176話 乾きの地より来たる侵略者 (2)
ミノタウルへと駆けるダルンの手に握られた巨大なハルバードが、月明かりを受けて冷たく閃いた。
ダウィの鍛冶師たちが数ヶ月をかけて鍛え上げたダルンのハルバードは、その偉丈夫 な体躯 に見合った武器だった。
両腕ほどの長さを持つ柄は堅い木を削り出して作られ、その上を黒い鉄製の帯が、握り部分から刃の下まで螺旋状に巻きついて補強していた。柄の末端には重厚な鉄製の石突き が嵌め込まれており、ハルバードの刃とは反対側からも強烈な一撃を叩き込めるようになっていた。
ハルバードの頭部は、三つの鋭利な武器が一体となった形をしていた。中央の斧刃 は人間の男の肩幅ほどの広さを持ち、その厚みは指二本分ほどの重量感があった。刃の縁は幾度も研ぎ澄まされて鏡のように滑らかで、その上にはダムの文字が刻まれており、それがダルンのマナに反応して、かすかな青い光を放っていた。
斧刃の上には穂先が真っすぐに突き出ており、その先端は針のように鋭く、いかなる鎧も貫けるほどの切れ味を誇っていた。斧刃の後方には、鉤爪 のような曲線を描く棘 が突き出ていた。
ダルンはハルバードを両手でしっかりと握り、ミノタウルたちへ向かって勢いを落とさず突進した。その足が大地を踏みしめるたびに、湿り気を帯びた森の地面へ深い足跡が刻まれていった。
ダルンが最初に出くわしたミノタウルは、向かってくる敵の姿を認め武器を持ち上げようとしたが、すでに遅かった。
ダルンのハルバードが空気を切り裂く重厚な唸りをあげて水平に薙ぎ払われ、斧刃がミノタウルの首を正確に薙ぎ払った。
肉と骨が一瞬で断ち切られる、鈍く重い音が響き渡った。
ミノタウルの頭が胴から離れて宙を舞い、切断された首の断面から噴き出した血が、周囲の地面を暗赤色に染め上げた。
首を失った巨大な肉体はしばし立ち尽くした後、膝をついて前へ倒れ込んだ。
「カアアア!」
二体目のミノタウルが怒りに満ちた叫び声をあげながら両刃の斧を振り回し、ダルンへと迫った。しかしダルンはすでに身を翻していた。ハルバードを大きく旋回させて弧を描き、斧刃をミノタウルの右腕へと叩き込んだ。鉄と鉄がぶつかり合う甲高い金属音が炸裂した。
「しまった!浅かったか!」
ダルンが眉根 を寄せながら呟いた。
ミノタウルの前腕を覆っていた分厚い鉄製のガントレットが、ハルバードの刃を受け止めていたのだ。しかしその衝撃でミノタウルの右腕が断ち切られた。ミノタウルは悲鳴を上げながらよろよろと後退し、手から離れた両刃の斧が地面に落ちた。
ダルンは素早く身を屈め、落ちた斧を拾い上げた。右手にハルバードを、左手にミノタウルの両刃の斧を構えた彼は、一歩で手を失ってよろめくミノタウルへと詰め寄った。
「クアアアッ!」
両刃の斧が水平に薙ぎ払われ、ミノタウルの腰を両断した。今度はミノタウルが纏っていた鎧もその一撃を防ぎきれなかった。ミノタウルの上半身と下半身が分断され、切り離された上半身が地面へと落ちた。
ミノタウルの胴は「ドサッ」と重い音を立てて地面に沈んだ。
「Krrraaaaa!」
最後に残ったミノタウルが咆哮 を放ち、両手に両刃の斧を振り回しながらダルンへと突進した。その巨大な体躯は、両刃の斧を両手でしっかりと握り締める動作とともにさらに膨れ上がった。
広く張った肩と膨張した筋肉が、その重厚な体をいっそう巨大に見せ、斧を握る腕には血管が浮き上がっていた。
ダルンは落ち着いて二つの武器を交差させ、突進してくるミノタウルを迎え撃った。
ハルバードの刃がミノタウルの左腕を、両刃の斧が右腕を同時に斬り飛ばした。両腕を一度に失ったミノタウルは走り込んできた勢いそのままに前へ進み続けたが、ダルンは身をかわしてハルバードの石突きでミノタウルの背中を強かに打ち据えた。
「Uwaak!」
ミノタウルは前のめりに倒れ込み、顔から森の地面へ突き刺さるように崩れ落ちた。
立ち上がろうともがくミノタウルの首に、ダルンがハルバードの刃を当てた。冷たい鉄が熱い皮膚に触れた途端、ミノタウルがびくりと身をよじった。
「Pósoi eisi hoi sýmmachói sou en toútōi tō̱ dásos?」(この森にお前たちの同族は何人いる?)
ダルンがミノタウルの言葉で問うた。
ミノタウルは荒い息を吐きながらダルンを見上げた。死を恐れる口元には歪んだ笑みが浮かび、大きく見開かれた目の白目が広く露わになり、黒い瞳が中心でかすかに震えていた。
「Polloi! Tóso polloi hōste to mikrón sou kástron prin tón hēlion anateílai, oudéna Dávī ē Mua kataleípomen!」(多い!日が昇る前に、お前たちのちっぽけな城塞 にダウィもムワも一人として残さないほど多いぞ!)
ミノタウルは血の混じった唾を吐いた後、頭を持ち上げて身を起こそうとしながら言った。
ダルンの表情が引き締まった。
「Tóte sýntoma tous symphýlous sou akoloutheíseis.」(ならば、すぐにお前の同族のもとへ逝かせてやろう。)
ダルンはハルバードの柄を返し、ミノタウルの首を打ち据えた。鈍い音とともに、ミノタウルの首の骨が折れた。
「ティルエルダ様!」
ダルンがティルエルダに向けて声を上げた。
「すぐに月影の城塞へ戻らなければなりません!」
木の陰から姿を現したティルエルダは、倒れたミノタウルたちの亡骸 を見つめ、しばし息を飲んだ。地面には切り落とされた腕や頭、溢れ出た血が広がり、巨体の骸 が無惨に散らばっていた。
「……ミノタウルを、三体も」
ティルエルダが驚いた目で倒れたミノタウルたちを見ながら言った。
ダルンはハルバードに付いた血を大きく振り払ってから、頷いた。
「それより大きな問題があります」
彼はしばし周囲を見回しながら、低い声で言葉を続けた。
「奴らの数は思っていたより多いようです。今しがた奴が言ったとおり、大勢のミノタウルが月影の城塞へ向かっている可能性が高い。急いで向かわなければなりません」
ティルエルダは険しい表情で頷いた。
「急ぎましょう」
「はい!」
二人はすぐさま月影の城塞へ向けて駆け出した。
夜の森は、まるで黒い海のようにダルンとティルエルダを飲み込んだ。空へと伸びる枝々が蜘蛛の巣のように絡み合って月明かりを遮り、時折すき間から差し込む銀色の光が、暗い森の地面にまだらの模様を作り出していた。
先頭を行くのはダルンだった。彼は風の流れと木の幹の太さ、影が落ちる暗い森の地面に浮かび上がる木の根の形まで読み取りながら、一歩一歩を踏みしめた。
長年にわたってこのサアルンの森を駆け回ってきた経験から磨かれた感覚のおかげで、暗闇の中でも昼と変わらぬように道を見つけ進んでいった。鬱蒼 とした茂みの間を滑るように身をかわし、広く張り出した枝の下を屈んでくぐりながら、休むことなく速度を上げていった。
ダルンの後をティルエルダが追った。軽やかな足音とともに、俊敏な身のこなしで岩と木の根を越え、狭い空間を流れるように抜けていった。
二人の足音が夜の静寂を破った。ダルンの重い足取りは森の地面深くへ刻み込まれるように「ドスドス」と音を立て、ティルエルダの軽やかな足取りは地面を掠めるように駆けながら「サクサク」と落ち葉を踏む音を立てた。
木々の間を駆けながら、ダルンは枝にハルバードが引っかからないよう、肩に担いでいたハルバードを下ろして手に持ち直した。
ティルエルダは時には低い枝を飛び越え、時には身を低くしてくぐり抜けながら後に続いた。細い枝々が衣服や鎧に引っかかって「バキバキ」と音を立てることもあったが、二人は速度を落とさなかった。
時が経つにつれ、森の気配が少しずつ変わり始めた。密だった木々がだんだんとまばらになり、空がより広く見えてきた。月明かりがより多く差し込み、二人の道を照らし始めた。そして風に乗って届く匂いも変わっていた。木と雪の冷たい匂いに混じって、煙と焦げた油の匂い、そして……血の匂いがかすかに感じ取れ始めた。
「匂いが……」
走りながらもダルンが鼻をひくひくさせた。
「何の匂いですか?」
ティルエルダが息を切らしながら問うた。
「煙と……肉を焼く匂い……それと血の匂いです」
森の終わりが近づくにつれ、二人は小さな丘を登り始めた。木々が完全に消え、小さな草原が広がった。そしてはるか遠く、別の丘の上に月影の城塞の姿が見え始めた。
しかしその姿は、二人が思い描いていたものとはまるで違っていた。
「あれは……」
ティルエルダが息を切らしながら、言葉を止めた。
月影の城塞が見えた。だがそれは、二人の記憶にある、あの静かで穏やかな姿ではなかった。小さな丘の上に立つ、灰色の石で築かれた小さな要塞は、今や巨大な篝火 に四方を包囲されていた。
幾十もの大きな焚き火が城塞の周囲をぐるりと取り囲んで燃え盛り、その赤い炎が城塞の灰色の石壁を朱色に染め上げていた。
篝火と篝火の間を、無数の影が動き回っていた。
ミノタウルたちだった。ざっと見ただけでも数百にはなりそうな巨大な軍勢が、城塞の下に広がる平地に野営を敷いていた。彼らの天幕 が炎の光の中に暗くその姿を晒し、あちこちから聞こえてくる粗野な笑い声や怒鳴り声がダルンとティルエルダの耳に届いた。
それだけではなかった。城塞の周囲のあちこちでは、ミノタウルたちが斧を振るって伐採作業に励んでいた。重厚な斧刃が太い木の幹を打ち据えるたびにガンッ、ガンッと鈍い音が響き渡り、やがて大木たちが悲鳴でも上げるようにメキメキと軋みながら、ゆっくりと倒れ込んでいった。
大地が震え、倒れる木々の轟音が幾度も木霊 した。
切り倒された丸太は整然と積み上げられており、一部は柵を組んだり大きな火を起こしたりするのに使われているようだった。
城塞の城壁の上には、かすかな灯火が見えた。月影の城塞の守備兵たちがまだ持ちこたえているという証だった。しかしその灯火は、ミノタウルたちの篝火と絶え間なく響き渡る斧の音の中で、あまりにも小さく、か細く見えた。
「まさか……」
ダルンが低く呟きながら、その光景を見つめた。ハルバードの柄を握りしめる手に力が入り、深く刻まれた眉間の皺の奥から、城塞を包囲した侵略者たちを睨みつける鋭い眼光が閃いた。
「あの数は……」
ティルエルダが言葉を継げなかった。
ミノタウルたちの野営地は、粗暴で雑然とした空気を漂わせていた。数百の天幕が乱雑に散らばり、きちんとした区画もないまま自然に群れをなして並んでいた。
各群れの中心では積み上げた薪 の上に激しい炎が燃え盛り、幾十もの篝火が四方で燃え上がって野営地を炎の光で沸き立たせていた。まともな構造物一つなく、獣の皮を粗く縫い合わせて急ごしらえで立てた天幕の間から、重い足音と荒い息遣いが夜の空気を切り裂くように響き渡っていた。
最も近い篝火では、つい先刻仕留めてきたと思われる巨大な熊一頭を解体していた。ミノタウルが三、四体その周囲に立ち、鋭い刀で皮を剥いでいた。血が地面へとぽたぽたと滴り落ちて黒い染みを作っていた。一体のミノタウルは熊の肝臓を丸ごと口に含んで咀嚼 しており、その口の周りは一面赤い血で染まっていた。
少し離れた場所では、ミノタウルたちが巨大な釜をかけて何かを煮ていた。釜から立ち上る湯気からは肉と強い香辛料の匂いが混じって漂ってくるが、中に正確に何が入っているのかはわからなかった。釜の周りに集まったミノタウルたちは血で汚れた斧や刀の柄で汁をかき混ぜながら、腹の底から笑い声を上げていた。
また別の場所では、二体のミノタウルが互いの腕を掴み合い、一方が地面へ押し倒されるまで力を競い合っていた。彼らの周囲には他のミノタウルたちが輪を作り、怒鳴り声で声援を送っていた。勝負がつくたびに歓声が炸裂した。勝者は両手を高々と掲げて咆哮し、敗者は悔しさに任せて地面を拳で打ちつけた。
武器の手入れが行われている片隅では、荒々しい鉄の匂いと火花が入り混じった音が鳴り響いていた。一体のミノタウルは巨大な鉄床 の上に斧刃を乗せ、投げ付けるような重い槌で力任せに叩いては刃を研いでいた。槌を振るうのは一定でなく不規則だったが、力だけは満ち溢れていた。
他のミノタウルたちは火で熱した槍の穂先を地面に叩きつけながら歪んだ部分を無理やり伸ばしており、数体は壊れた盾に獣の皮をぞんざいに縫いつけながら鼻息を荒くしていた。
天幕の間をミノタウルたちが絶えず行き来していた。大きな木製の樽 を肩に担ぐ者、束になった槍を抱える者。
数体のミノタウルが大きな荷車を引いており、その上には城壁を攻略するための攻城兵器が積まれていた。巨大な木製の梯子と、鉄製の鉤爪のついた縄が見えた。
野営地の最外縁では、数体のミノタウルが見張りに立っていた。一定の間隔を置いて配置された彼らは、それぞれ武器を手に周囲を警戒していた。時折そのうちの何体かが顔を合わせて短い言葉を交わすこともあったが、ほとんどは黙って自分の持ち場を守っていた。
ダルンとティルエルダは、丘の麓 の森の縁に立つ大きな岩の陰に身を潜め、その光景を見守った。
城塞の前に広がる広い野には、ミノタウルたちの野営地が広く展開しており、無数の天幕と炎が城塞へ向かって無秩序に並んでいた。あちこちで武装したミノタウルたちが行き来して喧騒 を立て、その様子はまとまった軍勢というより、獲物を取り囲んだ獣の群れのようにざわついていた。
「ダルン隊長!ティルエルダ様!」
闇の中から、小さな囁き声 が聞こえてきた。
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