↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
184/229

184話 乾きの地より来たる侵略者 (9)

森を揺るがす巨大な轟きが消え去ったあと、深い静寂が訪れた。パチパチと燃える炎の音と立ち昇る煙、風に運ばれてさらさらと舞い散る灰だけが、空気を満たしていた。


ミノタウルたちの荒い息遣いでさえ、しばしの間静まり返った。すべてが止まったかのような瞬間だった。


ドン……


遠くから、何かが大地を踏みしだく音が響いた。巨大な岩が落ちるような、あるいは巨石が転がり落ちるような、深く重厚な音。どこかで途方もない重さが動いているように聞こえた。


ドゥ……ン……


二度目の音が聞こえた。今度はより近かった。燃え盛る枝が揺れ、葉と落ち葉がざわめいた。何か生きているものが、大地を踏んで動いていた。ミノタウルたちの本能が、それを「足音」と感じ取った。


ミノタウルたちは不安そうな眼差(まなざ) しで、音の聞こえてくる方角を注視し始めた。手に握った武器が震えていた。普段ならば決して恐れを見せることのない彼らだったが、今は違った。何か、まったく異質な、言葉にできない存在が近づいてきていることを感じていた。


ドン……


三度目の足音。今や響きはいっそう鮮明になっていた。生きている巨大なものの動きだった。一歩ごとに、大地の深いところから鈍い振動が押し上げてくるようだった。


ドゥ……ドン……


顔を向け合うミノタウルたちの瞳に、恐怖の色がよぎった。


ドン……ドン……ドン……


音は次第に近づいてきた。はじめのうちは間を置きながら聞こえてきたのが、今やほぼ一定の間隔で届くようになっていた。そしてそのひとつひとつが森の中に響き渡るたびに、いっそう鮮明に、いっそう重く迫ってきた。


ダルンはハルバードを手にしたまま、音の聞こえてくる方向を見据えた。兜(かぶと) の下に覗く眼差しには、鋭い警戒の色が宿っていた。


対して、ミノタウルの指揮官は巨大な両刃(もろは) の斧(おの) を握りしめたまま、低く息を吐き出した。


ティルエルダは木の陰に身を潜め、息を殺していた。心臓が速く打っていた。森を伝って届く見知らぬ気配が、彼女の感覚をかすめていった。


それは確かに、森の一部だった。しかし、想像すら及ばないほど巨大で、強大だった。


ドン……ドン……ドン……ドン……


音は鳴り続けた。短い間隔を置いて繰り返され、響くたびに大地が揺れた。その振動は、足の裏を通じて聞く者の全身へと伝わってきた。


燃え盛る木々の間に、巨大な影が揺らめき始めた。はじめはかすかな輪郭に過ぎなかったが、次第にその姿が浮かび上がってきた。


赤い炎の光に照らし出されたその形は、高さだけでも周囲の木々をはるかに超え、幅は大木を数本束ねたほどにも見えた。


それが身を動かすたびに炎が大きく揺れた。重い空気が押し退けられ、炎は風を受けて左右に激しく揺れ動いた。


今や、その巨大な存在の足音は、すぐ目の前にまで迫っていた。


そしてついに、炎の間からその存在が完全に姿を現した。


それは、生きた巨大な木だった。


まるで大地から引き抜かれた古木が歩き始めたかのようだった。幹は数百年を経た樫の木のように太く荒々しく、樹皮は深い褐色の鱗(うろこ) のようにひび割れていた。


二本の脚のように伸びた太い根は大地を踏みしだきながら動き、腕のように育った曲がった枝にはコケと蔓が垂れ下がり、地面にまで届いていた。


頭と呼べる部分には、深く刻まれた窪みがあった。その中で微かに動く形が、目のように見えた。炎がその形体を照らすたびに、木目(もくめ) の間から目と鼻と口に似た形が、ぼんやりと浮かび上がった。


誰の目にも映ったその姿は、木であり、森であり、古いもの、そのものだった。


背丈は優に三十キュビト(十五メートル)はあるように見えた。あるいはそれ以上かもしれなかった。周囲の木々と比べてみると、最も大きな樫(かし) の木でさえ、その胸の高さにも届かなかった。幹は数百年、あるいは千年以上を生きた古木のように太く、巨大だった。


幹の表面には深く刻まれた樹皮の皺(しわ) と溝が、複雑な紋様を描いていた。褐色と灰色、そしてコケの青みが入り混じったその樹皮は、厚く荒々しかった。長い歳月の積み重なりが生み出した、自然の鎧(よろい) のようだった。


樹皮の表面には、コケが厚く育っていた。柔らかな緑のコケが絨毯(じゅうたん) のように幹を覆い、その隙間から小さな植物と蔓が伸び出していた。ところによっては、小さな花が咲いていた。


腕をなす二本の巨大な枝が、幹の上部から長く伸びていた。それぞれの枝は普通の木の幹よりはるかに太く、先端から分かれた無数の小さな枝が指のように広がっていた。


枝でできた指は、しなやかで繊細だった。太い枝はダルンの腕ほどの太さがあり、細いものは周囲の木々の枝のように伸びていた。その間に、大小の葉が鬱蒼(うっそう) と茂っていた。


葉は風が吹くたびに静かに揺れ、軽くこすれ合う音は、まるで風が木の葉の間を通り抜けるときに生まれる、耳慣れた森の音のようだった。


脚は二本で、根が集まって柱のように固まった形をしていた。太い根が絡み合い重なり合って非常に頑丈そうに見え、その下には細い根が地面に触れながら揺れていた。歩みを進めるたびに根が土を踏みしめ、小さな土埃が舞い上がった。


顔は古木の幹の高いところに位置していた。深く刻まれた木目が目と額と顎の線を作り出し、口のように見える長い割れ目が横に走っていた。


目と見える部分は、樹皮が深くえぐれた穴で形成されていた。はじめはただ虚(うつ) ろな穴のように見えたが、よく見ると、その中で仄(ほの) かな緑色の球体が輝いていた。その光は髭(ひげ) のように一定ではなかった。ときには明るく輝き、ときにはほぼ消えそうなほど微かになった。


鼻は盛り上がった木目の一部で、その両脇に開いた小さな穴からは、風が出入りするような微かな音がした。口は樹皮が横に割れた長い隙間で形成されていた。ほぼ閉じた隙間だったが、ときおりゆっくりと動き、内側の闇が覗くこともあった。


顎の下には長いコケと蔓(つる) が、髭のように垂れていた。灰色と緑が混じったそのコケたちは、風に従ってゆったりと揺れていた。


全身から、生命の気が波のように流れ出ていた。


それは目で見えるものではなかったが、あらゆる生き物が本能的に感じ取れる強大な気配だった。森のすべての木々がそれに向かって頭を垂れるようであり、風でさえその周りではいっそう柔らかく吹いていた。


森を歩く者、木々の守り手――古木の姿をした巨大な存在が、ゆっくりと歩み出た。


その瞬間、ティルエルダは木の陰の下で顔を上げた。彼女は息が止まるかのように立ち尽くした。


炎の間から近づいてくるその形から、目を離すことができなかった。


彼女の口から、低い吐息とともに名が零れた。


「ヴラント……」


巨大な木の巨人は、ゆっくりとダルンとミノタウルの指揮官の間を歩いてきた。


その足が大地に触れるたびに、周囲の炎が静かに消えていき、燃え尽きた森の地面に柔らかな草が頭をもたげた。焦げ黒んだ枝からは再び若緑の葉が芽吹き始め、地面からは小さな芽が至るところで顔を出した。


燃えていた場所がひっそりと冷めていき、彼が通り過ぎた跡にはどこも、緑の痕跡がよみがえった。破壊された森の縁に、生命の息吹が後を追うように広がっていった。彼の一歩一歩が、まるで春のように森を覆い、過ぎ去っていった。


その存在だけで、炎が和らぐかのようだった。


森の主が戻り、森はそれを迎えていた。木々の枝がその方へとたわみ、鳥たちがその肩と腕に止まり始めた。小さなリスが一匹、そのコケの髭を伝って上り下りしていた。


ヴラントが歩く道の先に、ティルエルダがいた。


彼女は口を開けたまま固まり、ゆっくりと顔を上げて巨大な木の巨人を見上げた。


その目は驚きと畏敬(いけい) に満ちていた。しばらくの間、目を離せなかった。ヴラントが彼女の前で足を止めた。巨大な根の脚が大地に深々と食い込み、振動を起こした。緑の光を帯びた深い瞳が、はるか下にいる小さなエルフを見下ろした。


しばし沈黙が流れた。ヴラントの巨大な形が、ティルエルダの上に影を落とした。しかしその影は冷たくなかった。むしろ温かく、包み込むような感じだった。無数の葉が作る木陰のように、柔らかく穏やかな温もりが漂っていた。


ヴラントの樹皮でできた口が、ゆっくりと開いた。


その隙間から青い光が漏れ出し、深く響きのある声が流れてきた。


「Seren bo ti-el.」


その声は、言葉にできないほど美しかった。古い木の囁きに似ていながら、風が大木の枝の間をかすめて過ぎるときに生まれる音のようでもあった。深く穏やかで、同時に大木の根を包む土の温もりを宿していた。


各音節は明瞭に発音されていたが、今のエルフ語とは明らかに異なっていた。


ティルエルダはその瞬間、それが古代のエルフ語であることを悟った。幼い頃に学んだ古いエルフの古典文献にのみ見られる形のエルフ語だった。現代のエルフ語とは発音も抑揚も違ったが、その意味は明らかだった。「汝と我との出会いに喜びあり」という意味の、丁重で古風な昔のエルフの挨拶の言葉だった。


ティルエルダは慌てて身を起こし、深く頭を垂れた。巨大なヴラントの前で彼女は、大木の下で頭を垂れた小さな花のようだった。その姿には恐れよりも、畏敬が宿っていた。


「Se……Seren Melin.」


ティルエルダの声が震えた。彼女も古代エルフ語で答えた。「喜びは我にある」という意味の、丁重な答礼だった。巨大なヴラントを見上げる彼女の瞳には、畏敬と戸惑い、そして微かな恐怖が入り混じっていた。


ヴラントは満ち足りたようにゆっくりと頷いた。その動きは緩やかだったが、優雅だった。巨大な形にもかかわらず、すべての仕草に品格があった。


ヴラントがティルエルダに挨拶を向けたのには、理由があった。


炎に包まれた数多の木々が、苦しみの中で悲鳴を上げていた。その絶叫が、遠く離れた場所で眠っていたヴラントの心を引き裂いた。木々の痛みは、そのまま彼の痛みだった。彼らの苦しみが彼を目覚めさせ、その声を辿ってこの地まで歩いてこさせた。


歩いてくる間に、木々が語りかけてきた話があった。森を焼く侵略者たちと戦う二人の存在についての話だった。その一方は川の君主たちの末裔であるダウィであり、もう一方は森の住人、森の子であるエルフだった。


とりわけそのエルフは、自らの力を尽くして火を消そうとしていたと、木々は語った。木々は今もそのエルフに深い感謝を示していた。彼女のおかげで、より多くの木々が灰になるのを免れることができたと言った。


ちょうどそのとき、ヴラントの足元から小さな影が現れた。アオルンだった。


闇の中からゆっくりと歩み出たそれは、小さな狐ほどの大きさの生き物だった。四本の足で慎重に歩み出てきたその存在は、暗がりの中でもくっきりと見えた。


体は数十本の細い蔓で形成されていた。蔓は地面を滑るように這って進み、動くたびにコケと草花が体についたまま揺れた。


蔓の間から、薄い萌黄色(もえぎいろ) の光がぼんやりと漏れ出し、体全体をほのかに照らしていた。その表面には繊細なコケが生え、まばらに開いた小さな花びらが体の一部のように収まっていた。


アオルンはティルエルダに近づき、静かに彼女の脚に寄り添った。蔓でできた体がティルエルダに密着すると、冷たくなく、温かくしっとりとした感触が伝わった。アオルンは頭を彼女の膝に乗せ、短い尾を左右に揺らした。


蔓の間からは、草の葉と花が混ざり合ったような仄かな香りが漂った。ティルエルダは手を下ろし、そっとアオルンの頭を撫でた。指先に触れる感触は柔らかく温もりがあり、まるで生きた植物の茎を撫でているようだった。アオルンは体を少しだけ彼女の方へ押しつけながら、静かに動いた。


一方、ミノタウルの指揮官とダルンは、ヴラントの登場にそれぞれ異なる反応を見せた。


ダルンはハルバードを下げ、慎重に数歩後ろへ下がった。その動きには恐れよりも、むしろ畏敬に近い敬意が宿っていた。


対してミノタウルの指揮官は、巨大な両刃の斧を持ったまま警戒心をあらわにして距離を取った。しかし、その手が震えていた。呪術で強化されたその体も、ヴラントの前ではあまりにも矮小(わいしょう) に見えた。


ミノタウルたちが不安に震えながら後退し始めた。その目には、理解を超えた原初の恐怖が浮かんでいた。


これまで彼らが相手にしてきた敵は、槍と牙で傷つけることができる、血を流し、苦しみに反応する生き物たちだった。しかしヴラントは違った。彼は生きていたが、その生命の気配には、彼らが常に接してきた温かみがなかった。


ヴラントの体から漂うのは、血や肉の熱ではなく、長い時をかけて根を張った生命に特有の、重く静かな気配だった。


ミノタウルたちはそれが何であるかを理解できなかったが、その異質な気配は言葉より早く、彼らの本能を突いた。だから彼らは恐れ、後ずさった。


ミノタウルの指揮官はそれを見て憤った。部下たちが怯える様を、容認することはできなかった。彼は両腕を大きく広げ、胸を叩いて威嚇の声を上げた。


「Krraaaaah! Phóbos oudén! Kratéō!(恐れるな! 我は強い!)」


その声は荒々しく猛々(たけだけ) しかった。ミノタウルの指揮官は両刃の斧を頭上に掲げ、ヴラントへと威嚇の構えを取った。


しかしヴラントは、いかなる感情の痕跡も見せなかった。その緑の瞳がミノタウルの指揮官をしばし見下ろしたかと思うと、すぐにダルンの方へと歩いていった。

木の牧者!ヴラント登場!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。