166話 ダム (9)
一行は店を出て、赤く燃える夕焼けを眺めながらナウラート川へと足を進めた。
太陽が地平線の彼方へと沈みかけ、空はしだいに暗くなっていった。柔らかな風が吹き渡ると、川面は揺れながら夕焼けの赤い光を映し返した。
サアルンの森からは、小さな動物たちの足音や木の葉のざわめきが、静かな空気を満たしていた。夜が近づくにつれて森の縁には冷たい風が流れ込み、川へと続く道では冬の冷気が、通り過ぎる者たちの肩や頬をそっとかすめていった。
川に近づくにつれ、グラベルの目の前にナウラート川の広大な姿が広がった。その光景は、まさに圧巻だった。
川幅は広いところで数十ティタにも及び、流れは速く、そして深そうだった。川の水は果てしなく続く巨大な帯のように、森を抱きながら流れていた。
川岸には草が青々と茂り、あちこちに石が自然な形で積み重なっていた。川辺では鹿たちが水を飲んだり、のどかに草を食んだりしており、一匹の狐が用心深く森の端を窺っていた。
木々の枝の間では、森の情緒を添えるさまざまな鳥が飛び交い、時折羽ばたきの音とともにさえずりが静かに広がった。あらゆる命が調和しながら生きるこの川辺は、見る者の心を奪う景色を織りなしていた。
川岸に近づくにつれ、すでに陣取っているダウィとムワたちの姿が目に入ってきた。彼らは厚手の鹿革の服を身にまとっており、夜の冷気を遮る分厚い革が、その頑強な体格をいっそう際立たせていた。
川岸に沿って連なる篝火 は、遠くから見ると光の帯のように見えた。炎の光が川面に映り込み、穏やかな黄金色の輝きを水面に散りばめていた。その周囲では、銛 を手にした漁師たちが水中を鋭く見つめていた。篝火の間から煙が立ち昇り、空気の中に木の燃える匂いが漂った。その光景は静かでありながら、張り詰めた緊張感が広大な川面に沿って漂い続けていた。
川岸の一角には、石を丸く積み上げて作られた小さな養魚池があった。そこでは餌に使う小魚が育てられており、水がちゃぷちゃぷと養魚池の縁を行き来していた。時折、魚が水面へと跳び上がって小さな水しぶきを立て、その音が空気の中へ広がり、周囲の静けさをそっと破った。
ボウマが先頭に立ち、一行はゆっくりと歩を進めた。歩きながら、彼はダムの伝統的な銛漁について語り始めた。
「昔、われらの先祖はこの川で魚を捕って生きてきたんだ。銛はそのころからずっとわれらとともにあった。とりわけカヌーク鮭はわれらにとって大切な食べ物でな、その大きさがとにかく並外れているもんだから、ダウィであれムワであれ、自分より大きなカヌーク鮭を仕留めたという自慢話は、漁師の間じゃごく当たり前に聞ける話だ。カヌーク鮭がダウィを三人並べたよりも大きかったとか、川の流れをひっくり返すほどの力があるとか、そんな話まであるくらいだからな。」
ニアは好奇心に目を輝かせながら尋ねた。
「本当にそんなに大きな魚がいるかる?一度見てみたいだる!」
ボウマはからからと笑いながら答えた。
「ハハ、もちろんだとも。だがカヌーク鮭にはまだ早い。今日はクラリアスナマズを捕ってみようじゃないか。」
そのとき、川面の上にトモル(Tomol)と呼ばれる木の板で作られたカヌーが目に入った。その上に立つダウィたちが銛を手に、魚を狙っていた。ボウマはトモルを指さしながら説明を始めた。
「あれはトモルといって、大昔からダウィとムワが作ってきた舟です。主に流木を使って作るんですが、いつから使われるようになったかは正確にはわかりません。ただ、われわれは遠い昔からトモルに乗って魚を捕ったり、取引のために行き来したりしてきました。」
グラベルが興味を見せながら尋ねた。
「どうやって作るんですか?」
ボウマは微笑みながら、ゆっくりと頷いた。
「おや?ダムの文物に興味がおありだとは聞いていましたが、それなら説明しなければなりませんね。トモルを作るには、丁寧さと技術が要ります。重みのある木材を底に据え、船体の骨組みは丁寧に割いた流木の板を組み合わせて作ります。板は荒砥石 でなめらかに磨き、継ぎ目はユップ(Yoop)と呼ばれるピッチの混合物で塞いで、水が漏れないようにします。」
ダレンが傍らから言葉を添えた。
「それから上に乗せる板は端を塞がずに開けておいて、銛を引くときに引っかからないようにしてあります。川でよく動けるよう、両端には水切り板も取り付けてあります。」
ボウマが頷きながら付け加えた。
「トモルは川での扱いやすさが抜群でして、速いし、漕ぎやすい。遠くへ移動するときにも重宝しますよ。これに乗って魚を追いかけるのが、ダウィとムワの暮らしそのものでもあります。」
グラベルは興味深そうに見つめながら言った。
「思ったより精巧な作りですね。単純なようでいて、細部にこだわりがある。」
ボウマは満足そうに笑った。
「その通りです。実際に乗ってみると、もっと実感できますよ。」
一行は川岸の一角に到着した。ボウマは銛を手に、水辺へと歩いていった。ダレンとマウは網を点検しながら後に続いた。イリスとグラベルは物珍しそうに周囲を見渡した。
ニアは興奮を抑えられず、水辺に近づきすぎて足を踏み外し、川に落ちそうになった。ボウマが素早く腕を掴んで引き上げながら言った。
「静かにしないと魚が逃げるぞ。」
「……わかっただる。」
ニアは照れくさそうに笑いながら引き下がった。
川岸に着くと、空気が冷たくなり、水の流れる音がいっそう鮮明に聞こえてきた。
沈みゆく陽の光の下、川面は金色に輝きながら流れていた。川岸は密生した葦と風にそよぐ薄 で覆われており、その合間には苔のついた丸くなめらかな石がところどころに点在していた。
泥水に濡れた地面からは、湿った土の匂いが漂ってきた。遠くで鳥たちが羽を広げて飛び立ち、川の近くではカエルの低い鳴き声が聞こえた。突然、水中から魚が跳び上がり、きらめく水しぶきを散らした。
小さな波紋が広がり、水面がちゃぷちゃぷと揺れた。
ボウマが先頭に立った。その老練な目が水中の動きを探しながら川を見渡した。手には、長い棒に鋭くて返しのついた穂先が付いた銛が握られていた。クラリアスナマズのような大きな魚を捕るために特別に作られたものだった。銛には丈夫な綱が結ばれており、彼は綱に擦り切れた箇所や弱い部分がないか、丹念に確かめた。
ダレンとマウは網の準備に余念がなかった。丈夫な繊維で編まれた網は、激しく抵抗する魚の力にも耐えられるよう作られていた。彼らは網を地面に広げ、破れた箇所やほどけた結び目がないかを点検してから、いつでも広げられるよう丁寧に畳み直した。
イリスとグラベルは、見覚えのあるようでいて独特な形の道具を興味深く眺めた。観察眼に優れたイリスが、ボウマの腰にぶら下がった大ぶりの袋に気づいた。
「その袋は何ですか?」
彼女は指で指さしながら尋ねた。時折グラベルの代わりに問いかけることも自分の役目だと思っていた彼女にとって、いい機会だとばかりに口を開いた言葉だった。
ボウマは微笑みながら袋を開けて見せた。中に入っていたのは細かく砕いた餌だった。
「これは、干した鶏のレバーとつる草の粉を混ぜた特別な調合物です。」
彼は説明した。
「ナマズを誘き寄せるのに使います。水に撒くと、川底の深いところにいるナマズを引き寄せてくれますよ。」
言い終えると、ボウマはひとつまみの餌を取り、川に投げ込んだ。混合物はみるみる広がり、水中に薄い雲を作り出した。ナマズがその匂いを嗅ぎつけて近づいてくることを期待しながら、餌が作り出した水中の濁りをじっと眺めた。
一方、ニアは興奮を抑えられず、ぴょんぴょんと跳ねていた。ニアの手には、ボウマのものと似ているがより細く、長さの短い槍が握られていた。槍の柄にはウィヴル・ネストの硬い木目がくっきりと浮かび上がり、表面には魚と川を形象化した精巧な文様 が刻まれていた。
穂先は銀色に鋭く研ぎ澄まされており、先端はしなやかな曲線を描いて優雅な印象を与えた。単なる漁具というより、精巧な芸術品のようにも見えた。柄は手触りを考慮して柔らかい革で巻かれており、手にしっくりとなじんだ。
「早く一匹捕りたいだる!」
ニアが目を輝かせながら叫んだ。
ボウマは笑いながら言った。
「焦りは禁物だ、ニア。狩りで大切なのは集中と、魚の動きを見極めることだ。適切な瞬間を待たなきゃならない。」
ニアは勢いよく頷きながら、込み上げる気持ちを懸命に抑えようとした。水辺に近づき、深い水中を覗き込んでナマズの気配を探した。
そのとき、イリスが川のある一点を指さした。
「あそこを見てください!水が動いています。」
全員の視線が彼女の指さす方向へ向いた。果たして、水面にかすかな揺らぎがあった。まるで大きな何かが、表面のすぐ下で動いているかのようだった。
ボウマの表情が引き締まった。
「あれが我々の狙いだろう。全員、準備を。静かに、ゆっくり動け。驚かせてはならない。」
一行は息を潜めた。狩りを前に感覚が研ぎ澄まされ、それぞれの持ち場で準備を整えた。
ボウマは水辺に立ち、銛を構えた。頭の周りをまとわりつく虫など気にも留めず、彼の意識はただ川面だけに向けられていた。
撒いた餌が効いていた。巨大なナマズの影が、じわじわと近づいてくるのが見えた。
水面下に黒々とした影を見せるナマズの大きさは、とてつもなかった。
ダウィが腕を思い切り広げても、その大きさを収めきれないほどの巨大なナマズだった。幅広く平たい頭と長く垂れたひげが特徴的だった。体は長くしなやかで、滑らかな表面が水中をすばやく滑るように動かせた。幅広い尾は力強く水流を切り裂き、猛々しい推進力を生み出しながら流れをかき乱していた。
ナマズが近づくと、ボウマはその巨大な口が餌を味わおうと開いたり閉じたりするのを目にした。彼は筋肉を緊張させ、完璧な瞬間を待った。
突然、ナマズが尾をわずかに動かした。引き返そうとする合図だった。
ボウマは瞬間を逃さなかった。素早く力強い動作で銛を水中へと突き立てた。狙いはナマズの胴だった。
銛は正確に命中し、ナマズの脇腹を貫いた。魚はすぐさま反応した。激しく身をもがいて銛を抜こうとし、水が四方に飛び散った。その力はボウマさえも驚かせるほどだった。
「おっと!運がいいな、こんなに大きなナマズとは!」
ボウマが綱をしっかりと握りしめながら叫んだ。ナマズが彼を水中へと引き込もうとすると、彼は泥の川岸に足を踏ん張り、体を後ろへ反らせた。自分の体重で魚の力に対抗した。
「手伝うぞ、ボウマ!」
ダレンとマウが駆け寄り、綱を一緒に掴んだ。彼らの力が加わると、ナマズは少しずつ川岸へと引き寄せられていった。
*****
ボウマの位置から少し離れた川岸近く、ニアは一歩も動かずに水中を見つめていた。周囲ではボウマとダレン、マウが巨大なナマズを引き上げようと大わらわだったが、その音はニアの耳にはまるで届かなかった。神経のすべてが水中だけに向けられており、細い風が顔をかすめても微動だにしなかった。
水面下にかすかな動きが感じられると、ニアの目が光った。
水中をじっと見つめていたニアは、ついに小さなナマズの姿を捉えた。ゆっくりと息を吸い込み、慎重に槍を持ち上げた。指先で力を調整しながら、呼吸を整えた。そしてついに、止めていた息を吐き出すと同時に力いっぱい槍を投げた。鋭い槍は空気を切り裂いて飛んでいき、正確にナマズの体を川底へと突き刺した。
「私も捕っただる!」
ニアが勝ちどきを上げながら笑った。
ボウマがちらりと見やり、微笑んだ。
「よくやった、ニア!さあ、こっちのでかいやつを捕まえるの、手伝ってくれ!」
*****
狩りが終わると、一行は川岸に小さな焚き火を起こし、捕ったナマズをさばきながら輪になって座った。炎がぱちぱちと爆ぜ、温かな光を振りまき、ナマズを焼く香りが空気中に漂った。グラベルは火を見つめながら言った。
「こんなに大きなナマズを、銛一本で仕留めるとは……。」
イリスも同意するように言った。
「ええ、銛を投げて捕る漁を直に見たのは、今日が初めてでした。」
ダレンがボウマに近寄り、静かに話しかけた。
「ベナール翁 からお伝えするよう頼まれたことがございます。銛を大量に作ってほしいとのことです。できるだけ多く、値はたっぷり払うとおっしゃっていました。」
ボウマの表情が険しくなった。
「いったい何事があって……。それだけ多くの銛を必要とする理由が気になるな。商団員全員に一本ずつ持たせるつもりでもあるまいし。」
ダレンは首を横に振りながら答えた。
「私も詳しいことはわかりません。そうそう、ダウィ用の銛とムワ向けの小さな銛の数は同じにしてほしいとのことでしたが、それをお伝えし忘れるところでした。」
ボウマはしばし考え込んだ。唐突なベナールの注文に、疑問が頭を巡った。
一行は焚き火を囲んで座り、こんがりと焼けたナマズを手でほぐしながら話に花を咲かせた。マウが前もって用意したカルダモンと黒こしょう、ディルを細かく砕いてナマズに満遍 なく振りかけると、煙が立ち昇り、旨みのある香りが漂った。ナマズの皮はこんがりと焼けて香ばしく、身はしっとりとやわらかかった。
ニアはひとくち頬張ると、目を輝かせながら感嘆した。
「こんなにおいしいとは思わなかっただる!」
ボウマはまだ思案顔だったが、やがて微笑みを浮かべ、皆の笑い声の輪に加わった。川岸の焚き火は温かな光で彼らを包み、深まりゆく夜を照らし続けた。
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