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182話 乾きの地より来たる侵略者 (7)

ダルンがハルバードを振り上げたその瞬間、森のあちこちから押し寄せてきたミノタウルの巨大な群れが、野営地の境界を越え始めた。篝火(かがりび) を手に持った彼らの巨大な影が、木々の間から次々と姿を現した。揺れる炎が粗削りな鉄鎧を照らし、研ぎ澄まされた斧とミノタウルたちの眼光を赤く染め上げた。


「ここからが本番だ!」


ヒヤルコの声が剣身(けんしん) から響き渡り、三体のミノタウルへと飛びかかった。


すでに野営地の中心で巨大な氷の力を爆発させ、数十体ものミノタウルをなぎ倒したヒヤルコは、その余波をそのまま受け止めながら、残る力を振り絞っていた。


凍りついた地面と砕け散った氷の刃が、彼の起こした爆発の爪痕を物語っていたが、ヒヤルコの剣身を包んでいた気配は、目に見えて薄れつつあった。


それでもヒヤルコは速度をさらに上げた。かすれかけていた剣身の光が一瞬だけ輝きを取り戻し、刃の縁には蒼い(あおい) オーラが激しくうねった。


蒼い光の刃が宙に弧を描き、最初のミノタウルの首筋を斜めに斬り裂いた。太い息が途切れる間もなく、剣はその反動のまま二体目のミノタウルの脇腹を横一文字に断ち切り、最後の一回転で鋭い軌跡が三体目の胸の中央を貫いた。わずかな間に三つの骸(むくろ) が崩れ落ちたが、その華麗な一撃はヒヤルコの残り少ない気をさらに大きく削り取った。


剣身から放たれていた光は目に見えて薄れ、剣の輪郭はたちまちぶれ始めた。その動きからも、以前のような鋭さは感じられなくなっていた。わずかではあるが、確かな——鈍化の気配が滲み始めていた。


「ヒヤルコ様、無理をしないでください!」


ティルエルダが急いで声を上げた。ヒヤルコと結んだ契約のおかげで、彼女には彼の状態が手に取るように伝わってきた。ヒヤルコの力は目に見えて消耗しており、まるで消えゆく蝋燭(ろうそく) の炎のように、彼を構成する気配が薄れていった。


「心配するな! これくらいじゃ、まだ何ともないぜ!」


ヒヤルコが響いたが、その声にも以前より力が欠けていた。剣身の光がちらちらと瞬き、不安定に揺れた。


「森へ! 森の奥へ退かなければなりません!」


ダルンが叫びながら大きく一歩踏み込み、前へと突き進んだ。ハルバードを両手で構えたまま、右から左へと水平に大きく薙ぎ払う(なぎはらう) 。斧刃が風を裂いた瞬間、眼前に突進してきたミノタウルの胴が正確に断ち切られた。厚い筋肉と骨が斧刃に抵抗なく割れ、どす黒い血が激しく噴き上がった。


その巨体が弾き飛ばされるように後退し、別のミノタウルへと正面からぶつかった。二体のミノタウルが絡み合いながらよろめき、地面に叩きつけられたが、続けざまに突進してきた三体が、そのまま上を乗り越えていった。蹄が仲間の体を踏み砕く音が響き、それとともに大地が泥のように揺れた。


ダルンは短く息をついて再び前へ出た。ハルバードを引き絞り、そのまま真っ直ぐ突き込む。穂先がミノタウルの腹に刺さり、重い肉を貫いて脊椎に届くまで押し込んだ。獣が苦悶(くもん) の叫びを漏らして背をのけ反らせると、ダルンは穂先を捻りながらそのまま引き抜いた。


血が噴き出し、次の敵が視界に入った。ダルンは片手でハルバードを引き上げ、上から下へと叩き下ろした。ハルバードの刃がミノタウルの肩と首の付け根に深々と食い込み、骨の割れる音とともに胴が半ばまで裂けた。


ミノタウルは血の混じった息を吐きながらよろめいた。肩と首の間から抉れた胸の内側がむき出しになり、熱い血とふくれ上がった血の塊が溢れ出して力なく揺れた。彼は膝をついたまま、最後にもう一度息を吸い込もうとして——倒れた。ダルンは足でその骸を蹴り退け、再び構え直した。


ティルエルダとヒヤルコがダルンの後に続き、自然と陣形を保った。ダルンが先頭でハルバードを振るい敵を制圧する間、ティルエルダは後方から短い魔法を放って援護し、ヒヤルコは側面から迫るミノタウルを素早く斬り払って道を切り開いた。


「こいつら、切りがないな!」


ダルンは眉間に皺(しわ) を寄せ、固く結んだ唇の間から犬歯を覗かせて、再びハルバードを力強く薙ぎ払った。


ハルバードの斧刃が敵の胴に深く食い込み、肋骨の間からどす黒い血が噴き上がった。その瞬間、背後から激しい蹄の音が迫るのを感じ、ダルンは素早く体を捻って振り返りながら、ハルバードをそのまま真っ直ぐ突き出した。穂先がミノタウルの眼を貫き、頭蓋骨(ずがいこつ) の奥深くに突き刺さった。


赤い液体がゆっくりと地に垂れていった。そして巨大なミノタウルの体が一度大きく揺れると、息絶えたように静かに崩れ落ちた。


ダルンはしばらくその骸を見つめてから、息を飲み込むように激しく呼吸を整えた。兜の内側に汗が伝ったが、その眼光は曇らなかった。まだ多くのミノタウルが押し寄せてきていたが、彼は一歩も引かなかった。


彼は一歩前へ踏み出しながら、低くつぶやいた。


「来るなら来い。全員、ここで叩き潰してやる」


ティルエルダは静かに呼吸を整え、指先にマナを集中させた。両手を前へと伸ばすと、冷たい気配が指先に集まり、鋭い氷の欠片を作り出した。


透明な氷の破片が矢のように飛び出し、ミノタウルたちの喉と胸を貫いた。氷が刺さった傷口の周りに白い霜が広がり、肉を凍らせて固めていく。だがその威力は、最初より弱まっていた。額には汗の粒が滲み、唇が微かに震えていた。


「もう少し……もう少し進めば、森に辿り着けます!」


野営地の境界を抜けて森の入り口に足を踏み入れた瞬間、足元の土がふわりと沈んだ。頭上では、絡み合う枝々が空を覆って垂れ下がり、両脇には太い幹が城壁のように並んでいた。月明かりは葉の隙間からかすかに差し込んでいたが、森の中はそれでも暗かった。湿った土の匂いと枯れ葉の香りが濃く漂い、足音を飲み込むような静寂が森全体を包んでいた。


ミノタウルたちが森の中へと追いかけてきた。その巨体が枝を折りながら進んでいく。がさがさという音とともに、木の葉がはらはらと舞い落ちた。だが森の闇の中では、彼らの動きが鈍くなった。篝火の明かりが枝に遮られ、前をまともに照らせなくなっていた。


ダルンが、樹皮の荒れた苔むした大木の陰から突然現れ、ミノタウルの脇腹にハルバードを深く突き刺した。穂先が甲冑を貫くと、ミノタウルが苦悶の叫びを上げながら膝をついた。ダルンはハルバードを引き抜き、すぐさま別の木の陰へと身を隠した。


そして反対側の古木の陰、深い翳(かげ) の中で、森の気配がひっそりと揺らいだ。


月明かりの下、蒼白い指先が静かに姿を現した。指先から白い霜の粒子がそっと舞い散ると、瞬く間に空気がひんやりと凍りついた。


囁くように、ティルエルダの声が流れてきた。


「氷結の矢よ。敵を貫け」


彼女の指先から青みがかった光の氷の矢が飛び出した。矢は空気を切り裂きながら、周囲の空気を凍らせて白い軌跡を残していった。


ティルエルダの氷の矢が、ミノタウルの喉を貫いた。傷口の周りに霜が広がるように滲み出し、その隙間から赤い血が流れ落ちた。


氷の矢がミノタウルの喉で砕け散ると、赤い血が四方へと飛び散った。二、三歩よろめいた巨体は、そのまま地面へと崩れ落ちた。


「今はこうして戦うしかありません」


ダルンが囁くように言った。森の中では正面からの力勝負より、奇襲と離脱の方がはるかに有利だった。彼らは木々の間を素早く動き回りながら、ミノタウルを一体ずつ仕留めていった。闇の中から突然現れて攻撃し、即座に消える戦法が効果を発揮した。


ティルエルダが太い樫(かし) の木の陰からまた別の魔法を放った。彼女の手から氷の欠片が飛び出し、ミノタウルたちの足を凍らせて固めた。足首を凍りつかせたミノタウルたちが体勢を崩して倒れると、ヒヤルコがその隙に素早く割り込んで喉を掻き切った。蒼い光の軌跡が闇の中を瞬き走り、血が噴水のように吹き上がった。


ダルンも巨木の幹に身を隠したまま待ち伏せ、通りかかったミノタウルの脚をハルバードの穂先で突いた。脚を深々と貫かれたミノタウルが悲鳴を上げて前のめりに倒れると、ダルンはすぐさま飛びかかって首を打ち下ろし、ハルバードの斧刃が厚い肉に食い込んで半ばまで断ち切った。


だがミノタウルたちも、次第に森の闇に慣れてきていた。彼らはより慎重に動き、互いの背を合わせながら前進した。篝火をさらに高く掲げて周囲を見回し、怪しい影や茂みと向き合うたびに斧を振り下ろした。


「Autōi!(こいつだ!)」


一体のミノタウルが木の陰に身を隠していたティルエルダを見つけて大声で叫んだ。たちまち三、四体のミノタウルが彼女へと突進した。ティルエルダが急いで氷の防壁を作り身を守ろうとしたが、ミノタウルたちの斧が氷の壁を叩き割った。


透明な氷が砕け散り、四方へと飛び散った。


「うおおおっ!」


ダルンが木の陰から飛び出し、ハルバードを大きく薙ぎ払った。斧刃がミノタウルの背中を横一文字に裂き、深い傷を刻んだ。だが別のミノタウルが背後から斧を振り下ろしてきたため、ダルンは咄嗟(とっさ) にハルバードで受け止めた。鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が、森に響き渡った。


ヒヤルコが空中で回転しながら突進し、二体のミノタウルの間を切り裂いた。蒼い光の剣身が一体の首を斬り抜けた後、もう一体の胸を貫いた。だがヒヤルコの剣身から放たれる光は、ますます薄れていった。剣の輪郭がぼやけ、形を保つのが難しくなってきているように見えた。


「このままだと、私たちの方が先に力尽きてしまいます……」


ティルエルダが短く息をついてから言った。彼女のマナも、底をつきかけていた。指先から作り出せる氷の欠片が、以前より小さく、脆くなっていた。


ミノタウルたちが森の至るところで篝火を振りかざし、木々の影に潜む敵を探し回った。重い蹄の音が四方から迫ってくる。枝の折れる音、茂みが踏みにじられる音、荒々しい息遣いが、闇の中でこだまし続けた。ますます多くのミノタウルが、森の深くまで入り込んでくる。


「あの指揮官を倒さなきゃいけない!」


ヒヤルコがミノタウルの指揮官に向けて剣先を突きつけ、響いた。指揮官は今も肩の上に木の仮面を乗せたまま、部下たちを指揮し続けていた。その周囲にはさらに多くのミノタウルが群れていた。


「とくにあのちっちゃいやつ! さっきからうっとうしく呪術を使いやがって!」


ヒヤルコが指揮官の肩の上に座る仮面の存在に向けて剣を振った。仮面をつけた存在はまた別の木彫り人形を取り出し、何かをぶつぶつと唱えていた。その周囲から濃い緑の気配が立ち上り、渦を巻いていた。


「ティルエルダ! あいつに魔法をぶつけてみろ!」


ヒヤルコの響きに、ティルエルダが頷いた。両手を前へと伸ばし、深く息を吸い込んだ。指先に冷たい気配が渦を巻き始めた。


「槍よ立て、冬の冷たき風よ」


ティルエルダの手の前で、氷の結晶が素早く集まり始めた。最初は小さな欠片に過ぎなかったが、次第に大きくなりながら、長く鋭い形へと変わっていった。透明な氷の中に蒼い光が揺れ、穂先からは冷気が糸のように立ち上った。氷の槍の周囲の空気が凍りついて白い霜が生まれた。


「氷の槍となりて、敵を貫け」


ティルエルダが両腕を前へ突き出しながら叫んだ。彼女の手から長い氷の槍が矢のように飛んでいった。槍が大気を切り裂きながら進むたびに、周囲の空気が凍りついて白い軌跡を残した。氷の槍の先端から冷気が螺旋(らせん) を描いて流れ出した。


「Kir' Quak!!!」


仮面をつけた存在が飛んでくる氷の槍を見て、素早く片手を前へ伸ばした。その掌(てのひら) から濃い緑の光が広がると、髑髏(どくろ) と蛇が絡み合う紋様の刻まれた丸い盾が、伸ばした手の前に現れた。


盾の表面には、腐った牙を剥き出しにした歪んだ顔、異形の獣、細い骨の紋様が絡み合って流れ込み、不気味な形象(けいしょう) を作り上げていた。


氷の槍が緑の盾に衝突した瞬間、穂先が砕け散って氷の欠片が四方へと飛び散った。だがその瞬間、槍の後半部分が二つに割れながら、別の形へと変わっていった。


割れた氷の欠片が素早く集まり、鋭い氷の剣の形を成した。


蒼い光を帯びた剣が盾を中心に緩やかな弧を描き、仮面へと向かって飛んでいった。


「今だ!」


ヒヤルコが空中で回転しながら飛びかかった。その剣身が仮面へと突進した。蒼い光の軌跡が闇を切り裂いて走り抜けた。


「捕まえた! さっきからずっと邪魔だったこのちっちゃいやつめ!」


ヒヤルコの剣が仮面の喉を貫いた。木が裂ける鋭い音とともに仮面が真っ二つに割れ、内側から濃い緑の液体が流れ出し、小さな悲鳴が聞こえてきた。


「Kiiiiiiaaaaaak——!」


仮面をつけた存在が最期の悲鳴を上げながら、ミノタウルの指揮官の肩から落ちた。その小さな体が地に落ちると、完全に動きを止めた。仮面の破片が地面に散らばり、転がっていった。


「Akh!」


ミノタウルの指揮官が怒りの咆哮(ほうこう) を上げ、巨大な両刃の斧をヒヤルコ目がけて薙ぎ払った。斧刃が空気を切り裂く音が風のように唸った。斧の重みが乗った強烈な一撃が、ヒヤルコを直撃した。


「ぐあっ!」


ヒヤルコが短い響きとともに遠くへ弾き飛ばされた。


剣身の光が大きく揺れ、一瞬、剣の形が霞んで砕け散るように見えた。剣の輪郭が波打つように揺らいで、不安定に変わった。


ちょうどそのとき、地面に落ちた仮面の骸から黒い煙が立ち上った。黒の中に濃い緑が混じった、不吉な色の霧だった。その霧が渦を巻きながら上へと吹き上がったかと思うと、ミノタウルの指揮官の体へと素早く染み込んでいった。


霧が指揮官の鼻と口、肌の表面を覆いながら内側へと入り込んだ。彼の肌が一瞬、暗い青緑の色を帯びたかと思うと、元の色に戻った。だがその眼が、もともとの黄褐色から血のように真っ赤な色へと変わっていた。瞳の奥で、緑の炎がちらちらと揺れていた。


「KwaaaaaaK!」


指揮官が天に向かって吠え叫んだ。その声が変わっていった。もとの荒々しい咆哮に、何か別のものが混じり込んでいた。より鋭く、より邪悪で、より冷たい声だった。

本日もお読みいただき、ありがとうございました


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