画家様、もう少しだけ耳を貸していただけないでしょうか。」
ジェリンが顔を上げ、老人を見つめた。その瞳には、切なる思いと申し訳なさが交錯していた。
老人は筆をしばらく置き、ジェリンの顔をじっと見つめた。画家とは、人の顔を描く者である。その顔に刻まれた皺 の一つ、陰りのある目元の一つが 、単なる歳月の痕ではなく、その人が耐え抜いてきた人生の重みであることを、誰よりもよく知っていた。
「そうするがいい」
老人は低い声で答えた。
「絵に込められるのは、君の顔だけではない。 君が生きてきた時と、その時を共に過ごした者たちの跡まで、すべてが映し込まれてこそ、一人の肖像画というものが完成するのだ。わしの耳はいつでも開かれておる。君の心の重荷を、ここで少しでも下ろしていくがいい」
老人の許しが下ると、ジェリンは短く息を吸い込んだ。その一言が堤を崩したように、ジェリンの目元はみるみる赤く染まっていった。
老人はカップを置き、ジェリンを見た。ジェリンの目元は赤く染まり、唇が震えていた。
「母は……」
ジェリンは言葉を切り出したが、声がかすれた。
「母は……あまりにも早く、あまりにも突然、私たちのもとを去ってしまいました……」
ジェリンは両手を膝の上でゆっくりと握り、開くことを繰り返した。指の間に力が入るたび、手の甲の血管が浮き上がった。
「病でした。咳 は止まらず、ついには血まで吐かれました。良い薬草をいくら手に入れても、母には何の助けにもなりませんでした。お金がなく、治療師を呼ぶこともできませんでした」
ジェリンの視線が、ゆっくりと床に落ちた。
「最後の日、母は私の手を握りました。もうほとんど力など残っていなかったのに……残された力を振り絞って、私の手を握っていました。母はそうして私の手を握ったまま、言いました。弟妹たちを頼むと……」
ジェリンは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。呼吸が不規則に乱れていた。
「父は……母が亡くなった後、二人で営んでいた食堂を、もう続けることができませんでした」
彼は深く息を整えながら、言葉を続けた。
「お金は必要で……それで炭鉱へ行きました。プロイクトンから少し離れたテウント炭鉱村でした。残された家族を食べさせていかなければなりませんでしたから」
ジェリンは顔を上げ、老人を見た。瞳が不安げに揺れていた。
「支柱が崩れました。坑道は一瞬にして崩れ落ち、父はその中にいました。人々が掘り出し、また掘り出しましたが、結局取り出せたのは遺体だけでした」
ジェリンの声が、次第に震え始めた。
「父の体を見つけた時……無事な姿ではありませんでした。重い岩に押しつぶされ、顔さえ見分けがつきませんでした。服でかろうじて確かめたのです。茶色の作業着、左の袖に当て布の縫い跡があった……その服で、父だとわかりましたから」
老人は静かに席を立ち、卓 へと歩いていった。ティーポットを取り上げて水を確かめると、すでに冷めていた。彼は新しい水を汲んでティーポットに満たし、再び炉の上に置いた。火種を整え、薪 をもう一本くべると、火が静かに燃え上がった。
ジェリンはその間も、言葉を続けていた。
「そして……私の弟は……父が亡くなった後、私は弟だけは炭鉱に行かせまいとしました。しかし弟は私の言うことを聞かず、そこへ行ってしまいました」
ジェリンの手が震え、彼は手を強く握った。爪が手のひらに深く食い込んだ。
「弟は年が幼すぎて、坑道の中で採掘をすることはありませんでした。代わりに、掘り出された石の山から使える鉱石を選り分ける仕事を任されていましたが、その作業をしていると、手はすぐに擦りむけ、爪は割れ、指先は裂けて血が出ることもしばしばでした」
ジェリンは目を閉じた。眼瞼 が細かく震えていた。
「それだけではありませんでした。あの子は坑夫たちのために、坑道の中へ水と食事を運ばなければならず、坑夫たちが使う道具も運んでいました。つるはし、シャベル、鉄槌 のようなものです。弟は一日に何度も坑道を行き来し、その重いものを運び続けました」
ジェリンはゆっくりと目を開けた。目元はしっとりと濡れていた。
「あの子は……それでもいつも笑いながら……兄さん、僕も役に立ちたいんだと……家族の力になりたいんだと。いつも手は傷だらけだったのに、明るく笑ってそう言っていました」
ジェリンの声が、次第にいっそうかすれていった。
「妹のためでした。弟はよくわかっていました。妹が重い病を患っていること、治療にお金が多くかかること。それで仕事を始めたんです。たった十四歳の子供が、大人たちの間に交じって夜明けから日が暮れるまで、一日中休まずに働いて……」
ジェリンは震える手で顔を覆った。指の間から、彼の声が漏れ出た。
「弟はそうして毎日鉱山を往き来して持ちこたえていました。ある日から咳をするようになりましたが、最初は軽いものでした。それが数日経つとひどくなっていき……そしてある日、血を吐きました。黒い血でした」
ジェリンの肩が、小さく震えた。
「息をするたびにゼーゼーと音がしました。咳をするたび、全身が痙攣 するように震えました。私は急いで治療師を呼び、薬草も手に入れましたが……しかし、もう遅すぎました」
老人はティーポットを持ち上げた。水は沸いており、湯気が立っていた。彼は注意深く火からティーポットを下ろすと、カップに熱い湯をゆっくりと注いだ。そしてジェリンが持ってきたラコエの葉を数枚浮かせると、ほのかな香りが部屋中に広がっていった。
彼は湯気の立つカップ を手に取り、ジェリンに近づくと、その傍らの小さな卓の上に静かに置いた。何も言わぬまま、再び自分の席へと戻っていった。
ジェリンは震える手をゆっくりと下げ、老人を見つめた。その目はひどく赤く充血し、頬には涙の跡がはっきりと残っていた。
「弟は死ぬ前の晩、私に尋ねました。兄さん、僕は役に立てたかな、家族に少しでも力になれたかなって……そう聞いてきたんです」
ジェリンの唇が、ひどく震えた。
「私はそうだと答えました。お前がいてくれて本当に大きな力になった、お前がいなければ私たちは持ちこたえられなかったと、言ってやりました。弟はその言葉を聞いて、明るく笑いました。心から喜んでいる顔でした。そして次の日の朝、あの子の笑った顔は、私の記憶の中にだけ残ることになったのです」
ジェリンは卓の上のカップ を見つめた。震える手を伸ばして碗を取り上げ、唇に運んで茶を少し飲んだ。熱い茶が喉を通って、ゆっくりと流れ落ちていった。彼は碗を再び卓の上に置いた。
「妹は……」
ジェリンは言葉を切り出したが、止めた。しばらくの間、沈黙が流れた。彼の呼吸が、次第に荒くなっていった。
「妹は……生まれた時から体が弱かったんです。歩くこともできず……いつも寝たきりでした」
ジェリンの声が、次第に小さくなっていった。
「母がいた頃は、それでも……まだましでした。でも母が亡くなった後は……私は仕事に出なければならず……妹は一人でした」
ジェリンは両手で顔を覆った。指が細かく震えていた。
「妹は一日中、一人で寝ていました。時には私の仕事が遅くなり、日が落ちて暗くなった後にようやく帰ることもありましたが、そんな時、妹は闇の中に一人取り残されたまま、私を待っていました」
ジェリンの声が、震え始めた。
「妹にはリシュラディルが必要でした。エステタ王国ではまったく育たない薬草で、遥か東のキシャの草原でしか手に入らないものなんです。値段があまりに高くて……私はそれを手に入れようと必死でお金を貯めましたが、いつも足りませんでした。どれだけ切り詰めても、どれだけ貯めても、いつも不足していました」
ジェリンの肩が、小さく揺れた。
「妹は私に言いました。お兄ちゃん、平気だよ、私は痛くないからって。でも、それは嘘でした。妹はひどく苦しんでいました。夜ごと痛みに呻き 、まともに眠ることもできず……それでも、私の前でだけは無理にでも笑おうとしていました。私に心配をかけないように、私に負担を感じさせないように、そうして笑っていたのです」
「妹が私に、そんなに毎日働いてばかりだと辛くないのと聞きました。私は平気だと答えました」
ジェリンは深く息を吸い込み、荒く吐き出した。
「しかし実のところ、私は平気ではありませんでした。体も心も疲れ果てていました。毎日明け方に起きて森へ出かけ、日が暮れる頃にようやく家に帰っていました」
ジェリンの声が、いっそうかすれていった。
「ある日、妹に熱が出ました。体が火のように熱くなり、冷や汗をかき始めました。私は急いで治療師を呼びましたが、治療師はリシュラディルがもっと必要だと言いました」
ジェリンは手を震わせながら、拳を握った。
「私は何とかしてリシュラディルを手に入れようと、商人ギルドへ駆け込みました。ギルドにもしかしたらリシュラディルが残っているかもしれないと思って」
ジェリンは震える手で涙を拭った。手の甲で顔を荒々しくこすった。
「家に着いた時、部屋の中からは何の音も……息遣いも、咳も、聞こえなかったんです」
ジェリンの声が、完全に途絶えた。
「妹はもう……」
ジェリンの全身が震えた。手が震え、肩が震え、声が震えた。
「妹の名前を呼びましたが、あの子は一度も目を開けることは……ありませんでした……闇の中で……誰もいないまま……私は……その場にいませんでした」
ジェリンは両手で顔を深く覆った。その声が、指の間から細く漏れ出た。
「妹は一人で死にました。深い闇の中で、一人きりで死んでいったんです。誰もあの子の手を握ってあげませんでした……誰も傍にいてあげなかったんです」
ジェリンの声が、次第に高くなっていった。
「私が……私がその場にいるべきだったのに……私が妹の傍にいるべきだったのに……」
ジェリンは深く頭を垂れた。涙が頬を伝い、顎の先から落ちた。床に落ちた涙が、小さな染みを作った。
「妹はまだ幼い子供でした。家の外に出てみることもなく、友達を作ったこともありませんでした。世の中の何も見ることなく、何も経験することもなく、そうして……そうして」
ジェリンの肩がひどく震え、体が次第に前へと折れ曲がっていった。
「そうして……皆が逝ってしまいました。母も、父も、弟も、妹も……全員が。そして今、この世でホッパーという姓を持つ者は、私一人だけです」
ジェリンは震える手で顔を上げ、老人を見つめた。その目は赤く充血し、涙が絶え間なく頬を流れ落ちていた。涙は顎まで流れて滴り落ちた。
「私は……もう完全に独りです。もはや家族はいません。私を覚えていてくれる人も、私を訪ねてくれる人も、誰一人いないんです。私がこの世から消えてしまったとしても……」
ジェリンの声が、切なげに震えた。
「それで……それで、こうして先生を訪ねて参りました」
ジェリンは涙でぐしゃぐしゃになった顔で、老人をまっすぐに見つめた。
「誰かが……せめて誰か一人だけでも、私がここに存在したことを知っていてくれなければならないからです。プロイクトンのどこかに、この世のどこかに、ジェリン・ホッパーという人間が生きていたということを残さなければならないと思いました。私を覚えていてくれる人が、もう一人も残っていないのですから」
ジェリンの声が、痛切にかすれた。
「お願いします。どうかお願いします。私のこの姿を、こうして生きて息をしているこの姿を、絵に残してください」
ジェリンはもはや堪えきれず 、深くうつむいた。その背中が曲がり、体が大きく前へと傾いた。両手で顔を完全に覆い、指の間から涙が絶え間なく流れ落ちた。
「どうか……どうかお願いします……」
ジェリンの声が震え、すすり泣きが漏れ出た。肩が震え始め、全身が震えた。
泣き声が爆発するように溢れ出た。これまでずっと押し殺し、堪えてきた泣き声が、一気に噴き出した。喉の奥深くから、呻きが漏れ出た。
ジェリンは体をさらに深く折り曲げた。膝に顔を埋め、両手で頭を抱え込んだ。
「うっ……うぅっ……」
喉に引っかかるような声が漏れ出た。途切れそうで途切れない泣き声が、部屋いっぱいに響き渡った。ジェリンの背中が激しく波打ち、息をするたびに全身が震えた。
「どうして……よりによって私だけ……どうして私だけ……」
彼の言葉は泣き声と完全に混ざり合っていた。はっきりとせず、震え、揺らいでいた。
老人はゆっくりと席を立った。ジェリンに静かに歩み寄り、その震える肩のそばに立った。彼はゆっくりと手を伸ばし、ジェリンの肩にそっと置いた。何も言わず、ただそうして立っていた。
ジェリンは泣き続けた。声がかすれ、なおもかすれていった。すすり泣きは次第に激しくなり、息もまともにできなかった。吸い込もうとするたびに喉が詰まり、咳が泣き声に混じって漏れた。涙は止まらなかった。
老人はジェリンの肩から手を離した。戸棚へとゆっくり歩いていき、戸を開けて中から古びてはいるが清潔な布を取り出した。彼はそれを手にして再びジェリンのもとへ戻り、震えるその手に布を丁寧に握らせた。
ジェリンは布を受け取った。顔を拭い、目を拭い、鼻を拭った。布はすぐに涙でぐっしょりと濡れた。
泣き声が少しずつ収まっていった。すすり泣きは次第に小さくなったが、完全に止むことはなかった。肩はまだ、わずかに震え続けていた。
老人は再び自分の席へと戻り、椅子に腰を下ろした。彼は、なおも頭を垂れて泣いているジェリンを、静かに見つめていた。
しばらくの時間が流れた。泣き声がゆるやかに収まり、ジェリンは濡れた布で顔をもう一度丁寧に拭った。彼は長く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出しながら、呼吸を整えようと努めた。
「申し訳ありません、先生」
ジェリンが、かすれた声で言った。
「構わぬよ」
老人は静かに答えた。
ジェリンはゆっくりと顔を上げた。その目はひどく腫れ、顔全体が赤く染まっていた。
「どんな言葉で君を慰めればよいのか、わしにはわからぬ」
老人は率直に言った。
ジェリンは何も答えなかった。
「わしは絵を描く者だ。言葉よりも、絵で世界と語る者だ。だから君に与えられる慰めは、絵だけのような気がする。言葉では、君の悲しみを癒やすことはできぬだろう」
老人は落ち着いた声で言葉を続けた。
「君の顔を心を込めて描こう。君がこのプロイクトンに存在したということを、この世に生きて息をしていたということを、絵に残そう。それが、画家であるわしが君のためにできる唯一のことだ」
ジェリンはゆっくりと頷いた。その目から再び涙が流れ、彼は布で丁寧に涙を拭った。
「ありがとうございます。心から、ありがとうございます」
ジェリンが震える声で言った。
老人はゆっくりと席を立ち、画布 の前へと歩いていった。下地の塗られた絵を少しの間見つめると、筆を手に取った。
「続けよう」
老人は静かに言った。
ジェリンは乱れた姿勢を、ゆっくりと正した。窓辺へと再び歩いていき、椅子に腰を下ろすと、顔を窓の方へと向けた。冬の陽射しが、その顔を柔らかく照らした。
老人は筆に絵の具を慎重に含ませた。肌の色を作るため、白に黄土色を混ぜ、そこに赤を少し加えた。そして画布に、ゆっくりと色を塗り始めた。
絵は少しずつ、完成へと近づいていった。
孤独と不安の中で一人残されたJeremy Hofferに、この物語を捧げます




