164話 ダム (7)
ボウマは店の中の箱を片付けていた手を止め、服についた埃をぱんぱんと払い、袖で手を軽く拭ってから、ダオバとバズのもとへゆっくりと歩み寄った。
ボウマはダオバをちらりと見やりながら言った。
「目の細かい網って、何のためだ?何を捕まえるつもりだ?」
ダオバは片手で顎を撫でながら、軽く笑った。
「ユラカンを捕まえようと思ってな。そろそろ準備を始めなきゃいけないし。」
ボウマは腕を組み、少し考え込むように頷いた。
「ふむ……ユラカンか。それなら確かに、普通の網よりも目の細かいものが要るな。小さくて動きの速い奴らだから。」
バズは興味深そうにダオバを見た。
「ユラカン?もうそんな時期になったのか……。」
ダオバは軽く笑いながら頷いた。
「そうだよ。みんなドゥク=ドゥク・ピオラノといえばカヌーク鮭のことばかり思い浮かべるけど、実のところ、祭りはユラカンが先に幕を開けるようなもんだ。」
ナウラート川で魚捕りを生業 とするダムの住民たちにとって、ドゥク=ドゥク・ピオラノは数年に一度訪れる大切な祭りだった。この祭りの主役とされる巨大なカヌーク鮭は3年ごとにナウラート川を遡ってくるが、ユラカンは毎年欠かさず現れ、漁師たちと再会する。カヌーク鮭が戻ってくる年であろうとなかろうと、川を遡る最初の魚はいつもユラカンだった。
キャンドルフィッシュとも呼ばれるユラカンは、主に乾燥させて尖った棒に挿し、火で燃やして用いられた。ランプの灯りも魔石灯の光もない状況になれば、真っ先に頼られるもの——腹が減れば食べることもでき、暗闇の中で明かりを灯すこともできる、それがユラカンという魚だった。
ユラカンはまた、カヌーク鮭よりも体が小さく脂肪を多く蓄えているため、冷たい川の水の中でも素早く動く。冬の最初の霜が降りる頃、川の水温のわずかな変化を感知する特別な感覚を持ち、それによって他の魚よりも早く移動を始める。一方、カヌーク鮭は大きく逞しい体躯 ゆえに多くの力を蓄える必要があり、真冬になってようやく本格的に川を遡り始めるのだった。
こうしてユラカンは「冬の先駆け」と呼ばれるほど早くにナウラート川を遡り始め、ダムの漁師たちは彼らが姿を現した瞬間から、本格的な漁の季節を迎えることになる。
バズは指を一本ずつ折りながら、静かに呟いた。
「1年、2年、3年……。もう3年が経ったのか……。」
その視線が遠くへと向いた。今年はいつ頃、カヌーク鮭が戻ってくるだろうか?バズは前の祭りのことを思い返した。巨大な鮭たちが川を遡っていく壮観な光景、川岸で歓声を上げながら銛 を投げていたダウィとムワたち、そして川辺を明るく照らしていた数多くの篝火 ……。
ダオバもまた頭を上げて目を閉じ、過去の記憶をたぐり寄せるように言った。
「もうすぐだよ。あと少しだ。」
ダオバは微かな笑みを浮かべながら、3年前の記憶を辿った。
冬が深まる頃、川の下流から朧げ に立ち昇っていた黒い煙が、目の前に鮮明に浮かんだ。あれはダムの見張りたちが送る合図——カヌーク鮭の群れが姿を現したという証だった。
遠い空へと立ち上る烽火 の煙は、ナウラート川の漁師たちに、川を遡る命の帰還を告げた。ダムの住民たちは黒い煙が空へ立ち昇るのを見て歓声を上げ、準備を始めた。ある者は網を点検し、ある者は銛を新たに研ぎ直し、ナウラート川の岸辺には次々と篝火が焚き上げられた。
夜になれば煙は見えなくなるため、見張りたちは大きな篝火を焚いた。彼らは松明の上に特別な粉を振りかけ、炎がより鮮やかな赤い色で燃え上がるようにした。闇の中で鮮やかに輝く赤い炎が燃え盛ると、村の人々は再び喜びの雄叫びを上げた。もうすぐ、巨大な鮭たちが到着する——。
ダオバは深く息を吸い込みながら呟いた。
「昼の黒い煙と……夜の赤い篝火を、早く見たいな。」
その言葉にボウマとバズも、見張りたちの烽火の合図を思い描くように目を輝かせた。そしてその合図がついにダムの空を染め上げた日のことを、それぞれの心の中に刻まれた光景として呼び起こした。
遠いナウラート川の下流から、水の流れが異様な勢いを増し始めた。川底から湧き起こる流れがだんだんと激しくなったかと思うと、やがて川を真っ二つに割るような波紋が広がっていった。普段とは異なるうねりが川全体を満たし、やがて水面から躍り出た最初のカヌーク鮭が姿を現した。全身が光を受けて輝きながら川を蹴って高く舞い上がるその瞬間、無数の水飛沫 が陽光を受けてきらめいた。続いて数十、数百匹の鮭が次々と水面を割って跳ね上がり、川の流れを揺るがした。
巨大な魚たちが川を切り裂くように飛翔 する。
行く手を遮るものは容赦なく弾き飛ばした。小さな木の枝は尾の一撃で水流に巻き込まれて消え去り、流れてきた大きな丸太でさえ、力強い尾に打たれて真っ二つに砕け散った。一部の鮭は川の中ほどに突き出た岩に体をぶつけ、続いて岩が砕けて小さな欠片となり、川の水面下へと沈んでいく。激しい水流の上を力強く跳ね上がる鮭たちの動きは、土砂降りの雨の中に立っているような水音を作り出す。命の本能が生み出した凄まじい力であり、その光景は見る者を圧倒した。
川の流れの中に立ったダウィとムワたちは銛を手に叫んだ。それぞれの手には銛が握られており、ムワたちが具現化した手で放った 銛が空気を切り裂きながら飛んでいった。
水流が激しくなるほど、彼らの雄叫びも大きく響いた。
その瞬間、川の真ん中から水が勢いよく噴き上がった。カヌーク鮭の一匹が川を蹴って跳び上がった。全身が陽光を受けて銀色に輝きながら、空中で弧を描く。それに続いて数十匹、数百匹の鮭が激しい水流を割り、力強く舞い上がった。
ダウィとムワたちの手から銛が次々と放たれた。鋭い銛先が空気を切り裂いて突き進み、水流が入り乱れて弾け上がる音が川岸を満たした。きらめく波、砕け散る飛沫、白い泡を突き破って死力を尽くして跳躍する巨大な命。そして彼らを狙う漁師たちの狩りが、祭りという名の躍動する渦を作り出していた。
ダオバはその光景を思い浮かべ、微笑んだ。
ダオバとバズが前の祭りの情景を思い起こしながら胸の中の期待感を満たしていた頃、ボウマは釣り具店の片隅に吊り下げられたさまざまな漁具を眺め渡した。使い込まれた木の棚の上には、各種網と銛、そしていくつかのハープーンが整然と並んでいた。今度の祭りは釣り具店の主として見逃してはならない絶好の機会だと思いながら、どうか店の中の漁具がたくさん売れますようにと願っていた。
ボウマは改めてダオバとバズを見やりながら尋ねた。
「それで、ダオバはユラカン漁に使えるような網があればいいとして、バズはどうするんだ?あのハープーン、買っていくか?」
バズは視線を向け、壁に掛かったハープーンを見つめた。長くて頑丈な柄の先端に、鋭い刃が鈍く光っていた。もともとは海辺の漁師が大型魚を仕留めるために作ったハープーンを、さらに精巧に仕上げたもので、確かにしっかりした漁をするには一本持っておきたい代物だった。しかし彼は懐を軽く叩いて、苦い笑みを浮かべた。
「祭りまでまだ時間があるから、少し足りない分を稼いでから買うよ。」
ボウマは微笑みながら肩をすくめた。
「まあ、その頃まであのハープーンが残ってるかどうかはわからないけどな。良い物はすぐ売れちまうんだ。」
ダオバは腕を組んでバズを見やりながら、首を少し傾けて尋ねた。
「いい稼ぎ口でもあるのか?もし困ってるなら、俺と一緒にユラカンでも捕って稼いでもいいぞ。」
バズは照れくさそうに笑い、両手を腰に当てた。
「これから探すさ。」
ダオバはため息をついて首を振った。
「いつもそうだよな。お前は火がついてから動き出すんだから。」
バズは肩をすくめ、おどけたように言った。
「でも、なんだかんだいつもどうにかなるだろ?それが大事なんだよ。」
ボウマは二人の話を聞きながら微笑んだ。
「まあどっちにしろ、祭りの準備で大変だな。必要なものがあればまた寄れよ。良い漁具を求めるお客はいつでも歓迎だ。」
ダオバとバズは頷き合いながら、店の扉を出た。外に出ると、冷たい風が顔を撫でるように吹いてきた。祭りの訪れを告げる風だった。
店を後にしたダオバが空を見上げながら呟いた。
「もうすぐだ。ナウラート川がカヌーク鮭の起こす波で埋め尽くされる瞬間が見られる。」
店の片隅、陽の差し込まない照明の下で、ムワの客が首を傾げながら陳列棚を眺めていた。それからしばらく迷った末に、ボウマのもとへ近づき、おずおずと声をかけた。
「ウナギ漁用のグレイブを買いたいんですが、おすすめを教えていただけますか?」
ボウマはその言葉に眉をわずかに持ち上げると、陳列棚に並んださまざまな形の槍を指し示しながら説明し始めた。
「ウナギ槍は、普通の魚槍とは違います。一般的な魚槍は直感的に突いて仕留める方式ですが、ウナギ槍はウナギを挟み込んで逃げられなくする仕組みになっています。」
その言葉にムワの客が興味を示し、さらに詳しく尋ねた。
「挟んで捕まえる、というんですか?」
ボウマは頷き、陳列棚から二本の槍を取り出して見せた。一本は短くて幅広い形で、もう一本は長くて細身だった。
「これが代表的な二種類です。この短くて幅広いほうは、川底の固いところ——つまり石や砂が多い場所で使いやすい形です。一方、この長くて細いほうは、泥の深い沼地や干潟でウナギを捕るのに特化しています。それで『底なしの地のための槍』とも呼ばれているんですよ。」
ムワの客はウナギ槍の刃をじっくりと見つめながら尋ねた。
「でも、どうして刃がこんなに平たくて、隙間が狭いんですか?それと、この後ろに出ている鋸歯 みたいなものは何なんですか?」
「いい質問ですね。」
ボウマはにっこり笑いながら、槍を指でこんこんと叩いた。
「普通の槍のように突くのではなく、この幅広の刃の間にウナギを押し込んで、抜け出せないようにする仕組みです。ご覧の通り、この背面の鋸歯がすべて内側を向いているでしょう?一度はまり込んだら、ウナギが体をよじっても抜け出せません。」
「なるほど……。随分と精巧な作りですね。」
ムワの客が感心したように言った。
「昔から伝わってきた方法です。実際の漁でも効果的ですよ。どちらでお使いになるご予定ですか?川底が固い場所なら幅広のほうをお勧めしますし、泥が深いようなら長いほうが向いています。」
ムワの客はしばらく考え込んでから、頷いた。
「私の部族の村の近くの沼地で使うつもりなので……長くて細いほうにします。」
ボウマは満足そうな笑みを浮かべながら槍を手に取り、砥石 の置いてある場所へと歩き始めた。
「よい選択です。必要な補助道具もご用意しますので、少々お待ちください。」
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